第223話 打つ手なし
マズいマズいマズい。王城だけあって各フロアの天井はやたら高かった。何より床材が固い。打ち所が悪けりゃ即死だ。蘇生魔法を使えるヒーラーは軒並み無力化されている。このままじゃ――――
死ぬ……?
「うわああああああああああああああああああ!!」
悲鳴が聞こえる。誰の声かはわからないくらい大勢の。俺がみんなを巻き込んでしまった。
冗談じゃない! 俺がこの世界に来た所為で人を死なせたなんて……絶対に嫌だ! おい神サマ! どうせ天の視点で見てるんだろ! どうにかしろ! なんとかインチキできんのか!
ダメだ……! もう床に――――
「…………?」
墜落の衝撃が……こない。確かに床にぶつかった筈なのに、その感触さえない。
なんだこれ。夢か? こういう高い所から落ちる夢はよく見るし……それとも幻覚か何か?
……いや、現実だ。さっきイリスに切って貰った右手が痛い。夢や幻じゃなさそうだ。
まさか本当に、神サマに願いが届いたとか……それはないか。星の数ほど世界がある中で、俺一人の動向を監視してるとも思えないしな。
だったら、始祖あたりがやってくれたのか? 他にこんな芸当できそうなのいないし……
待てよ。イリスがいるじゃん! まさか彼女が魔法で助けてくれ――――
「いたたたた……もー! お尻すっごく痛いー!」
……あれ? 普通にダメージ受けてますね。じゃあ違うか。
「ぐっ……まさか床が崩れるとは……ヒーラーの仕業か?」
「受け身失敗です……手首グキってやっちゃいました」
ディノーやオネットさんも顔をしかめて痛がっている。ヤメに至っては着地失敗したのか、ギャーギャー喚きながらのたうち回ってるな。身軽で着地が上手そうなシキさんですら、少し痛がってるのが顔に出ている。
それでも流石は終盤の街に住む実力者達と言うべきか、普通の建物なら三階くらいに該当する高さから落下した割に、みんな軽傷で済んでる。ただ、無傷の奴はいない。俺を除いて。
どうして俺だけが……?
「皆さん大丈夫ですかーっ!?」
上の階――――玉座の間から、サクアの心配する声が聞こえる。床が崩れたのは俺の周辺だけで、落ちたのは……十人もいないか。アイザックやエルリアフも上みたいだな。
そもそもここは何の部屋なんだ? 玉座の間の真下なのは間違いないけど……なんか色々箱みたいなのが置いてあるけど。宝物庫とか?
「やっぱりオマエ……"とんでもないもの"を隠し持ってたな」
その声はシャルフ! 何処に……あ、普通にいた。天井に張り付いてないと逆に不自然に見えるな。
「それを一体何処で手に入れた? オマエのものじゃないんだろ? オマエなんかに身に付けられるシロモノじゃない」
「何の話だ? この宝石だったら、俺じゃなくてカーバンクルが……」
「それじゃない! クソ惚けやがって……もう一度出させてやろうか!」
ゲッ、いつもみたいに思わせぶりじゃなく本気で殺りに来る気か!
負傷中のギルド員にサポートを期待するのは酷だ。かといって地力でなんとか出来る相手でもない。
だったら――――
「出でよペトロ!」
喚び出す度に生命力を魔力に変換させなきゃいけないから若干バテ気味だけど、それでもここは唯一の武闘派精霊に頼むしかない。
「おうよ! ついにリベンジの時が来たか! 敵はどこだァ!?」
全身を武者震いでピリピリさせたペトロパイセンは、その視界にシャルフを入れ――――露骨にガッカリしていた。
「違うじャねェか……約束が違うじャねェか! 誰だよあいつは! オレが戦いたいのはあン時の猛者なンだよッ!」
「悪い。その猛者は瞬殺されちゃったんで喚び出す暇なかった」
「なッ何ィィィィィィ!? このオレを倒したほどのヤロウが……嘘だろ……」
筋肉の集団に轢かれたとは言うまい。
「大丈夫、心配は要らない。今度の敵はそのハクウより圧倒的に強いから。勝てば汚名返上間違いなし。寧ろ捲土重来まである。遠慮なくやっちゃって」
「お、おう。任せときな」
明らかにモチベーションが低下した上に自信もなさげなペトロに不安を禁じ得ない。とはいえ他にバトル面で頼れる精霊もいないし、ここは彼に頑張って貰うしかない。
「邪魔するな精霊。オマエになんか用はないんだ」
「うッせ! こッちはオレの進退と誇りがかかッてンだ! コイツでくたばれ!」
ペトロは相変わらずの猪突猛進で、次々と拳を繰り出していくけど……まるで当たらない。しかもスティックタッチで壁を上られると打つ手なし。相性は最悪に近い。
ただ――――
「これでも食らって寝てろ」
「ぐッ……!」
シャルフの拳をまともに食らっても、倒れる事なく耐えている。このタフさはペトロの大きな武器だ。
「チッ。オマエに構ってる暇はないってのに……」
逃げて距離を取ろうとするシャルフを、ペトロは愚直に追いかけ回しているけど、捕まえられるような気配はない。
なのに……シャルフは苛立っている。焦っているのか?
「マスター」
「イリス。身体は大丈夫?」
「うん。マスターは全然痛んでないみたい」
「ああ、よくわかんないけど無傷だった。なんでだろ」
「……」
さっきまでは俺がイリスに猜疑心を抱いていたけど、今度はこっちが怪訝な視線を浴びる番になってしまった。いやでもわかんないモンはわかんないんだって。
「ここ……何の部屋だかわかる?」
「え? いや、玉座の間の下としか……宝物庫っぽいけど」
「宝物庫……だったらここに……」
イリス、急に熟考入っちゃった。何か思うところがあるんだろうか?
って、今はそんな事を考えてる場合じゃない。ペトロとシャルフは――――
「クソッ! なンでだ! なンで当たらねェ……!」
汚名返上に燃えるあまり大振りが目立つペトロの攻撃は、未だに一度もシャルフを捉えていない。素人の俺が遠目でもわかるくらいブン回してるもんなあ……かと言って、俺より遥かに強いペトロに対して偉そうにアドバイス出来る立場にはない。
それに……
「何やってるんだ! もっとコンパクトに! 腕を畳んで腰で打て!」
「もっと下半身を攻めましょう! ローですよロー! なんなら足を踏めばいいんですよ!」
……俺がどうこう言うまでもなく、ディノーとオネットさんが口出してるしな。ペトロには全然聞こえてないっぽいけど。
「いい加減しつこいよ。当たらない攻撃を何度も何度も……」
「うるせェ! オレにはこれしかねェンだ!」
「うっざ……いつまで続ける気だ?」
にしても、あれだけペトロの隙が多いのに、シャルフは全然反撃しないな。【縮地】を使える奴なら幾らでも反撃できる筈だ。なのに何故? 嘲笑って弄んでいるようにも見えないし、寧ろ苛立ちは募る一方だ。
最初に奴と戦った時には、ティシエラ達が到着するのを待っていた。今回も何か意図があって防戦に集中しているのか?
それとも――――
「うおらあああああああああああああ!!」
「クソが……!」
……嫌がってるのか? ペトロの攻撃を。
確かに大振りだけど、一発一発の迫力は凄まじい。貰えばシャルフもただじゃ済まないだろう。ペトロが間断なく攻めるから、反撃に転じる余裕も余りないように見える。
傍目で見ているよりもずっと、あの攻撃を躱し続けるのは大変なのかもしれない。当たってはいないけど、シャルフの精神を削っているのかも。
「オレはもう……負けられねェんだよォ!!」
「チッ!」
大きく踏み込んで放ったペトロの右フックがシャルフの体勢を大きく崩した。そしてペトロはもう次の左ストレートの構えに入っている!
これは当たる――――
「食らえやァァァァァァ!!」
「クアアアアアアアアアアアア!」
今まで聞いた事ないようなシャルフの叫声が響き渡り……
「……」
ペトロが自分の腕に振り回されるかのように半回転し、そのまま床に倒れ込んで……消え去った。
な、何が起きたんだ? なんで攻めてた筈のペトロがやられたんだ?
「……あの精霊が殴りつける直前に、顎に蹴りを入れたんだ」
サンキュー、ディノー解説員。カウンターだったのか。全然見えなかった。
にしても強ぇ。スナイパーに化けていたモンスターなのに、格闘術まで秀でているのかよ。しかも縮地を一度も使わず……
いや。使えないのか? だからあんなに苛立ってるのか?
「なあ、一体どうなってんだよ? この部屋の所為か? いや、さっきまでスティックタッチは使えたんだ。縮地だけ使えない訳がないよね?」
やっぱりか。だからあんなに焦ってたんだ。
「魔法も上手く使えないみたい」
「本当か? イリス」
「うん。さっきから試してるけど……全然って訳じゃなくて、なんか調子が悪いって言うか……思い通りにならない感じ」
スキルと魔法の両方に不具合? シャルフはこの部屋の所為じゃないって言ってたけど、何かジャミングみたいな特殊な妨害が部屋に施されてるんじゃないのか?
始祖の介入とも思えない。もしそうなら、俺に何かしら訴えてくるだろう。具体的には、ここぞとばかりの自画自賛と自慢を。始祖はそういう性格だ。
「エルリアフ! どうせこの辺にいるよね? 何か知らない?」
「エルリアフだったら、もう上の階で捕まえてるけど」
「はぁ? あいつを縛れる訳ないだろ? 何言ってんの?」
このニュアンス……エルリアフが俺達如きに倒せる訳がない、ってのとは少し違う気がする。それなら『勝てる訳ない』とか『あいつがやられる筈がない』って表現になる。
縛れる訳ない? どうしてそんな言い方になる? 捕まえたからって、必ずしも縛るとは限らないじゃないか。
「まあ良いか。それよりこのスキルが使えない状況、オマエらの所為じゃないのか?」
「知らん。つーかお前なんなんだよ。人をこんな所に落としておいて逆ギレとか……ヒーラーに染まり過ぎて頭イカれてるんじゃないか?」
「……」
こっちの挑発には全く釣られないか。一貫して嫌な奴だ。
まあでも、この城からヒーラーを追い出すのなら避けては通れない相手。寧ろ全然出て来なくて不気味だったくらいだし、ここで会ったが100年目ってやつだ。
「だとしたら……もう一度試すしかないな」
試す――――玉座の間の床が崩れた時にも聞こえて来た言葉だ。何を試してるってんだよ。
「俺に危機を与えて、回避能力でも見定めてるつもりか?」
「へぇ……当てずっぽうにしちゃ、良い線いってるよ」
根拠がないのはバレバレだったけど、どうやらそういう事らしい。まさかコイツ、俺に隠された力があって、その潜在能力を引き出そうとかしてる?
だとしたら、さっき奴が言ってた『とんでもないもの』ってのは、既にその兆しが見えたって意味なのか?
って事は――――
「一応言っておくけど、俺の運のパラメータはガチで2だからな。とんでもない幸運とか持ってないぞ」
「そんなものは探してない。オレが欲しいのは……魔王様の手掛かりだ。とっくにわかってるんだろ?」
まあな。こいつはモンスターだし、アイザックから聞いた話が本当なら魔王は現在、行方不明。だったら目的は一つしかない。魔王の所在を突き止める事だ。
「俺に魔王との接点なんてない。他を当たれよ」
「いいや、あるね。さっきも見せたばかりじゃないか」
「……?」
「まさか自覚してないのかい? だったら見せてあげるよ」
シャルフの目が妖しく光ったその瞬間――――
奴の顔が目の前にあった。
バカな! 今のはどう考えても縮地じゃねーか! スキルは使えない筈じゃ……まさかブラフだったのか!?
ダメだ。この距離じゃどんな攻撃も避けられない。ペトロすら一撃で昏倒させた威力だ。食らえば確実に意識を……いや、死ぬ。っていうか死んだ。
もうどうやっても逃れられない。ならせめて、辞世の句くらいは残しておこう。
風爽か 荒城に伏す 塵ひとつ
秋の夕暮れ、爽やかに吹き付ける風で荒城の小さな塵が舞い上がる中、その風に乗る事すらなく床に残り、そのままであり続ける塵の無念を歌ってみました。
人間なんて死んでしまえば所詮、塵のような存在に過ぎない。俺もまたその一つになるんだろう。
なのに――――
「……?」
俺の足は床に付いたまま。意識も途切れていない。何処も痛くない。さっき落下した時と全く同じだ。
違うのは、衝撃が襲って来る筈の瞬間を目の当たりにしていた事。シャルフは間違いなく俺を攻撃した。ペトロを仕留めたあの蹴りだ。
その奴の足が、俺の顎のすぐ傍で止まっていた。光の障壁に阻まれて。
なんだ? 一体誰が……
「やっぱり『反応』じゃない。反応できる筈がないよね、今の攻撃に。オマエは完全に騙されていたんだから。なのに完全シャットアウト……間違いないね」
シャルフが笑う。歓迎すると言わんばかりに。
まさかこれは……俺が出したのか?
「教えてやるよ。それは虚無結界。四光すら退けた魔王様が唯一破れなかった、オマエら人類の切り札だ」
キョムケッカイ――――
それは俺の頭の隅っこに保存してあった単語だった。
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