第221話 最大の障壁
なっ……なんだアレは? 魔法なのか? なんかドロッとした鉛色の……光っつーか影っつーか、よくわからない現象だ。
「あ、ヤバいかも」
イリスの声色が緊張を伴ったものに変わる。言葉が軽いからイマイチ危機感は伝わって来ないが。
「まあ見るからにヤバそうだけど、どうヤバいんだ?」
「アレはね、エルリアフの……一応回復魔法なんだけど」
回復魔法? あれが……? どう見ても呪われた何かなんですけど。粘性のある回復魔法なんて聞いた事ねーよ。そりゃ、ネバネバした食品は健康に良いとは言うけどさ。
「これがこびりつくとねえ、ずっと離れないんだよお。その間ずっと、患部を回復し続けるんだあ。快楽は長く続く方が良いよねえ」
何それ怖っわ! 明らかに過剰回復だろそれ。とっくに筋肉痛治ってるのにずっとシップ貼ったまま、みたいな感じ? いや違うか。
「この回復魔法はねえ、ボクの一部。一つになりたいってボクの想いが詰まってるんだあ。ボクと繋がってえ、ボクと同じになれるように」
あーもう怖い怖い怖い怖い。気持ち悪くて聞いてらんない。魔法も思想も喋り方も全部が粘着質だコイツ。
「一応、警告。エルリアフの回復魔法は特殊だから、絶対受けない方が良いよ。"取り込まれるから"」
「取り込まれる……?」
回復魔法の説明にそんな文章あったら誤植疑うぞ。ドレインタッチか何かですか?
「えっとね、何て言うか……『治してあげる』っていう圧が強過ぎて、確かに怪我は癒えるんだけど、それ以上に精神が圧迫されるんだよね。心が弱ってたり折れてたりすると、引きずり込まれて戻って来られない感じ」
「親切の押し売りされて気疲れする、みたいな?」
「それの究極系。あと普通の攻撃魔法も使えるから、攻撃と回復をほぼ同時に仕掛けて来るよ」
うわぁ最悪だ……なんだよ攻撃と回復のワンツーって。史上最速のマッチポンプだな。
でも、これでイリスが積極的にアイザックを攻撃して来た理由がわかった。あの時のあいつは完全に心折れてたし、もしエルリアフに回復を見舞われたら廃人になっていたかもしれない。だから気絶させて、取り敢えず精神を強制シャットダウンさせたんだな。
にしても――――
「随分詳しいよな」
「まー、私もこれで色々あるんですよ」
聞いてくれるな、ってか。斯く言う俺も異世界から参上した中年男性でございます故、深く立ち入る気はございやせん。人間、隠し事があるからこそ奥ゆかしい存在になれる。これ割とマジ。
とはいえ情報は欲しかった。とっとと決着付けないと、そろそろ階下のヒーラーも目覚めて来そうだしな。
っていうか、もうとっくに一人二人駆けつけてもおかしくないよな。アイザックとの会話も結構長かったし。空気を読んでモタモタしてくれるような連中とも思えないが……
「下のヒーラーが気になるのかなあ?」
チッ、視線で悟られたか。思わず扉の方を見ちまった。
「大丈夫だよお。あいつらはボク達の邪魔をしないよう"削いでおいたから"」
はい、また出ましたよ。回復の担い手が決して発してはいけない単語が。
削いだって……まさか皮とか爪を、じゃないよな?
「どういう事だ……? お前もヒーラーなんだろ? 仲間じゃなかったのか?」
俺より前方にいるディノーの問い掛けに、エルリアフは例の猟奇的な笑みを絶やさないまま、更に口角を上げる。最早、人の口には見えない。
「仲間だよお。でもみんな自分勝手に回復の定義を決め付けるし、話も聞いてくれないからあ、あんまり好きじゃないんだあ」
思わず赤面したくなるほど綺麗な同族嫌悪。これもう末期ですね。まあヒーラー自体、人類の末期と言えなくもないけど。
「ねー、もう全員で襲いかかってアイツとっとと殺っちゃおうよ。あーいうタイプ苦手だからヤメちゃんウンザリ」
ああいうタイプが平気な奴なんてこの世にいるとは思えないけど……全員一斉攻撃は無理だ。何しろ奴の前には靴が床に引っ付いたマッチョ集団がいる。彼らを全て回避してエルリアフだけ攻撃するのは難しい。
「そんな酷い事言わないでよお。ボクはみんなと繋がりたいのに、みんなボクを受け入れてくれないねえ。イリスもお、他の四光もお」
他の四光……そういえば始祖が言ってたな。フラガラッハ以外の四光も同じように自らの夢を具現化させてるって。つまりコイツと同じ存在があと三人もいやがるのか。
まさか全員、このレベルの変態じゃねーよな……? だったら絶対に絡みたくない。コイツだけでも手に負えないのに。
「これ以上の問答は時間の無駄だ。決着を付けよう」
ディノーが構えていた剣をエルリアフに向けて突き出した。それに続いて、オネットさんも前傾を深める。ウチの二大エースがいよいよ臨戦態勢だ。
マッチョ連中への被害を考慮すれば、接近戦の方が良いのは間違いない。粘着系の回復魔法は厄介だけど、その前に飛んでくる攻撃魔法共々食らわなきゃ良いんだし。ディノーやオネットさんの腕なら或いは……
「おおっとお、多勢に無勢だねえ。これは助けを呼ばないとお」
助け……? 仲間のヒーラーなら自分で無力化したんじゃ……
「出ておいでえ。精霊【コロポックル】」
なっ……精霊!? こいつ精霊使いなのか!?
フラガラッハの夢で、ラヴィヴィオのヒーラーで、しかも七餓人の一人で、性別不明のボクっ子で、猟奇的な刃物フェチで、同一化マニアで、その上精霊使い? 幾らなんでも盛り過ぎだ! 属性が渋滞起こしてるぞ。
「くっそ、不甲斐ねぇ……」
まあ、こっちはこっちで移動不可の100人マッチョ部隊が大渋滞を起こしてる訳だが。こんな状況下で強力な攻撃手段を持つ精霊を召喚されてしまったら……とても彼らを守りきれそうにないぞ。マギヴィートが影響しない攻撃だったら一網打尽だってあり得る。
全ては、精霊コロポックルとやらの能力にかかっている。
一体どんな精霊なんだ――――
「ポ・ポ・ポ」
……見た目はやけにコミカルですね。二等身の小さな仙人みたいだ。目が隠れるくらい眉が垂れ下がっていて、髭も伸び過ぎて唇どころか喉まで覆われている。
「それじゃあ、いつもみたくお願い」
「ポ・ポ」
人語を発する事は出来ないのか。有声両唇破裂音みたいな声で返事している。ちょっと可愛いかも。
「気をつけてねマスター。あの精霊、外見ほど可愛くないから」
「……忠告はありがたいんだけさ。イリス、そろそろ立ち位置をハッキリしてくんない? 俺達の敵なのか、それとも味方か」
殺気はエルリアフに対してのものだったし、アイザックへの攻撃も彼を思いやってのものだった。イリスは決して闇堕ちなんてしていない。
それでも今の彼女は、ウチのギルドに派遣されていた頃とは明らかに違う雰囲気を纏っている。気さくなのは変わりないけど、何処か遠くに感じてならない。
「敵じゃないよ。マスターはティシエラにとって必要な人だから」
「だったら、俺以外は敵なのか?」
「んーん。仲間だよ」
イリスが穏やかな口調でそう答えるのと同時に、コロポックルがコロコロと音を立てて震え出した。何の予兆だ……?
「魔王討伐の意思があるのなら、ね」
え……
「ポ・ポ・ポ――――ポ」
うわ……分裂しやがった! イリスの発言も気になるけど、今はそれどころじゃない!
こっちが呆気にとられている間にも、コロポックルはポと声を発する度に倍の数に増えている。4、8、16、32、64、128……あっと言う間に1000以上の夥しい群れになりおった。
ただし分裂する度に大きさは半分になってるから、最初は小さな雪だるまくらいだったのが、今はもうアリくらいのサイズしかない。踏み潰せば簡単に死んじゃいそうだけど……
「ポ・ポ・ポ……ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポ」
コイツ等……動くぞ! あのサイズじゃ大した事は出来ないと思うけど、例えば一体一体がアイザックのような自爆技を持ってたりしたら相当ヤバい!
「全員、一旦退避! 距離をとれ!」
ディノーの指示を聞くまでもなく、こんなの即退避だ。とはいえ、ここは玉座の傍で後方にスペースが余りない。このままじゃ追い込まれる。
「外側から回り込め! 扉の方に回るんだ!」
幸い、アリサイズだからかコロポックルの動きは速くない。玉座の間の広さもあって、どうにか入り口側へ回り込む事は出来た。
ただ――――
「うおおおおおお!? 何だコイツら!?」
足を固められ身動きできないマッチョ達には、逃げる術がない。不気味な音を撒き散らしながら数千、いや数万のコロポックルがマッチョ達に群がるのを前に、俺達はただ呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。
「やめろっ! 来るんじゃねぇ! うわあああああああああああ……!」
大勢の悲鳴があがる中――――
マッチョ達は次第に項垂れ、表情から生気をなくしていった。心なしか筋肉も艶やハリがなくなったような……
「精霊コロポックルの能力はね、見ての通りの【分裂】と、対象の活動力を奪う【アブソーブ】。活動力が失われると身体が衰弱して、動きもどんどん鈍くなって……最後には動けなくなっちゃう」
「なんて残酷な……」
彼らにとって人生とは筋肉、呼吸とはポージング、心臓の鼓動はパンプアップだ。筋肉の躍動こそが生きる意味の筈。だからこそ、常に筋肉に覆われている彼らは陽気で活力に満ちていた。
そんな彼らが、あんなに元気をなくして……これじゃ、何の為に筋肉を付けたのかわからないじゃないか。ただの邪魔なオブジェでしかない。
……そうか。さっき言ってた『削ぐ』ってのは、やる気とか活動力を削ぐって意味だったのか。なんて恐ろしい。
でも、なんでわざわざ既に動けなくなっていたマッチョ達を活動不能にする必要が……?
「これでえ、彼らは上半身でもボクをどうする事も出来ない。立派な肉盾の出来上がりさあ」
「なっ……」
なんて事考えやがる……! あの100体のマッチョを肉壁に……肉質にする気か!
でも確かに有効な手だ。あのマッチョ達はマギヴィートでコーティングしてあるから、魔法は一切受け付けない。一体一体がパンパンに膨れてるから、隙間も余りない。魔法による遠距離攻撃は勿論、あのマッチョ達の中に入られたら近距離攻撃すらままならない。
それに対し、向こうは魔法による攻撃でこっちを狙い撃ち出来る。無敵だと思っていたマッチョ軍が、まさかここに来て最大の障壁になろうとは……!
「とっても素敵なこの肉人形をさあ……キミ達は打ち破れるかなあ……?」
まるでゲームでも楽しんでいるかのような口振り。エルリアフにとって、この戦いは勝利でも敗北でもなく、回復魔法を使えるチャンスを窺う遊戯場に過ぎないのか……?
「ボクはとっても必死さあ。だってイクスパーチを封じられているからねえ。一刻も早く、その状態を脱したいんだあ」
……明らかに俺を睨んで言ってやがる。
そうか。アイツ、俺がパーチを封印したと思い込んでるのか。だからこんな面倒な事をしてまで俺の恐怖を煽って、封印を解除させようって腹づもりか。
「迂闊に近付くな! まずは魔法で隙間を狙え! 彼らは魔法を受け付けない身体になっているから同士討ちの心配は要らない!」
流石はディノー。俺はコーティングを悪い方にしか捉えていなかったけど、そういう考え方もあるか。
「こーれーでーもー食らえーっ!」
「悪は滅んで下さい!」
ヤメやサクアの攻撃魔法がエルリアフを襲う。終盤の街の住民だけあって、二人の魔法はいずれも申し分ない数と威力。直撃すれば相手が誰であれ無事では済まない。
とはいえ、エルリアフは小柄。どれかの筋肉に隠れられると――――
「えーっ無傷!? 嘘ーーーっ!」
叫んでいるヤメには悪いけど、なんとなくそんな予感はしていた。
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