第220話 回復と感動巨編は人生でいい

 死者の魂を復元する力を神に授けられた『四光』の一振り、反魂フラガラッハ。元々は魔王を倒せる剣だったけど、魔王に穢されその力を失い、現在はルウェリアさんの体調を安定させる為にベリアルザ武器商会に保管されている。


 そのフラガラッハが『死ぬ前の段階で癒やしてあげたい。回復してあげたい』と願うようになり、その夢が具現化した存在――――


「ねえ、刺してよお。何処でもいいから、ボクの身体にそのドス黒いナイフを刺してちょうだあい。そして何度も何度もドスドスってやってよ。ねえ」


 男性か女性か区別が付かない10代半ばくらいの容姿をしたその子が、ジト目気味だった目を極限まで見開き、猟奇的な言動でシキさんに迫っている


 まあそりゃ、フェアリーのように純粋で心優しい、聖母のように清らかな人物なんて最初から期待してなかったけどさ……これどういう性癖なの? Mッ気とはまたちょっと違うよな……


「ねーマスター、解説欲しい?」


「そりゃ欲しいけど……」


「あの子はね、穢れの影響を悪い意味で受けちゃったんだ」


 あー成程、それで一気に納得した。ヒーラーだから変態なのは当たり前って先入観があったけど、ちゃんと理由があったんだな。


「元々、回復させたいって願望そのものみたいな存在だから、度が過ぎてたところはあったけど、基本良い子だったんだ。でも……純粋過ぎたのかな。完璧に黒く染まっちゃった」


「そんな事ないよお。ボクは昔から何にも変わってないもん」


 どういうつもりなのか、エルリアフはシキさんにちょっかいかけには行かず、イリスの説明が終わるのを待つように突っ立ったままでいる。まんまるお目々に加え、三日月形の口で微笑む顔はひたすら怖い。


「ボクはね、ただみんなを癒やしたいだけなんだあ。誤解されてるみたいだけどお、刃物が好きって訳じゃないんだよう?」


「とてもそうは思えないけど」


 これだけヤバい相手を前にしても、シキさんは全く怯んでいない。流石だ。



 ――――そう思った刹那。



「ボクを使って願望を叶えなよお」


 エルリアフの一言が、シキさんの切れ長の目を大きく見開かせた。


 願望……? どういう事だ?


「殺したいんだよねえ? 人を。グチャグチャにしたいんじゃないのお? ボクはね、キミのそういう苦悩も癒やしてあげたいんだあ」


「違……!」


「違わないよう。キミの憶測にある『殺したい』って願望、ボクには手に取るようにわかるんだもん。でも、こればっかりは回復魔法じゃ癒やせないからあ。さあさあ、そのナイフでボクを刺しなよお。楽になっちゃえ」


 他人の願望を感じ取れるってのか……? そんな特殊能力まであるのかよコイツ。


 シキさんは元暗殺者。その肩書きだけを切り取れば、確かに歪んだ殺戮願望があっても不思議じゃない。



「それは嘘だな」



 ――――と、惑わされるところだった。彼女の事を良く知らなければ。


「なんだい? 今キミは関係ないんだけどお?」


「シキさんはウチのギルドに欠かせない存在だけど、暗殺者としては三流以下のポンコツぽん子ちゃんだからな。過去に特定のターゲットを殺したいって願望は持ってただろうけど、それも結局殺せず終いだ。そんな人が、殺し方に性癖を乗っけるほどの余裕はないだろ」


 アサシンよりよっぽど人を殺している人妻屠り師のオネットさんが、シキさんからは血の臭いがしないと断言していた。ベルドラックは昔シキさんがターゲットを仕留め損なった事を示唆していた。所詮は自称暗殺者。そんな紛いものの彼女が、ガチの人達が抱くような殺人願望を抱くとは思えないね。


「……誰がポンコツだって?」


 スゲー目でシキさんに睨まれてる気がするけど、それは見ないようにしよう。


「アハハハ! それ絶対正解! ウチのギルドマスターってバカだけど、人を見る目だけはあっからねー!」


「ヤメ、アンタまで……」


「仮にさっきのが本当だとしてもさー。清廉潔白、誰からも好感持たれる奴なんて嘘臭せーし、とにかく悪魔にでも魂売ってなきゃなんも問題なくない? 頭ン中がフツーと違うくらいで離れて行くような奴なんてどーでも良いし。ここにいるシキちゃんが全てだろー? なー兄弟」


 俺に向けて、ヤメは笑顔で拳を突き出してきた。


 いや、俺そういうノリ苦手なんで……とは言わず、照れ臭いけど拳で応える。ただし今回限りだからな。


「……ホント、やめてよね」


 シキさんが何を思って俺達を眺めているのか、知る術はない。ポーカーフェイスだし。無理して知る必要もないだろう。


「それよりー? おうコラ。シキちゃん苛めるなら容赦しねーぞ」


 ヤメのドスの利いた声とヤクザ顔負けのガン飛ばしを合図に、ウチのギルドの面々も一斉に攻撃意識を露わにする。


 でも――――それを制するように、マッチョ軍の先頭に立っているレベル49の冒険者ドンクライ氏が右手を横に伸ばした。


「役割を間違えちゃいけねぇ。ヒーラーを圧し潰すのはオイラ達の仕事だ」


 魔王に届けでも好結果を出していた実力派のマッチョだけあって、自信に漲っている。実際、曲者のヒーラー達を悉く倒してここまで来たからな。


「オメエら、中々熱いじゃねぇか。そういうノリ嫌いじゃねぇぜ。後はオイラ達に任せな」


 そのマッチョ連中が俺達に敬意を示し、冷えかけていた身体を自身の熱量で一気にヒートアップさせた。


 再び筋肉が進撃を開始する。標的は勿論、エルリアフだ。


「貴様で最後だ! この刃物キチガイのヒーラーめ! 我等の肉体に刃物が入り込む余地など一切なし! 滅しろおおおおおおお!!」


 一斉に、100名のマッチョ達が一人のヒーラー目掛けて突進していく。標的の見た目がダウナーで線も細いから、傍目ではオーバーキルも甚だしい構図。これなら階下のヒーラー同様、回復の余裕も与えず気絶させられるだろう。


 唯一の懸念材料は、あの子がフラガラッハの『夢』という点。具現化しているって話だから、幽霊みたいに実体がないって事はないと思うけど……


「大丈夫。あの子にはちゃんと肉体があるから、倒す事は出来るよ」


 俺の不安を察知したらしく、イリスが補足してくれる。それはありがたいけど……不思議だ。



 どうしてイリスは、そこまでエルリアフに詳しいんだ?



「でもね。あれじゃエルは倒せないよ」


「!」



 ――――問い質す間もなく、事態は一変した。



 何が起こっているのか……わからない。目の前で起こっている出来事に理解が追い付かない。俺は夢でも見ているのか?


 エルリアフへ向かって猛然とタックルしようとしていたマッチョ達が、その手前で次から次へと止まってしまった。しかも突然ピタリと。


 おかしい。訳がわからない。例えばエルリアフが床を魔法か何かで粘着物質に換えたのなら、今の現象は理解できる。でも床には何の変化も見られないし、魔法を使ったような素振りも見せてなかったじゃないか。


 一体どうなってるんだ……?


「そこのキミにしつもーん。回復の定義って何だと思う?」


 不意にエルリアフが、俺に向かって問いかけてくる。気付けば、マッチョ達は全員その場に固定されてしまっていた。声はあげられるし上半身は動くみたいだけど、足が全く動かないっぽい。


「……答えたら、今何をしたのか話してくれるのか?」


「素敵な答えならねえ」


 バッキバキの目を向けてくるエルリアフに、恐怖すら覚える。死の恐怖とは違う、得体の知れないものへの恐ろしさ。この世界に来て、これまで色んな強敵や変態共と出会ってきたけど……こいつは誰よりも異質だ。


 でも、ここで怯む訳にはいかない。俺がビビったらギルド員にも伝染する。怖くても声を振るわせちゃいけない。落ち着け……落ち着いて考えるんだ。俺にはそれくらいしか出来ないだろうが。


 回復か……普通に考えれば『癒やす行為』としか良いようがない。肉体的、精神的な傷を癒やす事を指す言葉だし、人間以外に使う場合もほぼ同じ意味だ。例えば信頼回復は、一端落ちた信頼を元の水準に戻すって意味だからな。でも、奴がこんな単純な答えを望んでいるとは思えない。


 メデオは『人間の自然治癒能力を促進するもの』と言っていた。始祖は『人間の繁栄を一定の範疇に抑える為のもの』だったか。でも、恐らくこれらも違う。


 だったら――――


「……人生?」


 勿論、そんな事はこれっぽっちも思っていない。あくまでエルリアフの立場になって出した答えだ。奴は回復したいって願いが具現化した存在なんだから。


 どうだ! 共感しろ!


「なあにそれえ」


 全然ピンと来てねえ! なんでだよ! こっちは必死にお前に合わせてやったんだよ! 回復と感動巨編は人生でいいだろ!


「もしかしてボクの素性知ってる? イリス、変わったヤツ見つけたねえ」


「あはは、ビックリした? マスターって凄いんだよ。あのティシエラが一目置いてるくらいだから」


 いや心外過ぎるんだけど……こんな化物に変わったヤツ呼ばわりされる筋合いはない。ティシエラに認められてるってのは嬉しいけど。


 にしても……この二人、マジでどういう関係なんだ? 一方的にエルリアフがイリスを知ってるって訳でもなさそうだし。というか、相当付き合い古いっぽいよな。


 でもイリスと幼なじみの筈のティシエラは、エルリアフについて特に知ってる様子はなかった。どうしてイリスだけが、こんな特異な存在と親しいんだ? 彼女の失踪と関係があるのか……?


「回復は人生……うん、気に入ったなあ。約束通り教えてあげるよお。あのむさ苦しい奴等はね、この城と"一つ"になったのさあ」


「……は?」


 何を言っているのか……わからない。一つに? どういう意味だ?


「前からさあ、ボクなりに回復って何かをずうっと考えててねえ? ボクにとっては生きる意味だしい、使命だしい、本能。持って生まれたものなんだよお。だから、それらを突き詰めると……"一つ"なんだよお」


「……?」


 俺だけじゃなく、ディノーもヤメもシキさんも、この場にいるみんなが首を傾げる。


 そんな中、イリスだけは苦笑していた。


「癒やしたい、治したいって気持ちが何処から来るのかって考えたらあ、それってつまり『自分の事のように相手の痛みを感じる』って事じゃない? だから治してあげたいって思う。それって、自分と相手を同じように考えるって事だよねえ。相手を癒やす事で自分も癒やされる。それって、一つになるって事なんだよお」


 わかったような、わからないような……でも言わんとしている事は何となく伝わってきた。


 相手の痛みを自分の事のように苦しく思うからこそ、回復したいって気持ちが芽生える。それを満たす行為とはつまり、他者と自身を同一と見なすに等しい……か。何気に小難しい話だ。いよいよ哲学めいた話になってきたな。


「エルリアフはね、同一化を願ってるんだ」


 ポツリと、イリスがそう呟く。


「あの子は他者と繋がりたいって常に思ってるみたい。最初にそう思ったのは、自分を生んだフラガラッハに対してなんだって」


 ……だから刃物が好きなのか。自分の親と同種の物に性的興奮を覚えるってのはよくわからんけど……要は本能で好きって事なのかもしれない。


「そんなエルリアフだから、使う魔法は常に『何かと繋げて、同じにする』って性質が付随されるんだよねー」


 なんだそりゃ。って事は……マッチョ達は城と繋げられて、城の一部にされたってのか? だから固まって動けないのか。


 でも彼らはマギヴィートで魔法の効かない身体になってる筈だ。まだ効果が切れるような時間でもない。


 待てよ。だとしたら……


「靴だ! 靴を城と同一化してるんだ!」


「何ィ!? だったら靴を脱げば……ぬおおおお、脱げねえ!」


 マッチョ達はどうにかして靴を脱ごうと試みているけど、100人いて誰も上手くいっていない。間違っていたのか……?


「正解だけど、遅いよお。もう全員の靴がお城と同じになってるからねえ。柔らかい革じゃないんだあ」


 材質まで同一化できるのか……!? なんつー魔法だ……最初はスティックタッチやティシエラのグラ……グラ……なんとかって魔法に近いと思ったけど、ただくっつけるだけと同じ物にするのとでは大違いだ。


「ボクはさあ、一つになりたいんだよお。好きなものと、好きな相手と一つになりたい。ねえイリス。なんでキミは、ボクの願いに応えてくれないのお?」


 背筋が凍るような推察の向こうで、それとは違う意味でゾッとするような事をエルリアフが言い出した。


 まさか、イリスはずっと奴に狙われてたのか? だから身を隠したのか……?


「あはは……気持ちは嬉しいけど、ちょっと無理かなー。思い出してよ。私達の目的って、魔王を倒す事じゃなかったっけ?」


「そんなのわあ! どうだって良いじゃないかあ!!」


 癇癪を起こしたエルリアフの右手に、不気味な何かが纏わり付いて来た。



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