第158話 状況がグロい

 ベルドラックのレベルは69。これはコレットには及ばないとはいえ、冒険者全体の2位に該当する値で、自分の力だけで鍛え上げた数字って意味では彼が最高値だ。


 そんな自己鍛錬の鬼が小者って事はないだろう。面識は数えるほどしかないけど、門前払いはされないと信じて、思い切って聞いてみる事にした。


「何だ?」


「貴方は以前、選挙に出た理由を『頼まれたから』って言ってましたよね。誰に頼まれたんですか?」


 敵意のないその表情から、強者特有の凄味は感じられない。でも恐ろしく研ぎ澄まされた雰囲気は感じる。切羽詰まったような、張り詰めたような……そういう空気を常に纏っている人だ。


「……別に。誰でもねェよ」


「なら質問を変えます。貴方は勝つ気がありましたか?」


 敗者に対して聞く質問じゃない。煽り、若しくは侮辱と受け取られても仕方ない問いだ。


 でも、ここで踏み込まなくちゃ足を止めて貰った意味がない。


「あったさ」


 銅像のような目がユラリと動き、俺を凝視して来た。


 正直スゲー怖い。でもビビるな。仕掛けたのはこっちなんだ。


 それに今の俺はギルマス。組織を代表する人間だ。怖がってちゃ示しが付かない。もう生前とは違うんだ。感情をそのまま出して良い訳じゃない。そういう生き方を選んだ以上、筋は通す。


 怖がるな。震えるな。相手の目を見ろ。


 俺は――――生者だ。


「……なんて言えねェわな。何もしちゃいねェんだから」


 まるで俺の気概を値踏みするように一瞥したのち、ベルドラックは溜息交じりに答えてきた。一応、話をする価値はあると認めてくれたらしい。


「義理か何かで受けたんですか?」


「ま、そんなトコだ。それなりの年数生きれば、それなりのしがらみってのは嫌でも生まれちまう」


 達観するようなその物言いに、何となく感じ入るものがあった。


 根拠はないに等しい。


 でも、多分……この人だ。


「ありがとうございました。お陰で助かりました」


「あ?」


 脈絡なく発した俺の礼に、一瞬眉を顰めたベルドラックだけど、すぐに思い当たったらしく舌打ちするような苦々しい顔で目を逸らした。


「魔王に届けの時も、今回も、貴方が守ってくれていたんですね」


 勝利者になる気がないのに、参加していた理由。それが『警備』だとしたら、全てに納得がいく。


 警備は冒険者の仕事じゃない。でも、当事者になれば一番近くで目を光らせる事が出来る。


 彼は誰かに頼まれ、各種イベントを警備していたんだ。


 だとしたら、投票箱のすり替えに気付いて対処し、正しい結果に導いたのはベルドラックだ。何も語りたがらない彼なら多分、ダンディンドンさんにさえ自分のした事を伝えようとはしないだろう。


「チッ」


 今度は本当に舌打ちして、答えを言わないまま背を向けた。苛立ちなのか照れ隠しなのか、それを正しく答えられるほど、俺はこの人の事を知らない。


 評判は良くない。というか悪い。何をされた訳でもないのに、露骨に嫌っている同業者も大勢いる。俺も、決して良い印象は持っていなかった。


 でも、これだけは言える。どうやら悪い人じゃないらしい。


「そういうところは変わらねェな。昔から」


「え……?」


 でも、最後に残したその意味深な言葉で、印象はまた変わった。


 この身体の持ち主と面識があったのか?


「あの……!」


 慌てて追いかけようとしたものの、左手を軽く挙げてそれを制された。会話を続ける意思はないらしい。


 或いは『誰かに言いふらす気はないから安心しろ』ってジェスチャーだったんだろうか。そんな事を考えている内に、あの大きな背中はもう見えなくなっていた。


 ……ま、良いか。


 言いふらす気があるのならとっくにそうしていただろうし、多分大丈夫だろう。名前くらいは聞いておきたかったけど仕方ない。


 少し時間が遅れたけど、メカクレ陣営の部屋へ向かおう。既に答え合わせはしたから、探りを入れる必要もなくなったし――――



「……」



 この地獄のような空気も想定内だ。


 今はまだ『完璧な計画だったのにどうして上手くいかなかったんだ』って雰囲気だけど、その内に戦犯探しが始まり、本当の地獄と化す。その前に御退場願おう。


 メカクレに裏口から出るよう伝えて――――


「……ボクにとって…残念な結果となってしまいましたが、ボクを支援してくださった皆様に、この場を借りてお礼を申し上げます…」


 げっ、最後の挨拶の途中だったのか! スポーツ選手の敗退後の記者会見みたいなメカクレの姿が余りにも痛々しい……


 こいつらの落選した姿を見ればスカッとすると思ってたけど、この空気は他人事でもやっぱ辛えわ。


 どうやらファッキウ達は、策に失敗した事は棚に上げて、選挙で票を取れなかったメカクレを吊し上げたらしい。既に地獄は始まっていたのか。メカクレの無念そうな顔と震え声が全てを物語っていた。


「ボクを支持してくれた皆さんに、残念な結果に終わってしまったことを一言お詫びしたい。今日まで…応援ありがとう…本当にありがとう」


 もういいだろう。帰ってくれよ。


「今 ここにいない人たちにも、伝えておいてほしい。ボクが感謝していたと」


 これ以上、お前と一緒にいるところを見られたくないんだ…


「ボクは、このメンバーとの集いを、自分の家のように思い…みんなと共に街を支配したいと、本当に願っていた」


 帰れ。


「家族だと、思っていた!」


 俺たちの家から、――――帰れ。


 ファッキウ達は終始、そんな冷酷な言葉の数々を瞳に宿して、沈黙のまま白い目を向け続けていた。


 その後、挨拶を終え部屋を出たメカクレはまるで、何かを捜すように、何度も振り返った。


 ギルマスの座、仲間、復讐、志、全てを失って、ギルドから去って行くメカクレは、迷子のように俺には見えた。


 つーか重い! 状況がグロい! あいつ嫌いだし因果応報だけどなんか可哀想で見てられなかったし!


「失礼」


 そのメカクレが完全にいなくなったのち、ファッキウ達も部屋から出て来る。不機嫌な顔というより終始淡々とした、何も感じていないような――――無気味な表情で。


「帰るなら裏口からの方が良い。表からだと色々面倒だから」


 一応、ここに来た目的を果たす為に声を掛ける。不正の証拠はないし、正直これ以上拘りたくもないから、これで終わりでも良かったんだけど……


「……仮にも自分達で選んだ立候補者だろ? もう少し労ってやるべきじゃないのか?」


 つい余計な一言を言ってしまった。こんな事を言っても、何にもならないのはわかっているのに。


 でも、返ってきたのは意外な言葉だった。


「選んだ僕の責任、なんて言ったところで奴のプライドを余計に傷付けるだけだ。敗者にかける言葉はない」


 ……思いの他、メカクレの心情に寄り添った答え。もっとドライな考えだと思っていたのに。


 さっきの責めるような空気は、自分自身に対してだったんだろうか? そんな感じでもなかったけど……


「当選おめでとーってコレットちゃんに伝えといて。あの子可愛いから嫌いじゃないしー」


 キスマスも来ていたのか。相変わらずギャルギャルしてるから冒険者ギルドの雰囲気とは全く相容れないな。


 こいつがいるんなら、あのディッヘって変態も……


「前々から期待はしていましたが……ここまで彼に不幸が似合うとは。震えながら挨拶するあの小動物のような所作、そして矜恃が破壊された顔。御私、恥ずかしながら中折れ寸前でした」


 なんで萎えてんだよ! もう性癖が迷子じゃん! 最初から最後まで訳わかんねー奴だな!


「まさか、キミ達とあの野郎が組んでいたなんてな。してやられたよ」


 最後に部屋から出てきたユーフゥルは、どうやら俺達がベルドラックと協力していると捉えたらしい。まあ、結果だけ見ればそう取られても不思議じゃないか。


「ボクはキミを紳士と見込んでいるから敢えて助言するが……奴を信用するのはやめておいた方が良い。それに、五大ギルドも。所詮は敗者の弁に過ぎないけれどね」


 最後にユーフゥルから肩をポンと叩かれ、メカクレ陣営あらためルウェリア親衛隊は離れて行った。


 同情なんてする気はないけど、なんというか……あんまりスッキリしないな。


 ま、あの連中にこれ以上気持ちを向けても仕方ない。さっさと切り替えて、祝杯モードに――――


「やっと見つけた」


「ぎょえっ!」


 突然背後から発せられた声に、思わず奇声が出てしまった。つーかまだ人が残ってたのかよ。


 って、今の声は……


「記録子さん? なんでこんな所に?」


「もち取材。我氏が存在する理由はそれしかない」


 それしかないのか。っていうか、立候補者の取材って割にコレットの方には殆ど姿見せてなかったような……


「ここだけの話、勝者より敗者のレポートの方が受けが良い。だから本命じゃない方をずっと追いかけてた」


「趣味悪いな!」


「世の中そういうもの」


 まあ、心当たりがない訳じゃないから納得できなくもないけど。


「だから、彼らと色々やりあってたって噂の君に勝者側の立場から思いっきり罵詈雑言を浴びせて欲しくて探してた。あの負け犬どもに何か言いたい事は?」


「いや特にないですから。俺の評判落とすまでがワンセットみたいな質問やめて貰えます?」


「気分の良い時に口が軽くならないなんて、可愛げない」


 なんつー言い草……前々から思ってたけど、この人何気に人格歪んでるよな。


「あ、そういえアイザックとその仲間達に進展ありました? ちょっと気になる事があったんですけど」


 ミッチャらしき人物が馬の精霊を引き連れてギルドを襲撃した事を話すと、記録子さんはいつも通り感情の読めない顔で、暫く沈黙していた。


「俺の推測が正しかったら、大分追い詰められてるのかなって印象なんですけど」


「追い詰められてるどころじゃない。アイザックは堕ちるところまで堕ちた」


 あー、やっぱりか。だろうと思ってましたよ。上がり目ないしね今のところ。


 前回は確か、アイザックが魔王軍への手土産にネシスクェヴィリーテを掠め取る計画(その後失敗確定)を立てたってところまで聞いたんだっけ。あと、メイメイが殴られ屋、ミッチャがサーカス小屋を始めて、チッチが父親のギルドに出戻りしたって話だったか。チッチとは実際に会ったから裏は取れている。


 なんか続きを聞きたいような聞きたくないような……まさか本当に魔王の軍門に降ったんじゃないだろな。


「彼は今、ヒーラーと手を取り合って新たな国を築き上げている」



 ……うわぁ。


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