第200話 現実ってのは意外でも何でもなく厳しい

 ふと想像した事がある。自分が死んだ後、どんな葬式が行われて、家の中はどんな空気になっていたのかを。


 昔読んだ漫画に、不良の主人公が子供を庇って死に、幽霊になってその後の自分の葬式を眺めている話が描かれていた。その主人公は『みんな自分がいなくなって清々してるだろうよ』なんて言っていたけど、実際には親も幼なじみも恩師もみんな悲しみ涙を流していた。とても良いシーンだった。


 あれが理想。でも俺の葬式は……どう都合良く考えても、あんなふうにはなっていなかっただろう。粛々と行われ、淡々と終わっていたに違いない。


 それは全て自分の至らなさに起因する。俺の死を嘆き悲しむような人はいない。そんな絆を結ぶだけの人付き合いを、親に対してさえ出来なかったから。我ながら寂しい人生だった。


 だからこの第二の人生では、自分がもし死んだ時には大勢に悲しまれるように頑張ろうと思って、今まで必死にやって来たつもりだった。


 でも……所詮、独り善がりだったのかもしれない。


 シキさんの身体に憑依した俺のマギが見ているこの風景は、まさに俺がいなくなった後の世界。実際には死んじゃいないが安否不明の状態だし、ヤメもギルマスは(多分)死んだって言ってたから、空気感は似たようなものだろう。ヒーラーに城を占拠されたこのタイミングでの失踪が小さいトラブルとは考え難いだろうし、逃げたか死んだかの二択になるのも納得だ。


 大半のギルド員がそう認識している中、ギルド内に悲壮感は全くない。俺が不在でも特に変わらず、仕事に関する話や雑談が和やかに行われている。みんなの表情も普段と変わりない。失踪した俺を探しに行こうというギルド員も見当たらない。


 ……まあ、こんなもんだよな。


 付き合いもそう長くないし、年下のギルマスにあれこれ指示されて気分を害していたギルド員もきっといただろう。現実ってのは意外でも何でもなく厳しい。


「それじゃ、怪盗メアロ班はそろそろ行こうか」


 ディノーの呼びかけに応じたギルド員は――――シキさん、ヤメ、オネットさん、ベンザブ、グラコロ、マキシムさん、タキタ君、自称イリス姉、そしてディノー本人を含めた9名。自薦他薦問わず、ベリアルザ武器商会を警護すべく集まった精鋭だ。


 タキタ君やグラコロは怪盗メアロ捜索の仕事をして貰っていたから妥当だけど、意外だったのはマキシムさんが挙手した事。ずっと街灯設置の方に専念して貰っていただけに予想外だった。まあ、彼はこの街での生活が長いし、怪盗メアロには色々思うところがあるんだろうな。


「にしてもシキちゃんってば、なんでこの仕事請けたんよ? もしかして怪盗メアロに対抗意識でもあんの?」


 乗合馬車での移動中も、シキさんの隣には常にヤメがいる。シキさんが他のギルド員と長話してるところなんて見たことないし、なんだかんだ仲良いんだよな。


「そんなのある訳ないだろ。ただの消去法だよ。肉体労働は興味ないし、ヒーラーの方は冒険者とソーサラーメインで居心地悪いし。私よりそっちのが意外じゃない?」


「え? ヤメちゃんだって仕方なくだけど? 今更ソーサラーギルドの奴等と協力とかヤだし。それに、今まで黙ってたけどヤメちゃんってば倒した敵の能力を奪えるんだよねー。怪盗メアロ倒したら、ヤメちゃんが二代目になる予定なんだぜ!」


「はいはい」


 ヤメの訳わからん厨二設定、久々に聞いたな。そんな主人公みたいな能力があれば、俺も欲しかったよ。


「ねーシキちゃん」


「何」


「これからどうなんのかな、このギルド」


 不意に――――ヤメが真顔で呟く。鬱陶しそうに相手していたシキさんも、暫く黙った後に真面目なトーンで返した。


「このまま隊長が戻らなかったら、解散だろうね。有志が集まって作ったんじゃなくて、隊長一人で始めたみたいだし」


「やっぱそうなるかー……んだよ、勝手に年内で潰すなとか言ってたクセに。使えねーギルマスだな」


 いや潰れませんよ? っていうか君達、見切りが早過ぎませんかね。書き置きを残したイリスや目撃者がいたコレットとは違って、俺の失踪にはこれといった手掛かりもない訳で。そりゃ状況的に楽観視できないのはわかるけど、もうちょっと諦めない心をですね――――


「全員で一晩中探しても見つからなかったしねー」


 ……へ?


「探せる場所は全部探し尽くしたからね。あれで見つからないって事は、ヒーラーに捕まって城の中にいるか、街の外に逃げたか、殺されたか。捕まって人質にされてるのなら、何かしらの声明が届く筈だし」


「あのギルマスに限ってヒーラーから逃げるとも思えねーし。やっぱ死んでるよなー。多分、コレットを探しに一人でフィールドに出たんだろな」


「ま、その可能性が高いだろうね。隊長弱いから」


 何この複雑な感情。まさかそんな大がかりで探してくれてるとは思わなかったって感激と、軽いトーンで死んだって言われている事への不満と、逃げないって思ってくれている事への感動と、スペランカー並の生命力しかないと思われている事への情けなさが入り交じって、渋谷駅くらいこんがらがっちまってるよ。


「ソーサラーギルド、辞めなきゃ良かったのに。バカな真似したもんだね。後悔してるだろ?」


「んーん、全然。なんかわかんないけど、このギルドって居心地良いんだー。何でだろね?」


「隊長がユルいからじゃない」


「まー、それはあるかもなー。その割にウザいくらい熱い時もあるんだけどねー」


 そこで会話は途切れる。


 沈黙はベリアルザ武器商会に着くまで続き、その間ずっと他のギルド員も黙ったままで、馬車の蹄の音と車体が軋む音だけが聞こえていた。


 そして、両腕を上げて伸びをしながら馬車を降りているヤメが何気なく呟き――――


「これ、ギルドの最後の仕事かなー」


「多分ね」


「だったら、ちょっとだけ頑張ってやっか。可哀想なギルマスの為に」


「私はいつも通りやるよ。手を抜いた事なんてないからね」

 

 ――――そうシキさんが答える。


 確かにシキさんはいつだって俺の要求に完璧な形で応えてくれていた。ヤメも俺の誘いに即座に応じてくれた。慕われている訳じゃないにしろ、それなりにギルマスへの敬意を示してくれていたんだろうか。


「御主人。本日よりアインシュレイル城下町ギルドから俺を含めた9名が護衛に入ります。冒険者ギルドにも応援を依頼しました。地下水路は彼等が見張ってくれるそうです」


「済まねぇな。宜しく頼む。今回は……前の時のこんぼうとは違って、どうしても盗まれる訳にはいかねぇんだ」


 店内でディノーと向き合っている御主人は、明らかにやつれていた。目の下にはクマが見えるし、声に張りがない。予告状が届いたショックで寝られなかったのか?


「ルウェリアさんは……」


「奧で寝てるよ。体調の悪い時期と重なったお陰で予告状の事は知らねぇ。悪いが、標的がフラガラッハって事は黙っていてくれ。あいつは十三穢を知ってるから、フラガラッハがこの店にある事は話せてねぇんだ」


「わかりました。護衛を担当する全員に徹底させます」


「その……トモは、まだ見つかってねぇのか?」


 急に名前を出されて、思わずドキッとしてしまった。自分がそこにいればなんて事ないんだけど、不在って前提だと妙に緊張する。俺がいない所でどう言われているかが丸わかりだからな。


「残念ながら。今も娼館やシレクス家と連携して、捜索は続けていますが……」


 え……そんな大事になってんの!?


 シレクス家はまだわかる。コレットも失踪してるんだし、彼等と協力するのは妥当だろう。でも娼館まで手を貸してくれているとは予想してなかった。これ、戻ったら各方面に頭下げなきゃだな……


「そうか。ヒーラーに捕まってりゃまだ良いが……」


「コレットの捜索中にモンスターから襲われた、若しくはアンノウンに遭遇してコレット同様に消失してしまった可能性の方が高いと我々は見ています」


「俺もそう思う。弱っちいのに責任感が強い野郎だからな。どうせ自分がコレットをギルドマスターに推挙した責任を感じてやがったんだろ」


「コレットがギルドマスターでなければ、アンノウン討伐に向かう事はなかった……彼ならきっと、そう考えているでしょうね」


 やめてやめて小っ恥ずかしい! 何この羞恥プレイ! 俺の心ってそんなに筒抜け? 見透かされすぎてツルスケじゃねーの!!


 俺、もしかして単純な人間なんだろうか……始祖にも当たり前のように心読まれるし……


「ま、死んだって決まった訳じゃねぇ。そう気を落とすな。お前さん、あいつの事気に入ってたもんな」


「その言葉、そのままお返ししますよ」


 ぐわぁぁぁ……嬉しいけども、嬉しいけども恥ずかしい……


 ずっと信頼される人間になりたいって願っていた。もしかしてそれはとっくに叶っていたんだろうか。


 まあ……どいつもこいつも俺が死んだって前提で話してるのは未だに釈然としないけど。弱さへの信頼が一番揺るぎねーな。


「大丈夫です。彼が不在でも、全力で怪盗メアロに対抗します。任せて下さい」


「ああ、頼む。あの剣がなかったらルウェリアは……」


 ……?

 

 ルウェリアさんにはフラガラッハの事は話してないって言ってたよな。なのに何でここでルウェリアさんの名前が出て来るんだ?


「……いや、何でもねぇ。それと済まねぇが、剣の保管場所はどうしても言えねぇんだ。お前等を疑ってる訳じゃねぇが……」


「わかりました。怪盗メアロの武器屋への侵入を防ぐ事に全精力を注ぎます」


 普通なら猜疑心を抱いても不思議じゃない御主人の意向だけど、既に二人の信頼関係は強固らしく、ディノーは何も聞かずに受け入れていた。


 前回、鬼魔人のこんぼうがアッサリ盗まれた主因の一つとして、怪盗メアロにこんぼうの在処を把握されていたから――――そう考えたのかもしれないな。或いは、フラガラッハに関するあらゆる情報をシャットアウトしているのかも。怪盗メアロへの漏洩だけじゃなく、ルウェリアさんにも知られたくないみたいだからな。


 何にせよ、御主人なりの考えがあっての事。俺がこの場にいてもディノーと同じようにしただろう。


「過去の事例を見る限り、怪盗メアロは毎回予告状で盗む日を指定していましたが……今回は敢えて記していません。向こうも本気……という事でしょう」


「前の時は予告状が届いた翌日に実行、だったな。今回は焦らすつもりか?」


「わかりません。ただ、今日という事は恐らくないと思います。不意打ちで盗みに入るような性格なら、そもそも予告状など出さないでしょうから」


「いつもは色んな所に貼り付けてアピールしてやがるが、今回はウチ以外には見当たらねぇ。注目を集める為じゃねぇって事だな」


「はい。そして当然、偽者の仕業ではありません。ここにフラガラッハがあると知っている時点で、奴以外は考えられませんし」


 そう言えば、偽者の予告状が届いた事もあったな。あれはファッキウの仕業ってのちに判明したけど。当然今回は違う。まあ……文面考えたの俺だから、偽者と言えば偽者なんだけどさ。


「気になるのは、いつもと文面がまるで違うところですが……トモが言うには、あの怪盗はかなり子供っぽい性格らしいので、挑発のつもりかもしれません」


「チッ。嘗めやがって……」


 ――――?


 不意に、シキさんの視線が不自然に揺れた。


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