第201話 貴女からは血の臭いがしません

 今のは一体……


 何かに反応を示したのか? よくわからないけど、彼女だけが感知した何らかの変化があったんだろうか。


 でも特に何も見つからなかったらしく、再び視線は御主人とディノーの方に向けられた。


「予告状が出ている事を周囲の住民は知りません。あまり物々しい警備をすると、お客にまで不審な目を向けられてしまいますが……」


 普段からこの武器屋に勤めているだけあって、ディノーの気配りは決して余計なお節介でも過敏でもない。ベリアルザ武器商会にとって、お得意さんを失うのは生命線を断ち切られるようなものだ。


「背に腹は代えられねぇ。フラガラッハの盗難防止が最優先だ」


「……わかりました。店舗の周りを囲むように人員を配置します。東西南北に各一名をローテーションで。店舗内は俺が常駐します」


「十分だ。それで頼む」


「何か気付いた事や、改善点などがあったら言って欲しい。どうだろう?」


 御主人との打ち合わせが一通り終わったところで、ディノーが他のギルド員に呼びかけた。真っ先に挙手したのは――――マキシムさんだった。


「生憎、自分には怪盗メアロって奴を捕まえられるほどの戦闘経験はない。もし怪盗らしき人物を発見した場合はどうすれば良い?」


「可能な限り大声で知らせて下さい。これは戦闘力に関係なく、全員にお願いします。自分だけで捕まえようとはしない事。ベンザブ、オネット、君達もそれでいいかな?」


 暴走しそうな二人を名指しで呼びかけると――――意外にも両者とも素直に頷いた。ベンザブ辺りは不満を口走ると思ったのに。なんだかんだでプロ意識は高いのか。


「それじゃ、俺はルウェリアを看てくる。店番も任せちまって良いか?」


「大丈夫です。看病してあげて下さい」


 ディノーに礼を言った後、御主人が重い足取りで奧へと向かう。そして店のスタッフが不在になっても現場の緊張感は一切弛まない。


 当然っちゃ当然なんだけど……なんか全体的に俺がいる時より集中してる気がするんですけど。やっぱ俺、トップには向いてないのかなあ。


「すみません。新参者の自分が差し出がましい真似を。ギルドマスターの代理でもないのに」


 一息ついた直後、ディノーは年長者のマキシムさんに深々と頭を下げていた。


 そう言えばサブマスターって決めてなかったな……俺が離脱した時の事を全く想定してなかったもんなあ。


「いや、寧ろ助かっている。貴殿は実力も確かだし、この武器屋にも詳しい。自分に遠慮せず仕切ってくれ」


 マキシムさんから優しい言葉を受け取っても、ディノーは白い歯を見せず険しい顔のまま。緊迫感が伝わってくる。


「では……取り敢えず日中はオネットさん、ヤメさん、イリスチュア……のお姉さん、それと……タキタ君。お願いしてもいいかい?」


「うん。ボク頑張る」


 健気にも握り拳を作って答えているタキタ君。この光景だけ見たら、とても彼が犯罪者予備軍とは思えない。


 残りの四人は夜間の警備を請け負う事になった。男のマキシムさんとベンザブとグラコロ、元暗殺者のシキさんなら夜間でも問題なく仕事できるって判断なんだろう。妥当な配置だ。


 そう言えば、イリス姉はなんで今回の案件に加わったのか――――


「フフフ……フフ……この武器屋にはイリスが何度か足を運んでいたから……ここなら見つかるかも……」


 ああ、そういう事ね。完全に理解した。


 にしても日中組は不安な面々だな。本当にこのメンツで大丈夫か? まあ、怪盗メアロの性格的に夜間組の方を選んで盗みに入りそうだけど。


 ……って、違う違う! 怪盗メアロに成功して貰わなきゃダメなんだよ! ついギルド視点で考えちまったけども!


 怪盗メアロがどうやってベリアルザ武器商会にフラガラッハがあるって情報を入手したのかはわからない。だから、奴がこの武器屋の何処にフラガラッハがあるかを知っているかどうかも不明だ。


 奴には効果範囲内の物を手に吸い付ける【略奪】ってスキルがあるけど……前回それを使用された地下水路は、冒険者が既に押えている。よって同じ手は使えない。


 一体どんな方法で盗むつもりなのか……


「ちょっと良い?」


 夜間組に回った事で一旦解散する事になったシキさんだけど、武器屋からは離れず店内のディノーに話しかけた。


 珍しいな、彼女がヤメと俺以外に声を掛けるなんて。全くと言っていいほど見た事ない光景だ。


 案の定、ずっと真顔のままだったディノーも少し驚いた顔をしていた。


「怪盗メアロがどんな手段で盗みに来るって想定してる?」


「それは……真っ当な方法ではないと思うが……」


 痛いところを突かれたと言わんばかりに、ディノーは言葉を見失った。地下水路をしっかりマークしている辺り、決して何も考えてなかった訳じゃないだろうけど……彼はそもそも怪盗メアロについてはノータッチ。最低限の情報こそ共有しているけど、詳しくはない筈だ。


「トモの話では、怪盗メアロは壁や天井に吸い付くスキルを持っているらしい。だから、屋根の上から【略奪】を使う……とか」


「はぁ……」


 そんな初手と似たような方法、誰だって思い付くに決まってるでしょ? この街の誰一人捕まえる事が出来ない怪盗メアロがそんな安直な手段を選ぶと本気で思ってる? バカなの?


 ……って感じの溜息でしたね。ディノーが可哀想過ぎるんでやめてあげてシキさん。それパワハラよ。


「頼りなくて悪かったな。トモならもっと広い視野で推察できるんだろうが……」


「あの褐色の男といい、隊長を買い被り過ぎ」


 褐色の男って……マキシムさんの事か。名前で呼んであげてよ。


「そうか? 俺は君が誰よりトモを評価していると思っていたけどな」


「はあ?」


 はあ?


 いやいやそれはないない。逆張りが過ぎるよディノー。この人とヤメは俺を嘗め腐ってるギルド員ベスト5に入るよ?


「君の事を詳しく知っている訳じゃないが……無能の下で働くようなタイプとは到底思えない。君自身が相当な実力の持ち主だからな」


「お世辞言ったところで、その荒唐無稽な主張を肯定するつもりはないよ」


「だったら何故君は、このギルドに所属し続けている? 金に困っているなら、もっと実績のあるギルドに行けば良い。君なら何処でも引く手数多だ」


「今度は私を過剰評価?」


「極めて妥当な評価だと思うけどな。それに、失踪したトモを必死で捜索していたのも知っている。持ち前の機動力と情報網を最大限に駆使してね」


「……」


 えぇぇ……何これ、どういう状況? 俺の評価を巡って仲間割れ? 世の中興奮する事っていっぱいあるけど、やっぱり一番興奮するのは自分の為に争いが起きた時だよね。


「もし君が本当にトモを評価していないのなら……君は一体、何の為にこのギルドにいる? 何故ここの世話になると決めたんだ?」


 まるで敵でも見るかのように、ディノーの目が鋭さを増す。本気になればもっと威圧感が出る筈だから、ガチで詰め寄ってる訳じゃないと思うけど……


 ただ、この質問の答えには正直、興味を惹かれる。俺も不思議に思っていたからな。シキさんがウチに来たの。


 元暗殺者――――そんなヤバい経歴の持ち主が、どうして新米ギルドの門を叩いたのか。しかも当時は『街の警備は不要』って国の政策上、ギルドのビジョンやミッションが今より不明瞭だった。標榜が曖昧だったからこそ、自分の経歴でも受け入れられると思ったとか?


 答えは……


「アンタに言う義務なんてない」


 ……でしょうね。ここで素直に答えるような人じゃないのは、多分ディノーも理解しているだろう。


「それとも、何か企みがあって私がギルドにいるって言いたいの?」


「そんなつもりはなかったけど、そう聞こえたのなら謝罪する。申し訳なかった」


 謝りながらも、ディノーの目付きは変わらない。これは……何かしら疑っている雰囲気だ。せっかく信頼されてるかもって喜んでたのに、今度は仲間同士でギスギスとか……勘弁してくれませんか。


「……ま、慣れてるけどね」


 それだけ告げて、シキさんはディノーから離れて行った。


 うっわーこれ気まず……やっちまったなディノー。絶対凹んで後悔してるよ。帰ったらそれとなくイジろうかな。


 にしても、さっきのディノーへの失望から察するに、シキさんは怪盗メアロの手口をある程度予想しているっぽいな。ヤメには怪盗メアロへの対抗意識はないって言ってたけど、案外そうでもないのかも。


 ……ん? 今度は店の正面を警備してるオネットさんの方に向かってるな。まさか彼女にも声を掛けるのか?


「ちょっと良い?」


 掛けたよ……!


 どうしちゃったのシキさん。こんな愛想良いタイプじゃないよね? いや愛想は良くしてないけど。まさか自分のコミュニケーション不足を自覚してて、積極的に話しかけようとしてるのか……?


「はいなんでしょう!」


「怪盗メアロがどうやって盗みに来るか、予想とかしてる?」


「一切! して! いません!」


 でしょうね。ここでしてるって言われても納得いかないもん。オネットさん脊椎で生きてる人だし。


「……そう」


「あ! 待って下さい!」


 興味をなくした感じで立ち去ろうとしたシキさんを、オネットさんはいつものテンションで呼び止める。大声だけど勿論怒っている訳じゃない。


 ただ――――


「私も! 一つ! 聞きたいのですが!」


「……何?」


「貴女は本当に暗殺者だったのですか?」


 特に凄むでもなく、恐らく殺気を漂わせるでもなく。オネットさんは――――自分の剣を手に取り、剣先をシキさんに向けた。ただし鞘に入れたまま。


「何の真似?」


「貴女からは血の臭いがしません」


 ……え?


「何の根拠があってそんな事を言ってんの?」


「根拠も何も、ただの事実です。不肖私、これまで何人もの人間を殺めて来ましたし、同じ種類の人間と何度も殺し合って来ました。そういう人間は例外なく血生臭いものです。何処に染み付いているのかは知りませんが」


 硝煙の臭いじゃあるまいし、血の臭いって染み付くものなのか……? でも人妻屠り師の言葉だし、少なくとも説得力はある。


 だとしたら、まさか――――


「一体、どんな方法で消臭しているのか御教示頂きたいのですが」


 いや違う! 違うわ~それじゃないわオネットさん! そんなスカシ今は要らないって!


「……一応、念入りに身体は洗うけど。あとクーシィーカを煎じて香水代わりにするとか」


 クーシィーカってのは確か、消臭効果のあるこの世界のハーブ。とはいえ……俺でも知ってるくらいだから、即興で答えてる可能性もあるな。


「そうでしたか! ありがとうございます! 今度試してみますね!」


 嬉しそうにオネットさんは何度も頭を下げていた。目下の悩みだったんだろう。まあ、血生臭い人妻って時点でそりゃね……


 オネットさんの指摘に対し、シキさんは動揺したような様子を一切見せなかった。でもこの人は何があっても動じないくらいの精神力を持っている。それはマイザーとの戦闘時でも実感した。


 つまり、今の答えが真実とは限らない。


 説得力のある風貌や能力から、何の疑いもなく信じ込んでいたけど……もし元暗殺者って肩書きが嘘だとしたら、そこに新米ギルドへと加入した本当の理由が隠されているかもしれないな。


 ま、仮に経歴詐称があっても別に構わないんだけどさ。そんなの気にしてたら自称イリス姉なんて雇わねーし。あの人なんて存在自体が詐称だもの。


 とはいえ……心の何処かに留めていた方が良い情報なのは確かだ。



 その後、シキさんは他の面々にも同じ質問をして――――特に何事もなくその日は終わった。



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