第420話 だったら私が
城下町ギルドで一番モテるのは誰?
その問いに対し、シキさんが絶対に俺だと答えた。
ハイおしまい! もうこの事実だけで良いじゃん! これ以上は何も望まないし全てが蛇足だ。例えるならラスボスをブッ倒した後に延々と聞かされる悲しい過去くらい蛇足だ。こっちはもうそういうモードじゃねえんだよ祝勝会開かせろパレードやらせろエンディング流せってな具合に。
だけど悲しい哉、今の俺は所詮定点カメラ。勝手にこの場を去る事が出来ない。耳も塞げない。強制的に話の続きを聞かされるハメになる。
「……だそうだけど。ヤメ、今の気分は?」
「甘いねーフレっち。こんな事でヤメちゃんが発狂するとでも思った? ヤメちゃんのシキちゃんに対する信頼がこれくらいで揺らぐと思った? ねー思った? 違うんだなーこれが。ここから怒涛のギマバッシングをシキちゃんが繰り広げるに決まってるし黙って聞いてりゃ良い気分で部屋に帰れるんだから何を動揺する必要があんのさ。なあ?」
「そんな真っ赤な目で私に振られましても」
意外とこういう時は塩対応なんだなアヤメル。ノリノリで俺を叩きそうな流れなのに。あいつはよくわからん。
「とぉにィかぁくゥゥ! 理由を聞かねー事には始まんねーの! シキちゃん言ったれ言ったれ! ギマがモテるって思う理由言ったれ!」
半ば自棄になってお湯をバシャバシャさせるヤメに促されるように、シキさんが口を開く……かどうかは知らん。見えないからね口元も全身も。ずーっと同じ景色。だっれもいない温泉延々と眺めてるだけ。ストレス溜まるわー。
「理由って言うほどでもないけど」
お。シキさんの声だ。どうやら開示するらしい。正直俺も気になって仕方ない。
一体どんな――――
「単純に女と接触してる機会がダントツで多い」
「それな! ハイそれな! それそれェ! さっすがシキちゃんわかってるゥー! あのクソ野郎ってば女と遊ぶ事しか考えてねーの! やーホント酷いったらないもんね! 取っ替え引っ替え毎日違う女とクチャクチャクチャクチャ喋ってんの! シキちゃんが呆れるの超わかる!」
さっきから必死過ぎだろヤメ……マジうるせぇ。
とはいえ身に覚えがないとも言えない。イリスとの混浴の件なんて流石に自分でもどうかと思ったし。もっと冷静に対応できた筈なんだよな。混浴って言葉に浮かれてた自分を否定できない。
「私はトモと会う時は屋敷の中ばかりだから、それ以外の彼をよく知らないんだけど……そんなに女と遊んでるの?」
「遊んでいるかどうかはわかりませんけど、よく『城下町ギルドのトップはいつ見ても女とばかり一緒にいるいけ好かない野郎』って話は聞きますね。ギルドにいる時は気になりませんでしたけど」
メンヘルの証言が生々しい……やっぱギルド外でもそういうイメージ持たれてるのか。まあ実際、俺が親しくしてる女性ってルウェリアさんとかティシエラとかイリスとかコレットとか、街でも目立った存在ばっかだもんな。俺が悪目立ちするのは当然かもしれない。
「ですけど、ギルドマスターが遊び人というのは誤解だと思います。そういうタイプではないです」
おお、ここに来てなんて心強い援軍! 夫が遊び人のオネットさんの意見は他の女性陣より絶対芯食ってる!
「ギルドマスターはどちらかというと、弄ばれ人のような気がします」
……弄ばれ人?
「なんか斬新なワード来ましたね。それどういう意味ですか?」
「当の本人は女性と親しくなって親密な仲になる事を想像していても、実際には恋愛関係には発展せず現実に弄ばれるタイプです」
女性に弄ばれるんじゃなくて現実にかよ! なんだそりゃ……芯食い過ぎじゃねぇか……心当たりがあり過ぎて心臓張り裂けそうなんですけど……
「……」
「どうしましたアヤメルさん。露骨に顔がどんよりしてますよ」
「いえ……私もそういうタイプなんで急に不意打ち食らったって言うか……」
あー、なんかわかるわ。アヤメルってモテそうでモテなさそう。最初は下心ありきで近付いた男がドン引きするか友達感覚になるかのどっちか、みたいな。
って誰が誰を分析してんだって話だけど。
「でも一理あるかもね。トモってあんまり色気とかないし。あと危険な香りとかもしないし、ときめくって感じは全然ないもの」
うぐっ……! フレンデリアの今の一言が何気に一番堪えたかも……
いや色気なんてどうやったって無理なのよ。ああ言うのって経験豊富じゃないと出せないでしょ。あと娼館育ちのファッキウみたいな奴とか。
やっぱアレか。モテる男って多少なりとも危険な匂いがしないとダメなのか。良い人止まりで終わる奴は所詮男としての魅力には欠けると思われてるのか。
……まあ別に良いけどさ。そういうモテ方する奴を羨ましく思う気持ちがないとは言わないけど、自分がそうなりたいとは微塵も思わん。そういうのは俺が求めてるカッコ良さとは違う。もっとこう……アレだよ。アレ。
「そーそー。ギマってそんな感じよな。ピエロオブピエロ。シキちゃんもそう思うっしょ? あーゆー奴って幾ら女口説こうとしてもモテないんだって」
「……」
「あれ……? シキちゃん?」
シキさんが乗って来ない事にヤメは意外そうな声をあげてるけど、俺は全く驚かない。シキさんは他人に諭されて簡単に意見を変えるタイプじゃないしな。
ただ……それだけに恐怖はある。
シキさんが自論の正当性を主張する為に、イリスとの混浴の件をここでバラしてしまう可能性があるからだ。
あの人は基本、他人の事をベラベラと喋るような真似はしない。そういう行為を好まない。そもそも俺とヤメ以外には無口だし。
とはいえ、これだけ否定意見が出て来ると反論したくなるかもしれない。意外と意固地なトコあるしな……
歯痒い。せめて声だけでも出せれば……いや女風呂でそんな事したら一発でアウトか。どっちみちこの女子会は止められない。
暫しの静寂の後――――
「隊長はモテてると思うけど」
シキさんが重い口を開いた。予想通り意見は曲げず。
「無駄にコレットに懐かれてるし」
「……」
あ、なんかフレンデリアの微かにピキった音が聞こえた。怖……
「ティシエラやイリスも随分肩を持ってるみたいだし。あとルウェリア……だっけ。ベリアルザ武器商会の子とも親しげ」
「あ、その話は本当によく聞きます。酒場で特に。みんな殺気立って言ってますね。近日中に何らかの猟奇的な手段で殺されるのではないでしょうか」
メンヘルがもたらす情報はいつも俺に恐怖と重圧を与えてくる。こりゃもう飲み会には参加できないな……
「あと、受付のユマも隊長の話ばっかしてる」
……え。
初耳なんだけど。ええ~っ? もしかしてそういう? いやでもユマは10代も10代、半ばだしなあ……困るなぁ……ええ~っ?
「あー、よく話してんね。『ウチのお母さん、トモ君の事やたら持ち上げるんだよね』って」
はい?
「私も何度も聞きました。逆にユマちゃんのお母さんは全然トモ先輩の話題出しませんよね。オネット先輩はどう思います?」
「不肖私、その件に関しては、ノーコメントで」
おいおいおいおい! 人妻がそんな意味深な事言うなや!
嘘だろ……? 俺ってユマ母にモテてんの? 全くそんな素振り見せてるの見た事ないけど?
確かにユマ母には受付の仕事を頼んだ時に色々お世辞……は失礼か、多少盛って褒め称えた記憶はある。綺麗な人ではあるけど社交辞令を交えていたのは確かだ。
「なんかさー。生々しいよな。本人に全然そんな感じ出さねーのが却って」
ヤメのその発言を否定する意見は一切なく、寧ろ相槌を打つような声ばかりが聞こえてくる。全会一致って奴だ。
ちょ、ちょっと待ってくれよ。シャレになんねーって。まさかこんな所でこんな爆弾発言を聞かされるなんて誰が思いますか?
言うまでもなくユマ父は俺にとって恩人だ。ユマをモンスターの襲撃から助けたとは言え、武器屋を一件そのまま譲渡して貰ったんだからな。アインシュレイル城下町ギルドが存在しているのはユマ父のおかげだ。
そんなユマ一家の平和を俺が潰す事になりかねないだと……?
「トモ先輩、気付いてると思います?」
「気付いてんじゃねーの? なんなら口説く為に採用したまでありそ」
ねーよ!!! ザケんな!!! 俺そういう奴一番カスだって思ってるからな!?
うわーマジかよ最悪だ! 俺こいつらに性欲満たす為に人妻雇ってるって思われてんのかよ! あーもー終わった! 信頼関係グチャグチャだよ! もう終わりだよこのギルド!
「冗談はそれくらいにしておきなさい。アヤメルさんが本気にしたらどうするの」
……ん?
「へーい。怒られちった」
「やですね。流石に私でも今のは冗談だってわかりますよ。トモ先輩、変な所でお堅いっていうか無駄に倫理観ありますからね。不貞行為に及ぶ事はないと思います」
お……おおお……良かった……俺の事ちゃんとわかってくれてた……危うくギルド解散を宣言する所だった。どうせ声には出せないけど。
「ま、だからこそモテそうにないんですけど。つまんない男ですよ奴は」
「私もアヤメルさんに同意します。マイザーさんには気に入られているみたいですけどチッチさんは露骨に嫌ってますし、女性より男性にモテるタイプなのでは?」
「それなー。イカれた男には好かれてんのよ。ウチのバカ共もそうだし、アイザックとかファッキウもやたら執着してたもん。フレっちもそう思うっしょ?」
「狂人を惑わすフェロモンでも出てるのかもね。人妻的にはどう?」
「人妻的には、ときめきはしません」
おおう……理解が及び過ぎて残酷な天使のテーゼをザクザク突きつけてくるじゃん……狂人に好かれても何一つ嬉しくねぇ……
けど、それが現実か。
可愛い女性が周りに何人もいて、話し相手には困らない。一見するとモテモテのようだけど、実際にはその状況にもかかわらず好意を告げられた事など一度もない。俺を恋愛対象として見てる人は一人もいないのかもしれない。
恋愛については交易祭の時に随分と考えた。なのにこれと言った収穫もなければ、自分自身誰かを好きになったり恋をしたいと思ったりもしなかった。昨夜はあれだけイリスと濃密な夜を過ごしたと言うのに、結局一晩明けたらそんな雰囲気には全然ならなかった。
環境は悪くない。寧ろ良過ぎるくらい。それなのにこのザマって事は……俺は多分、恋愛に向いてないんだろうな。自発的に誰かに恋する事が一生ないのかもしれない。俺みたいな奴が好きになったところで……みたいな根暗な思考を前世からずっと引き摺ったまままだ。
ギルドを興して、ギルドマスターって立場になれば劇的に変われると思っていた訳じゃない。でも立場が人を作るってコレットが実証していたし、俺もそうなるって期待はあった。社会的な責任を負ってその中で成功体験を重ねれば、自信が付いて愛し愛される事に抵抗もなくなるんじゃないかって希望は持ってた。
なのに、何一つ変わっちゃいない。何が第二の人生だ。自分を取り戻すだ。俺はもうずっとこんな感じで生きるしかないんだ。
この定点カメラみたいな状態が、皮肉にも俺の本質を表している。自分から動くでもなく、何かを生み出す訳でもなく、ただそこに映るものをボーッと眺めているだけ。転生後は偶々、大勢の人達が映ってくれたから華やかに見えていただけだ。
そうか。俺の人生は定点カメラだったのか。また一つ真理の扉を開いてしまった。
でもこれは自虐って訳じゃない。自分の人間性はともかく今の人生はとても気に入っているし手放したくもない。やり甲斐も生き甲斐もある。ギルドにいるみんなを出来るだけ鮮やかに映す定点カメラ。そういう人生で良い。寧ろそれが良い。後は毎日美味しいパンを食べてこんな感じでポエムを発表するような人生で全然OK。あとはたまーにで良いから誰かに説教できるのなら尚良い。
最初は訳わからな過ぎて混乱しかなかったけど、自分の生き方をあらためて見つめ直せた良い機会になった。これが夢なのか幻覚なのか何なのかは知らんけど、体験した甲斐はあったかな?
「どう? シキちゃんもそろそろ意見変わったっぽい? 変わったっしょ? 大丈夫大丈夫、変わっても誰も怒らないって! さ、変わろ?」
ヤメの自己啓発セミナーレベルの圧がシキさんを襲う!
もうダメぽ……
「隊長ってそんなにモテないんだ」
案の定、ずっと主張を覆さずにいたシキさんがいよいよ論破されようとしている。
すまないシキさん。俺が不甲斐ないばっかりに恥を掻かせてしまった。シキさんは何も悪くないんだ。俺がモテないのが悪いのさ……
「だったら私が貰おっかな」
……へ?
「へ?」
「え?」
「え?」
「……」
「あら」
幻聴……じゃないな。他の五人のリアクションからして。
そうか。シキさんは俺が欲しいのか。へぇー。
へぇー……。
どぇええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?
「冗談だけど」
おいコラ待てや! フラグ折るの早えーよ! 立てた瞬間に蹴り折っただろ! じゃあ何の為に立てたの!?
シキさんって割とこういう事するんだよな……で、俺が狼狽えるのを見て面白がる小悪魔。また弄ばれてしまった。ああ、確かに俺って弄ばれ人だわ。こっちのフラグを回収してどうすんだよ。
でも意外だな。俺がいない所でもこういう冗談言うんだ。そのイメージはなかった。知らない間に随分ギルド員達とも打ち解けて――――
「シキちゃんさー。もしかしてまだ酔ってる?」
……どういう事?
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