第419話 音声のみのガールズトーク

 現状の俺を一言で例えるなら、そう――――


 女風呂盗撮風定点カメラ。


 ……これは酷い。とはいえ宇宙は広いし中にはこんな形で転生してしまった奴もいるんだろうな。俺は一時的なだけマシだ。


 そして女風呂に6人もいるのに誰一人としてカメラに写らない奇蹟……でもないか。無駄に広過ぎるんだよこの大浴場。市民プール並の面積だ。しかもお湯の色が青いから余計プールっぽい。


 とはいえ立ちこめている湯気が温泉である事を如実に物語っている。つーか人っ子一人映っていないのに湯気バリアが張られているこの光景なんか虚しいな……


「では率直に聞きます。一番カッコ良いって思う人は誰ですか!?」


 品評会の口火を切ったのは言い出しっぺのアヤメルだった。


 ガールズトーク、或いは女子会において鉄板とも言えそうなネタフリ。いや知らんけど。そんな事やってる現場に居合わせた経験ある訳ねーし。


 小・中・高の修学旅行で足を踏み入れたのは全て男部屋。イケメングループが女部屋に出張して和気藹々とやっていた……かどうかすら知らん。全然縁のない世界だったから仕方ないね。つーかそれ以前に修学旅行の記憶があんまりない。俺はあの旅行で何を学び、何を思い出として残したんだろう? 三回もあったのにな。ただただ旅費の無駄遣いだった。


「……あのー。誰も答えないと品評会にならないんですけどー」


 ひっそり落ち込んでる場合じゃない。音声のみのガールズトークが早くも終わりかけてる! 同接一桁のVTuberでもここまでグダるの早くないぞ。


「つーかお題が悪くね? ウチのギルドにカッコ良い男なんていねーの」


 ミもフタもないヤメの断定に反論の声が一切挙がらない。いや……そんな事はないだろ? 例えば――――


「ディノー先輩とかダメですかね。あとアクシー先輩も顔だけならカッコ良いですよ?」


「バカ言ってんなって。人妻にホレて自我崩壊起こしてる人生グダり男と右肩下がりの変態にカッコ良いとか死んでも言えねーだろ」


 ひ、酷い……! ヤメさんそれはあんまりだ! 人生グダり男とか右肩下がりの変態とか……そんな誰も反論できない揶揄はやめろ! 本人聞いたら泣くぞ!


 つーかこの話題になってからアヤメルとヤメしか話してないんだけど。後の四人何してんの? 寝てる?


「流石にそれはあんまりでは……オネット先輩はどう思われます?」


「はあ。ディノーさんは頼りになりますよ。誠実ですから。後一人の方は、加入したばかりなので、よくわかりません」


 アクシーさん……一対一の決闘を挑んだ相手に全然覚えられてない……


 良くないよ。何が良くないって、この会話が俺の脳内で作り出された妄想の可能性があるって事だよな。でも俺マジでこんな事思ってないんだけどな。無自覚に潜在意識とかでそんな認識なのか? でも俺が逆立ちしたって人生グダり男と右肩下がりの変態は出て来ないと思うんだよな……


「では次、メンヘル先輩に窺いますね。お二人をどう思われますか?」


 メンヘルってアヤメルより年上なんだな。見た目はどっちかってーとメンヘルの方が幼いんだけど。


「あの仮面付けてるヤバい人は私が在籍中いなかったから知りません。ディノーさんは……すみません。よく覚えてないです」


 流石、幼女好きのペドフィリア女。男には全く興味がない。そりゃ会話に入って来ないわな。


「な、なんかディノー先輩って意外なくらい酷評ですね。冒険者ギルドにいた頃は結構人気者だったって聞いてるんですけど」


「うーん。私はギルドの人間じゃないから詳しい評価は出来ないけど、彼が城下町ギルドに来てからの実績と挙動を見る限りだと、期待ほど役に立っていない上に最近は迷走してるとしか思えないかな」


 フレンデリアにまでこんな言われ方すんのかよ! 合同チームの遠征で面目躍如を果たさないと人生グダり男が定着してしまう。マジで頼むよディノー。


 残るはシキさんか。


 ……ちょっと気になる。シキさんがディノーをどう評価してるのか。


「シキ先輩はどうですか? カッコ良いとか思ったりしません?」


「別に」


「だよねー! シキちゃんがあんなのカッコ良いって思う訳ないもんね! シキちゃんの方がずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっとカッケーし」


 スゲェ肺活量だなヤメ。だがその意見に賛同は出来ないねえ。


 シキさんは可愛い。断じてカッコ良いじゃない。いやヤメも以前可愛いって言ってたから『可愛いけど可愛い事を自覚してないシキさんカッコ良い』みたいな認識か。だとしたら納得せざるを得ない。やるなヤメ。やはりお前は俺が睨んだ通り、シキさんソムリエの頂点をかけて俺と競える唯一の存在……


「んー、これだとなんか悪口大会と似たり寄ったりになっちゃいますね。お題変えましょっか。一番モテそうな男性は誰だと思います?」


 お。地味にテクニック使って来たなアヤメル。主観で語るより客観性が伴うこの議題の方が意見は出しやすい。


 つーか6人中3人が男性より女性を好きなんだから、そもそもカッコ良い男を話題にして盛り上がるメンツじゃないんだよね……


「それなら、不肖私にお任せ下さい。モテる男性の事は良く知っています。それはもう詳しく」


 怖いよオネットさん。浮気野郎の夫に対する怨念と一摘みの誇らしさを感じる。そのエッセンスがバリッバリに利いてる所が余計に怖い。


「そうですね。城下町ギルドの男性陣で一番モテそうなのは、マキシムさんではないでしょうか」


 む。渋い所付いてきたな。俺も賛成だ。


「マキシムさんって、確か妻帯者じゃなかったですか?」


「その通りですメンヘルさん。既に結婚して子供もいて、そういう男性が実はモテるんですよ。心に余裕がありますし、女性側も安心感があるから、近寄りやすくなりますしね。既に一人の女性の人生を背負っている男の醸し出すフェロモンは、独身男性の比ではないのです」


 なんという説得力。実際わからなくもない。世の中に浮気だの不倫だのが蔓延して一向に減る気配もない最たる理由じゃないだろうか。


「そうね。貴女の意見には一理ある気がする。最愛にして最高、そして最強の女性と家庭を持つ事でしか得られない幸せを吸収して、人は強くなるの」


 フレンデリアさん……最後一般論っぽく『人』って言ってましたけど、違いますよね? 自分の未来しか想定してませんよね? さり気なく最強とか言ってコレットに特定してたし。


「ありゃ、早くも2票入りましたね。城下町ギルドのモテ王はマキシムさんで決まりですか」


「私はタキタ様を押します」


「……え」


 えぇぇ……まさかその名前を聞く事になるとは。しかも様付けて。


 まあ、名前挙げたのは間違いなくメンヘルなんだけど。


「えっと、タキタって誰だったっけ?」


「前にウチにいた子供」


 フレンデリアに問われたシキさんが雑に返す。ってかこの二人の会話ちょっと新鮮。音声だけなのが残念だ。


「私は彼に調教されたのです」


「……」


 ちょっとメンヘルさん! 急にぶっ込みやがったから一瞬にして地獄みたいな空気になってんじゃん! こいつやっぱ本場の変態じゃねーか!


「あ、誤解しないで欲しいのですが、性的な意味ではありません。御存知の通り私は可憐な女児を目で愛でる事を生き甲斐にしていますけども、そんな私より更に高度な慈しみ方をしていたのがタキタ様で、その差を思い知らされたという意味で調教という言葉を用いただけです」


 用いるなよ。全然違うだろ。あと御存知の通りとか言われてもアヤメルはわからんだろうに……


「ですがメンヘルさんは確か、そのタキタから受けた精神的圧迫を理由に、ギルドを辞めた筈ですが」


「はい。当初はとても恐ろしくて毎晩悪夢を見るくらいでした。ですが或る日を境にそれは尊敬へと変わったのです。特にこれといった理由はないのですが」


 ないんかい。逆に生々しいな。でもそういう事か。ファッション狂人だったのに、そこで一気に本物に覚醒したんだな。


「ところでタキタ様はどうなさってるんでしょうか? 今回の旅行にも不参加みたいですが」


「あー……なんか旅立っちったみたい。えっと確か偉い精霊使いの子孫だったっけ? だから修行に出されたとかなんとか」


 あのヤメがメッチャ気を遣ってる……それだけこの話題をさっさと終わらせたいのか。


 タキタ君の正体はエルリアフだった。既に奴はギルドを去って、今何処で何をしているのかは知らない。でもそれをメンヘルに言う必要はないだろう。


「そうですか。残念ですが仕方ありません。でも私の一票は不動です」


 思い出は美しいままで良い。美しいって言葉が相応しいとは到底思えないけどな。


「では、次はヤメ先輩に伺います! 先輩が思う一番モテそうな野郎は誰ですか!? シキ先輩はナシですよ!」


「ん――――√ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\______/\______/\/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄」

 

 いやそんな悩むなよ。お前常日頃から俺の事『女とばっか絡みやがって』ってイジってんじゃん。どう考えても俺だろ?


「モテそう……ってんならあいつかなー……」


 だから俺だろ。勿体振るなよ。ぶっちゃけギルマス的には最低一人は挙げて欲しいんだよ。実際にモテているかどうかは別としてさ。ホラはよ言え。


「ダゴンダンド爺」


 ……は?


「え? ダゴンダンド先輩って確か……おじいちゃんですよね?」


「そそ。だって毎週女と会ってるし」


 それは看護師だろ! 持病で定期的に病院通いしてるだけじゃねーか! モテてるって言わねーよ! かーっこの逆張り女! ザケんなマジで!


「ヤメ先輩、この手の話ホント興味ないですよね……誰と誰が破局したとかトモ先輩の失敗談はメチャクチャ食いつき良いのに」


「だっておモロいじゃん。おモロくね?」


「最高に面白いです」


 おい馴染み過ぎだろアヤメル。お前汚れちまったな。冒険者ギルドに帰ったら苦労すんぞ。


「それじゃーシキ先輩は大トリって事で、先に私が言いましょうかね」


 空気を読んだなアヤメル。シキさんがどう答えるか、それが一番気になるのは女性陣も同じか。勿論俺もだ。


「私はフツーにディノー先輩だと思ってたんですけど、確かに最近のあの人見てるとモテそうじゃないですよね。だったら……トモ先輩かな?」


 おおっ! まさかのアヤメル! この一票はデカい! デカいぞ! サンキューアヤメル! マジありがとう! あーやっぱ冒険者ギルドで日々研鑽を積んでる奴は見る目も養われてるわ。


 うわ……どうしよう。俺モテそうなんて初めて言われたよ。そんなの無縁の人生だったもんな……ありがとう、この身体。今は感覚ないけど。


「ぅえ゛~。あんなのの何がモテんの?」


 うるせーぞヤメ。今からアヤメルさんが素晴らしく説得力のある理由を言ってくれるから黙って聞け!


「消去法です」


 えぇぇ………第一声えぇぇ……


「正直、男性として魅力的とは思いませんけど、私より低レベルでこの街に辿り着いたのは評価せざるを得ません。それと私に対するセクハラ発言やイヤらしい視線に毅然とした対応をしてくれましたので。私のこの感謝の気持ちをみなしモテとして加算した結果、トモ先輩という事で」


 なんだよみなしモテって! みなし残業みたいに言いやがって! これじゃ忖度で選びましたって言われた方がまだマシじゃねーか!


 ぬか喜びにも程がある。やっぱアレか、普段から傲慢にならないようにって自制し過ぎてんのかな。その所為でナメられ過ぎてしまったのか。


 ……いや、単に男としての魅力に乏しいだけか。冷静に考えたら俺ってこの街の中じゃ最弱の部類だし、それを評価するのはアヤメルくらいで普通は大減点項目だ。


 そもそも俺は、モテたいって気持ちを前面に出し切れない人間なんだよな。そういうのが恥ずかしいって思っちゃうから。


 生前、強烈にモテたいと思っていた時期はあった。小学校高学年の頃だ。


 クラスの可愛い女の子と恋人になりたい……とかは特に思わなかったけど、良く思われたいって気持ちはかなり強かった。出来れば会話できるくらいの仲になりたかった。


 だけど、その可愛い子はクラスで一番モテていた男子と付き合っていたらしい。それを知ったのは中学生になってからの事。階段の踊り場で女子が話してるのを偶々聞いて『ま、そうだよな』って思ったのは鮮明に覚えてる。


 あの初恋とも言えない体験一つで、自分が高望みをしてしまう人間だって思い知らされたのと同時に、それは決して叶わないと実感してしまった。だからあれ以来、モテたいという願望は羞恥心によって押さえ付けられてしまうようになった。


 例えばこれが告白してフラれたとか、友達に『お前なんか相手して貰える訳ねーだろ』って言われるような体験だったら、開き直ってモテる自分になりたいと願えたかもしれない。だけど現実は隠したままの気持ちを薄くエグられただけで終わった。俯いたまま見えている落とし穴に落ちて、誰からを手を差し出されず虚しい気持ちで上がったような感じだ。


 結局あれ以来、自分がモテている未来が想像できなくて、そうなりたいと願う事自体が恥ずかしいと思うようになってしまった。初体験の失敗も多分、そこに起因するんだろうな。自分に自信がなくて相手に嫌がられているって被害妄想が、自分の中の色んなエネルギーを涸渇させてしまった気がする。


 きっとシキさんは俺の名前を挙げるだろう。シキさんはヤメ以上に俺が女性とばかり話してるってイジってくるし、他の男と親しくしている様子もない。自惚れでもなんでもなく、シキさんと一番親しい男は俺だ。


 でもそれも、別にモテてるからって訳じゃないんだろう。シキさんにとって俺は恩人って事になってるし。だから俺の名前を挙げて顔を立ててくれるか、『だっていつも女と会ってるし』って素っ気なく言うかの二択。多分後者かな。そしてヤメが賛同して笑う。その絵がハッキリ浮かぶ。


 悔しい事に、それでも悪くないと思ってる自分がいる。モテる男ってお題目でシキさんが俺の名前を挙げて、それで場が一盛り上がりする。それで十分良い気分になれる自信がある。


「それでは皆さんお待たせしました! シキ先輩、お願いします!」


 多分こういう空気をシキさんは好まない。ヤメがいるから一応最低限喋ってはいるけど、出来れば早く終わって欲しいと思ってるだろう。だから余計雑な答えになりそう。


 そんな俺のやさぐれた予想は――――



「絶対に隊長」



 やけに力の入ったシキさんの一言によって、正解だけど不正解という妙な結果になった。





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