第205話 緊急事態

「アンタの正体は怪盗メアロ。そうなんでしょ?」


 腰高なシキさんがゆっくりと歩を進めて距離を縮める中、詰め寄られている人物――――



 ディノーは困惑の表情を浮かべていた。



「……俺が? 一体何を言ってるんだ?」


 俺もシキさんも、一番怪しいのはこのディノーという意見で一致した。理由は幾つかあるが、一番はやはり『一人だけで屋内の警備を担当した事』、これに尽きる。


 ディノーは日頃からこの武器屋の警備を行っているから、あまり深く考えないとごく自然な決定のように思える。けれど一人で丸一日警備を続けられる筈がないんだから、明らかに不自然なんだ。


 通常時なら、営業時間だけ警護を固めれば良い。でも今回は昼夜問わず現れる怪盗メアロから店を守る必要がある。幾ら外を完璧に固めているとはいえ、相手が相手だけに内部も万全の体制を敷く必要がある。最低二人は担当しないとおかしい。


 それに、サブマスターを決めていなかった関係で、ディノーがギルマス代理のような立ち位置になっていたのも怪しい。彼は確かにハイレベルな冒険者だったけど、ウチのギルドでは新参。仮に指揮を執る立場を主張するにしても、通常なら最年長のダゴンダンドさんに話を通すべきだ。


 でもギルド内でそんな様子は全く見受けられなかったし、マキシムさんにだけ頭を下げていた。


 加えて、ここに着いてからの言動。



『気になるのは、いつもと文面がまるで違うところですが……』



 俺が文章を考えた怪盗メアロの予告状に関して、ディノーはこう見解を示した。それ自体は妥当だ。今回はこの武器屋のみに送りつけられたけど、普段怪盗メアロの予告状は至る所に張り出している。ディノーが目にする機会も多かっただろうし、過去の文面を知っていて当然だ。


 問題はその直後に言った言葉。



『トモが言うには、あの怪盗はかなり子供っぽい性格らしいので、挑発のつもりかもしれません』



 怪盗メアロの予告状は元々が思いっきり煽り文だ。鬼魔人のこんぼうの時もそうだった。そもそも予告状自体が挑発前提のものなのに『文面の傾向の変化=挑発』って見解は却って不自然だ。


 シキさんも、この時のディノーに違和感を覚えたらしい。だから視界が揺れたんだろう。


 何より、怪盗メアロが化ける上で重要なのは『事前にベリアルザ武器商会の情報が得られる人間』であり、該当するのはディノーだけなんだよな。これが決め手と言っても良い。


 いつもの怪盗メアロなら、こんな見破りやすい人物に化ける事はきっとないだろう。でも今回は自分で選んだ盗品じゃないから、事前準備が出来ていない。その中で効率を重視するなら、必然的にディノーを選ぶ。捻りを加える余地はない。



「惚けても無駄。今日決行する予定だったのも、アンタがトモに頼まれたのも、全部知ってるから」


 取り敢えず俺の名前さえ出せば、単なる推理や勘で犯人扱いされた訳じゃないって事はわかるだろう。


「……お前、どうやってトモと連絡取った?」


 お、露骨にトーンが変わったな。惚けても無意味だと悟ったらしい。この状況判断の早さは流石、怪盗メアロだ。


「よくわからないけど隊長、魂とか思念みたいなのになって私に張り付いてるんだよ。本人の姿が見えたり声が聞こえたりする訳じゃないけど、精霊は召喚できるみたい」


「精霊を介してか……マギを分離して城の外に飛ばした状態なら可能だよなー……あのヒーラーの親玉ならそれくらい余裕だろうしなー……で、なんでトモは我を止める?」


 既に口調は完全に怪盗メアロのものになっているけど、姿も声もディノーのまま。なんかスッゲー不自然だな。


「アンタがフラガラッハを盗み出したら、この武器屋の娘がピンチなんだって。一旦戻って来るように隊長が頼んでるけど?」


「ハッ。そんな理由で我が予告状を撤回するとでも? しかも自分で頼んでおいて『やっぱりやーめた』なんて通用すると思うのか? バーカ」


 ぐっ……予想通りとはいえ面倒臭い奴……


 仕方ない。俺も腹を括ろう。


 計画は練った。後はそれがハマるかどうかを見届けるのみ。頼むぜシキさん。


「どうやら交渉は決裂みたいね」


 ここから先は、ノンストップの追いかけっこだ。怪盗メアロがフラガラッハを盗み出すのが先か、それとも――――


「我を捕まえるつもりか? 粋がってんじゃねーぞ……三下風情が!」


 なっ……消えた!?


 いや落ち着け。そんなスキルや魔法を持っているのなら最初から使っている。消えたんじゃない、高速移動しただけだ。


「チッ!」


 シキさんも舌打ちしながら即座に反応して動き出す。行き先はルウェリアさんの部屋で間違いない。


 当たり前だけど、一度も入った事ないから大体の場所は知ってても正確な位置や内装は全く知らない。俺がこの世界に転生した際に寝かされていたのは御主人のベッドだった。確かその向かいの部屋だった筈。シキさんにも伝えてある。


 にしても……視界がビュンビュン動くな。ジェットコースターに乗ってる気分だ。シキさんってこんな俊敏なのか。マイザーと戦った時よりも鋭さが増している気がするんだけど……まあ、あの時は相手もシチュエーションも少し特殊だったからな。


 本当ならモーショボー辺りを召喚して意思の疎通を図りたいんだけど、このスピード勝負の中じゃ足を引っ張るだけ。今のところは事前に打ち合わせした展開通りだから、素直にシキさんに任せるしかない。


 もし部屋に入るまでに追いつけなかった場合は――――夜勤組の出番だ。


 外で警備中の彼等には既に話を通してある。怪盗メアロがルウェリアさんの部屋の窓から逃げ出すようなら、窓の外で待ち構えているマキシムさん達が飛びかかって確保。出来れば巻網漁に使うようなでっかい網が欲しかったところだけど、生憎そんな物を用意する暇はなかった。


 ただし、部屋に直接侵入するとは考え難い。略奪スキルがあるからな。


 怪盗メアロがディノーに化けて入れ替わったのは恐らく、予告状を出しに行ったタイミングだ。そこで既にルウェリアさんの部屋の位置は確認しているだろう。略奪スキルの射程範囲に入った時点でそれを使えば、部屋の何処にフラガラッハを隠していても奴は手にする事が出来る訳だ。


 でも、そのスキルを使った時に必ず隙が生じる筈。狙うならその瞬間だ。


 奴がスキルを使う前に捕捉しないと――――


 おっ、いた!


 流石の怪盗メアロも、ディノーの姿のまま決して広くはない武器屋の居住エリアを最高速度で突っ走るのは無理だったか。


 ベリアルザ武器商会は平屋だから階段こそないものの、ルウェリアさんの部屋に向かうには三回ほど曲がる必要があり、減速は必至。その間取りが奏功した。


「げげっ……もう来やがった」


 見下すような発言で煽っていた割に、怪盗メアロの表情に余裕はない。恐らく既に略奪スキルを使える範囲に入っているだろうけど、今使えばシキさんから隙を突かれる。だから使えないでいるんだ。


「観念しな!」


「ハッ! 追い付いたくらいで良い気になるなよ小娘!」


 おいおい、どのツラ下げてシキさんを小娘呼ばわりしてんだこのメスガキ……煽るにしたって言葉のチョイスが変だぞ。それだけ混乱してるって事か?


 ……いや。俺とコレットに追い詰められた時も、奴は最後まで冷静だった。ああ見えて19歳のシキさんより年上かもしれない。下手したらロリババアならぬメスガキババアなんて事も……ないか。


 ただ、冷静なのは正解だった。


「!」


 シキさんの目が驚愕で見開かれ、景色が微かに広がる。


 無理もない。追い詰めたと思った怪盗メアロが突然、壁を伝って天井に足だけで張り付いたんだから。


 俺は既に一度見ている。でもシキさんは初めての経験。事前に奴のスキルに関しては伝えてあったけど、それでも足の裏を天井にくっつけて逆さのまま仁王立ちしている奴を見れば、違和感を抱かずにはいられないよな。


「フラガラッハよ、我が手中に来い!」


 シキさんが投擲しようとナイフを構えるも、その前に略奪スキルを発動されてしまった。隙を突かれたのはこっちだったか……


 名前を呼ばれたその剣は、まるで忠実な僕であるかのように壁さえも飛び越え――――恐ろしいほど迅速に、怪盗メアロの右手へと収まった。


 ルウェリアさんの部屋にいる筈の御主人でさえも、全く気付いた様子がない。一度発動したら為す術なく盗まれる。これが怪盗メアロを無敗たらしめているスキルだ。一度見たからといって対抗策を講じられるようなものじゃない。


「残念だったな。中々健闘した方だけど、所詮は掃いて捨てるほどいるただの人間。我に敵う筈なかったな」


「随分良い気になってるけど、まだ敵中なのを忘れてない?」


「……フン。我を策にでもハメようとしてるのか? 無駄だ無駄無駄。我が何故、"足で天井に張り付いた"と思う?」


 既に100%成功を確信しているんだろう。怪盗メアロが得意顔で語り始めた。


 敵に自分達の作戦や計画を喋るのは基本的に愚策。でもみんなそれをやってしまう。何故なら優越感と悦に浸れるからだ。


 既に敵の飛車と角を奪い三つほど歩も成っている勝ち確状態で、それでも王手を目指さず一つでも多くの駒を取ろうとするかのように――――圧倒的有利な状況を少しでも長く味わいたいという、ある意味では人間の本能かもしれない。


「この為だっ!!」


 刹那、爆発音が響き渡り――――怪盗メアロの近くの天井に穴が開く。


 奴が選んだ逃走ルートは……屋根の上か!


「今の音は何だ!?」


 流石に今の音には気付いたらしく、ルウェリアさんを看病していた御主人が部屋から飛び出してくる。まるでそれを待ち構えていたかのようなタイミングで、怪盗メアロの得意顔は有頂天の領域に突入した。


「あーっはっはっはっは! 我をただのコソ泥だと思ったら大間違いだ! フラガラッハは確かに頂いた! じゃーな!」


 それを宣言する為に、御主人が出てくるのを待っていたのか。なんて悪趣味な奴……


「嘘……だろ……」


 御主人の顔から生気が消え、膝から崩れ落ちる。最悪の事態が起こってしまった――――きっとそんな絶望感で頭がいっぱいに違いない。



 ……この時を待っていた!



「このままだとアンタの娘が危ないから緊急措置をとるよ」


「……へ? 緊……何だって?」


「詳しい説明はギルドの誰かに聞いて」


 それだけを手短に告げたシキさんは、了承も取らず全速力でルウェリアさんの部屋へ向かう。


 これからシキさんが行う事は、御主人にとって不本意極まりない行為だろう。でも仕方がない。緊急事態につき、ルウェリアさんの命が最優先だ。


 御主人を置き去りにしてルウェリアさんの部屋へ入ったシキさんは、ベッドで寝息を立てているルウェリアさんを躊躇なく抱きかかえ――――


「こっちだ!」


 外に待機していたマキシムさん達へ、窓越しに彼女を受け渡す。


 彼等の仕事は、窓から逃げる怪盗メアロを取り押さえる事だった。けどもう一つ――――奴が別のルートから逃げる場合には違う役割も与えていた。


「ギョギョギョ!」


 マキシムさん達と同じく、外で待ち構えていたポイポイに一刻も早くルウェリアさんを乗せるという大役だ。



 怪盗メアロが天井から逃げるのは、五大ギルド会議の時に一度見た。だから当然そこはケアする必要があったんだけど……スティックタッチで天井に逃れ、そこから外に出られたら正直打つ手はない。


 だから、逃げられるのを前提に作戦を立てた。


 要は逆転の発想だ。フラガラッハをここに留めておくのが無理なら、ルウェリアさんの方を運べば良い。フラガラッハを持って逃げる怪盗メアロをルウェリアさんと一緒に追いかければ、少なくとも彼女の生命の危機は回避できる。


 勿論、こんな無茶を事前に御主人へ提案したところで了承は貰えなかっただろう。弱っているルウェリアさんを冷え込んだ屋外に出し、しかも高速で移動するなんて、尋常じゃない負担をかけてしまう。俺としても、この手は可能な限り使いたくなかった。


 もし『フラガラッハをルウェリアさんから遠ざけたら最悪死んでしまう』ってバングッフさんの証言がガセだったら、御主人とルウェリアさんの信頼を失いかねない苦肉の策。正直、これはもう賭けだ。


「武器屋の事は任せろ。そっちは頼む」


「了解」


 ルウェリアさんだけをポイポイに乗せる訳にはいかない。シキさんも同乗して、ルウェリアさんが落ちないよう抱きかかえる。


 行き先は勿論――――王城だ。


「そっちを右」


「ギョイッ」


 幸い、シキさんは王城に忍び込んだ事もあるし、場所はしっかり把握済み。ヒーラーに占拠されている今、中に入る事は出来ないけど、王城の傍で待機する事は出来る。


「怪盗メアロは今、あの辺にいるよー! 真っ直ぐお城に向かってるっぽい!」


 ポイポイ同様、予め召喚していたモーショボーには上空から怪盗メアロの位置を確認して貰っている。


 怪盗メアロが王城以外の所へ向かう……つまりフラガラッハを持ち逃げする、ってケースは想定していない。奴は誇り高い盗賊だ。俺に頼まれて盗んだ物を、俺に届けに来ないなんて事は絶対にない。


 シキさんは露骨に半信半疑だったけど、最終的には『隊長の判断に従う』と言ってくれた。


 後は怪盗メアロに引き離されない速度で城へ向かうだけ。あいつが城に戻れば、始祖が俺の意識を身体に戻すだろう。


 結果的に諦めた筈のフラガラッハを入手できる運びになったのは良いけど、ルウェリアさんをこの寒空の下に何時間も居させる訳にはいかない。そういう意味では、かなりシビアな状況になった。


「ったく……今回は本当、酷使されっ放し」


 ルウェリアさんを背中に抱きかかえながら、シキさんは一方的に俺への批難を零す。実際、始祖がシキさんに俺の思念を飛ばした事で相当な負担を強いてしまった。お怒りなのも無理ないですね。


「こんな訳のわからない仕事、初めて。本当、つくづく変なギルドだよ。隊長も変だしギルド員も変なのばっかだし」


 愚痴る事で少しでもその気持ちが静まるのなら、どうぞ幾らでも――――そう思いながら聞いていた矢先。


「……私がいて良い所じゃないか、やっぱり」


 シキさんが、そんな不可解な言葉を漏らした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る