第204話 私みたいなのを信用しちゃダメだよ
「……じゃあ死んでないんだ。ふーん」
シキさんに一通り事情を説明し終えたところで『ふーん』頂きました。まあこの人に『良かった……』とか『心配したんだからね!』とか言われても困惑しかないから良いんだけどさ。
にしても、辺りはすっかり夕焼けオレンジ色。今からベリアルザ武器商会に向かえば、ちょうど陽が落ちる頃に着きそうだな。
「ねー、そろそろ引っ込んで良い? ウチもう疲れたんだけどー」
モーショボー、集中力がないんだよな……でもまあ、どの道ここから先は人通りの多いエリアも通るし、翼のあるコイツだと精霊って一目でわかるから目立って仕方ない。フワワと交代して貰った方が良いか。
そういう訳で、出でよフワワ!
「お呼び頂きありが……あ、あれ? あるじ様、何処〃o〃ですか? あるじ様? あるじ様ー」
おおう、困惑しとる。まるで迷子みたいだ。
まあ無理もない。目の前にシキさんがいるんだけど、確か面識ないからな。
「……主様って呼ばせてるの? そういう趣味?」
そりゃ悪意のある誤解だシキさんってば! 頼んで呼ばれてる訳じゃないからね!? そりゃ嫌いじゃないけれども!
「あるじ様の声……声はすれど姿は見えず……ふわわ……」
あ、悪い悪い。今の俺は訳あって魂っつーか思念体みたいな状態にして貰ってて、今そこにいるシキさんって女性に宿ってるんだ。
「そ、そうなの〃o〃ですか。ビックリしちゃいました」
で、これからベリアルザ武器商会って所……ルウェリアさんのお家に行くんだけど、一緒に来てくれ。その間、シキさんに俺の言葉を伝えて欲しい。今の俺の声は人間には聞こえないんだ。
「わあ。ルウェリアさんとお会いできる〃v〃ですか?」
「残念だけど、今は体調が良くないみたいなんだ。後日必ず機会を作るから、今回は我慢してくれ」
「わ、わかりました。お役目しっかり頑張る〃‐〃です」
話が早くて助かる。サポート面では本当に優秀だなフワワは。契約できて本当に良かった。
「ふわわ……感激〃∇〃です」
「……」
あっ、俺の声が聞こえてない筈のシキさんがしかめっ面に! フワワの言葉だけで会話を察してキモいって思ってやがるな……この有能め! でも正直その顔は嫌いじゃない。
「あのあの、シキ様のイヤそうにしている顔はお嫌いではないそう〃v〃です」
ギャーーーーッ!! そこは伝えなくて良い所!
心の中で思ってる事がダダ漏れになるのは不便すぎるな……かと言ってフワワに取捨選択を委ねるのは酷だし、自分で制御するしかないか。中々ムズいな……
「えっと、アンタなんて名前の精霊?」
「ふぇ? あ、はい。フワワと申します」
「じゃ、フワワ。隊長……主様の事ね。隊長の声なんだけど、ちょっとこれ女に言ったら引かれそうって思ったら伝えなくて良いから」
シキさんの方でフィルター用意しちゃったよ。なんかすみません……マジ自制します。
「では、歩きながらお話の続きをと」
「了解。それで、怪盗メアロはどうやって盗みに入るつもりなの?」
恐らくシキさんは、俺が怪盗メアロの計画を熟知していると思っているんだろう。今回は首謀者は俺だから、そう思うのは当然だ。
「全然わからないと仰っています」
「はぁ? 手口知ってるからこのタイミングでコンタクト取ってきたんじゃないの?」
いや、たまたまこのタイミングで精霊折衝を思い付いただけなんだけど……
「でも話し合いは出来ますので、意見の擦り合わせなど如何かと仰っています」
「ま、私だけで考えるよりはマシだけど……一応、怪盗メアロを目撃した唯一の住民って話だし」
目撃どころか、ほぼ共闘してるんだけどね。
「確認しておくけど、フラガラッハは手に入らなくても良いんだね?」
「構わない、と仰っています。ルウェリアさんの命には代えられないと」
「ま、隊長ならそう言うと思ったけど」
あら何ですか? その『甘い奴め』ってニュアンス。自分が元暗殺者だから非道スタンス見せてんの? 逆にそういうの怪しいよ? あ、今の伝えなくて良いからねフワワ。
「了解〃‐〃です」
「……今の、何を口止めされたのか言って」
うわ秒でバレた! フワワ、絶対言っちゃダメだからね! シキさんこういうイジり基本NGだから!
「ふわわ……」
ああっ、俺とシキさんの板挟みでフワワの精神に甚大な負荷が! これが原因で召喚拒否になったらどうすんのさ!
「ったく……冗談だよ。方針はわかったけど、怪盗メアロの手口は予想できてる?」
やっぱり、まずはそこだよな。武器屋に着く前に意見を纏めておきたい。
間違いなく使って来るのは【略奪】。ただしその為には、フラガラッハの保存場所をある程度予想しておく必要がある。中も外も厳重に警備されてる上での犯行だからな。
怪盗メアロがルウェリアさんとフラガラッハの関係を知っていれば、予想は難しくないだろう。でもシキさんの話だと、怪盗メアロは十三穢に大して興味なかった様子。事情を知っているとは考え難い。
と、すれば――――
「前日に誰かに化けて、事前に情報を入手しようとする……と仰っています」
「同感」
怪盗メアロが高精度の変装スキル【複写3】を持っているのは、俺を通じてギルド員も当然知っている。警戒されているのは怪盗メアロも承知しているだろう。
でも、自分の生活圏に『誰かに化けた別人』がいたとして、実際には中々見破れないと思うんだよな。ましてあの完成度じゃ警戒していても見抜けない。何より怪盗メアロは自分の変装に絶対の自信を持っていた。そう考えると、例え以前使った手口でも再び使用してくる可能性は十分にある。
今回の盗みは情報収集に十分な時間を割けない。なら余計、ある程度のリスクを覚悟で強硬手段に打って出るだろう。
「問題は誰に化けているかですが、シキ様は目星がついているか、と質問されています」
「一応ね。私は――――」
シキさんの予想は、俺と見事に一致した。
後は盗みが決行される前に、その人物を追い込むだけだ。これからその為の作戦を練ろう。もう武器屋までそう距離はない。急いで考えないと。
ただ、その前に……
「シキ様、お願いした事があるそう〃o〃です」
「何?」
「もし怪盗メアロの犯行を阻止できたら、フラガラッハを"移動させずに"調べて欲しいんだ。それをどうにかすれば、エルリアフに何かしらの影響を与えられると思うんだよな。エルリアフの本体みたいなものだから」
本当は俺自身が手に取って調整スキルを使いたかったんだけど、それは無理だ。当然、剣を破壊したりも出来ない。ならせめて、シキさんの出来る範囲で色々試して貰おう。
「それでいいの?」
シキさんは、まるで自分自身を抉るかのように、低い声でそう問いかけて来た。
「……私とベルドラックの会話を聞いておいて、まだそんなヌルい事言ってんのって聞いてるんだけど」
わかってるよ。
目的や理由は不明だけど、シキさんがウチに来る前、十三穢を集めようとしていたのは間違いない。そのシキさんに一時とはいえフラガラッハを預けるんだ。リスクがないとは言えない。
だから何だ?
リスクが怖くて元暗殺者なんて肩書きを自称する人を雇えるか。俺、謙虚・堅実をモットーに生きていないので。
「あるじ様はこう仰っています。もしシキ様が――――」
シキさんがフラガラッハを持ち逃げしたら、それは俺の見る目がなかったってだけの話だ。ま、見た目よりかはよっぽど自信あるけどね。
「……何それ。馬鹿じゃないの?」
あれ、期待したリアクションと違うな……珍しく割としっかりカッコ付けに行ったのに。
まあいい。それより怪盗メアロをどう追い込むか考えないと。それに、犯行を阻止できなかった時の事も――――
「隊長」
ん? 何だ?
「私みたいなのを信用しちゃダメだよ」
ははは。こりゃ随分とベタだね、シキさん。
みんな知ってるよ。自分でそんな事言う人間に悪人はいないって。
……予見してた通り、到着する頃合いにはすっかり暗くなったな。
「はー、やっと来た。見て見てヤメちゃんの脚、もう棒すぎてカッチカチ。警備ってクッソ疲れるだけで面白くないよねー」
交代しに来たシキさんの姿を見た途端、ヤメが露骨に職場批判してきた。もうこいつの報酬全部シキさんにやろっかな。
あれから色々考えたけど、結局大した手は思い付かなかったな……これで本当に怪盗メアロを追い込めるんだろうか。もう不安しかない。
あーもう! なんでフラガラッハを盗めなんて言っちまったかな俺! 自分自身が死ぬならまだしも、ルウェリアさんを死なせるなんて絶対ダメだぞ?
初めてこの異世界に来た時の事を嫌でも思い出しちまう。あの時はここが終盤の街なんて知らずに、冒険者になってフィールドに出て行ったんだよな。そこでモンスターから逃げている最中、偶然コレットと遭遇したんだ。
最終的にはベヒーモスが突然現れて、絶体絶命の危機だったけど、これもたまたま調整スキルが発動してくれたおかげで事なきを得た。
かと思えば今度はルウェリアさんを巻き添えにしかねない状況だもんな……我ながら疫病神過ぎる。
ルウェリアさんには何があっても生きていて欲しい。恩人ってのもあるけど、それだけじゃない。あの人がいるだけでみんなが癒やされる。ヒーラーなんかよりずっと、この街を癒やしてくれている存在だ。俺みたいな、本来この世界の住人でもない奴なんかの所為で彼女を失うなんてあっちゃいけない。
絶対に失敗は許されない。
「そんじゃシキちゃん交代ねー。夜は寒みーけど頑張ってー」
「待って」
プレッシャーのあまり発狂しそうになっていた俺の心を鎮めたのは、まるでナイフを凍らせたようなシキさんの鋭く冷たい声だった。
「え……なになに? シキちゃん怖っわ! 目から血が出そうなんだけど」
「あんた――――」
ユラリと、シキさんの視界が揺らぐ。
「怪盗メアロなんじゃないの?」
一歩、また一歩、シキさんはヤメに近付いていく。もし俺がヤメの立場なら、凄まじい重圧に思わず怯んでいるところだ。多分、今のシキさんは射貫くような目をしている事だろう。
そんな彼女の重圧に、幾らシキさんLOVE勢のヤメとはいえ、耐えられる筈がない。
もし本物のヤメじゃなければ――――
「フッフッフッフッフッフッ。よくぞ見破った! このヤメちゃんこそが怪盗メアロだーっ!」
……あれ? そうなの?
「……」
あ。シキさん無言でナイフ投げた。
すっげ、魔法で防ぐ暇も与えない躊躇のなさ。チッチに命狙われた時もノーモーションでナイフ投げられたけど、多分あれより更に早かったぞ。やっぱこの人ホントに暗殺者なんじゃないの?
「へ……?」
ヤメは全く反応できなかった――――けど、ナイフは彼女に刺さる事なく通過していった。最初から威嚇のつもりだったんだろう。けど、こめかみ付近の髪が何本か落ちるくらいギリのトコいったな。
「ちょ……ちょちょちょちょちょ! ま……待って! シキちゃん嘘! 嘘! 嘘だよおお~ん! 冗談だから! 冗談!」
「……」
「ゴメンって! ちょっとフザけただけ! 正真正銘、10年前にモンスターに食われて死んだ生ける屍のヤメちゃんだよ! ソーサラーギルドを辞めてアインシュレイル城下町ギルドに入るよう誘われたのが忘れもしない朔期遠月10日。ギルドではシキちゃん一筋。趣味、舞台女優の悪口」
「あんたの今の目的は?」
「シキちゃんの眼球を手に入れる事」
「理由は?」
「生き返るには七つの宝玉が必要で、それがシキちゃんの眼球だから」
「……やれやれ。本物みたいね。そんな下らない設定覚えてるのは……」
なんだよ嘘かよ! 紛らわしいな!
あーもー無駄にビックリした……本当にヤメが怪盗メアロだったら逆に混乱するところだった。
ヤメを犯人と指摘したのはブラフでしかない。でもそれは、ヤメを追い詰める為じゃない。ターゲットは別にいる。
「はぁー、シキちゃんってばおっかな。それじゃ今度こそ帰るかんねー」
「疑って悪かったね。お疲れ」
ヤメが去った後、シキさんは投擲したナイフを拾い、ベリアルザ武器商会の外壁に背を預け、おもむろに夜空を眺めた。
「……ふぅ」
溜息を空に向かって吹き上げ、それを夜風に晒す。勿論、その吐息は俺の目には映らない。シキさんにも。
見えないものはわからない。吐いた息の生暖かさも、風に紛れてしまえば即座に失われる。手掛かりを見つけようとしても無駄なんだ。
なら、見つかるように仕向ければ良い。
ヤメへのブラフは、怪盗メアロを炙り出す為だ。奴は必ず、さっきのシキさんの声を何処かで聞いている。変装って手口がバレてるとわかれば当然、動きを見せる筈だ。
暫くじっとしながら神経を研ぎ澄ませていたシキさんが、再び動いた。
彼女が向かったのは……武器屋の中だ。
「そんなに慌てて何処に行くの? そっちには娘さんの部屋しかないよ」
そして、シキさんが声をかけた相手は――――
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