第203話 クールビューティー

 ルウェリアさんが……死ぬ!?


 バングッフさんは冗談でこんな事を言うような人じゃない。何か根拠がある筈だ。


 反魂フラガラッハは人を生き返らせる事が出来る武器。病弱とは言え現在生きているルウェリアさんとは無関係のように思える。それとも……あのトランス状態と何か関係があるのか?


「何処かの馬鹿が精霊ラントヴァイティルと契約しやがった所為で、人間界のマギバランスが崩れちまった。この状態でフラガラッハの恩恵を失っちまったら……ヤバいかもしれねぇな」


 ……ラントヴァイティルとルウェリアさんに何の因果関係があるってんだ? それにフラガラッハの恩恵って何だ?


 まさかルウェリアさん、もういつ死んでもおかしくない状態で、フラガラッハで魂を繋ぎ止めているのか……?


 フラガラッハはあくまで蘇生魔法の元ネタであって、蘇生魔法と同じとは限らない。例えば生命維持装置のような事が出来ても矛盾はない筈だ。


 もしそうなら、怪盗メアロがフラガラッハを盗み出した時点で彼女は――――


「ま、死ぬってのは最悪の場合だ。あの剣が街中に留まっていさえすれば、そこまでの影響はねぇ。けど、怪盗メアロが盗品をどう扱うかなんてわからねぇからな……」


「そもそも、今更十三穢を狙うのも妙なんだよ。今まで全然関心なかったのに」


「何か事情があって誰かに依頼されたか、ただの気まぐれか。どうせ後者だろうけどな。俺に化けて五大ギルド会議に潜入したのだって、深い意味はなさそうだしよォ」


 愚痴に近いバングッフさんの発言で、シキさんの視界が一瞬広がる。恐らく目を見開いたんだろうけど……何か引っかかるところがあったのか?


「そういえば、変装スキルがあるんだったね。ならあの時感じた妙な違和感はやっぱり……」


「ん? なんだ?」


「こっちの話。それよりフラガラッハの保管場所、心当たりはないの? 聞いての通り事態は切迫してるんだけど」


 何処まで本当かはわからないけど、フラガラッハが盗まれる事でルウェリアさんが死の危険に晒されるとなれば、あの御主人の切羽詰まった感じも納得がいく。そして、それだけトップシークレットとなると――――


「悪いが、俺も知らねぇ」


 だろうな。幾ら旧知の仲とはいえ御主人が教えるとは思えない。


「けど心当たりはある。今の話で大体予想つくんじゃねぇか?」


「……武器屋の娘の部屋」


「俺も同意見だ。あの剣が近くにあればあるほど、あの子にとっては良い。魔王に穢されても反魂の効果は残ってっからな……と、専門家にこんな説明は失礼か」


 専門家……?


 なんかさっきから思わせぶりな発言ばっかだな。もっとわかりやすく話しなさいよ。


「過去はどうでも良いってば。知らないのならもう用はない。帰るよ」


「どうするつもりだ? 怪盗メアロがしくじった事はねぇ。下手にターゲットを持ち出しても逆効果だ。ギルドマスターのあんちゃんはどんな作戦立ててんだい?」


 俺が行方不明なのは把握していないのか。まあ、まだ二日くらいしか経ってないからな。ギルマス失踪なんてネガティブな情報、外部に漏らす段階じゃない――――


「作戦も何も、二日前からいなくなって戻って来てないよ」


 すぐ言う! シキさんホント何事も躊躇ないよね!


「おいおい、コレットが消えたって大騒ぎになってんのにあいつもかよ。どうなってんだ? 関連は?」


「知らない。そのコレットを探しにフィールドに出てモンスターに殺されたって予想が今のところは本命」


「まぁ……あるっちゃあるな」


 誰も彼も俺をお人好しの猪突猛進バカって決めつけ過ぎだろ! そりゃコレットを助けようと動いてはいたけど、単身でフィールドへ行くほど不用心じゃねーよ!


「ま、聞いちまった以上は心に留めておくか。それらしい奴を見かけたら声かけるよう部下に言っとく」


「私は頼んでないけど?」


「へいへい。別に金なんて取りゃしねーよ」


 シキさんは特に返事するでもなく、会議室から出で行った。ここは商業ギルドの手を借りる為に敢えて俺の失踪を伝えた、と好意的に解釈しておこう。サンキューシキさん。


 にしても……マズい事になった。まさかフラガラッハの入手がルウェリアさんの死亡フラグになるなんてなあ……


 街中にある内はそこまで深刻な事態にはならない、みたいな事を言っていたけど、今ルウェリアさん体調不良の真っ直中なんだよな。そんな状態で生命線っぽいフラガラッハと引き離すのは致命的なんじゃないか……?


 このままだと、俺の所為でルウェリアさんが大変な事になるかもしれない。フラガラッハを盗むよう怪盗メアロに頼んだのは俺だ。全責任は俺にある。


 一旦俺の意識を自分の身体に戻せないか? そうすれば……いや、仮に戻せても城の中からじゃ怪盗メアロと意思の疎通は出来ない。計画をキャンセルしようにも、その手段がない。


 それに、既に予告状を出してしまっている。怪盗メアロは自分のプライドに賭けて、誰が何と言おうとフラガラッハを盗み出そうとするだろう。


 俺には事の成り行きを見守るしか出来ないのか……?


 いや、簡単に諦めるな。何かある筈だ。


 取り敢えず、始祖に呼びかけてみるか。すぐに反応しそうな言い方が良いよな。となると――――



 始祖ミロ……聞こえますか……今……貴女の脳内に直接話しかけています……



 ダメだ。如何にも始祖のツボに入りそうなフレーズだったのに全然返事がない。これでダメならコンタクトは不可って事なんだろう。そもそも、会話が可能ならとっくに向こうから話しかけて来てるだろうしな。


 くそっ、他に何か……


「よう。随分久し振りだな」


 ん……? シキさんが誰かに話しかけられたのか?


 始祖への呼びかけに必死で気付かなかったけど、いつの間にかギルドの一階に上がっている。なら、商業ギルドの誰かか?


「……」


 声は背後からしたけど、シキさんは無視してそのままギルドを出て行った。ナンパだと思ったんだろうか。クールビューティーだし、そういうの多そうだもんな。


「ちょっと待てよ。何だってんだ? そりゃ気軽に話せる仲じゃねえけど……無視はあんまりじゃねえか?」


 うわ、追ってきた! まさかストーカーじゃないよな? でもシキさんって何かそういうヤバいの惹き付けそうなんだよな。クールビューティーだし。


 いや待て。今の声、何処かで聞き覚えが……


「あんな目立つ所で話しかけて来ないでよ。知り合いなんて思われたくない」


 うわ辛辣……元々口の悪いところあるけど、俺にさえここまでは言わないよな。


 一体誰なんだよ。そろそろ振り向いてやってよシキさん。クールビューティーだし塩対応は仕方ないけど、こっちは足音しないのに向こうの足音だけ聞こえるのって微妙に不気味なのよ。


「長々と話したい訳じゃねえ。一言、礼が言いたかっただけだ」


 ……あ、やっと立ち止まった。


「礼?」


「あんたが奴を"殺せなかった"おかげで、希望が繋がった。ありがとうよ」


 ――――視界がブレる。


 一瞬、何が起こったのかわからなかった。でも次に見えた景色でようやく状況が飲み込めた。


 シキさんが高速で振り向いた。そしてナイフを突き立てた。



 話しかけて来ていた男――――ベルドラックに。



 そうか、この人の声だったのか……なんて言っている場合じゃない! シキさん物騒過ぎィ! 勢い余って刺したら傷害罪……はないのか? この国の法律未だによく知らないんだよな。


「侮辱したつもりはなかったんだが」


「あんたのその枯れたような目も、悟り開いたような声も、無駄にデカい身体も、全部鬱陶しい。消えて」


「まだ十三穢を探し続けてるのか? 贖罪のつもりか?」


 十三穢を……探す? シキさんが?


「あんた――――」


「もうやめとけ。今更揃えたところで、何も戻りゃしねえ。あんたもオレも……奴もな」


 シキさんの声が届いていないのか、それとも聞く気もないのか……ベルドラックはただ自分の言葉を押しつけている。やけに重い声で。


「……」


 止まっていた足が再び動き出す。ベルドラックはもう追っては来なかった。



 ……だからさあ。


 いちいち意味深な会話が多いんだよ! 何なの!? 揃いも揃って厨二病なの!? ちゃんとわかるように話せや!


 まあそれでも、さっきバングッフさんが言ってた『専門家』の意味はわかった。シキさん、十三穢に詳しかったのか。


 俺がネシスクェヴィリーテを探してた時には、そんな素振りは一切見せてなかった。って事は隠してた訳か。


 なら、ウチのギルドに入ったのは十三穢を探すのに好都合だから?


 ……な訳ねーよな。新参ギルドにそんな要素一切ないし。寧ろ謎が深まったんだが……


「チッ」


 クールビューティーには舌打ちが良く似合う。なんか興奮するよね。


 この反応だけで二人の関係性を推し量るには材料がなさ過ぎるけど、なんとなく訳アリっぽい雰囲気はあるな。もしかしたらシキさん、グランドパーティと何か関わりがあったのかも。その一員って事はないだろうけど。


 つーか、今はそんなのどうでも良いんだよ。重要なのはルウェリアさんだ。


 この際、フラガラッハの入手は諦めるしかない。怪盗メアロをなんとしてでも止めないと。


 せめてシキさんと意思の疎通が出来れば……でも、これだけ心の声を呟いてるのにシキさんが俺の存在に気付く気配はない。一体どうすりゃ良いんだ……?


 考えろ。何か手がある筈だ。この思念体みたいな状態の俺に何が出来る? 身体も動かせない、声も届かない状態でやれる事は――――


 ……一つだけあるかもしれない。


 出来れば人気のない所で試したい。ここからベリアルザ武器商会に向かうのなら、ベーカリー【パンザッシュ】とパン工房【薫極】の間の道がチャンスだ。あの辺は通好みの店が多いからか、いつも人通り少ないもんな。



 ……よし。予想通り通行人はいない。この辺なら大丈夫だ。



 これがダメなら本当にもう打つ手がない。


 頼むぜ――――



 出でよモーショボー!


 

「へ?」


「!」


 っしゃ! 召喚成功!


 この状態で肉声なしでも精霊は喚び出せるんだな。まさかこんな形で精霊折衝が役立つとは……運のパラメータが2しかない割に結構ラッキーだよな、俺。


「ちょっ、何何? え、誰?」


「それはこっちの言う事!」


「わわわっ! あっぶな!」

 

 流石のシキさんも突然現れたモーショボーに動揺は隠せないらしく、動きが鈍い。おかげで攻撃態勢をとる前にモーショボーは飛んで上空へ逃げる事が出来た。


 お互い状況がわからない中での唐突な召喚だから、警戒心から攻撃的になるのは当然。ペトロ先輩だったら反射的に殴りかかるだろうし、カーバンクルやフワワだと逆にシキさんの攻撃を食らってしまう。でもモーショボーなら上空へ逃げられる。ここまでは読み通りだ。


 後は、俺がモーショボーと意思の疎通が出来れば……


「ぅおーい! さっきからブツブツ何言ってるん? 早く出て来いって! 趣味悪いなオメー!」


 お、どうやら俺の声が聞こえてるみたいだ。シキさんから結構離れてるのに。思念的な状態だからか? 何にしても、これなら問題なさそうだ。


 モーショボー、聞こえるな? 今から事情説明するから。



 ――――説明終わり。

 


 ……そういう訳だから、シキさんに俺の言葉を伝えてくんない?


「うえぇ、メンド」


 まあまあ、カーバンクルに『本当に困った時に助けてくれる優しい精霊』ってアピールしとくから。


「りょ! 任せちゃって!」


 相変わらずモーチョローで助かった。マジで今は彼女が俺のライフラインだからな……


「おーい! そこの人間! ウチは悪い精霊じゃないから攻撃すんなよ! 今から下りて行くけど絶対攻撃すんなよ!」


 それは攻撃して欲しい人の前フリでは……つーかまず俺の名前出せよ。


「あ。えっと、ウチは……オメー名前なんだっけ」


 そう言えば自己紹介してなかったな。精霊面談までしたのに。トモだよ。トモ。


「ウチはトモと契約してる精霊だから! ……で、アイツ誰?」


 あの人は俺のギルド仲間で、シキって名前。怒らせるとマジで殺されかねないから言葉には気をつけろよ。


「うえぇ……ウチああいう殺気ギラギラ系の人間って苦手なんだけど……」


 大丈夫。基本常識人だし、身元さえ確認できれば分別はつく人だから。まずは驚かせてゴメンなさい、から始めよう。


「えー……さっきはビビらせてゴメンさないでした」


 うぉい! ニュアンス勝手に変えんな。機嫌損ねて襲われたら死ぬのはお前なんだぞ……?


「隊長の精霊って本当?」


「んー? その言い方ちょーっと引っかかるなー。別にアレの所有物とかじゃないし」


 マズいな。既に相性の悪さが露呈している。この二人、明らかに噛み合いそうにないもんなあ。ヤメがいれば問題ないんだけど。


「隊長は? 何か事情知ってそうだけど」


「隊長って……あー、ギルドマスターだったっけ? なんか今、オメーに取り憑いてるっぽい」


 言い方! それじゃ俺ただの幽霊じゃねーか! 説明端折んな!


「取り憑いてる……? 死んで幽霊になったって事?」


「あー……なんか違うって。え? さっきの説明だけじゃわかんないって。ウチそういうの苦手だし」


「……まさか、隊長と話してる?」


 シキさんが察しの良い人で良かった。電波系の精霊って思われても不思議じゃなかったぞ……


「へ!? いや、まあ、えっと……うん」


 おい! なんでそんな嘘を誤魔化そうとするリアクションなんだよ! 普通に頷けや!


「何その反応。なんか信用できないね」


 でしょうね。これで信用したら逆にシキさんを心配するわ。


 おいモーショボー、今度はマジで俺の言葉をそのまま伝えろ。変なアレンジすんなよ?


「へいへい。あー……トモっちが言うにはあ」


 言った傍から変な渾名つけんな! 子供の頃から呼ばれてるならまだしも成人して初トモっちはキツいんだよ!


「うるっさいなぁ……えっと、何かトモっちが質問しろってさ。それで自分だって証明するとか言ってっけど」


「質問ね……それじゃ、私はどうやってギルドに入った?」


「えっと、『普通に面接で』だって」


「隊長、普段は何処で寝てる?」


「『棺桶』」


「……本物みたいね」


 どうにか信じて貰えたか。ここまで無駄に長かったな……


「一体何がどうなってるの? 死んで幽霊になったのはいいとして、私に取り憑くとか正気?」


「なんか『生死は大事にして! もっと俺を思いやって!』って怒ってるけど」


「ああ……なんか今ので隊長って確信した」


 疑り深いのかイジられたのかはわからないけど――――そのシキさんの声はちょっとだけ安堵が滲んでいた。ったく、素直じゃないねえ。


「で、いつから取り憑いてんの? って言うか何処まで見たの?」



 ……あっ。



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