第206話 ほんとにそうか?
シキさんが元暗殺者なのは承知の上でギルド員として働いて貰っているし、彼女が悪影響を及ぼしているなんて事は一切ない。
それでも、何処かにズレを感じているんだろうか……?
「もう隠す気にもなれないから言うけど。私って暗殺者って肩書きなのに、人を殺した事ないんだよね」
あ、はい。それは何となく察してました。暗殺者っぽいけど殺人はしてなさそう……って矛盾もいいトコだけど、シキさんの場合はそれが妙にしっくり来る。
「本当は殺さなきゃいけなかったんだけど……なんでだろうね。殺せなかった。十三穢を回収する為には絶対に必要だったんだけど……で、結局その任務も果たせず終い。中途半端なんだ。私は何もかも」
いやいや、十分突き抜けてると思いますよ? 身のこなしも冷静さもサバサバ感も。ウチで貴女より頼りになる人っていないからね。レベル60台のディノーを含めても。
「魔王にも興味ないし、五大ギルドにこれ以上関わる気にもなれないし、でも今更この街以外に居場所なんてないし……だから新しいギルドでも牛耳ってやろうかなって思って入ったんだけどね」
えぇぇ!? なんか意外! そんな野心がシキさんにあったのかよ! 取り敢えず生活費稼げれば良いくらいの感じだと思ってたのに。意外と人間臭いところあるんだな。
「どうせ大した奴はいないだろって思ってたのにさ。なんかとんでもない化物いるし」
シキさんに化物扱いされるギルメンって……まあ、候補は何人かいるけれども。実力的な部分以外も含めて。
「結局ここでも中途半端なままか、ってやさぐれてたんだけど……何なんだろうね。まさか私みたいなのに懐いてくる奴がいるなんて思いもしなかった」
ヤメの事か。口では鬱陶しそうな事言ってる癖に、なんだかんだ快く思ってたんだな。ったくもー、素直じゃないねーシキさんってば。
成程、そういう訳ですか。排他的な日々を過ごしていた退廃系女子がやたら自分に構ってくる子に戸惑って、最初は煙たがってたけど次第に感情移入して招き入れてみたけど、過去の自分の所業を思い返して『私はこの子の傍にいちゃいけない人間なんだ……』とか葛藤する、よくあるアレですか。
いやいやそんな事ないよ。ヤメはソーサラーギルドで変人扱いされてて浮いてたから、多分シキさんにシンパシーを感じたんじゃないかな。だから彼女にとって、シキさんはなくてはならない存在。きっとシキさんも――――
「あの子を傍に置いたお陰でね。私も随分、変わったよ」
うんうん。そうでしょうそうでしょう。ええ話や……
「私は……昔の私に戻りたかったんだ。残忍で冷徹な暗殺者時代の私に」
うんうん……うん?
「気に入らなかったからね。知らない内に周りの影響を受けて穏やかになっていた自分が。私ともあろう者が仲間を持って、悪くない気分だったりしてさ。居心地の良いギルドもなんか好きになってきちゃって。だから腹黒のヤメと接して元の私に戻る必要があったんだよ」
…………。
「おかげで今は良い気分。でもやっぱり暗殺者の心を取り戻した私は居ちゃダメかなって、ふと思ってね」
…………ほんとにそうか?
じゃねぇよ。何が『ふと思ってね』だ。暗殺者の心を取り戻すな。
つーか何だったんだよこの時間! せっかく良い感じにエモくなって来たって思ったのに最後で台無しだよ!
「そろそろ門に着くよー」
モーショボーの声が聞こえる。いつの間にか街の最東端にある門にまで来ていたのか。
普通の城下町なら、王城へと続く道を守るこの門は夜間ずっと閉められていて、門番も立っているだろう。けれどこの街は少し事情が異なる。モンスターは聖噴水で完全に立ち入りを防げるし、守衛もずっといなかった。今は俺達アインシュレイル城下町がその役目を担っている。
つまり、門の開閉は俺達の管轄。合法的に開けられる訳だ。
門扉は木製で、デカい割に軽いから一人でも楽々開けられる。昔は鉄を打って強化していたから頑丈で重かったそうだけど、聖噴水がある今はそこまでする必要がないから開閉のし易さを重視した結果、こうなったらしい。人間が城に攻め入る事は一切考慮されていないのが如何にも終盤の街って感じだよな。
「あ、怪盗メアロがお城に入ってったー」
流石に早い。って事は、俺の意識も直に身体へ戻るだろう。
「隊長ともまた暫くお別れだね」
俺の現状は全てシキさんに伝えてあるから、そう察するのは当然。これからシキさんは、王城の傍でルウェリアさんを看ながら暫く待機する手筈になっている。この寒い中、本当に申し訳ない……もう少ししたらグラコロ辺りが毛布持って来ると思うんで、それまで我慢しておくれ。
でもその前に、一つ伝えておきたい事がある。
モーショボー、怪盗メアロの位置情報アプリお疲れ。悪いけどシキさんの所に一旦戻って。
「よくわかんないけどうぃーっす」
恐らくもう時間はない。手短に伝えよう。
……って思った傍から視界がなんかボヤけてきた。どうやら時間切れだ。
「ん? ふんふん。はい了解。えっと、シキシキ、トモっちから伝言」
「シキシキって何?」
「そこは引っかからなくていーの。とにかく伝言。えっとねー……」
アインシュレイル城下町はこの街を守る為に作ったギルドだけど、俺の借金を返す為のギルドでもあるし、俺のやりたい事をやる為のギルドでもある。つまりギルド員として招いた人達は、俺の野望を叶える為の人材。
その野望を一行で纏めると、要するに――――
この街が、俺とみんなが自分らしく生きられる場所になる事。
「だから、ありのままのシキシキでいてくれる事が何より大事だって。っていうか、シキシキは必要戦力過ぎて居なくなられたら死ぬほど困るから居て下さいお願いします、だってさ」
「……ったく。相変わらず格好悪い隊長だね」
うっさい。
あー……もう言葉も聞こえなくなった。いよいよ寄生生活も終わりか。
にしてもシキさん、一体誰に十三穢を回収するように頼まれてたんだろう。って、普通に考えたら王様か。半数は王城に保管されてるんだし。つまり王宮お抱えの暗殺者だったんだろうな。
そんな彼女の命を狙われ、そして回避した奴って一体何者なんだろうな――――
……ん。
ぼやけた視界が、見覚えのある天井を映し出した。これは……安置所だ。なんかゾンビにでもなった気分だな。毎日棺桶から這い出てる俺が言うのも何だが。
「お。やっと起きた」
今の声は怪盗メアロか。当然だけど、ディノーへの変身は解除したらしい。メスガキの姿に戻っている。
「お前……ディノーを何処に飛ばしたんだよ」
「そんな遠くじゃなかったぞ。確か凍てつく塔の最上階じゃなかったっけ」
うわ、悪意しかない。モンスターわんさかいるダンジョンじゃん。距離はそれほどでもないけど、一日で戻って来られるかは微妙だな。
っていうか、気落ちしてなきゃ良いけど。怪盗メアロに翻弄されたと知ったら多分落ち込むだろうなあ。真面目な性格の奴って、自分一人で失敗や後悔を抱え込んで心が破綻して闇堕ちするケースもあるし、ちょっと心配。第二のアイザックにならなきゃ良いけど。
「。。。良かった。。。ちゃんと戻って来た。。。ラッキー。。。ばんざーい」
おい始祖、今なんつった? まさか最悪戻って来られない系の秘術だったんじゃないだろな……
「体調はどう。。。?」
「多分問題ないと思う。身体もちゃんと動くし……」
始祖とそんな何気ない会話をしている最中、何度も視界に入ってくるカットイン怪盗メアロ。しかも露骨にドヤ顔だ。
「。。。何か言う事があろう。。。? この我に言わなきゃいけない事があるだろう。。。? って顔がうるさい。。。」
「確かに、ここまで顔がうるさいと視覚への刺激なのに鼓膜が破けそうだ」
そこまで言われても決して言葉ではなくドヤ顔で訴えかけてくる怪盗メアロに敬意を表し、暫く放置する事にした。
「我の勝ちだからな」
早っ! もう声に出し始めやがった。
「そんな事言われても、別に勝敗を競ってた訳じゃないから」
「完璧に盗んだろ?」
「俺にほめられてもうれしくないでしょ」
「そんな事あるか。ほめろ」
「あのねえ。こっちだって、ショックだったんだよ。結構自信あったんだから、あの作戦は。失敗するとしたら空気読めないヒーラーが乱入して来た時だけだと――――そう思ったから、祝勝会の準備までしてたのに」
「……」
「お見事でした」
「よーし! 我その顔見たかった! 悔しい? ねえ悔しい? 悔しかろ? フハハハハ初の敗北宣言だったな!! やったやったー!!」
メスガキが……舐めてると潰すぞ。
「で、戦利品は何処だよ」
「ホレ。約束通り、それは我の物だからな。一時的に貸してやるだけだからな」
怪盗メアロが無造作に投げつけてきたフラガラッハは、伝説の剣って感じには見えない。多分鞘が平凡だからだろう。
ただ、鞘に収まっていながら妙に暗い空気を纏っているように感じる。元々は神様が作った希望溢れる聖剣だったんだろうけど……ヒーラーを生み出した元凶な上、暗黒武器専門店に長らく保管され、怪盗メアロに盗まれてきたという経緯があるから、どうしても歪んだオーラが見えてしまうな。
「始祖。この剣をどうにかすれば、エルリアフが姿を見せると思う?」
「。。。そういうの。。。試した事ないから知らん」
でしょうね。試す理由もないもんな。
仕方ない。試行錯誤しながら一つ一つ検証していこう。
例えば人間の見た夢なら、人間が目覚めた時に消える。エルリアフの姿が見えない現状は、まさにその状態なんじゃないだろうか。
だとすれば……この剣は今、人間で言うところの覚醒状態にある。この剣を眠りに就かせれば、エルリアフは姿を見せるかもしれない。
「これ、封印できる?」
「ぅおい! 我の所有物を勝手に封印すな!」
「聞いてみただけだよ。実際に封印されたら困る事情がこっちにもあるんだから」
フラガラッハの力が失われれば、ルウェリアさんがどうなるかわかったもんじゃない。少なくとも気軽に試せる事ではない。
「。。。多分。。。難しい。。。穢されても四光だし」
腐っても鯛、みたいなものか。そうなると益々厄介だな。
でも……エルリアフは姿こそ見えないけど、そいつが使った回復魔法――――パーチは今も持続中なんだよな。って事は、単に姿が消えているだけで、エルリアフ自身はちゃんと自分の力を発揮できている訳だ。って事は、回復魔法を使いたいというフラガラッハの願望通りに制御できている。
制御できる夢。つまり……明晰夢。
人間に例えるなら、フラガラッハはエルリアフという明晰夢を見ている状態と言える。
明晰夢は夢を見ている人間が自由に内容を変化させられる、ってネット記事か何かで見た。なら……このフラガラッハがエルリアフを自由に制御・変化する事が出来る可能性が高い。こじつけな気もするけど。
問題は、どうやって剣にそれをさせるか。無機物相手に拝んでも仕方ないし……
待てよ。
「俺のマギを外に飛ばした要領で、この剣のマギを外に引っ張り出したりは出来る?」
「。。。それなら。。。得意分野」
お、いけそうか? 確か武器にもマギって含まれてるんだよな。ナノマギだったっけ。微量ではあるけど、魂を込めて作られた武具にはマギが宿っているって話だった。
俺がそうだったように、人間と他者のマギが意思の疎通を図るのは多分無理。でも精霊なら声が聞こえるかもしれない。
「おい、乱暴に扱うなよ? それが我の大事な大事な戦利品なのをゆめゆめ忘れるな」
……お前、さっき俺にその戦利品投げたよね? ボケなの? ボケてるの?
「。。。それじゃ。。。いっきまーす。。。ぬんぬー。。。ぬんぬらばー。。。」
迫力のない掛け声と共に、始祖は俺の持つフラガラッハに向かって掌を翳す。何そのエセ超能力みたいな所作。始祖の名が泣くぞ。
「。。。依り代はお前ちゃんで良い。。。?」
「勿論。害はないんだよな?」
「。。。ちょっとある。。。肩凝りとか。。。そこそこの倦怠感」
え、そんなワクチンの副反応みたいなのがあんの?
ますますシキさんに申し訳ない。今頃俺への恨み節が炸裂してそうだな……
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