第308話 簡単に身体を許すな
「凄い。凄いよ。お互い多くを語らなくても相互理解できるエモい関係……ボクはずっとそんな関係性を欲していたんだ」
小刻みに揺れながらこいつは何を言っているんだ? ははーん、さてはこの精霊、根はアホだな?
「……急に何? トモ、この子は一体何なの?」
「あー、実は「ボクだって頑張ったさ、そうなる為に。でもやっぱり難しかったんだ。あいつは唐変木だし、人の気も知らないで自分の事ばっかりだし。だからボクは男になりたかったんだ。男になれば、少しはあのバカの気持ちが理解できるかもって」」
自分語りで人の話を上塗りすんのマジやめて! 自分の事ばっかなのはお前だよ……ティシエラもキレ気味の目してるし。
「だからボクは、似た境遇の連中を探してボクと同じようにしたんだ。違う性別を心に棲まわせる事で、何かボクにとってヒントになるような気付きがあればって……でも結果は惨憺たるものだったよ。彼等は結局、暴力で自分を表現する方法を選んだ。それは男のやり方だ。つまり、身体の性別を変えても何も変えられないって事さ」
しかも止まらねぇな! 溢れ出す想いが抑えきれないじゃん! もう自己顕示欲の化身だろコイツ……
「つーかさ……色々と理屈捏ねてるけど、要するに『母親に好意持ってる相手に告白するのは恥ずかしいから、向こうに好意を汲み取って欲しいけど全然上手くいきそうにないから男心を知ろうとして男の身体を乗っ取ってみたけど失敗した』って事だろ?」
「やめろ! ボクの長年の苦労を一行で纏めようとするな!」
いや、多分二~三行くらいはあったと思うよ。尺的に。
「そもそも発想がおかしいんだよ。ユーフゥル……っていうかカインも、あとポラギもだけど、ペトロとは全然タイプ違うんだし。そいつらの身体を乗っ取ったところでペトロの気持ちを理解するのは無理だって」
「仕方ないじゃないか。キミを見張るのに適した人物の中から選ぶしかなかったんだ」
つまり『結界を奪う事』と『男心を知る事』、その二つを同時にやろうとしてたんだな。で結果は二兎を追う者は一兎をも得ず。自業自得とはいえ、その苦労は多少偲ばれる。
「ちょっと待って。今、到底聞き流せないような事を言ってなかった?」
「あー……はい。説明ね」
――――10分ほど使ってティシエラに事情を話した。
「……」
結果、魂が抜けたような顔になっていた。
戸惑うのも無理ない話。ずっと追い続けていたユーフゥル(カイン)の謎が突然解けたんだから。
それに、カインが無事かどうかもわからない。最悪――――
「まさか、貴女のその妖術って『殺した相手』から肉体を奪うんじゃないでしょうね……?」
そうだ。もしティシエラの言うようなネクロマンサー的妖術だとしたら、このコレーはカインだけじゃなくポラギの肉体も殺して奪った事になる。
「違うよ。ボクはそんな野蛮な事はしないんだ。生きた肉体を奪う」
「十分野蛮じゃねーか」
……とツッコみつつも一安心。どうやら死んでないらしい。何だかんだでウチのギルド員には一人も死んで欲しくない。
「貴女の蛮行に対しての報復は後で考えるとして……カインは生きているのね? 貴女が身体を手放せば生きて戻って来るの?」
「一応ね。でも簡単に手放すつもりはないよ。そこの彼、トモについては確かに強引な方法で身体と結界を奪おうとした。でもカインに関しては違う。本人との合意の元に譲り受けたんだ」
……合意? 嘘だろ? 好きこのんで自分の身体を他人に明け渡す奴なんているのか?
「他人の身体を丸ごと手に入れられるこの妖術は【身体占拠の秘法】って言ってね。肉体の所有権を奪う事が出来るけど、当然そこには条件と制約がある。簡単には奪えないんだ」
そりゃそうだ。何の条件もなく他人の身体を奪えるのなら、無敵にも程があるだろう。
「一番簡単で奪取後の操作性も高いのは、奪う相手から許可を得る事。身体を渡しても良いって意志が向こうにあれば、使用魔法やスキルを含めた全能力を好きに使える」
「許可なんてしないでしょう、普通は。その場合は?」
「少し苦労するね。その度合いはボクへの好感度に比例するんだ。ボクを特別気に入ってくれている相手なら、10秒ほど触れ続ければ奪えるんだけど」
好感度が低い相手だと相当な時間ずっと触れてなきゃダメってか。まあ、気絶させたり寝てる時に触ったりすれば余裕だろうけど。
「好意が弱ければ肉体の性能も完璧には引き出せない。彼の虚無結界を操作できるようになるには、相当気に入って貰わないと厳しいだろうね」
「ああ。だから俺を評価しているような感じ出してたのか」
「そういう事。ファッキウがキミをやけに嫌っているから大変だったよ。彼は本気でルウェリアを神聖視しているからね。彼女と親しいキミには苛立ちを隠せなかったみたいだ」
それは散々味わって来たから今更何も思わない。こっちとしても、奴に好かれるよりは嫌われる方が数段マシだ。
にしても……やたら自分の事情をベラベラ喋るよな、さっきから。俺の結界を盗みたいのなら、俺に気に入られないとダメなんだろ? それを話した時点で好感なんて持ちようがないぞ。正直に話したから好感度アップ……なんて、幾ら俺でもそこまでチョロくはない。
「随分と口が軽いようだけど、何を企んでいるの?」
当然、ティシエラも同じ事を思って警戒している。一体何を企んでいるのか――――
「キミ達に教えを請う為さ。ボクもキミ達のような関係性を築きたい。どうすれば他人とそんな仲になれるのか、是非教示して欲しい」
……まーた面倒臭い事言い出しやがった。
「ボクが魔王の身体を欲したのも、キミの結界を手に入れようと画策したのも、全てはボクを対等に見て欲しい相手がいるからなんだ。目と目で通じ合う、心が通い合う、そんな関係になりたい一心でやって来た事なんだ。だから、その方法さえ教えて貰えれば、トモを拉致する必要もない。この空間だってすぐにでも解除する」
「……」
思わずティシエラと顔を見合わせる。でも妙に気恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。多分向こうも同じだろう。
弱ったな……なんか完全に俺とティシエラの関係を誤解してるっぽい。そんな熟年夫婦みたいな間柄な訳ねーだろ。
でも、ここで何かしらの有効なアドバイスが出来れば、無条件で危機を脱する事が出来る。こいつマジで強ぇからな……バカ正直に『そんなの無理でぇす!』って答えるのはリスクがデカい。ティシエラに協力してくれる意志があるのなら、ここは恋人同士と偽って適当に助言する方が良いかもしれない。
そう結論付け、もう一度ティシエラに視線を送ってみる。
どうやら向こうもほぼ同じタイミングでこっちを見てきたらしい。ちょっとビクっとなった。うーん……そのリアクションちょっと可愛いですね。
ともあれ、検討する前に確認しておくべき事がある。
「その仲を深めたい相手ってペトロで良いんだよな?」
「はあ? なんでボクがあんな野蛮で粗暴な奴を好「そういうのはいいから真面目に答えて」」
おおう、ティシエラがセリフ上塗りの術を会得しおった。バトル漫画の主人公並にラーニング能力高ぇ。
「……………………まあ」
ようやくちゃんと認めたか。精霊にもツンデレって概念あんのかな。
「わかったわ。希望に沿った内容は保証できないけど、要望には応えてあげる」
「え」
「……」
まさか向こうから了承するとは思わず困惑するこっちに、ティシエラは『勘違いしないで。貴方とはそういう関係じゃないけど、この場を円滑に収める為に仕方なくよ』って目を向けて来た。
ま、こっちも同じ事思ってたし断る理由もない。
「じゃあ、俺も良いけど」
「やっぱり目と目で通じ合ってる……凄い……」
コレーに羨望の眼差しを向けられた。今のはそういうんじゃなくて、生前から培ってきた俺のネガティブセンサーが反応しただけなんだけどな。
「取り敢えず私から言えるのは、心を通わせるなんて幻想って事よ」
「え……」
あれ!? いきなり全否定しやがったよティシエラさん! この先大丈夫なの!?
「心なんて繋がらない。繋がるのは思考。相手の事をどれだけ理解できるか、どれだけ理解しようと思うか、どれだけ相手の考えを尊重できるか。これが全てよ」
「……相互理解はなんとなくわかるけど、尊重も?」
「そう。自分の理想を相手に押しつけるようでは話にならないわ。例えばそうね……貴方の意中の相手が他の女と仲良く会話している所を見かけたら、貴女はどうする?」
「傷付く」
意外と普通、っつーか純情だな。ユーフゥル時代とは別人過ぎる。まあ、ファッキウ達に馴染むよう演じたりもしてたんだろうけどさ。
「そうね。普通は傷付くわ。少なくとも良い気持ちはしないでしょうね。苛立って毒の一つや二つ吐くくらいなら可愛いものよ」
「わかる! それなのに毒って事さえ気付かれなくて、ホント凹むんだ……」
「そう。貴女も苦労してきたのね」
……なんか意気投合してない? こっちの疎外感ハンパないっすよ?
「でも、そこで傷付いたり怒ったりするのは、自分の理想や思惑を相手に押しつけているからよ。『どうして私の思う通りにしてくれないの』って気持ちがあるから、そこから外れた言動に苛立ってしまう。それでは相手を理解する事は難しいでしょう?」
「確かに……」
「自分の理想通りに動いてくれないのは当然。『どうしてあんな事をしてるのか』って思った時、だったら何か理由があるんだろうって思えるかどうかかは、相手を尊重しているか否かで決まるわ」
「ペトロを……尊重……」
なんか良い事を言っているように聞こえるけど、要は普通の事なんだよなあ。でも恋愛が絡むとその普通が出来なくなる、って訳か。恋愛経験のない俺にはよくわからない。
「『あいつの事だから、どうせ何も考えないで話してるだけなんだろうな』って思わなきゃ、って事?」
「無理に思うようではダメだけど、諦観の中にある種の愛しさがあれば十分よ。今の貴女の言動からはそれが感じられたから、後は貴女の心掛け次第ね」
「……うん」
コレーは納得した様子で頷いていた。つーかティシエラ、恋愛相談の受け答え上手いな! ソーサラーギルドで日頃から恋の悩みを打ち明けられたりしてるんだろうか。
俺は特にない……ああ、一応あったな。ポラギとか。あの時のポラギが本人だったのか、それともコレーだったのかは謎だけど。
あ、そうか! ポラギの奴、マイザーに好かれたくてコレーに身体を明け渡したのか。女心のわかるコレーの方がマイザーに気に入られそうだもんな。イヤな事に気付いちゃったなあ……
「ありがとう。とても有意義なアドバイスだった。トモ、キミからは何かないかい?」
「簡単に身体を許すな」
「……最低だ」
「クズね」
いやだって大事だよ!? ポラギみたいになったら絶対ダメじゃん! もう虜っつーか奴隷って感じだもんあいつ!
「まあ、さっきも言ったけどペトロって信念の男だから、自分の譲れない部分をあえてぶつけてみるのも良いと思う。相手の事を理解するのも大事だけど、自分を理解して貰うのも同じくらい大事っつーか」
「急にまともな事言われても」
「頭には入っても心が拒絶するわね」
「なんでだよ」
なんか最終的に俺だけイタい奴みたいな扱いにされて不本意極まりない。幾ら恋愛経験がないからって理不尽だ。
「でも、ありがとう。少しずつ見えて来たよ。自分がどうすれば良いのか。ママと奪い合うよりずっと良い方向に行けそうな気がする」
それでも、なんとか満足はして貰えたらしい。これで一件落着かな。やれやれだ。
俺よりもずっと長く生きている精霊でも、当たり前の事で悩んだりウジウジしたり、時に発狂したり暴走したりするものなんだな。まあ実際、長く生きてれば精神年齢が順調に上がるとも限らないか。ソースは俺。
「……」
なんかティシエラがこっちを睨んでいる。悪かったな、上手く出来なくて。どうせ俺は恋愛素人ですよ。その癖に恋愛をテーマにした交易祭のプロデュースまでしてる道化ですよ。あとカインが復活するかもって知って若干モヤってますよ。
「……フフ」
鼻で笑われた! 酷い!
「カインが健在の頃、彼からは何度か相談を受けた事があったわ。自分が女性だったらどんなに良かったかって。それでコレー、貴女と意気投合したのね」
……ん? え? カインって……そういう?
「まあ、そうかな。彼は彼で苦労してたみたいだ」
マジかよ! なんだよもう。無駄にビビらせやがって。
ソーサラーギルドとは今後も仲良くさせて貰いたい。変な火種を抱える事にならなくて良かった。
「色々とありがとう。とても参考になった。約束通り空間は解除しよう。カインやポラギも後日ちゃんと返すよ」
すっかり爽やかな顔になったコレーが、額に指を二本当てて顎を引く。それが解除の決めポーズなんだろう。瞬間移動しそうな構えだけど。
「……」
結構時間かかるな。一瞬でパッと元の世界に戻るのを想像してたんだけど。
「…………」
思わずティシエラを顔を見合わせる。もう二分くらいずっとこのままだ。そういうものなんだろうか。
「…………………………」
なんか緊張してくるな。思わず生唾を呑み込んじまった。
幾らなんでも、そろそろ――――
「悪いダメだった…どうしよう」
は?
「はあああああああああああ!? なんでだよ張本人だろ術かけた!! ダメってなんだよ!!」
「まさか、騙したの?」
大声をあげた俺以上にティシエラがキレているらしく、全身からオーラみたいなのを発して睨んでいる。魔法力全開にしたらこうなるのか。
「違う。その方がずっとマシだよ。事態はそんな単純じゃない」
「……?」
「どうやら、ボクの作ったこの空間と元の世界が反転してしまっている」
反転……? どういう事?
「つまり、ボク達以外誰もいないこの空間が、正しい世界になってしまった」
それは――――予想だにしない新たな非常事態の発覚だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます