第307話 推しが引退表明でもしたんか

 そう言えば初対面の時から、ティシエラという女性は俺に厳しかった。決して冷たくはなかったけど、結構ズケズケとは言われてたもんな。


 でも話をしていく内に、そしてイリスを通して本性というか元来の性格を知る内に、その厳しい部分は素性のわからない余所者である俺への警戒と、街を統治する五大ギルドの一角を束ねる者としての責任感が表面化しているだけと気付けた。


 ……けれどもそれは、俺の都合の良い解釈だったのかもしれない。


「説明次第では、まず貴方にあげた棺桶から破壊るわ」


 追い詰め方が回りくど過ぎる……! なんで物質からなんだよ。いや的確に困るトコ突いてるけども。


「キミがここにいるという事は、ボクが街に呼び寄せたモンスターは……」


「当然、全て駆逐したわよ」


 そんなアッサリ……俺がこのコレー1人に手を焼いている間、ティシエラは100を超えるモンスターをいとも容易く殲滅か。やっぱり強さの桁が違う。


「……今、呼び寄せたって言ったの? あれは貴女の仕業?」

 

 でも勘は悪いな。いつものティシエラなら秒で気付けただろうに。疲労と怒りで頭が回ってないのか。


「如何にも。モンスターだけじゃない。この空間全て、ボクが生み出したものだ。彼を孤立させたくてね」


 コレーはドヤ顔で惜しげもなくネタバレをし出した。別に漏らす必要のない情報だろうに……そこまで自己顕示欲を満たしたいか。


「彼はボクの物だ。誰にも渡さない。ボクだけの物にしたいんだ」


「言い方!!」


 こ、こいつ……俺を結界のハッピーセットか何かと思ってるな。人を物扱いするのは良くないんだぞ畜生!


「はぁ……」


 コレーの言動が余りにアレだった事もあってか、ティシエラは呆れたように……と言うか完全に呆れた様子で重ぉーい溜息をついている。気持ちはわかるよ。魔法を乱発して駆けつけた挙げ句にこんな話聞かされたら、そりゃね……


「どうやら、私に喧嘩を売っているようだけど」


 ん? 呆れてたんじゃないの? なんかティシエラの様子が……


「100年早いという事を教えてあげるわ」


 え……急に戦闘モード? なんで?


 まさかティシエラ、俺が物扱いされたのを怒ってる? いや待て。それどころかワンチャン『トモは私のものよ。貴女のじゃないわ』まであるんじゃないのこれ。どうなの!


「この私に魔物達をけしかけたのは重罪よ。ここで罪を償わせてあげるわ」


「あーそっちかー」


 まあ、そりゃそうだとしか言いようがない。見当違いの期待をした俺が悪い。


「随分とデカい口を利くんだね。良いよ、そこまでボクと勝負したいのなら受けて立とうじゃないか。最強を目指すのなら、キミ如きに手こずっている訳にはいかないしね」


「こんな亜空間まで用意しないと男一人捕まえられない臆病者が、随分大層な目標を立てているのね。彼を孤立させたかったのは、私と正面からやり合う自信がなかったからでしょう?」


 薄ら笑いを浮かべながら、ティシエラは俺とコレーのいる方向へと前進を始めた。あれ、このままだと俺、メッチャ巻き込まれない?


「トモどいて。そいつ殺せない」


 有無を言わせない殺気……これ下手したらティシエラ相手に虚無結界が発動しそうだ。


 でも、戦わせる訳にはいかない。幾らティシエラが強大な魔法を使えると言っても、シャルフさえ遥かに凌駕するコレーの動きを捕捉できるとは思えない。あのナントカって高速技で首を斬られたら一瞬で即死もあり得る。


 そんな事は絶対にさせない。俺が巻き込んだこの空間……じゃなかったとしてもだ。


 ティシエラを失う訳にはいかない。何があっても。


「ダメだ。どけない」


「何故」


「このコレーは見かけによらず強いんだ。異様なスピードで動く。幾らティシエラの魔法が強力でも当たらなきゃ意味がない。だから戦わせる訳にはいかない」


 率直に、言葉を飾らずに言う事で必死さを伝えたかった。例えそれが、ティシエラのプライドを刺激するとしても。


「貴方が私を心配するの?」


「100年早いか? 俺がティシエラの心配をするのに年月が必要か?」


 ここは絶対に引けない。今後のティシエラとの関係に影響が出ようが、キレられて攻撃されようが。まあ、流石に攻撃はされないと思うけど。



 ……。


 

「例えその女が私よりも強かったとしても、私は引く訳にはいかないのよ」


 俺の説得で止まるようなタマじゃない。それはわかってる。


 そんな事はわかってるんだ。最初から。


「ここは異空間だ。現実じゃない。ここでソーサラーギルドを背負っても意味がないだろ」


「場所は関係ないわ。ナメられた時点で、それが私の罪なのよ」


 それはつまり、ソーサラーギルドへの罪。トップが軽んじられるって事はギルド自体がナメられる事に繋がる。


 責任感の塊。ずっとそうだった。自分の事よりギルドの事を第一に考えている。


 今のソーサラーギルドは実質ティシエラのワンマン体制。一つ間違えば独裁者だ。でも有能な独裁者のトップダウンなら当然、組織は纏まり一枚岩となる。旧態依然とした方式でも、それは一つの理想型だ。


 特にソーサラーギルドの場合、性別が偏っている事もあって派閥が生まれやすい環境下にある。どうしても競争意識が芽生えやすくなるからな。指揮系統が複数あると、ギルドが割れる危険性は高い。


 だからティシエラは、自分をシンボルとしてギルド内が分裂しないようにしている……と思う。多分間違ってない筈だ。


 弱い所は見せられない。


 いや、それだけじゃない。


 弱い自分になれない。


 例えギルド員が見ていなくても、見る可能性がゼロでも、ティシエラは常に自分を律している。リーダーとして振舞う事をやめない。


 意固地なまでにコレーを敵視しているのは、ただの意地や感情論じゃない。自分に対し明確な敵意を示し攻撃してきた相手に日和る事は、何があっても出来ないんだろう。


 そういう生き方をティシエラはしている。俺にそれをねじ曲げる事は出来ない。


 なら仕方ない。違う手段に打って出るまでだ。


「俺もギルマスの端くれだから、ティシエラが背負っているものを想像する事は出来るよ」


「だから何?」


「聞く耳持たずか。なら俺達はこの瞬間から敵同士だ」


「……え?」


「えっ?」


 ティシエラだけじゃなく、コレーまで目が点になった。そりゃそうだ。自分でもこんな事を言うなんてビックリだもの。


「このコレーが先に喧嘩をふっかけてきたのは俺に対してだ。俺の結界を奪おうと画策してたからな。つまり俺の敵なんだよ。勝手に人の獲物を奪うんじゃねーぞ」


 ――――理由は幾つかある。


 荒唐無稽なこの主張で、ティシエラの毒気を抜いて一旦冷静になって貰う。戦意に固執する事が如何にバカっぽいかを客観的に見て貰う。


 でも一番の理由は、ティシエラの信念に負けない為だ。その為には、俺の覚悟を見せなくちゃいけない。どれだけ愚かでも。


 そうすれば、きっと見える筈だ。俺の意図している事が何なのか。


「ナメられる訳にいかないのは俺も一緒だ。どうしてもこいつを倒したいってんなら、先に俺を倒すんだな」


「……頭でも打ったの? それとも操られているの? 何をバカな事を――――」


「出来ないのか? 俺を倒せる自信がないから、何か理由を付けて回避しようとしてるんじゃないのか?」


「……」


 こんな安い、そして意味不明な挑発に乗るティシエラじゃない。普段なら。


 でも今なら乗る。絶対に。


「私と、戦うと言うのね」


 やっぱりだ。ティシエラも後には引けない。なら当然、こうなる。


「良い機会だから、この際言っておくけど……実は前々から鬱憤が溜まってたんだよ。五大ギルドでもないのに、散々あの会議に参加させられて。それなのにずっと格上ヅラされてたら、ムカつくのも当然だろ?」


「本気で言ってるの……?」


「ああ。やっと本音が言えてせいせいしてるよ」


「……そう」


 ようやく納得してくれたらしい。ティシエラは俺と向かいながら右腕を天へと翳した。


「貴方とは、もうそれなりに長い付き合いになって来たけど……そんな気持ちで今まで私と向き合っていたのね」


 その右腕と右手に巻き付くように、炎が迸る。


「残念だわ。こんな形で決裂なんて」


「だったら、今からでも遅くはない。引いてくれ」


「それは出来ない相談よ」


 炎が圧縮され、拳大の赤い光の球体になる。前に見た【デスボール】に似ているけど、あれは闇属性でこれは火属性。少し種類が違う。


 多分、更に強力な魔法なんだろう。


「もう貴方のその顔を見るのもウンザリだわ。一瞬で消し炭にしてあげる」


「出来るかな?」


「出来るわよ」


 最後の問答が終わり、暫し睨み合う。


 ティシエラは一瞬、悲しそうな顔をして――――詠唱もなく、その凄まじい威力の魔法を放った。



 コレーに。



「へ?」


 ノールックパスの要領で放たれたその魔法を、コレーは呆然とした表情で……あ、躱しやがったクソッ。やっぱ異常に速ぇーなアイツ。


 次の瞬間、奴が一瞬前までいた地点から猛烈な勢いで火柱が上がる。範囲内の全てを消し炭にする勢いで。けど残念ながら不発だった。

 

「「チッ」」


「チッ、じゃない! 舌打ちでハモんな! えっ何? 意味わかんなくてコワいんだけど……今の長いくだり何だったの? 仲違いしたんじゃないの!?」


 流石のコレーも今の攻撃には恐怖を感じたらしく、躱したとはいえ肩で息をして動揺を見せている。


「まあ、フェイントってやつ」


「フェイント……? どういう事??」


「別に難しい話じゃないわ。貴女を油断させる為に一芝居打っただけよ」


 ティシエラが俺の意図を100%理解してくれていたのは今の言葉からも明らかだ。例え平常心じゃなくても、やっぱりティシエラはティシエラだった。


「芝居……? 演技って事? え、待って。何処から?」


「そりゃ当然、俺がケンカ吹っ掛けた時だよ。あんな訳のわからない事、本心で言う訳ないだろ」


 当然、俺がティシエラと戦ったところで勝ち目はない。というか、勝てるとしても勝つ気はない。ティシエラが無事ならそれで良いんだ。俺が命を賭けてでも止めようとするくらいヤバい敵だって気付いてくれれば、それだけで良かった。


 ただ、それを口にする直前にもう一つの可能性を思い付いていたのは事実だ。


 もしティシエラが俺を攻撃しようとして――――その魔法が俺じゃなくコレーに飛んで行ったら?


 コレーのスピードは凄まじい。普通の攻撃じゃまず当たらないだろう。だったら、全く予想しないタイミングで仕掛ける以外に倒す方法はない。


 ティシエラにはさり気なくコレーが素速いって情報を伝えておいた。後はティシエラ次第。ケンカ吹っ掛けてきた俺に本気で怒って戦う事になるか、俺の意図を汲んでコレーを攻撃するか。幸い、ティシエラは俺の意図に気付いてくれた。それでも躱されたのは計算外だけど……


「え、待って。待って待って。ちょっと待って。え待って。無理。信じられない。だって、何も相談とかしてない。なんで??」


 でもコレーは回避した事で悦に入るでもなく、ずっと困惑したまま待ってを連呼している。推しが引退表明でもしたんか。


「まさかボクと遭遇する前から打ち合わせしてた?」


「ンな訳あるか」


「だったらいつ示し合わせた! そうか……テレパシーだね? ボクには聞こえないよう思念で会話したんだ!」


「そんな訳ないでしょう」


 突拍子もない事を言うコレーに、ティシエラがジト目で素っ気なく返す。何だろうこの気持ち。その目を俺に向けてくれないかなってこの気持ち。俺は……嫉妬しているのか? ジト目に。


「彼が『俺を倒せ』なんてバカな事を言い出した時点で、裏があるのはわかっていたわ。後は会話の流れで、なんとなくこうしたいんでしょうって悟っただけよ。そんな大袈裟に驚く事でもないじゃない」


「嘘だ……そんなのおかしいよ。だってキミ達、夫婦でも恋人同士でもないだろう?」


 ちょっ! 急に何言い出すのこの精霊! そりゃ間違いじゃないけど……


「ボクは彼の事なら大抵の事情は知ってる。ずっと身辺を調べていたからね。ボクが知る限り、特定の相手はいない。仲良くしている女性は十人以上確認したけども」


「オイイイイ!! 人聞き悪いにも程がある!!」


「……」


 ああっ、ティシエラの目がおじさん構文を見た女子の目に! ジト目は好物だけどその種類の目は求めてなかった……


「だからあり得ない。そんな、他人も同然の関係性で以心伝心なんて……言葉にしなきゃ伝わる訳ないんだ……だって……」


 散々こっちをかき回した挙げ句コレーは勝手に絶望していた。多分、ペトロに好意が全く伝わっていない現実を重ねているだろうけど、そういうのは今要らないんよマジで。


「……別に、私と彼の心が通じ合っているとか、そういう話じゃないわ。ただの洞察と戦略。それ以上でも以下でもないのよ」


「そうそう。深読み大好き考察厨がたまたま見解の一致で上手く噛み合っただけ」


「貴方と一緒にしないで。私は合理性を重んじているだけ。私より先にその女と話していた貴方は、より精度の高い情報を握っているだろうから、貴方の策に乗る方が無難だと判断したに過ぎないの」


「へいへい」


 実際、それが本当のところなんだろう。阿吽の呼吸で――――みたいなのは多分ない。


 それでも、さっきの俺の奇妙な言動からそこまで汲み取ってくれたのは、俺を信じてくれている証……だと思いたい。


「……」


 呆然としたまま、コレーは徐に俺とティシエラを交互に見始めた。


 そう言えば、こいつがカインの身体を乗っ取ってユーフゥルを名乗っていたってティシエラにまだ知らせてなかったな。カインって奴はティシエラを慕ってたって話だし、若干複雑ではあるけど……伝えない訳にはいかな――――


「理想だ」


 ……ん? なんて?


「キミ達の関係は、長年ボクが追い求めていた理想そのものだ」


 コレーがまた変な事言い出した。





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