第306話 ピラルクの鱗でも落ちてきそうだ
「は……あ……?」
コレーが信じられない、といった面持ちで脇に挟んだ俺を覗き込んでくる。顔メッチャ傾けてるから怖いって。
「なんだキミは。なんなんだキミは。本気でここを出たくないと思っているのか……?」
「まあ、そうなるな」
「フザけるな! どういう理屈だ!? まるで意味がわからない!」
「いやわかるだろ……このまま術が解けたらヒーラーの国につれて行かれるんだろ? だったらここで孤独なまま朽ち果てる方がマシだ」
「……」
この空間が一向に解除されない事から、俺の発言が本音だとわかるんだろう。コレーは暫く呆然としたのち、その場に俺を下ろして膝を折った。
「迂闊だった……ここまでヒーラーが恐れられているなんて」
「いや普通にわかるだろ。なんでわかんないんだよ」
「ボクは直接被害を被った事がないからな。確かに妙な連中ではあったけど、ここまで忌避されているとは思わなかった」
成程。人間じゃなくて精霊だから、ヒーラーのイカれっぷりがあんまり伝わってないのか。人間界でも周囲にいるのはファッキウ達みたいなヒーラーと手を組んでも良いって連中ばっかりだもんな。
「それでも、例えヒーラーの国が死ぬほど嫌だとしても、ここに一生残るなんて選択肢はあり得ない。見なよ、この作り物の街を」
コレーに言われるまでもなく、この光景は既に幾らでも見ている。
まるで朝日が昇った瞬間のように、人気のない街並み。確かにここは寂寞感に満ち溢れている。
「キミの心が作り出した、孤独の権化だ。キミは毎日大勢の人間に囲まれているから、孤独の恐ろしさをわかっていないんだ。こんな誰もいない場所でモンスターと戦うだけの毎日を過ごせば、すぐに発狂する。生き地獄としか言いようがない」
「ははは」
「何がおかしいんだ……?」
これが笑わずにいられるかよ。
俺が生前生きて来た、虚無の14年そのものじゃねーか。
そりゃ人はいたよ。こんな誰もいない街で暮していた訳じゃない。でもあの14年の間に関わった全ての人間は、例えばその辺の住宅や街灯と何ら変わりない『景色』であって、それ以上の存在じゃなかった。
勿論、ここにはゲームもネットもない。条件は全然違う。退屈と言えば、そうかもしれない。
でもそれを怖いと思う事もない。
「慣れれば、それが当たり前になっていく。そういうもんだ」
「……キミは一体、何なんだ。ボクには理解できない。人間は孤独が怖くないのか……?」
「逆に聞くけど、精霊は孤独が怖いのか?」
「当然だ。何よりも恐ろしい。ボクはそれが嫌で……嫌で嫌で堪らなくて、強さを求めているんだ」
「いや、十分過ぎるほど強いだろ。ってか魔王クラスの強さになったら、そっちの方が孤独になるんじゃーの?」
「何故だ。誰もが一目置くようになる。畏れにしろ敬服にしろ、それは立派な繋がりだ」
んー……根本的なところで俺とは考えが異なる。これは異文化コミュニケーションって言うより、俺とコレーの価値観の相違なんだろうな。
「――――ドコ――――やがる――――」
遠くの方からペトロの声が聞こえて来た。俺を必死になって探してくれているらしい。
大声で場所を知らせれば、目の前にいるコレーがいきり立つだろう。もどかしいけど、ここは我慢だ。
「キミはペトロ……あの精霊に慕われているんだな」
「別に言い直さなくても良いじゃん。知り合いなんだろ?」
「……」
え、何そのリアクション。口元がムグムグしてる。心なしか耳も赤いような。
まさか……
「好きな「全然違うね何でボクがあんな戦う事しか頭にないクセに弱っちい奴を好きにならなきゃいけないんだ!」」
……まだ俺が喋ってる途中でしょうが、とも言えないド迫力。食い気味どころか人のセリフを上塗りしやがった。
なんつーか……まさかここに来て交易祭の主題とモロ被り案件発生かよ。
「いやまあ、別にどっちでも良いんだけど」
「良くない! 訂正してくれないか!」
「例えどれだけ強くなったとしても、今のお前はペトロの好みには合わないと思う」
「……………………」
あ、固まった。
「…………………………………………」
日光浴びたドラキュラみたいだ。今にも石灰化して塵になりそう。
「………………………………………………………………………………」
お。こっち見た。
「それはどういう」
結局プライドより恋心を優先したのか。今更だけどさっきまでの緊迫が台無しだなオイ。
「ペトロは身体と心の強さを両立させるタイプの戦闘狂だ。割と精神論を大事にしてるしな。そういうタイプは多分、お前みたいに他人の身体を利用して強くなる奴は興味ないぞ」
「……」
すっげー目が丸くなった。これならピラルクの鱗でも落ちてきそうだ。わかりやすいなコイツ! ユーフゥル時代の掴み所のなさは何処行った!
まあ、あれも『元々人間(男)だった奴を精霊(女)が乗っ取った』ってトリッキーな条件だからこそなんだろうけど。
「いや、そんな筈ない。騙されるなコレー。彼はボクから逃れたくて都合の良いウソをついているだけだ。ボクが魔王になればペトロはきっとボクから目を背けられなくなる。ボクは何も間違ってない……」
「ブツブツ自分に言い聞かせてるところ悪いけど、それ本人に確認すれば良「出来ないから苦労してるんだよ!」」
「出来ないから、苦労してるんだよ」
シームレスで言い直すな。真顔でそんなんされたら怖いんだって。言葉に凄い重みを感じるあたり、相当疲弊しているのが伝わってくる。
「……はぁ」
そんなヘナチョコ溜息を落とすのと同時に、コレーの姿がまた変化した。
今度は俺の知らない、栗色の長い髪の女性……というより女の子。想像していたよりずっと幼い顔立ちで、ルウェリアさんと少し似てる。ずっとユーフゥルの姿だったから違和感がハンパない。声も当然違うし。
「それが本来の姿なんだな」
「そう。これが本当のボクだ」
一人称はユーフゥル準拠なんだな。その所為でボクッ子感は余りない。
「ペトロはボクの事なんか見てない。アイツには、他に好きな精霊がいるんだ」
「デメテル?」
「何で知ってる!? あとボクの母親を気安く呼ぶな!」
そう言えばデメテルの娘だったな。本性を隠して生きてる所は良く似てる。
「母は上位精霊で、精霊界でも一目置かれる存在なんだ。ペトロとはケンカ友達みたいな間柄だけど、ペトロの方は……」
そうは思ってない、ってか。よくある片想いのやつだ。
「つーか、一つ聞いて良い?」
「何だよ」
「年齢はどうなってんの? ペトロとデメテルって同世代?」
もしそうなら、このコレーは親世代の精霊に恋している事になる。まあ、人間も親子ほど離れたカップルや夫婦なんて幾らでもいるけどさ。
「ペトロの方が少し年下だよ。56くらい下かな」
……精霊の寿命をナメてました。人間の十倍以上生きるっぽいな。だったら年齢差とかどうでも良いわな。
「ボクとは100以上離れてるし、やっぱり100違えば価値観も違う。キミの言っていた事が合ってるかもしれない。デメテルの力は借り物じゃないから」
「なら話は早い。人間を身体を奪うのはやめて、自分の身一つで好意を伝えるなり何なりした方が良い」
「無理だよ。自分の母親好きな奴に告白とか出来ると思う?」
確かに……
っていうか俺、なんでさっきまで亜空間に監禁されて殺されかけて拉致られて解剖されかけてた奴の恋愛相談をナチュラルに聞いてんだろ……
「だからボクは、母を超えなきゃいけないんだ。魔王の身体ならそれが出来ると思って、それを手に入れる方法をずっと模索して……キミが今持っている虚無結界に辿り着いたんだ」
「いつ知ったんだよ。俺がその結界を持ってるって」
「キミと最初に会うよりも前だ」
え……マジで? どういう理屈? 俺、その頃にはまだ一回も発動させてないよな……?
「ボクはマギを自在に操れるデメテルの娘だからね。マギの事は感覚的にわかるんだ。誰と誰が同種のマギを持っているのか。同じ事が出来るのか」
「それが今の話とどう繋がるんだ?」
「虚無結界を使えるのはキミだけじゃない。キミに執着する前、ボクが誰に執心していたか忘れたかい?」
ティシエラ――――と反射的に答えそうになったけど、それはカインであってコレーじゃない。
となるとユーフゥル時代か。
そう言えば……
「お前、ルウェリア親衛隊の四天王だったな」
「そう。彼女も虚無結界を発動できる。ただし無意識に」
「……あ」
脳裏に過ぎる、過去の記憶。
そう言えば一度、夢遊病みたいな状態のルウェリアさんを街中で見かけた事があった。
あの時、デメテルの……ナントカって技もルウェリアさんには全く効いてなかった。しかもその後、例の声がして――――
『やはりこの状態でも【虚無結界】は消えないのか』
確かにそう聞こえた。思い出した思い出した! 間違いない。コレーの言うようにルウェリアさんも結界持ちなんだ!
って事は、俺はルウェリアさんと同種類のマギを持ってるから、結界持ちだって疑われたのか。だとしたら……
「最初の遭遇でいきなり攻撃して来たのは、虚無結界を出現させる為だったのか」
「あの時はまだまだ結界について無知だったから、手探り状態だったんだ。悪かったよ」
今更謝られてもな。それより遥かにヤベー事今の今までやられてたし。
「ルウェリアは本人が虚無結界そのものを知らなかったし、元一流騎士が常に目を光らせていたから、肉体の奪取は難航を極めていた。そこに現れたのが、同じマギを持つキミだった。実際に結界を出現させた時には小躍りしたよ。これでボクの願いは叶うって」
「声だけで俺に色々ちょっかいかけて来たのもお前なんだよな? なんであんな真似したんだよ」
「……声だけ?」
え? 何その反応。
「いや、声だけ飛ばして俺の脳内に直接語りかけてきただろ? 最初は夜道で俺を刺して、その後も王城でアイザックを負かした直後に……」
「申し訳ないけど、何を言っているのかわからない」
惚けている……様子はない。寧ろ困惑しているようにしか見えない。
さっきは演技にすっかり騙されたけど、もう化かし合いをしている訳じゃない。こんな嘘をついてもコレーに得はないだろう。
あの声だけの存在は、コレーじゃない?
でも、鉱山で異空間に飛ばされた時にも、あの声は聞こえて来た。だったらあれは何だったんだ……?
「もしかしたら、ボクの動きに乗じてキミを付け狙っている奴が他にいるかもね」
「……想像したくもなかったけど、その線が濃厚になってきたな」
だとしたら最悪だ。このコレーより更に狡猾なストーカーとか……マジ勘弁してくれ。
「ま、何にしても他人をアテにするのはもうやめとけ。そもそも、強けりゃ好かれるってのもどうかと思う。ペトロはなんつーか……信念がある奴を気に入るっぽい」
「シンネン」
なんでカタコトなんだよ。そこまで驚く事でもないだろうに。
「何か打ち込んでる事とかないの? 趣味とか好きなものでも良いけど」
「好きなもの……」
いよいよ本気で恋愛相談になって来た事に懸念を抱く事さえ放棄して、とにかく打開策を考える。実際、ちょっとペトロ攻略に本腰を入れ始めている自分がいる。あの格闘バカをどうすれば落とせるのか。まるで恋愛シミュレーションゲームのような楽しさがそこにはある。今の俺はよくいる主人公の無味無臭な友人 兼 相談相手 兼 情報提供者だ。なんかワクワクしてきた。
「お花を、育てる事かな」
「えぇぇ……」
「その反応はおかしい! どうしてボクが花を愛でたらダメなんだよ?」
そうなんだけど、なんか釈然としねぇな。
とはいえ、花か……ヤンキーって意外と花好きだったりしないかな。雨の日の子犬とか好きそうだし、意外と相性良いかもしれない。
「それなら、強さより花に関する話題の方が良いんじゃないかな。自分がどれだけ拘ってるのかを示せば、食いついてくるかもしれない。後、共通の話題とか。俺の話でも良いし」
「キミの話か……確かに、キミには心を許しているように見えた。そうか、そういう方法もあるのか。今まで共通の話題っていうとママの事だけだったから、自然と選択肢から消してた」
話し方が徐々に変わって来ている事に本人は気付いてなさそうだ。多分こっちが素なんだろうな。他人の肉体を得る度にそいつを演じ続けて、自分の人格を保てるんだろうか。
結構深そうなテーマだけど……今はどうでもいいや。
取り敢えず、なんとか納得して貰えたのは何より。これでもう、お互い敵対する理由もないな。どうやら無傷でこの空間を脱出できそうだ。
一時はどうなる事かと思ったけど、ようやく元の世界に――――
「一体どういう事か」
――――背筋が凍った。
いや、背筋だけじゃない。全身が凍てついて寒気が止まらない。39度の熱を出した時以上のヤバさを身体が訴えてくる。
「説明して貰えるかしら? 何故、私が死に物狂いで戦っている最中に、女と愉快そうに話しているのか」
ティシエラさん……お怒りです。
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