第305話 この性癖は要らないかなぁ

 ユーフゥルの顔は怒りに……満ちてないな。


 格下のザコにおちょくられてブチ切れ、なんて精神状態になってくれれば良かったんだけども、生憎そんな甘い相手じゃないらしい。笑みを消したとはいえ、まだまだ余裕を感じる。


 これ以上の挑発や悪ノリは逆効果になりそうだ。そろそろ真面目に向き合うか。


 多分、大丈夫な筈。これくらいで十分だ。


「何が目的なんだ。幾ら虚無結界が無敵の防御力でも、肝心の魔王を倒す方法がなきゃ主従逆転とはならないだろ?」


「それはあるさ。大いにある」


 ……これは本当にあるって顔だな。俺のブラフに乗っかってテキトーに答えてたさっきまでの表情とは雲泥の差だ。


「魔王は世界で一番強い。そいつの身体を手に入れられれば、ボクが最強だろう?」


 そういう事か!


 確かに目的が討伐じゃなく魔王の身体をゲットする事なら、息の根を止める必要はない。寧ろ傷付けない方が良いまである。だから虚無結界を狙っていたのか。


 想像していたよりもずっと野心家だったんだな。それとも、世界最強にならなきゃいけない理由があるんだろうか。


 何にせよ……


「さあ、お喋りはここまでだ」


「ああ。お遊びはここまでだ」


 我ながら、よくここまで場を繋いだと思う。やった事と言えば、訳のわからない事をひたすら喋りまくってユーフゥルを困惑させただけなんだけど。


 でもそれで良い。案の定、ちょうどいい引き時だった。やっぱり今の俺は運が味方してくれているらしい。


 どうやら上手くいったみたいだ。



 仲間が駆けつけて来るまでの時間稼ぎが。



「!?」


 ようやく事態を呑み込んだユーフゥルが、大きく目を見開いて上空へ顔を向ける。


 それと同時に、その顔が思いっきり蹴飛ばされた。


「がはぁっ……!」


 ペトロの長い足によって。


 流石に完全な不意打ちは防ぎようがなかったみたいだな。派手に吹き飛んでベリアルザ武器商会の瓦礫の山に思いっきり突っ込んでいった。


「約束通り、キッチリ五体仕留めてきたぜ」


 口だけでニカッと微笑み、ペトロは結晶の破片を無造作に投げてきた。これは……クリスタルゴーレムの一部か。戦利品って訳だな。


 更に証拠を追加と言わんばかりに、遠くから爆発音が聞こえてくる。魔法を跳ね返すクリスタルゴーレムがいなくなった事で、ティシエラがついに魔法を解禁したんだろう。


 長かった。本当に長かった。


 ようやく……あ、気が抜けたら何か涙が出て来た。


「おいおい。泣くほど怖かッたのかよ。総長さンも可愛いトコあンだな」


「いや……やっとペトロが活躍したなーって思うと、なんか感極まっちゃって」


「泣かれるほどヤバかッたのかよオレ! ……いやまあヤバかッたけどよ」


 そこは流石に自覚ないと困るよ。本当に今まで酷かったからな? 正直他に頼りになる精霊いないか本腰入れて探そうって思った事もあったし。


 だけど、信じて正解だった。これに関しちゃ運気がどうこうじゃない。実力を見込んで、ようやくその期待に応えてくれた。それだけだ。


「貴様……ッ」


 とはいえ、本当の勝負はこれからだ。


 幾ら完璧な不意打ちが成功したとはいえ、今の蹴り一発で決着とは思っていない。勿論ペトロもそうだろう。案の定、瓦礫から修羅の顔になって出て来やがった。


「ボクを……蹴ったな……このボクを……魔王にも蹴られた事ないのに」


「大抵の奴は蹴られんだろ」


「うるさい! ああ……なんて事だ……よりにもよって、なんでこんな奴に……」


「ン? お前まさか、コレーか?」


「!」


 ペトロの指摘に、ユーフゥルの顔色が露骨に変わった。今まで見せた事のない、焦り……


「……っ」


 いや違うな。あのモジモジした感じ……まさか恥じらい?


 え? なんで?


「なあペトロ。あいつ知り合い?」


「いやァ、姿も声も全然違ェしわかンねェけど……なンかそれッぽい空気ッつーか……おい! コレーじャねェのかよ!」


「ううううううるさい! 違う! 精霊違いだ!」


 精霊違いって……それ以前にこの動揺っぷりじゃ確定じゃねーか。あんなに飄々としてる掴み所のない奴だったのに、ペトロが現れた途端急におかしくなってきたな。


「ンー、わッかンねェな」


「コレーってのは知り合いなんだな?」


「ああ。デメテルの娘だ」


 ……ほへ?


 あの御方、娘いたの? そんな年齢には見えなかったけど……まあ精霊の外見って年齢とはあんま相関ないか。ウチのリスもそうだし。


「デメテルがあンな性格だから、娘もまあ似たように気ィ強くてよ。オレも精霊界じゃ散々怒鳴り散らされたもンさ。何かあればギャーギャーとクソやかましく」


「それはキミがボクの言う事をちっとも聞いてくれないから! あ……」


「なンか勝手に白状したぜ総長」

 

「みたいね……」


 しまった、って顔してるユーフゥルが何か新鮮だ。なんだろうな。敵の正体がわかったのに、逆に緊迫感が失せてきたような……つーかユーフゥル、女だったのかよ。どうなってんだ?


 そういえば……性転換の秘法を見つけ出してファッキウ達に女性性を植え付けようとしてたのって、こいつだったな。



『ファッキウも、ディッヘも、キスマスも、フレンデルも、ボクがいたから望み通り女性になれた。身体は男のままでも心は女性。そういう特殊な存在になったからこそ、ボク達は特別な絆で結ばれているんだ』



 てっきりユーフゥルもその秘法で心が女性になったと思ってたけど……元々女性で、自分の妖術で男の身体を奪って乗っ取ってたのか。


「なんでそんな、しれっとした顔なんだよ。どうしてボクが精霊だってバレたのに、何もなかったような顔で……」


「ん? 俺の事?」


「ウソをついたのか! ボクをモンスターだと思ってるなんて!」


「うん。うそ」


「……!」


 よくわからないけど、ユーフゥルはやけにショックを受けているみたいだ。まあ、向こうからしたら『どうやらボクの正体をモンスターだと思い込んでいるみたいだな。よし、だったらそれを利用して真の正体から遠ざけてやる。バカな奴め、ボクの掌の上で踊るが良い!』って感じでノリノリだったんだろうな。


 俺も経験あるよ。調子こいて自信たっぷりに『どうですか皆さん! 次元の高い洞察と推理をしましたよ!』って感じの推論ぶっかまして大外しした事。いや実際、アレはマジで恥ずかしい。思い出しただけで全身が震える。ガチの羞恥って風邪で高熱出した時より寒気エグいからね。


「まただ……またボクは弄ばれた……男に……」


 でもユーフゥルは羞恥心ってより落胆、或いは屈辱で頭を抱えているように見える。


「おいおい総長。アイツに何やッたンだ? 責任取れンのかよ」


「人聞きの悪い表現やめろ! ミスリードをミスリードで返しただけだ! 普通に正当防衛だろ!」


 つーか、こっちは脅迫された上に何度もエグい攻撃で殺されかけてんだぞ。なんでこっちが被害者みたいな扱いされなきゃならねーんだよ。


「いつもそうだ……男はボクを……思わせぶりな事をして……ボクの心に強制わいせつ行為を……ゆ……許せない……」


「おーおーこりャキレてンな。ヤベーぞ総長」


「理不尽過ぎる……」


 ユーフゥル、いやコレーは小刻みに震えながらユラリと身体をしならせ、こっちにガンギマリな目を向けてきた。中性的で整った容姿だから、キレた時の顔は普段とのギャップで結構ホラーだ。


「絶対に許さない……二人纏めて始末してやる……ついでにあの女もだ……全滅させてやる……」


「チッ!」


 ペトロが重心を落として構えた。その顔には全く余裕がない。さっきの弱気な発言からして、コレーの方が格上なんだろう。実際、あの動きをペトロが捉えられるとは思えない。


 もちろん俺も。触れられれば調整スキルで無力化できるんだけど、それすら叶いそうにない。


 だったら、またアレに頼るしかないか。


「奴がキレてるのは俺に対してだ。あれだけ頭に血が上ってたら迷わず俺に攻撃仕掛けて来る筈だから、その瞬間を狙え」


「また囮かよ? やめとけッて、一瞬でバラバラにされッぞ」 


「それは多分、大丈夫だ」 


 この戦いではここまで100%虚無結界が発動している。相手の殺気は遥かに増してるし、ここで結界が出ないって事はないだろう。


 とはいえ、絶対出るって保証もない。もし発動しなかったら、ペトロの言うように俺なんて一発で即死だ。出来ればこんなハイリスクな手段は選びたくなかった。


 でも、他にこの絶体絶命の危機を切り抜ける方法はない。今までの敵とは桁が違うんだ。まともに戦える相手じゃない。


「その代わり、隙を見逃すなよ」


「はァ……全く頑固なこッて。わーッた。従うぜ総長」


「ふーっ……ふーっ……」


 こっちが小声で話し合ってる間にも、コレーは呼吸を荒げて躙り寄って来ている。


 ……妙だ。 


 奴の常軌を逸した機動力なら、俺達が会話している間にでも襲って来る事は出来た筈。まして怒りで我を忘れているのなら尚更だ。


 あの野郎……取り乱しているように見せかけて、さては冷静だな?


 だとしたら話は変わってくる。奴はなんとしても俺の虚無結界を手に入れたがっている。って事は、俺の肉体を入手しようとしている筈だ。


 ペトロの乱入で脅迫は有耶無耶になった。だとしたら、次の策は何だ? 何を狙っている?


 何を――――


「ははーーーーーーーーーーッ!!!」


「なっ……!」


 今のは、さっき俺に浴びせてきたファルチェミーラとか言う高速技。それで……地面を抉りやがったのか!?


 猛烈な勢いで砂埃が巻き上がり、視界が一気に遮られる。そうか、奴の傍にはベリアルザ武器商会の瓦礫があった。それも巻き込みやがったのか……!


「うッお……何のつもりだコラァ!」


 目が露見していないペトロでも視界が阻害されているのか。こっちはとても目を開けていられない状態。ヤバいぞ、これで本当に結界が発動するのか? こんなシチュエーションでは検証していない……!


「殺すつもりの攻撃は全て自動で無効化される」


 !


 今の声は―――


「なら、これならどうだい?」


 コレー!


 一体何処から何を仕掛け……


 え。


「な、なんだ!?」


 突然の浮遊感。しかも身体がロックされている。


 ……まさか担がれたのか?


「予想通り、殺意さえなければ発動しないようだね。これはキミの感情じゃなく、結界自らが敵の殺気を感知している証拠だ。スゴいね。想像以上にとてつもない結界だ」


「お前! やっぱり激昂してなかったのか!」


「…化かしあいは…ボクの勝ちだっ!!!」


 あークソッ、油断した! ユーフゥルのままだったらここまで気を抜かなかったのに、ペトロと知り合いの精霊って判明した時点で毒気を抜かれちまった。


 にしても、なんつー馬鹿力だ。俺の身体は決して軽くはないのに、片手で脇に抱えて移動してやがる。スピードに特化した能力だと思っていたけど、腕力も並外れかよ。完全にチートじゃねーか。


「俺をどうするつもりだ!?」


「さっき宣言した通りさ。キミをヒーラーの国に連れて帰る。尤も、その前にこの疑似世界を解除しないといけないけどね」


 そう言えば、カーバンクルが言ってた。術者と契約者の契約解除でこの妖術は効力をなくすと。つまり、奴と俺が契約解除すれば元の世界に戻る訳か。フワワを喚び出せない以上、二人とも無事にここから抜け出すにはそれしか方法はない。


 ……。


「おい。確認したい事があるんだけど」


「敵に捕まっておいて随分居丈高な物言いだね。そういう所も嫌いじゃないよ。なんだい?」


 これまではちょっとクセ強めな男として接してきたから、女性がこれ言ってると思うと何か妙な気分になる。うーん……この性癖は要らないかなぁ。


 って、そんな事思ってる場合じゃない。


「この異空間を生み出した妖術、名前は知らないけど……俺と勝手に契約するって形で発動させたんだよな?」


「ま、そうだね。妖術の名前は『亜空間生成の秘法』。対象となる相手を指定して、その相手がこちらの指定した特定の行動を取った時点で、意志に関係なく契約は交わされる。キミの場合はあのテントから出るという行動さ。たまたま同時にティシエラが出た事で、あの女も一緒について来たけど」


 やっぱりそうか。俺の所為でティシエラを巻き込んでしまったんだな……けど、今はそこが論点じゃない。


「契約解除も俺の意志とは無関係に出来るのか」


「事実上そうだね。自分の心象風景を元に作られた亜空間に留まりたい人間なんていない。元に戻りたいに決まっている。だから、意志を確かめる必要なんてないんだ」


「なら、俺が明確に拒否したら契約解除は出来ないんだな」


「……ん?」


 コレーの足が止まる。視界はようやく明るくなってきたけど、周囲にペトロの姿はない。旧ベリアルザ武器商会からは相当離れた場所に来ている。この短時間で……驚異的な移動力だ。


「今、なんて言った?」


「だから、俺がここを出たくないって思い続ければ、この術は解けないんだろ?」


「理屈上、そうなるね。でもあり得ないよ。ここは作り物の空間だ。ましてキミの場合は誰もいない空間を創りあげた。こんな閑散とした空間にいつまでもいたいなんて、例えボクをここから出さない為とはいえ、深層心理が許さない筈さ」


「ふーん」


「……そのナメた顔を絶望に変えてあげよう。契約を解除する」


 コレーは亜空間生成の秘法のキャンセルを唱えた!



 ――――しかし何も起こらなかった!



「……は?」


 何コイツ信じられないって顔のコレーに、なんとなくドヤ顔を返してやった。


 



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