第267話 この街にはドNが不足している

「自己紹介が遅れて申し訳ないね。私はセフィード。シャンドレーゼ交響楽団所属でチューバを担当している」


 協力を申し出てくれたセフィードと打ち合わせをする為、サクアも交え最寄りの飲食店で一緒に夕食をとる事になった。


 ここには肉野菜炒めを焼いたパンで挟んだ『ベグサンド』っていう絶品と噂の料理があって、これはいつか食べたいと思っていた。生活圏外の店だから、中々行く機会に恵まれなかっただけに嬉しい誤算だ。


 とはいえ、ベグサンドは話が終わってからゆっくり味わうとしよう。禁断症状が出る前に終わらせないと。


「トモと言います。最近アインシュレイル城下町ギルドというギルドを作って、そこでギルドマスターをやっています」


「知っているよ。新進気鋭のギルドって評判らしいね。かなりのやり手なんじゃないかい?」


「いえいえ、とんでもありません。まだまだ若輩の身で」


 社交辞令を謙遜で返すこの上滑りするようなトークにも大分慣れてきた。昨日も貴族相手にたっぷりやってきたもんな……


「私はサクアです。ソーサラーギルド所属ですが、今はアインシュレイル城下町ギルドに派遣されている身です。シャンドレーゼのコンサートには何度も足を運ばせて頂いています」


「それは嬉しいね。貴女ような美しい女性がファンなんて誇らしいよ」


「え。そんな……」


 おおっ、自然と歯の浮くようなセリフを! 成程、そういう性格か。何気に周りにはいなかったタイプだ。イケメンはそこそこいるんだけど、女性が苦手だったりウジウジしてたり真面目過ぎたりで、タラシ系はいなかったからな。


「ソーサラーギルドが美人揃いなのは周知の事実だけど、貴女はその中でも一際輝いている。音楽だけじゃなくプライベートでも貴女を満足させてみたいね」


「あ、あの……それはちょっと……」


 スゲぇな。こういう言葉がスラスラ出てくる奴って、どんな頭の構造してるんだろう? その語彙を俺とディノーにちょっと分けて欲しい。


「そ、それよりも、私達に協力してくれるって話は本当ですか? 申し上げにくいんですが、ちょっと信じられなくて」


「そうかい? 私はいつでも貴女のような美しい女性の味方だから、貴女がいるというだけで十分過ぎる理由になると思うんだけどね」


 まだ切り上げない! トラッキング拒否をオンにしないと永遠に口説いてそうだ。でも正直ずっと聞いていたい。そして俺の辞書には一切存在しない数々の口説き文句を心のセットリストに加えたい。


「……」


 と思ってたけど、サクアが泣きそうな顔をこっちに向けて来たから、この辺で止めておこう。美白イケメンに迫られて満更でもないのかなと思ってたけど、案外そうでもないのか。


「では冗談はこのくらいにして、そろそろ本題に入りましょう」


「冗談のつもりはなかったんだけど……それで、私は何をすれば良いのかな?」


 見境なく女性を口説く男って同性には塩対応のイメージだけど、彼の場合は俺に対しても紳士的だ。どういう意図があるにせよ、ちゃんとした会話が出来る時点で好感度は高い。本当はそれが普通なんだけど、この街にはドNが不足している。


「貴方が先程吹いていたチューバよりも遥かに巨大な金管楽器がありまして、それを吹いて欲しいんです」


「チューバよりも? それは興味深いね。どれくらいのサイズかな?」


「全長2.7メロリアです」


「ほー。とても楽器とは呼べないね」


 御名答。人捜しアイテムだからな。


「音楽を奏でる為の物ではありません。でも、音を出す為の物ではあります。どんな音を出すのか興味ありませんか?」


 ここは下手に真実だけを語るより、彼の興味を引く方向に持っていった方が良さそうだ。冒険者かつ芸術家なら、好奇心は人一倍あるだろうし。


「そういうのは別にないかな。それより君のギルド、このサクアさん以外にも美しい女性がいると聞いているんだけれど、そこんトコどうなんだい?」


 ……あれ? もしかしてマジで女性目当てで話しかけて来たの?


 てっきり、俺達が冒険者ギルドとバチバチなのを知った上で、探りを入れる為に接触してきたと思ったんだけど……いや、惑わされるな。どう考えてもその線だ。


 他人とのコミュニケーションが皆無だった前世とは違って、今の俺は色んな立場の奴等と駆け引きしていかなくちゃならない。幸か不幸か、五大ギルド会議でその手のやり取りは何度も見させて貰ってるし、それなりに引き出しはある。


 このセフィードって奴の目的は、俺達の動きを探る事。仲間を殺そうとした奴等に復讐を……って雰囲気は全くないけど、俺達の素性を知らずに話しかけてくるなんて事は絶対にない。


「黙っていても無駄だよ。ここだけの話、もう調べは付いているんだ」


 やっぱりそうか!


 これでようやく本筋に――――


「赤髪の天使イリスチュアさん。狂乱の貴婦人オネットさん。黒づくめのクールビューティ、シキさん。その他。彼女達は相当ハイレベルな女性だと聞いている。私は是非、全員と会ってみたい。その為なら協力は惜しまない」


 こいつ……マジか。ガチで女性陣目当てってだけ? いやでも流石にそれは……


「だがその中でもサクアさんは別格だ。もし貴女が私の誘いを受けてくれるなら、他の女性など必要ない。私は貴女だけいてくれれば、それで幸せなんだ」


「は、はあ」


 うーわ。手口がプロだよプロ。他の女性陣の名前を出しつつ、その中でも特別という優越感を引き出して良い気分にさせた上で口説こうとしてる。多分全員に同じ手法使うつもりだこの野郎は。


「私は貴女をデートに誘いたい。貴女は私に協力して欲しい。これは紛れもなく利害の一致。素晴らしき運命の出会い。共に深淵を覗こうではないですか」


「セフィードさん……さっきからグイグイ進めていますけど一旦落ち着いて下さい。サクアが怖がっています」


 だとしたら、これ以上好き勝手にさせておく訳にはいかない。


「サクアはソーサラーギルドから預かっている大事な客人なんで、変な事をされて彼女とソーサラーギルドに悪影響があると困ります」


「アインシュレイル城下町ギルドマスター様……」


 こんな時までその長ったらしい呼称かい。せっかく華麗に庇おうとしたのに、なんか変な感じになっちゃったじゃん。


「む、済まない。確かに強引過ぎたな。非礼を詫びたい」


 そしてセフィード、ここまで来てもまだ紳士だ。余りにも自然過ぎて、演技しているようには見えない。


 くそ……判断がムズいな。単なる女好きなら監視付きで協力して貰うのが好ましいけど、冒険者ギルドの目として俺達に接触しようとしている腹積もりなら、拒否する方が良い。


 どうする……?


「どうやら戸惑っているようだね。私が冒険者だからかい?」


 こいつ……! 自分から切り出してくるとは……一体どういうつもりだ?


「……」


「そんなに警戒しなくて良いよ。私は冒険者ギルドには滅多に行かないからね。自分の本職は演奏家だと自負しているから、冒険者への義理立ては考えていないんだ。君達が冒険者ギルドと微妙な関係にあるのは噂で聞いているけど、私には関係ない話さ」


「だったら、俺達に協力を申し出たのは……」


「さっき言った通り、サクアさんが美しかったからだ!」


 えぇぇ……そんな爽やかに堂々と言われると、流石に疑うのがバカらしくなってくるな……


「心配しなくとも、嫌がる女性をしつこく口説くのは趣味じゃない。嫌なら嫌と言ってくれれば諦めるさ」


「すみません、ずっと嫌でした。可及的速やかに止めて頂ければ」


 サクアさんバッサリ! イケメンとはいえ軽い男は好みじゃないのか。それとも顔自体が趣味じゃないのか?


「そうか。縁がなかったのは残念だけど、貴女のような可憐な女性とこうして知り合えただけでも、私にとっては幸運だった。素敵な時間をありがとう」


 最後まで紳士的ィ。あれだけハッキリ拒絶されても傷付いた様子は一切ない。口説き上手なイケメンからすれば、一人に断られたところで痛くも痒くもないんだろう。


 よし、そろそろ頃合いだ。勝負に出よう。


「セフィードさん。腹割って話しませんか?」


 俺の表情が変わったのを視認したらしく、彼の顔も少し引き締まる。ここからが交渉本番。


「俺達は今、凄く弱い立場にいます。今後も街の各勢力との良好な関係を続けなければ仕事が貰えないし、新米ギルドには世間の目も冷たくて、冒険者ギルドに不信感を持たれたまま存続する事は絶対に出来ない。俺達の事情は御存知ですよね?」


「さて、どうかな?」


 ここで否定されたら正直マジで撤退するしかないと思っていただけに、この反応はありがたかった。


「俺達には、貴方の仲間を殺害しようとした嫌疑がかかっています。勿論そんな事実はないから、やったという証拠は存在しない。でもやってないって物証もないんです。水掛け論になると、どうしたって貯水量の多い方が有利。このままだと俺達はズブ濡れです」


「そうだね。冒険者ギルドが背後にいる以上、余程荒唐無稽な暴論でもない限り"彼等"の主張が通る。証拠がないのなら、君の言う通りになるだろうさ」


 彼等って言うのは当然、メキト達を指している。幾らギルドには余り足を運ばないと言っても、一通り事情は把握しているらしい。


「で、君達が私に頼もうとしている事が、その証拠の収集に繋がる訳か」


「はい。つまり、冒険者ギルドにとって不利になる事を俺達は頼んでいます」


 ここまで正直に話すとは思っていなかったのか、隣に座るサクアの横顔が引きつっている。でも、多分これが正解だ。事情を知っている以上、ここまでは簡単に読めていただろうし。


 レベル58の冒険者。でも彼の評判は余り聞かない。街でもギルドでも。これだけ露骨に女好きをアピールしているんだから、悪評の一つや二つ流れていても不思議じゃないのに。それに、高レベルマニアのヨナが彼を狙っていたという話も聞かない。


 それらが何を意味するのかを考えれば、勝機はある。


「貴方はもう、冒険者を引退しても良いと思ってるんじゃないですか?」


「……」


 意図的に、自分の存在感を消している。冒険者としての活動はほぼ打ち切って、音楽に専念している。だから冒険者としての評判を聞かない――――


「だから、さっき紹介したじゃないか。本職は演奏家だって」



 ――――そんな訳がない。 


 

 もしそうなら、何度もシャンドレーゼ交響楽団の演奏を聴きに言っているサクアが、そこに彼が所属している事を知らない筈がない。少数の楽団だから、ずっと裏方でステージに上がっていなかったとも考え難い。


 少なくとも、音楽活動に専念しているとは思えない。ギルド内での立場が微妙なのは間違いないだろうけど、どうやら音楽活動だけが原因じゃないな。


 彼に関する洞察はこの辺で良いだろう。方針も固まった。


「私が君達に協力しない理由はない。条件は女性ギルド員と一度食事に行く事。それでどうだい?」


「承知しました。その条件でお願いします」


 話が纏まったところで、向こうが手を差し出して来た。さっきマエストロにBANされた記憶が一瞬蘇ったけど、今度はちゃんと握手できた。見た目とは裏腹に、随分と手はゴツい。


「では、日程が決まったら連絡をくれるかな。冒険者ギルドじゃなくシャンドレーゼの方に頼む」


「はい」


 こっちの返事を確認したのち、セフィードは三人分の料金をテーブルに置いて、最後にサクアへ微笑みかけて店を後にした。ベグサンドうっま。


「あの……良かったんですか? ちょっと怪しげな雰囲気でしたけど」


「そうだな。高確率で反コレット派の人間、下手したら筆頭だ」


「え……?」


 サクアが目をパチクリさせている。その可能性は考えてなかったのか。


「向こうから俺達に接触してきた事をシンプルに考えたら、それが妥当だろ? で、これまで不自然なくらい奴の名前は出て来なかった。グノークスと並んでレベル1位タイなのに。って事は、表立って名前を出すのに抵抗がある人物。現代表のコレットに反旗を翻している奴だからだ」


「で、でも、それだで決め付けるのは……」


「それと、イリスが今もウチのギルドにいるって誤解してただろ? って事は、結構前に俺達を調べてたんだよ」


「……あ」


 サクアもそれには不自然さを感じたらしい。


 しかも、俺の頭の包帯について何にも言って来なかった。普通、これだけ話し込んだ相手が頭に包帯巻いてたら、『どうしたんだい?』くらいはあっても良いのに。女以外眼中にないってタイプならあり得なくはないけど、そうでもない。


 俺が怪我しているのを知っていたんだ。


 って事は、あの殺し屋を差し向けた人物……と決め付けるのは早計だけど、その線もある。だとしたら、ここで縁を切る訳にはいかない。必ず尻尾を掴んでやる。


「セフィードと、グノークス。この二人の関係を調べておいた方が良さそうだ」


 同じレベル58、でも対照的な二人。良きライバルなのか、或いは――――


「あの、私にそこまで話してしまって良いんですか?」


「ん? 全然問題ないよ。ティシエラにも知っておいて欲しいし」


 誰が信用できる冒険者なのか。合同チームを編成する上で、ティシエラもそれを把握しておきたい筈だ。


「ティシエラ様を信用してくれてるんですね。アインシュレイル城下町ギルドマスター様」


「信頼だよ、サクア」


 何はともあれ、これで大きく事態が動く。場合によっては、メキト達の居場所を見つけるよりも有意義な情報が得られるかもしれない。


「ところで、誰をあの方とのお食事に派遣するんですか?」


「あ」


 それは考えてなかった。セフィードから情報を引き出す上で、かなり重要な役回り。相応の対応が出来る人じゃないとダメだ。


 同時に、奴の毒牙にかかるリスクも無視できない。いざって時に、レベル58の冒険者相手に対抗できる実力が必須か。


 

 となると……うーん……誰だ?





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