第268話 破滅型の人間
職人ギルドに人捜し用アイテム『プッフォルン』を注文して三日が経過したこの日――――
そのブツが届いた。
「でか!」
全長2.7メロリア(5.4メートル)って聞いてたから、ある程度はイメージ出来てたつもりだったけど……いざ実物を目の当たりにすると圧倒されるな。運送業者の皆さん、お仕事お疲れさまです。
形状は仕様書の通り、ホルンっぽい金管楽器。中央は管がゴチャゴチャ入り組んでいて、整理されていないタコ足配線みたくなっている。
口で咥える部分は相応に細いけど、音が出るラッパの先っぽみたいな部分は異常にデカい。大の大人が余裕で入れるくらいの大きさだ。
この楽器と呼ぶ事すら抵抗あるプッフォルンというアイテム、当然だけど一人で持てる重さじゃない。でも、鳴らすだけなら持つ必要もない。縦方向――――つまり音の出る口を上に向けて置けば、咥える部分がちょうど立っている人間の顔の高さに来るように出来ている。特に支えも要らない。
ただ、これを使う為には捜し人の所持品に向かって吹かなければならない。要するに、音が出る先っぽの広がった部分の前方に、その所持品を置かなくちゃならない。
このプッフォルンを縦方向に置くと、全長2.7メロリアがそのまま全高になってしまう。二階建ての屋根くらいの高さだ。ウチのギルドよりも遥かに高い。そこから鳴る音を所持品に浴びせるのは至難の業……と一瞬思ったけど、今の俺には空を飛べる心強い味方がいる。モーショボーだ。奴に所持品を持たせて、音の鳴る口の真上にホバリングして貰えば良い。
後はその所持品をゲットし、プッフォルンの音を鳴らすだけ。もし楽器素人の俺達でも鳴らす事が出来れば、わざわざセフィードの力を借りる必要もない。
「んン~~~~~~~~~! んッ! ン! ンッン~~~~~~~~~!」
……なんて甘い考えで吹いてみようと試みたけど全然鳴らん。思いっきり息を吐こうとしても、なんか詰まった感じがして息が抜けていかない。
俺に続いてパブロ、ベンザブ、ポラギのオッサン三連星やディノー、更にはシデッスやグラコロ、果てはマキシムさんまで試してみたものの、音を鳴らせる者は誰もいなかった。
尚、御年69歳のダゴンダンドさんも挑戦したが、酸欠で倒れて入院した。
「だらしねーなー、ウチのヤロー共は。こういうのは魔法で突風起こせば一発だっつーの……ギャーーーッ!」
ニチャアとした笑い顔でチャレンジしたヤメだったが、魔法を使った瞬間に吹っ飛んでいった。どうやら魔法は跳ね返す仕組みらしい。気難しいアイテムだなオイ。
「やっぱり専門家じゃないと、鳴らすのは無理か……」
普通のサイズなら、数日練習すればどうにかなるかもしれないけど、このデカさじゃ手応え掴む前に周辺住民から日照権侵害で裁判起こされそうだ。一刻も早く有効活用の後に撤収したい。
となると、当初の予定通り女性陣の誰かにセフィードと食事へ行って貰うしかない。
特に容姿の指定は受けていないから、こっちの都合で選ぶ事は出来る。となると、話を聞き出すのが上手くて、奴を相手に貞操を守れそうな人物が好ましい。ならば当然、候補とすべき人材は限られてくる。
今、俺の頭の中に浮かんでいる候補者は二人。果たして、どちらを食事に行かせるべきか。
――――答えは割とすんなり決まった。
「隊長」
結論が出たのとほぼ同時に、シキさんが出現した。この人の場合『近付いて来た』って表現じゃ不適当なんだよな。
「ウーズヴェルト、ヨナ、メキトの三人が所持していた装備品、入手できた」
「え、早! もう全員分?」
「最終手段を使うまでもなかった」
最終手段とは、連中の家への無断侵入を意味する。シキさんなら十分可能だけど、そこまでする必要はなかったらしい。
「これはウーズヴェルトの古着。巨体だから基本オーダーメイドで、一度に何着も作らせるから肌に合わなかったのは似た体型の奴にあげてるみたい。これは貰った相手から未使用の物を頂戴して来た。こっちはヨナの指輪。付き合った相手に貰ったプレゼントで、別れたらビルバニッシュ鑑定所に売るって聞いて、問い合わせたら二つ残ってた。そしてこれはメキトが稽古用に使ってた剣。折れて冒険者ギルドの集積所に捨ててあったのを拾って来た」
「す、凄いね」
「別に。これくらい楽勝だし」
相変わらず優秀過ぎる。この手の仕事でシキさんの右に出る者はいない。情報収集能力、行動力、そして戦闘における回避能力、いずれも最高峰だ。
特に『特定の物を入手せよ』ってミッションには強い思い入れがあるんだろう。伝説の十三穢を手に入れようとしていたくらいだからな。そこに特化した能力を身に付けた結果、今のシキさんがある。
本人にとっては不本意だったかもしれないけど……シキさんが十三穢を見つけられず、壊心メンテシュクリオスの所有者を殺す事も出来なくて、本当に良かった。
この世界における人殺しは、前にいた世界とは少し捉えられ方が違うのかもしれない。でも人の命の重さは同じだ。一人でも殺したか、誰も殺していないか……この違いは余りにも大きい。恐らく当人の人格形成に多大な影響を及ぼすだろう。
どんな理由であれ、シキさんが人を殺していたら、今の彼女じゃなかったと思う。面接の時は『闇を凝縮したような目』って感じたけど……今は全然そんなふうには見えない。あれは俺の思い違いだったんだろう。
それとも、このギルドで過ごした日々がシキさんを変えたんだろうか。もしそうなら――――
「何? 人の顔ジロジロ見て」
「シキさんはさ、自分を破滅型の人間だって思う?」
「は? 何その質問」
「大事な確認だから、真面目に答えて貰えると助かる」
真剣な眼差しで問いかける。最初は怪訝そうにしていたシキさんも、俺の真意を汲み取ったのか、次第に感情を押し殺したような顔になった。
「……そういう一面がないとは言わないけど」
一時は暗殺者になろうとしていた身の上を考えれば、彼女の答えは恐らく正しい。そして破滅型の要素を持つ人間は、得てして騙されやすい。
そして、例え自分が破滅するとわかっていてもブレーキを踏まない。寧ろ、破滅する事にある種の美徳を抱いてしまう。例えば自己犠牲とか。あとダメ男に惹かれて養ったりするのも、そういう心理の反映と言える。
それが決め手となった。
「色々ありがとう。感謝の気持ちは報酬で示したいトコだけど……」
「借金完済まではそんな余裕ないでしょ。テキトーに返して貰うからいい」
素っ気ない口調で何気に凄い事を言って、シキさんは離れていった。一体どう返させるつもりなんでしょうか。怖いけどちょっとワクワクする。
……さて、それは置いといて。
「おい。誰に許可とってシキちゃんと長話してんだコラ」
「ちょうど良かった。ヤメ、今晩イケメンと食事に行って」
「……は?」
以前シキさんを『ダメ男好き』と評した見事な分析力。シキさんに対する細かな観察眼。躊躇なく魔法をぶっ放せる思い切りの良さ。相手が誰だろうと萎縮しない精神力。
そして最大の決め手は演技力。女優を目指していたと言うからには期待せずにはいられない。上手い事セフィードをコロがしてくれれば、今回の件以外にも協力して貰えるかもしれない。
まさしく適任だ。
「最悪、ディノーに女装して貰う事も考えたけど、ヤメならあの白イケメンに靡く事も絶対ないし、万が一襲われても十分対抗できる。このミッションを任せられるのはヤメしかいない」
「いやわかんねーって何言ってっか全然わかんねー! わかるように説明しろや!」
「ある女好きの冒険者、ギルドの女性陣狙ってる。シキさんピンチ。ヤメ助ける。シキさん見直す。ヤメ幸せ」
「……(理解した)………」
無言で何度も小刻みに頷くヤメとガッチリ握手を交わした。
――――で、翌日の夜。
「貴女との数奇な出会いと、貴女との未来に乾杯」
「乾杯」
今日も全身白いセフィードと対面してグラスを合わせるヤメの顔は、普段の奴からは想像できないほどお淑やかで気品に溢れている。シレクス家に借りてドレスアップした全身像もこの高級料理店に良く馴染んでいて、なんなら貴族のフレンデリアよりもお嬢様っぽい。
俺達のような庶民が決して入る事の出来ない店なんだけど、違和感はゼロ。最早演技を通り越して擬態レベルだ。シキさんが
「……本当に女優目指してたんだ、あの子」
ヤメ達がグラスを合わせているテーブルから遠く離れた位置で、俺とシキさんは監視を行っている。万が一、セフィードが強引に口説こうとしたら妨害する為……と、ヤメが失礼をやらかした時に対処する為。事前にシミュレートを重ねてはみたけど、正直一夜漬けじゃ心許ない。
ただ、わざわざ小さくない出費をしてまでこの店にシキさんと二人で入った最大の目的は、別のところにある。
「あっちは今のところ問題なさそうだけど、こっちはどう?」
「……異常なし。怪しい気配はないね」
第三者の介入があった時の為だ。
俺は実際に殺し屋から襲われた。万が一ヤメが同じような目に遭ったら、悔やんでも悔やみきれない。だからこうして怪しい奴が周囲にいないか見張る必要があった。店内で襲われる事はないと思うけど、油断は出来ない。この世界のレストラン、個室って概念がないっぽいし。
まあ気配察知能力のない俺はそもそも不要なんだけど……こんな高いお店にシキさん一人で入るのは不自然極まりないから仕方ない。
「隊長って過保護だよね」
「シキさんがそれ言う……?」
ヤメに今回の役を任せてみたいって相談したら、真っ先に護衛が必要って訴えた癖に。素直じゃないね全くもう。
「会話は結構弾んでるみたい。あんな歯の浮くようなセリフの羅列に良く話合わせられるね」
「え? ヤメ達の会話聞こえてる?」
「ただの読唇術。スキルでもない」
やっぱハイスペックだな、この人……大抵の事は任せたらやってくれそう。いやエロい意味じゃなくてね?
「今更無意味な仮定だけど」
「はいなんでしょう!」
「声が大きい。向こうに聞こえたらどうするの」
「す、すいません……」
妙な事考えてた所為で過敏になっちった。反省。
「で、仮定って何?」
「私とヤメを逆にするプランってなかったの?」
……つまり、シキさんがセフィードと食事するパターン。はい、普通にありました。というか最初に思い浮かんだのはそっちだった。
「いや全然」
特に嘘をつく理由もないけど、なんとなく本音は言い辛い。
……シキさんだと雰囲気に流されて口説かれる可能性が0.01%くらいあるんじゃないかと思った、なんて言えないよな。
「ふーん。そ」
シキさんはなんか不満げだけど、この事は俺の胸の内にしまっておこう。
「そろそろ注文決めた方が良いんじゃない? 怪しまれるよ」
「確かに」
ヤメや周囲の方が気になって、メニューに全く目を通していなかった。
生前、高級レストランで食事した経験は一度もない。当然マナーなんぞ知らん。前菜やデザートだけ頼むのはマナー違反、レベルの常識しか把握していない。
あと、男女で来た場合は男性に配られるメニューだけ値段が書いてある、ってのも聞いた事ある。女性が値段を気にせず注文できるようにとの配慮だ。
「シキさん。そっちのメニューって値段書いてる?」
「普通に書いてるけど」
どうやら、この世界の常識ではなかったらしい。まあ世界が違えばマナーや慣習も違うわな。
ディナーメニューに書かれているのは、コース料理と単品料理、そして酒・ドリンクとデザート。率直に高い。コース料理は一番安いのでも165G。16500円也。頼んだら財布が爆死する。
単品料理も数千円の物がゴロゴロある。一番安いのは……フルーツタルトか。それでも23Gするけど。
どうしよう。バカのフリして食前酒とデザートだけ頼むか? どうせ二度と来ない店だし、なんだこのアホと思われても構わないんだけど……普通に断られるかな。
せめて単品料理の中にパンがあれば『私、パン以外食べないので』の一点張りでゴリ押しする事は可能だけど、生憎パンはコース料理のみ。おのれ、パンを軽視しおってからに。アラカルトでも十分通用するだろうが。
前菜とメイン一品ずつでドリンク(食前酒)とデザートなし……だと、一番安い組み合わせで49Gで済むな。よし、これで行くか。俺は今日、全然腹が減ってない。あと健康が気になっててヘルシーな食事を心掛けている。この設定で行こう。
勿論、シキさんにまで節制を求める訳にはいかない。幾ら俺でもそんな情けない真似は出来ない。お高い方のコース料理でも何でも好きなのを頼んでくれれば良い。男女で来て一方だけコース料理って、もしかしたら非常識かもしれないけど、そんなの気にするほどの経済的余裕はない。恥を掻くだけならタダだ。
「俺、昼に食い過ぎてあんま入らないから少なめにするけど、シキさんは好きなの頼んで」
「別に自分の分は自分で払うけど」
「仕事で来てて食事代払わせるとかブラック過ぎるでしょ……普通に経費で落とすから」
「借金あるのに無理しても仕方なくない?」
「借金背負ってるのは俺個人。ギルドとは関係ないの」
今回の件は、ギルドの信用に関わってくる問題。その為に行う仕事なんだから、経費はギルドから落とさないとおかしい。
「……わかった。じゃ、今朝の報酬はこれで良いよ」
報酬……あ、冒険者三人の所有物を調達した件か。なんか却って気を遣わせちゃったかな。
「その代わり経費じゃなくて隊長が払って」
「へ?」
「感謝の気持ち、なんでしょ?」
シキさんは薄い笑みを浮かべながらそう言い放ち、有無を言わさず呼び鈴を鳴らした。
これ、仕事で来てるんだよね? 何で俺が払うの?
……とは言えなかった。
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