第329話 見ーえない

 ――――ごめんね。



 俺はどれだけでもイジって良いって思ってそうなシキさんが、そんな事を言うなんて。今日は本当にらしくないな。


 とはいえ……


「えっと、何が?」


「だから……なんとなく、で隊長のギルドに入った事。今更だけどね」


 ギルドを乗っ取ろうとしてた事は罪悪感ないのに、それは謝るんかい。よくわかんねーな。


 変な話だよな。割と似たプロセスを刻んできた俺とシキさんだけど、性格も価値観も全然違うんだから。


 結局、個性ってのはそういう事なんだろう。まあ、これを個性って言い出したら世の中の人間全てが個性的だし、それじゃ個性って言葉を遣う意味が消えちゃうんだけど。


「怒った?」


「怒ってるように見える?」


「……見ーえない」



 そう答えた直後――――



 シキさんが、俺の背中に飛び乗ってきた。



 え……どういう事?


 あ、わかった。


「こうやってお祖父さんの背中に乗っかって、背負われてたの?」


「そ。怪我した部下を家まで運ぶのが隊長の役目」


「……今、どっちかっていうと家から離れてるんだけどな」


「そこは再現しなくても良くない?」


 ま、そりゃそうなんだけど……だったら子供の頃を再現する必要が全くない訳で。


 とはいえ、そんな野暮な事は言いません。だってシキさんが俺の肩に両腕を乗せて、首を抱くように後ろでしがみついてるんですよ? 背中にピッタリ張り付いて。こんな役得を自ら手放すなんてあり得ないね。


「ほら、脚。ちゃんと持って」


 オンブしろってか。ははーん、実は寝起きであんまり歩きたくないだけか?


 まあ、勿論するんだけど。オンブ最高。怪我でもダウンしてる訳でもない人をオンブするのって、なんか変な感じだけどオンブ最高。オンブってあれだね、されるよりする方が断然良いね。相手によるけど。


 にしても、なんというスキンシップ。要は以前の恋人繋ぎの延長なんだろうけど……ここまでされると流石に違う感情を疑うよ?


 ただ、気になる点も一つ。


「脚、随分張ってるね。大丈夫?」


「そりゃ、ここ何日かずっと歩きっぱなしだし。誰かさんの借金返済の為に」


「大変申し訳ございません」


 んー、やっぱりそっちもあったか。でもさ、幾ら疲労困憊で回復しきれてないっつっても、オンブさせる相手に何の感情も持ってないって事は流石に……いや、あるのか? どうなのよそこんトコ。有識者に説明を求めたいくらいだ。


「そんな事より早く進んで。どうせこんな時間に通行人いないんだし」


 隊長を隊長と思わない傍若無人ぶり……あれ? この人もしかして小悪魔なんかじゃなくて、ただ精神が幼いだけなんじゃ……


「なんとなくでも、隊長の所選んで良かった」


 かと思えば、顔のすぐ近くでそんな事を囁く。今のシキさんは決して幼くはない。純正の小悪魔だ。


「やっぱり私の思った通り、乗っ取れそうじゃん。ここで私が隊長に首キュッて締めたら、そうなるんだよね?」


「そうなるね。借金も一緒に付いて来るけど」


「あ、そっか。じゃ今日はやめとこっと」


 娼館に着くまでの、何気ないやり取り……にしては、刺激が強過ぎる。

 

 でも心地良い。なんか不思議な感覚だ。


「……シキさんってさ、ヤメと話す時もそんな感じなの?」


「全然。私の身体に取り憑いてた時に見てたんでしょ?」


 ま、まあちょっと覗いたけど……あれは職場に移動する僅かな時間だけだったし。


「ヤメは……私より大人だけど、寄りかかって良い相手でもないからね」


「俺は良いんかい。普通に倒れるけど?」


「頼りないけど倒れないのが隊長の良い所」


 ……そういう認識なんだ。ちょっと嬉しいかも。実際には何度か倒れてるんだけどね。


「言っとくけど、これが本当の私、とかじゃないからね。勘違いしないでよ?」


「へいへい」


 素を見せるくらい心を許してるとは思われたくないのか。でも残念、もう余裕で思ってるんで。


「……たまにね。昔思い出すんだ。夢におじいちゃんが出て来たり、お墓参りした時」


 ああ、それでか。道理で今日のシキさん、妙に甘えたがる訳だ。


「明日……もう日付変わったから今日か。怪盗メアロがラルラリラの鏡盗りに来るんでしょ?」


「そう。シキさんが持ってるんだよね?」


「うん。懐の衣嚢に入れてる」


 コンパクトサイズだから、内ポケットにも十分入るだろう。肌身離さず持っているのは良い判断だ。どれだけ上手に隠しても、あのメスガキはいとも容易く見つけ出しそうだからな……


「怪盗メアロは性格悪いし生意気だしムカつく奴だけど、暴力で欲しい物を奪ったりはしないから。そんな怖がらなくても大丈夫」


「怖がってなんてないし。でも、盗られたくはないかな」


「まあ、そりゃ……でもお祖父さんの邪気は払ったし、用済みっちゃ用済みでしょ?」


「……ホントに馬鹿」


 シキさんは呆れるような口調で、俺の首を後ろから軽く絞めてきた。本当に軽くだから苦しくはない。


「簡単に盗られる気はないよ。これは私が貰った物なんだから」


「うん。俺があげた物だもんな」


「……」


「ありがとう」


 大事にしてくれているのが伝わる。それで十分だ。


「シキさんは警備に集中して。怪盗メアロは俺に任せろ。なんとかするから」


「そんな事言って、どうせこれっていうプランも特にないんでしょ?」


「かもねー」


「……」


「無言で強めに首締めるのやめて怖いから!」



 娼館に着くまでの間、シキさんとの会話が途絶える事はなかった。





 その後――――幸い、大きなトラブルはないまま無事に夜明けを迎え、交易祭中の娼館警備は朝焼けの下、静かに幕を閉じた。


「色々あったけど……おかげさまで無事乗り切れたよ。ありがとね」


 あ……女帝。心なしか目が赤いような……


「いえ、ウチのギルド員がご迷惑をおかけして……」


「あんなのは夫婦間の問題だから気にしなくて良いんだよ。アタイが娼館にかかりっきりで、あんまり相手してあげられてなかったからねぇ。許してくれるかわからないけど、見つけたら謝っとくさ」


 女帝……なんて出来た嫁さんだ。やっぱり人間的には尊敬できる人だな。


「でもそれはそれとして、あんなふうに人の弁明も聞かずにすぐ逃げる男の方がロクでもないんで、謝る必要はないと思いますよ」


「……意外とシビアだねぇ、アンタ」


 女帝は俺に苦笑を返しつつ、俺の後ろの柱に視線を向けた。


 そこには誰もいない……ように見える。でも隠れてるんだろうな。ディノーが。


「あの馬鹿にも宜しく言っといておくれよ。別に怒っちゃいない、よく働いてくれたってね」


「はい」


 実際、昨日から今日にかけてディノーは相当凄かったらしい。


 大きいトラブルこそなかったけど、客が娼婦に向かって下半身丸出しで暴言を吐いたり、ホールで下半身丸出しになってブレイクダンスを踊ったり……といった日常的な小さいトラブルは幾つか生じていた。でもそれを全てディノーが迅速に処理した事で、大事には至らなかったそうな。どんな処理の仕方したのかは謎だが。


「怒ってないってよ。良かったなディノー」


「……良くはないさ」


 柱の陰から出て来たディノーは、シベリアンハスキーも真っ青になるくらいバッキバキな目をしていた。いや……幾ら徹夜明けでもそうはならんだろ。


「つくづく僕はダメな奴だ。サキュッチさんに相応しくない男だって思い知らされたよ」


「諦めるのか?」


 正直、そうなってくれた方が俺の精神には優しい。流石に不倫は応援できないって。


「まさか。旦那さんには申し訳なかったけどね。でも、あれくらいの事で逃げ出して戻って来ないようなら、僕にとってはチャンスさ。逃すつもりはないよ」


 ……意外とガツガツしてるんだよな。まあ、それだけ本気って事なんだろう。決して褒められた恋愛じゃないけど。


 何にしても、最悪戦力外も覚悟していたディノーがやる気に満ちているのはありがたい。バッキバキの目のまま街の巡回に行って貰おう。


「ところでトモ。君の方は大丈夫なのかい?」


「へ? 何が?」


「いや、後ろ」


 ……後ろ?


「ヤメが生涯最大の敵を目の前にした時の顔をしているんだけど」


「……あー」


 そりゃ気付かない訳ないよな……だってヤメだもの。


「ギマ、ちょっとツラ貸せや」


「お、おう」


 俺、生きてここから出られるのかな……






 物凄い敵意を剥き出しにして、なんか禍々しいオーラみたいなのを出しながら娼館の空き部屋へ入ったヤメは、続いて俺が入ったのを確認した直後、扉の鍵を閉めた。


 怖い。怖過ぎる。俺をどうする気だ……?


「おい質問すっぞコラ」


「あっ……はい」


 ヤメもディノーとは違う方向性でバッキバキな目だ。人間って感情がすぐ目に出るよな。俺に対する憎悪がヤバい。


 間違いなく、シキさんの事を聞いてくるだろう。その返答次第では俺を殺す気だ。


 一体なんて答えればいいのやら……


「テメ、シキちゃんとヤッたろ」


「ヤるか! アホか!」


 悩むまでもなく脊椎反射で答えられる質問だったけど、勿論嬉しくはない。


「あ? テメ何嘘言ってんだコラ。あんな深夜に休憩して、同じタイミングで朝戻りしやがってコラ。ヤッてないなら何してたっつーんだよ」


「朝帰りみたく言ってるけど普通の早朝出勤じゃねーか! 普通にギルドで休憩して、色々喋っただけだっつーの。他には何もしてねーよ」


「ほぉーん? その割にシキちゃん、やけに御機嫌だけど?」


 ……あ、そうなんだ。へー……


「やっぱヤッてんじゃねーか! ンだよその反応今すぐ殺してぇ殺すぞ!」


「だから違うっつってんだろ! っていうか、お前には話しただろ……俺の切実な性事情」


「うん知ってる。『俺、昔やらかして自信ないんだ』みたいな事言う奴に限ってヤる時はがっつりヤるんだろ? ヤメちゃん知ってる知ってるゥ」


 怖いって……顔近付け過ぎだろ。しかも今にも齧り付いて来そうな顔面で。


 にしても困ったな。こっちがどれだけ反論しても聞く耳持ってくれない。


 もう素直に『ギルドの合い鍵渡したらシキさんの機嫌が凄く機嫌良くなって、朝方にちょっとイチャイチャした』って暴露するか?


 ……出来る訳ねぇ。それはそれで殺され案件じゃん。もうキルミーベイベーっつってるようなもんだ。


「しかも合い鍵渡してるしな」


 バレてるバレてるゥ! やっぱバレたよ! いとも容易く!


「な、なんでわかった……?」


「ヤメちゃんナメんなよ? マフラーの微かな隆起から鍵の形を特定するくらいワケねーっつーの」


 いやヤバ過ぎだろ! どんな目してんだよ解像度どうなってんだ!


「……ま、その所為で見た事ないシキちゃんの顔を見られたんだけど」


「え? どういう顔?」


「教えるワケねーだろ? 何調子コイてんだコラ借金持ちのクセしてシキちゃんにばっか頼ってるクズが」


 う……痛いところを。


 でも――――


「頼ってばっかりなのは事実だけど、シキさんとはマジで何もしてないって。本人に直接聞いてくれよ」


「……聞きたくない」


 なんでそこは乙女ヅラなんだよ。


「あーどうしよっかな……ここでコイツ殺せばシキちゃん怒りそうだし……ヤメちゃんのパワーマックスの魔法なら塵も残さず消せるか……? それだったら完全犯罪に出来るし、シキちゃんに聞かれてもしらばっくれれば……」


「ターゲットの前で完全犯罪の予定を立てるな」


「うっせ! 調子に乗んなよチクショー! 例えヤッててもヤメちゃんのシキちゃんへの愛は変わらないんだからなボケ!」


 なんかよくわからないけど、どうやら解放して貰えそうな雰囲気だ。良かった……正直これ以上時間は割けない。


「……で?」


「で? 何が?」


「決まってんでしょ。体位よ体位。どんな体位でヤッたん? ヤメちゃんに教えてみ?」


「だからヤッてねーんだわ! つーか幾ら娼館だからって聞いて良い事と悪い事あるだろ! アホか!」


「ちぇーっ」


 ……どうやら普段のヤメに戻ったらしい。これが普段なのも困りものだけど。


「あ、そうそう。昨日ここに来る前にちょっと確認した事あんだけど」


「え、まだあんの?」


「大事なことなんよ。そりゃ勿論シキちゃんの件も大事だけど、それとは別の意味で」


 やけに勿体振るな。ヤメがそんな言い方すると、本当にヤバい事が起こっているようで怖い。


 果たして――――


「ウチで隠した暗黒武器100選、隠した所からほぼほぼなくなってた」



 ……何?


「なくなってたって……誰かが持っていったって事だろ? それなら予定通りなんじゃないのか?」


 交易祭初日、それらの暗黒武器についてはフレンデリアが自由に取って良いって宣言している。特に問題はない筈だけど……


「昨日の段階では半分以上残してたのに、今日の朝には全部なくなってたとしても?」


 ……え、


「全部? 全部なくなったのか?」


「少なくとも、確認した16箇所は全滅。だから報告してんの。ヤベー事が起こる前兆っぽいだろー?」


「あ、ああ。ありがとう、報告してくれて」


 一応お礼は言ったものの、頭の中は暗黒武器の事でいっぱいいっぱいだ。


 ……おかしい。

 

 暗黒ブームは過ぎた。なのに、その後に武器が一気に取って行かれたとなると、ちょっと組織ぐるみの仕業だと思いたくもなる。


「原因はわかんないけど、気に留めといた方が良いと思うよー。ヤメちゃんの言える事はそれだけじゃい! バカーアホー死ねー!」


 最後に小学生みたいな事を言って、ヤメが空き部屋から出ていった。


 結局、シキさんへの誤解は解けないままか。まあ、ヤメの事だから本気じゃないとは思うけど……今はその件より暗黒武器が気になる。


 シキさんに頼んで確認を――――


「……」


 いや。ヤメの言う通り、こういう時にすぐシキさんが第一選択肢になってる現状は、変えた方がいいかもしれない。明らかに疲労困憊の身体だったもんな。


 取り敢えず、街の警備へ向かおう。そのついでに暗黒武器を隠した場所を確認しよう。


 それと……冒険者ギルドにもいかないとな。


 怪盗メアロとの対決は俺一人じゃ分が悪い。助っ人が必要だ。冒険者ギルドなら誰かしら金で雇われてくれるだろう。任務完了の日付を明日以降に設定すれば、多分支払える……筈。


 何にしても今日が勝負なんだ。いつまでもこんな所にいたって仕方ない。


 行くか。



 交易祭――――最終日の街に。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る