第060話 からの――――
見事暫定1位に輝いたディノーの投擲から二人の試技を挟み、再び俺の知る人物がスタート会場に現れた。
「次の選手も要注目! レベル60の冒険者、アイザックさんでーす!」
ザクザクの名前がコールされると、観客から奇妙なざわめきが起こった。ディノーの時とはまた違った雰囲気だ。というか、あんまり歓迎されてないような……
「彼はレベルが高い割に煽り耐性がなくてプレッシャーにも弱いって話を聞くわね」
「私もそれ聞いた事あるんだよねー。アイザックさん、そこんとこどーなの?」
おいおい、随分と遠慮なしだな。これから気持ち良く試技に向かおうって選手の弱点を突くとは。でもま、これは――――
「確かに、僕には自分を律する事が出来ない欠点がありました」
ザクザクにこう言わせる為の呼び水だろう。この街に来て30日程度の俺でさえ知り得る情報だ。ここに集まってる観客ならみんな知っている筈。ならコソコソ話されるより公開トークで自ら明かした方が、スッキリとした心持ちでスタート出来るって寸法か。
「でも、克服するつもりでいます。今日がその第一歩です」
堂々とした宣言。実際、昨日ディノーや酒場のマスターに煽られた時も大丈夫だった。まあ、同格以上の相手から挑発されてもカチンとは来ないってだけかもしれないけど……
「出来る訳ねーだろ自爆野郎! オメーは一生そのままだよ!」
「ついこの前酒場で醜態晒したばっかだろーが! 人がそんな簡単に変われっかよ! 言う事が薄っぺらいんだよ!」
「私、武器屋の前でキレたあの人見た。すっごいキレてたよね」
予想通り、観客の一部から早速煽り入りました。
恐らくこれ目的で待ってたアンチザクザクもいるんだろう。なんか似たような声を武器屋の前で聞いた気がするし。
さあザクザク、本当に変わったと言うのなら、それを俺に見せてみろ。今日はその為にここに来たんだ。
「フフ……彼等は僕の人生に何の影響もない他人。空気も同然。撤回はしなくていい。所詮空気の戯言。僕の心には響かない」
あれ? これダメっぽいですね。いなし方が煽り耐性ない人のそれですね。一番いけないのは煽りに対して煽り返す事で心の均衡を保とうとしているところ。これ典型的な効いちゃってる人の反応だよ。
「アイザック、超カッコ良いー!」
「そーだそーだ! そんなバカの相手するだけ無駄だしー!」
「素敵です……」
どうやら原因の少なくとも一部はあの仲間達にあるっぽいな……彼女達が甘やかす限り、ザクザクはずっとこのままかもしれない。ちょっと共依存に近い関係性が垣間見える。
とはいえ、これを俺が指摘したところで受け入れられるとも思えない。仮にこのままでも、レベル60の冒険者とその仲間達は十分楽しく生活出来るだろうし、絶対に改善しなきゃいけないって危機感がない。人間、危機感がないと驚くほど動けないってのは、俺の前世やこの街の警備状況が雄弁に物語ってる。
「やー、世界一カッコ良いですね。で、投げる武器は何を持ってきましたー?」
すっげー棒読み。イリスチュアはアイザックみたいなタイプには全然興味がないらしい。だとしたら、彼の弱点を暴露したのは単に話のネタにする為だけだったのかも……
「はい。今回僕は、覚悟をもってこの武器を選びました」
ん……? あれってもしかして、ベリアルザ武器商会で買った魔除けの蛇骨剣か?
別に投擲に向いている訳じゃないんだけどな。
「この剣は、僕に大切な事を教えてくれた友人との絆です。きっとこの剣なら僕の全身全霊が宿ると思うんです。魂を込めて投げられる確信があります」
いやいやいやいや……絆を投げてどうすんのさ。しかも霧の中に思いっきり投げ入れたらもう回収出来ないし。それもう切り捨てるようなもんじゃん。絶縁を所望してるの? こっちサイドはそこまで君の事嫌ってないよ? あと別に友達じゃねーから。
「言葉の意味はわかりませんけど、とにかく凄い自信ですね。それじゃ出発の用意お願いしまーす」
もうちょっと興味持ってあげて!
自分の世界にドップリ浸るきらいがあるけど、ついでに自爆癖もあるけど、悪い奴じゃないから! あとティシエラ余所見しないであげて! 見て! 聞いて! 発言して!
「ふぅ……………………それじゃ行って来る」
深呼吸の後ガッツリ溜めて、仲間に向かって一つ頷き、観客席の方に剣を掲げてみせ、ザクザクはフィールドへ飛び出していった。ちなみに剣を掲げたのは俺のいる場所と全然違う方向だった。
……あいつ、こうして傍から見てる分には結構面白い奴なんだよな。友達は無理だけど、お気に入りのYoutuberみたいな感覚で付き合えば良いのかも知れない。心のチャンネル登録しておくか。
その後は特にこれといった見せ場はなく、ザクザクの投擲はディノーどころか酒場のマスターにも30メロリアほと届かず暫定3位となった。
「おーっと! これは大健闘ですよ! レベル52の冒険者、ウッホウッホさんの投擲は354メロリア飛んだって!」
あ、暫定4位だ。
「また好記録! レベル49の冒険者、ドンクライさんが356メロリアを記録!」
あー、これ入賞も無理っぽいな。まあ、見るからにパワー型って感じじゃないもんなザクザク。本人もそこまで気にしてはいないだろう。
からの――――
「……やっぱり僕は何をどうしたって変われない運命なんだ。あんな成長イベントがあってもこのザマ……ああ……ヤダ……もうヤダ!! 全部ヤダ!!!」
やっぱりかい!
気にし過ぎて駄々っ子みたくなってる。いや寧ろオネエか?
何にせよ、人は簡単には変われない。そんな重厚な現実をあらためて思い知らされた。
「次は異色の挑戦者です。ヒーラーギルドの名物男と言えばこの人! 蘇生魔法の伝道師、メデオさんです! それじゃ出発してください!」
紹介コーナー完全スルーだ! まあ一番面倒臭そうな奴だもんな。イリスチュアの進行スキル何気に高い。帯いけるよ帯。
「我がラヴィヴィオの蘇生力はァァァァァァァアアア世界一ィィィイイイイ」
それでも諦めないメデオは、駆け出しながらギルドのアピールに努めていた。ウザいとはいえちょっと感心する。詐欺師って基本メンタル強いよな……ザクザクも詐欺師目指せば良いんじゃないかな。結婚詐欺師とか。最後は取り巻きの子達に刺されるだろうけど、猪に殺されるよりずっとマシだろう。羨ましい限りだ。
「中継先のアメリーちゃん、大丈夫? え? 蘇生魔法は良い? あれー洗脳されちゃったかー」
何気に中継先がヤバい事になったみたいだけど……その後メデオ(ヒーラーらしく武器は杖)の投擲はディノーの記録を大幅に上回る411メロリアを記録した。でも誰も歓声を上げなかった。
「411かー……」
そして、ついにやって来ました最終日。幸い天候は崩れる事なく、雲も少ない。絶好の投擲日和だ。
「それくらいだったら、ベルドラックさんが抜くかも」
「確かにな。見るからにパワーありそうな身体付きだし」
最終投擲者のコレットは、冒険者ギルド内の稽古場で入念に準備運動を行っている。この世界にはジャージ的な衣服はないらしく、運動着は普通のシャツと短パンがセオリーらしい。短パンは当然だけど布面積は多めのハーフパンツ。サービス要素は弱めだけど、なんか新鮮だから良しとしよう。
「初めての大会だし、どれくらいの記録が出るかなんて想像しか出来ないんだけど……ディノーさんだっけ? あの人が400近くだったら、ベルドラックさんは600くらい投げるかもね」
コレットのその見解は、俺の予想を遥かに超えるものだった。
だって倍って事は……
600メロリア×2=1200m……1km以上だよ?
コレットが練習で投げているバックベアード様でも、そこまでの距離には達していないように思う。
「600メロリアなんて出されたら、流石に勝ち目はないんじゃないか?」
「そうでもないよ。昨日、やっとコツが掴めたから。今の私はトモが知ってる私じゃない、って言っておこっかな」
半ば茶化すような物言いの割に、コレットの顔は自信に満ちている。きっと確信があるんだろう。ザクザクとは違って、コレットは自分の発言に責任を持つタイプだ。大口は決して叩かない。だから信用は出来る。
「頑張らないとね。私一人だけの問題じゃないから」
怖いのは、責任を背負い過ぎての自滅。それだけだ。
「親御さんのメンツを守るのって、コレットにとってはそれだけ大事なんだよな」
「うん。大事」
コレットは、これ以上は何も語らない。言いたくないのか、教えたくないのか、教えられないのか、それすらわからない。
確かなのは、俺とコレットは知り合ってまだ30日……地球で言うところの一ヶ月しか経ってないって事。だから俺はこれ以上聞けないし、納得もしている。ここから先を知りたいと思うのはエゴだ。エゴはいつだって正しいけど、優しくはない。優しさのない言葉は、今日は要らない。
「コレットー! 調子はどう?」
ゲッ、あの馬車はシレクス家の……あーやっぱりフレンデリア嬢だ。まあ彼女の立場なら激励に来るのは当たり前か。
出来ればあのお嬢様と長時間対峙したくない。逃げよう。
「コレット、俺は邪魔になるから一旦離れる。また後でな」
「え? あ、うん。試技までには戻ってくるんだよね?」
別に俺は護衛でもないし、俺がいなくても特に問題はないと思うけど……
「当然だろ」
友達でもないザクザクの試技を見守って、友達のコレットを見ない訳にはいかない。例え投擲の瞬間は見られなくとも、知り合いがいる事で彼女の心細さを少しでも和らげる事が出来るのなら尚更だ。
「うん。待ってるね」
安堵したようなその顔に俺も何故か胸をなで下ろして、その場を去った。自分でもよくわからない、味わった事のない奇妙な感情だ。必要とされている実感なんだろうか。だとしたら、今の俺には一応請われて就職した職場があるんだし、経験済みな気もするんだけど……それとも実はあの武器屋に必要とされていないのを本能的に感じてしまっているんだろうか。可能性がなくはないだけに、あんまり考えたくないところだ。
結局のところ、そういう考えがよぎるのは自分に自信がないというか、確固たる実績がないからだろうな。陳腐な言葉で言えば成功体験。怪盗メアロにはこんぼうを盗まれた挙げ句逃げられたし、魔除けの蛇骨剣も一本しか売れなかったし、以降も特に役立った記憶はない。失敗続きだ。
コレットが優勝して、ベリアルザ武器商会が住民から信用されるようになって、客が増えて売上もアップすれば、少しは見える景色が変わるんだろうか。それでも結局、他人任せでしかないんだけど……
「……ん?」
ギルドを出て、大通りを歩きながらそんな事を考えていると、一瞬景色全体に影が差したような気がして、思わず天を仰ぐ。太陽っぽい恒星はそのまま浮かんでいるし、光を遮るような雲も近くにはない。
ごく稀に、生前にも似たような経験があったけど、大抵は徹夜明けで意識がブラックアウト寸前の状態だった。今は体調万全だから、原因が同じとは思えない。
ま、単なる気の所為だろう。気にしても仕方ないし、この時間を使ってパンの屋台を巡回せねば。
それに、もうそろそろベルドラックの試技が始まる時間だったような……
「新記録出たって! 656メロリアだと!」
「やっぱベルドラックかよ! ダントツだな……アイツ本当に人間かよ。化物だろ」
「ギルドマスターの選挙に立候補するらしいけど、マジで勘弁して欲しいよな……」
タイミングが良いのか悪いのか、確かめに行く前に街中の喧噪から結果が聞こえて来た。コレットの予想通り、或いはそれ以上の数字だ。
引っかかったのは、住民がベルドラックのギルマス就任を明らかに歓迎していなさそうなところ。単に彼等がそうってだけかもしれないけど、ティシエラもなんとなくそれを匂わせてたんだよな……
ベルドラックには権力を持つ事を嫌がられる何かがあるのかもしれない。だとしたら――――
「……!」
まただ。視界が一瞬薄暗くなった。二度目となると、気の所為と切り捨てる訳にもいかない。
空を見上げてみる。そこは特に変わった様子はない。でも、視界を下げて周囲を見渡すと、俺の他にも数人、同じ動作をしている奴がいた。
妙に胸騒ぎがする。
周囲から奇行と見られるのを覚悟で、立ち止まって空を暫く眺めてみる事にした。
変化はない。雲の動きも穏やかだ。光を遮るものは何もない。
ない――――と、思い込んでいた。
「……何だ?」
ほんの一瞬。でもそれが何度も何度も見えれば、次第に確信へと変わっていく。
何かが……翼が生えた何かが、いる。飛び交っている。高速で。長時間ずっと目を凝らして眺めて、ようやくその尻尾を掴めた。
聖噴水の所為で街に入れない飛行系のモンスターが、遠くを飛び回っているのかと思った。でもその考えは即座に否定された。
――――次の瞬間。
耳が破裂したと錯覚するほどの大きな音と共に、翼を広げた巨大モンスターが大通りの建物を破壊しながら着地した。
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