第160話 ゴミみたいにダサいTシャツを見るような目

 コレットの祝賀パーティーは『大々的に』というフレンデリア嬢の言葉とは裏腹に、参加者の大半が身内というアットホームな雰囲気のもと行われた。


 冒険者は後日実施される新ギルマス披露パーティーの方に出席する為、今回は大半の面々が見送り。フレンデリア嬢はシレクス家の遠縁にまで声を掛けたらしいが、元の身体の持ち主の悪評が血縁者の間で事細かに知れ渡っていたらしく、未だ彼女の好感度は最悪だったようで、軒並みお断りされた……との説明を受けた。


 コレット側の身内は本人が言っていたように一切反応なし。そして特にしがらみのないウチのギルド員が大勢で押しかける事になった為、結果として以前行った『10日で街灯100本設置達成記念打ち上げパーティー』と似たようなメンツになった。


「こんな筈じゃ……本当にごめんなさい……折角の晴れ舞台なのに……」


「全然! 全然気にしてないから! だからそんなに落ち込まないでください!」


 会場となったシレクス家の大ホールの片隅で、頭を抱えて蹲っているフレンデリア嬢をコレットが必死になって励ましている。主賓と主役があんな隅っこにいるパーティーって前代未聞じゃないか……?


「いやーそれにしても目出度い。もし負けていたら末代までの恥だった。フレンデリアは実に良くやってくれた」


「ええ。これでシレクス家の影響力はしばらく安泰ね」


 フレンデリア嬢の両親は飾る事を知らないのか、パーティーの席で随分と生々しい事を仰っている。彼らにしてみれば、事実上勘当した息子に負けるのは最大の屈辱だったんだろう。でも、聞いていて気持ちの良い話じゃない。


「……此処だけの話なのですが」


 遠目からシレクス家の面々の様子を窺っていると、セバチャスン氏がいつの間にか傍に立っていた。

 ……セバチャスンで合ってたよな? たまに不安になるんだよこの名前。


「お館様にはこの勝利を大々的に誇る為、どれだけの資金を使ってでも今宵のパーティーは華やかにせよと仰せつかっておりましたが……お嬢様の御意向で、人数は意図的に抑えております」


「え?」


 今もフレンデリア嬢はコレットに謝罪を繰り返しているけど……だったら、あれは一体なんなんだ?


「お嬢様は、やはりフレンデル様の事を気にしておられて、勝利を殊更に強調したくないという考えなのです。しかしコレット様や父君母君の手前、御自身の心情を優先するわけにもいかず……お察し頂ければ」


 スッと現れスッと消えていった。やっぱ執事って隠密系なんだな。行動が逐一スマートだ。


 お察し頂ければ……か。まあ、今の話を聞く限りなんとなく想像はつく。


 フレンデリア嬢は、本心ではそこまで派手にはしたくなかった。でも自分の都合でそんな事は言えないから、コレットや両親には『大々的にやる』と言いつつ、実際には参加人数を控えめに調整した訳か。なら、あの謝罪には『嘘付いてごめんなさい』って意味も込められているんだろう。


 ま、コレットもあんまり大袈裟なのを好む奴じゃないし、フレンデリア嬢もそれを知っているからこそ無理に人を集めたりはしなかったんだろう。身内に声を掛けて断られたのも、最初からそうなるとわかった上での事に違いない。取り方によっては『頑張って人を集めようとしました』というアピールに思えるかもしれないけど、彼女の性格からして『人を集められなかったのは自分の人徳のなさの所為』って事にしたかったんだろうな。多分、パーティーが終わったら両親から苦言を呈されるだろうけど、それも折り込み済みなんだろう。


 人間、30を越えると人の行動の裏側は嫌でも見えてくる。それを否定的に捉えるか、肯定的に捉えるかはその人との関係や性格にもよるけど、今回は後者で問題はない。彼女のコレットに対する友情は本物だ。時折、友情とは種類の違う感情のようにも思えるけど……


「マスターってば、何ボーッとしてるのー?」


 ん、イリスか。やたら派手なドレス着おってからに。ウチのギルドの打ち上げの時とは雲泥の差だ。


 斯く言う俺は結局、黒のタキシードという何の捻りもない服装にした。元いた世界じゃ冠婚葬祭でもない限り礼服なんて着ないし、窮屈で仕方ない。


「ま、色々とな。それより、今日は手伝ってくれてありがとう。助かったよ」


 本来、ソーサラーギルドから派遣されているイリスには警邏なんて疲れる仕事をさせるべきじゃない。でも、魔法が使える人間じゃないと有事の際の緊急連絡(打ち上げ花火っぽい魔法)は出来ないから、彼女を頼りにさせて貰った。


「そういうお礼は嬉しくなーい。私だってもう街ギルドの身内みたいなものだって思ってるんだけどー?」


 嬉しい発言ではあるけど……


「もしかして酔ってる?」


「あははー。酔ってにゃー」


 顔真っ赤って訳じゃないからわかり辛いけど、これ酔ってんな。酔ってる女性を見るとなんか無性にドキドキする。なんか見てはいけないものを見てる気分になるというか。


「ねー、マスター。私が前に言ったことって覚えてるー?」


「え、何?」


「二人だけで打ち上げやろーって言ったじゃん。もー。まさか忘れたのー?」


 忘れる訳ないでっしゃろ。ここだけの話、未だに夜寝る前に思い出して『俺もしかしてモテてるんじゃね?』って空想に浸りながら寝てるんだから。出来るだけ幸せな事を考えながら就寝したいお年頃なのよ。だって油断すると『このまま一人で年食って孤独な老後を迎えたらどうしよう』とか考えちゃうし……


「いや、覚えてるけど……」


「本当に?」


 急に真顔になるのやめろ! ビックリするわ!


 くーっ……何この小悪魔。俺の感情弄ぶやん!


「だったら……」


「あーっ! ギルマスがイリー口説いてるーっ!」


 ゲェッ! その声はヤメ! こんな時にそんなカットイン演出いらないから! あとシキさんもそんな白い目で見ないで!


「パーティーの席で身内口説くとかドン引きなんだけど」


「ひでぇ誤解だ! 雑談してただけだから!」


「いやホント、そういうノリの言い訳ってキツくて無理」


 ノリとかじゃねーし! シキさんってくの一っぽい割になんか潔癖なんだよな……


「おいおいおいおいボスよう。そういう職権乱用って良くねえぜ」

「だよなぁ。信頼なくすよなぁ。つーか殺したくなるよなぁ」

「イリスちゃんはなー、俺達中年の癒やしなんだよー。っザケんなよブッ殺すぞ」


 あーもう、ポラギとパブロとベンザブまで寄って来たじゃん。っていうか、ギルマスに殺すとか言うな。どんなギルドだよ。


「違うってば。大体、ポラギは他に好きな人がいるだろ?」


「いいいいいいいいいねえよ! 馬鹿言ってんじゃねえよ! なんだそりゃそりゃ!」


 えぇぇ……からかわれたから軽い気持ちでからかい返しただけなのに、何その反応。この人マジでマイザーにとんでもないもの盗まれた系?


「違うんだよ。違うんだ。お前等だってまだ若造の頃によ、酒場でダンディな男から優しくされて舞い上がっちまったなんて事あっただろ? そんな感じなんだよ」


 ついに青春まで持ち出してきたよ。なんかもう、明日にでもマイザーを追いかける為にギルド辞めそうな勢いだな。それは正直困るんだけど……


「あはは……なんか、そんな感じじゃなくなったね。さっきの話はまた今度、ね」


 酔いが醒めたのか、イリスからさっきまでの色っぽさが消えて、普段の理知的な彼女に戻っていた。うわー、なんか勿体ない。損した気分だ。


 ま、今日はコレットの日なんだし、イリスとデートの約束とかしてる場合じゃないんだけどさ。


 その主役は今……



「……」



 え、こっち見てる?


 いつから?



「……」



 な、なんだその目は? 俺を今にも食い千切ろうとしているようなその獰猛な目はなんなんですか? よく見ると左右の大きさが違ってクリーチャーじみてますよ?



「……」



 つーか俺と目が合ったのに全然睨むのをやめようとしないんですけど!? 怖っ! なんでキレてんの!? 俺なんかした!?


「ど、どうしたの? コレット、具合でも悪いの?」


「何でもないです。人のパーティーを利用して違う女とデートの約束しようとしてた淫奔な輩がいたから、ちょっと目に付いただけで」


「それは不健全ね……名前はわかる? 気分を害したようなら退場させても良いけど」


「大丈夫です。不埒者にも人権はありますから、それを認めてあげるのもギルドマスターとしての素養だと思いますし」


 最終的にゴミみたいにダサいTシャツを見るような目でこっちを一瞥し、コレットはフレンデリア嬢との会話に戻った。


 ……いやホントごめんなさい、正直舞い上がってました。主役を蔑ろにしてました。猛省します。


 そして、気付けば周囲はいつの間にか女性陣、男性陣に別れて雑談を始めていた。猛者揃いだけあってコレットの圧を敏感に察知したんだろう。現金な奴等め……


 ただ、イリスはこっそり俺の方を見て『ごめんね』と口パクで謝って来た。アフターフォローまで完璧な小悪魔って、それもう悪魔要素なくね?


「落ち着きがないな」


「うわビックリした!」


 不意を突かれて思わず仰け反る。突然話しかけられた事より、予想外の人が話しかけて来た事に驚いた。


「マキシムさん……今日はお疲れ様でした。閑職みたいな事をやらせてしまって申し訳ありません」


 街灯設置の仕事では現場主任をして貰った彼だけど、今日は馬車の交通整備をして貰った。交通規制は事前に伝えていたけど、万が一話が通っていなかったら混乱を招く事態になるから、見張りは必要。ただ、仕事としてのやり甲斐はなく、退屈な一日だったと思う。


「謝られても困る。こっちは失態を犯してしまったからな」


「失態? ああ、あの馬の大群ですか」


 ミッチャに侵入を許した事を言っているんだろう。とはいえ、恐らく交通規制が敷かれているエリアの内部に入った後で精霊を呼び出しただろうから、彼に落ち度はない。


 その事を伝えると、マキシムさんは険しい顔で首を横に振った。


「怪しい人間を止めるのも自分の役目だった。それが出来なかった以上、失態に変わりはない。今回の報酬は受け取らないつもりだ」


 職人肌だなあ。一応ギルマスって立場の俺がミスじゃないっつってんのに。


 でも彼の気持ちもわかる。俺も無駄にプライド高いから、ケチのついた仕事で報酬を受け取るのはなんかスッキリしない。


「なら貸し一つって事で。報酬は満額受け取ってください。そこはギルドの信用に関わってくる部分なので」


 もし、あの騒動の件をもって俺達の選挙護衛任務は失敗だったとシレクス家に言われたら、反論材料は乏しい。表沙汰にはなっていないけど、選挙妨害もされてしまったからな。報酬の30000G全部が支払われないって事はないだろうけど、半減くらいは十分あり得る。


 その場合は……ヒーラーへの借金返済を後回しにするしかない。従業員第一だ。彼らがいなきゃ、俺なんて何も出来やしないんだから。


「貴方の矜恃は理解できます。でも、契約を反故にするような事は出来ません。何より貴方が失敗と断じるのなら、それはギルドの失敗です」


「……ギルド員全員に報酬を支払うか、支払わないかの二択と言いたいのか?」


「契約に反する行為があった場合は別ですけど、そうじゃない限りは、はい。その通りです」


 パーティーの席とは思えない、重々しい雰囲気で視線をぶつけ合う。


 引いたのは――――


「わかった。自分はミスを犯したが、依頼は達成した。尻を拭いてくれた事に感謝する。この埋め合わせは必ずする」


 そう言って貰えると、こっちは助かる。ホッとした。


「正直、面接の時は半信半疑だったが……良いギルドになるかもしれないな」


 最後にそんな言葉を残して、マキシムさんは離れて行った。


 それは俺にとって、歓喜よりも重圧を感じさせるものだった。


 最初に取って来た仕事は一通り終わった。今のところは順調だ。でも、これからまた仕事を幾つも仕入れて来なくちゃならない。大所帯じゃないけど、それなりの数になったギルド員をしっかり食べさせていかないといけないし、ヒーラーへの借金も完済する必要がある。


 それに……


「おめでとう。って一応貴方にも言っておいた方がいいのかしら」


 一人黄昏れていると、今度はティシエラが近付いて来た。


 っていうか来てたのか。今回に関しては部外者……って訳でもないか。コレットの知り合いなんだし。


「これで、コレットは私と同格。今後は付き合い方も考えないといけないわね」


「お手柔らかに頼むよ。知っての通り、不器用な奴だから」


「……保護者?」


 正直、感覚的にはそれが一番近いかもしれない。実年齢的に親子ほどは離れてないけど、大分年の離れた従妹みたいな感じだし。


「まあ良いわ。申し訳ないけど、五大ギルド会議で手心を加えるつもりは一切ないから」


 それはわかってる。ティシエラもソーサラーギルドを背負う立場だ。私情を挟むのはギルド員への裏切りに等しい。


「でも、冒険者とソーサラーは持ちつ持たれつだろ? 兼任してるギルド員も多いって言うし。多少スパルタでも良いから、成長の手助けくらいは頼むよ」


「過保護極まりないわね」


 う……そう言われるとちょっと自覚あるかも。何しろ初めて出来た友達だし、思い入れも深いからな……


 でも、どれだけ甘いと言われようと俺は――――


「ま、その件は善処するとして」


「ソーサラー総出で俺の感情弄ぶやん!」


「貴方に聞きたい事があるの」


 サラッと流された上、ティシエラはいつになく真剣な眼差しを向けてきた。


 そして。



「選挙中、ルウェリアが一時おかしくなってたって本当?」

 


 その問いは渡りに船であるのと同時に、証人尋問のようでもあった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る