第161話 そんな俺にも理解ある彼くん彼女さんたちがいます

「日中にルウェリアが不自然なくらい生気のない目で街中を歩いていたって、私の所の子が話してたのよ。貴方がルウェリアと一緒に武器屋の方へ向かっていたのを見た子もいたわ。説明して貰える?」


 確かにあの辺りではソーサラーも結構見かけたし、目撃証言があっても不思議じゃない。誘拐犯っぽく扱われてる感じなのは不本意だけど。


 ルウェリアさんの件については、正直どうすべきか迷っていた。御主人は何か知ってそうだったけど、すぐには教えてくれそうになかったし、かといって他の誰かに相談するのは事態を無駄に大きくしかねない。結果的にルウェリアさん達に迷惑をかける可能性もある。とはいえ、本音を言えば真相を知りたい。


 だから、ティシエラの方から話題に出してくれたのはありがたい。別に御主人から口止めされた訳でもないし、ソーサラーギルドのギルマスが友人を心配して聞いてきたんだから、何も答えないのは色んな意味で不義理だろう――――そんな言い訳が成り立つ。


 とはいえ……状況を正確に説明するとなると、あの謎の精霊使いや虚無結界についても話す必要性が出て来る。なんか色々面倒事を押しつけられそうで嫌なんだよな……


「随分話し辛そうな顔をしてるわね。まさか、貴方がルウェリアに何かしたんじゃ……」


「そんな訳あるか! ルウェリアさんは倒れてた俺を拾ってくれた恩人だぞ!?」


「でも貴方、恩を仇で返すのが得意技じゃない。ベリアルザ武器商会の商品を呪われてるとか言ったり」


 いや、それは楽屋ネタ的なノリというか……身内の事はちょっとだけ悪く言うくらいが距離が近いですよアピールになるというか……色々ありますやん。そこだけ抜き取って正論で否定しないで!


「何もしてないというのなら、説明して貰える?」


「はぁ……わかったよ」


 俺は一貫して、この街で信頼を得たいと願ってきた。ここでティシエラに嘘を言ったり変に隠し事をしたりしたら、今まで積み上げて来たものが全部瓦解してしまう。


 という訳で、ザックリと説明――――終わり。

 

「……」


 一通り聞き終えたティシエラは、難しい顔のまま固まってしまった。何かを熟考しているんだろうけど、それにしたって没頭し過ぎだ。ロダンリスペクト勢パフォーマーかよ。


 普段はあんまり意識しないように努めてるんだけど、こうしてティシエラの顔をじっと眺めてると……、美人だよなあと改めて思ってしまう。生前、肉眼で見た中にこんな整った顔の人間はいなかった。


 この世界に転生してからは、やたら可愛い女性と縁がある。でもこれは多分、偶々って訳じゃないだろう。


 アインシュレイル城下町に来てからもう120日以上、つまり4ヶ月が経過した。その間にこの街の住民と多数すれ違って来たけど、ぶっちゃけ美女率はかなり高い。それが国民性なのか、この世界全体の傾向なのか、美女だからこそこの街に辿り着きやすい(支援を得やすい)のか、それは定かじゃない。誰かに聞く気もない。失礼過ぎるしな。


 まあ、容姿なんて個性の一つに過ぎないし、見慣れてくればそこまで目の保養とも思えなくなるものだけど……思案顔のティシエラにはちょっとドキドキしてしまった。


 どうも俺は、女性の凛々しい表情にグッと来るらしい。顔立ちの好みも当然あるけど、長い睫毛で瞼を落として物思いに耽る姿には、容姿に関係なく心を奪われてしまう。いや寧ろ、普段はヘニャヘニャしてる子ほど、そういう真剣な顔をされるとグッと来るかもしれない。ギャップ萌えってやつだ。萌えって言葉は死語になって久しいし、そもそもこの世界にはそんな概念自体なさそうだけど、ギャップ萌えだけは全宇宙共通、そして永遠に現役だと思う。


「ルウェリアは心神喪失状態のまま、聖噴水に吸い寄せられるようにやって来た、って解釈で間違いないのね?」


「恐らく。虚ろな目で聖噴水をじっと見つめてたから、そこが目的だったのは間違いないと思う。ただ、ルウェリアさんはその時の事を全く覚えていなかった」


「そう……」


 何か思い当たる事があるような、思わせぶりなリアクション。でも確証もなさそうな、曖昧模糊とした脳内が表情に浮き出ている。実際には、俺のそういう先入観が見せている幻かもしれないけど。


「ウィスと名乗った精霊使い、アーティファクトの点検以外で何か身元を特定できる手掛かりになるような事は言ってなかった? 何処に行くとか、拠点は何処とか」


「いや、そういうのは……あ、でもルウェリアさんの事を知ってるっぽかった」


 普段の彼女を知っていなければ『いつもの彼女だと思うな』なんて言葉は出て来ないと思うんだよな。でも、それもあくまで俺の推察に過ぎない。通常の状態じゃないって事を言いたかっただけかもしれない。手掛かりというには根拠が心許ないな……


「ルウェリアを……ね」


 案の定、ティシエラも歯切れの悪い返答に留まった。


 いや、そもそも最初から歯切れは良くない。一体何の目的で聞き込みしているのかもわからない。ルウェリアさんを心配しての事かと思ったけど、どうもそれだけじゃなさそうだ。


「コレットのお祝いの席で話す内容じゃなかったわね。ごめんなさい」


「それは良いけど……まさか聞くだけ聞いて、俺に何の情報も寄越さないつもりじゃないよな? 俺だってルウェリアさんが心配なんだけど」


 一応つついてみた。なんとなく、はぐらかされて蚊帳の外に置かれるんだろうなと諦観しつつ。


 けれど――――


「明日、ソーサラーギルドに来て。カイン……ユーフゥルの件やシレクス家のお嬢様の件も含めて、貴方には話せる事を全部話そうと思ってる。その上で協力して欲しい事があるわ」


 そんな予想に反し、半ば強引に囲い込まれた。


 とはいえ、望むところだ。


「それは、アインシュレイル城下町ギルドへの依頼と考えて良いんだな?」


「ええ。貴方のギルドはこの街の為になる事をするギルドなんでしょう? なら適任の筈よ」


 認めて貰えた――――なんて思っちゃいけないんだろうけど、少なくとも手を組む価値はあるとは思って貰えたらしい。


 正直、込み上げてくるものがある。


 これまでの印象、そして五大ギルド会議での毅然とした態度からも、ティシエラは仕事に関しては常にシビアな姿勢を崩さない。身内贔屓みたいな真似はしない奴だ。だから、小間使いや下請けみたいな扱いじゃなく、ギルドの方針に照らし合わせた上で依頼するというティシエラの申し出は、素直に嬉しかった。


「その代わり、楽な仕事じゃないから、そこだけは覚悟しておいて」


「了解」


 街灯設置や選挙警備だって地味だけど楽じゃなかった。でも、それ以上の過酷な仕事になるのは間違いなさそうだ。


 とはいえ、ヒーラー相手に何度も戦い抜いてきた事を考えれば、それほどの怖さはない。奴等以上の脅威なんてそうそうないだろう。


 ただ、そうなると――――


「ティシエラ、その件とは別に一つ聞きたいんだけど」


「何?」


「短期間で習得できる強力な魔法ってないかな? 俺でも使えそうなの」


 色々考えてみた。強力な武器を手に入れるとか、自分自身のレベルアップとか。


 でもやっぱり、この終盤の街の周辺でレベル上げは危険過ぎるし、武器を良くしたところで技術がないんじゃ宝の持ち腐れ。かといって、技術を身に付ける為に剣や槍の訓練を受けたところで、猛者に混ざって戦力になるには何年もかかる。それじゃ遅い。人材が不足している今でなきゃ、俺が戦力となる意義がない。


 そこでパッと思い付いたのが魔法だ。とはいえ、俺はソーサラーでもなけりゃヒーラーでもない。普通に考えたら習得なんて出来ないだろうけど……


「例えば、精霊魔法とか」


 ウィスの使っていた精霊折衝や精霊魔法を見た時から……いや、シャルフの死霊魔法を見た時から、ずっと考えていた。


 地力で魔法を使うのは無理かも知れない。でも、精霊や死霊といった、別の存在を召喚して攻撃する方法なら身に付けられるかもしれない。


 代償なら幾らでも払う覚悟がある。指を一本持って行かれるってんなら持って行って貰おう。


「強くなりたいの?」


「いや。でも、何の役にも立たないお飾りギルマスじゃギルド員は付いてこないから、せめて敵への攻撃手段か防衛手段くらいは持っておきたいと思って」


 それに、ギルドの役に立ちたいからだけじゃない。


 きっとそう遠くない将来、俺の前にシャルフが現れる。なんとなくそんな気がしている。もしその悪い予感が当たった時、何の対抗手段も持ち合わせていなかったら、今度は殺されるかもしれない。そういう危機感がある。死への本能的な危機感が欠如しているんだから、せめて理性では過剰なくらい身構えてないとな。


「精霊魔法は無理でしょうね。あれは相当な魔法力を必要とするし、契約も複雑だから。短期間では不可能よ」


「……そっか」


「でも、精霊折衝なら可能かもしれないわ」


 半ば諦めかけていたところに、救いの手が差し伸べられた。


「貴方は口だけは達者だから、精霊を上手くその気にさせるのは得意分野でしょう? 召喚の度に個別交渉が必要だから、戦闘での使用は一工夫必要だけど……」


「俺でも覚えられる可能性はあるんだな?」


 若干の間と『余計な事言っちゃったかな』みたいな顔をしつつも、最終的にティシエラは小さく頷いた。本当に小さい首肯だったけど、俺にとっては希望の見える所作だ。


「その件も明日話しましょう。そろそろコレットをお祝いしないと」


「ああ。そうだな」


 話が纏まったところで、二人でコレットの所へ向かう。


 ティシエラから祝いの言葉、そしてライバル宣言と五大ギルド会議における宣戦布告を受けたコレットは、プレッシャーの余り青ざめていたけど、最後は覚悟の表情で握手を交わしていた。





 ――――そんなこんなで宴もたけなわ。


 残すはコレットの最後の挨拶のみとなった。


「あの、今日は私なんかの為に集まってくれてありがとうございます」


 顔が赤いのは緊張なのか、酒を飲んだのか……ま、多分後者だろな。こういう席だし主役が飲まない方が不自然だ。幸い、呂律は回っているし目もしっかりしてるから、酔いが回るほど飲んだ訳じゃないっぽい。


 あくまで身内で開いたパーティだから別に畏まる必要はないのに、コレットは最後まで遜っていた。もうギルドを束ねる立場になるんだから、その意識はいい加減変えていくべきなんだろうけど……俺はこのままのコレットでも良いと思っている。そんなコレットだから選ばれたのかもしれないし。


「ギルド主催のお披露目パーティーでは格式ばった事しか言えないと思うから、ここで本音を言っちゃいます。私、まだ全然ギルドマスターになるのも、冒険者を引退するのも全然実感ないです。上手くやっていく自信もないし、最初から魔王討伐にも積極的じゃなかったし、責任の重さもピンと来てません」


 ……にしても、頼りなさ過ぎだけど。


 でも、俺だって同じだ。とても人の上に立てるような器じゃない。32年生きてきたから、自分の程度くらい嫌でも思い知らされてる。


 そんな俺にも理解ある彼くん彼女さんたちがいます。まあ……理解っつーか嘗められてるだけな気もするけど、仲間達のおかげでなんとかやっていけてはいる。だから大丈夫なんて言えるほど冒険者ギルドは甘くないんだろうが、俺と違ってコレットにはレベル78やシレクス家という後ろ盾があるし、妙な人徳もある。


「私、この街が好きです。レベルじゃなく、私自身を見て話してくれる人が沢山いるこの街で生活できる今が、とっても幸せです」


 それは多分、こういうところなんだろう。俺にはとても小っ恥ずかしくて言えない。綺麗事だと思われるのが嫌だっていう虚栄心もある。でも、コレットは不器用なのに気持ちを真っ直ぐ伝えられる。


 ルウェリアさんほど純真って訳じゃないだろう。多少なりとも装飾はしている。でもそこに嫌らしさはない。どうしてなのか――――俺にはわからない。俺がどう頑張っても、真似したいと願っても、手に入れられなかったものだから。


「私にはもう、故郷と呼べる場所はありません。きっとこの街が終の住処になると思います。魔王やモンスターなんかに、この街を滅茶苦茶にされたくない。前に街の中にモンスターが侵入した時、それを強く思いました。だから、この街を精一杯守る為にも、冒険者ギルドのギルドマスターとして頑張っていきたいです」


 だから俺は、コレットを尊敬している。 


「ご静聴、ありがとうござ――――」


「おいおいコレットちゃんよう! 街を守るのはウチのギルドの役目だろ!? まさか仕事奪うつもりじゃねぇよな!?」

「ウチの30倍規模の冒険者ギルドに仕事とられたらシャレになんねーよ! ウチを潰す気か!?」

「仮にも古巣相手にそりゃねえよ! 見損なったぞこの悪魔!」


 ウチのギルド員が大半を占めるこのパーティーであんな挨拶かます大胆さはとても尊敬できないけど。おーおー、全然ご静聴されてねーな。みんな酔ってるから言いたい放題だ。


「ああいうところが怖いのよね。五大ギルド会議、荒れなければ良いけど」


 ティシエラのその懸念は多分、現実のものになるだろう。あの理詰め連中の中に入るコレットは劇薬以外の何者でもない。


 唯一同じ種類のヒーラー代表は今後も多分出席しないだろうし……


「ん? そういえばヒーラーギルドって正式に五大ギルドから抜けるのか?」


「いえ。脱退したのはあくまでラヴィヴィオだから、別のヒーラーギルドから召集する事になるわ。恐らく最初の会議の議題はそれになるでしょうね」


 って事は、チッチが選ばれる可能性もある訳か。ますますカオスだな。案外コレットよりティシエラの胃に穴が空きそうだ。


「その不快な微笑みやめてくれる? 魔法で全感情奪われたいの?」


「エグい脅し文句持ってますね……」


 こうして、最後に若干の揉め事はあったものの、祝賀パーティーは恙なく終了。


 ティシエラは専用馬車で帰宅し、ウチのギルド員達もそれぞれ自分達の帰路に就いた。



 そして――――俺はコレットと一緒に、忘れられない夜の続きを迎える事になる。


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