第396話 何があったんだよ

 メオンさんの発狂芸は既に3分を超えていた。カップ麺を待つ時間はあんなにあっという間なのに、人のおかしな挙動を見続けると永遠のように感じてしまう。


「どうか! どうかお許しを!! ようやく、ようやく採用を! ここが最後の! 最後の寄る辺ッ!!」


 そんな事大声で言われても……って体勢ほぼ土下座! ヤバいって! こんな所ギルド員に見られたら俺がさせたみたいに思われるじゃん!


「私には年の離れた兄が! 両親はモンスターに襲われッ! それから兄と二人でッ! これ以上兄に迷惑は! 自立ッ! 仕事を失う訳には! どうか、どうかお情けを私に……ッ!」

 

「いや全然怒ってないし大事にするつもりもないんで顔を上げて下さい!」


「本当でございますか!? ありがとうございます! この御恩は決して! 二度とこのような事は!」


 大袈裟が過ぎる……何か割れた音がしたとかならまだしも、着替えくらいしか入れてないからポスって感じだったのに。それでここまでの悲壮感を出すとは……もしかしてここってブラック? クレーム一つ入っただけで辞めさせられんの?


「で、では改めてお荷物をお預かり致します。本日よりアインシュレイル城下町ギルド様の貸し切りですので、こちらのフロアの客室は全てご利用頂けます。御自由にお使い下さい」


「はい。それじゃ適当に一番手前で」


 部屋割りはヤメが決めていたから、あいつが来ない事には誰が何処に泊まるのかはわからない。それまでは適当に使わせて貰おう。


「こちらでございます」


 部屋に入ると――――流石に客室は古い感じはなく、清潔なベージュ色の壁と淡い黄緑色の絨毯に囲まれた部屋が広がっていた。


 大部屋ってほどじゃないけど、かなりの広さ。奧にはシングルサイズのベッドが四つ並んでいる。


「案内ありがとうございました。寛がせて頂きますね」


「どうぞごゆっくり。では私はこれで」


 無事役割を果たしたメオンさんは安堵した顔で一礼し、部屋を出て行った――――直後にまた戻って来た。


「おっ! 温泉! 温泉の案内をッ……! 怠ったッ! なんという怠慢……屈辱ッ!! どうか、どうかお許しを!!」


「いやテキトーに探すから大丈夫です」


「はうあッ!? 私はもう不要と!? 邪魔……重荷……給料泥棒……陰口……足切り……クビ!! あはぁ~……はぁ……ぁぁ……」


 さめざめと泣かれてしまった。


 どうすんだコレ。俺も警備員になりたての頃は結構なポンコツだったけど、流石にここまでじゃなかったぞ。


 けど俺への接客でクビになったって思われるのなんかヤだなぁ……仕方ない。フォローするか。


「えーっと、そう言えば温泉楽しみにしてたんだった。早く見てみたいな。うん。案内お願い出来ます?」


「圧倒的感謝ッ……!! 兄も泣いてます……!」


 泣いてないと思うなあ。って言うか早く解放されたい。気が休まらん。


「こちらで。こちらでございます。お足元にご注意下さい」


 入ったばかりの部屋を出て、更に奧へと向かう。通路にも柱が無数にあって、等間隔で並んでいる……けど、どうも支柱には見えない。もしかしてオブジェか何かか?


 そんな奇妙な外見の通路を暫く歩くと、幾つかオープンになっている出入り口が見えて来た。その中の一つには暖簾を下ろしてある。この世界でも温泉に暖簾って必須なんだな……


「こちらです。こちらが当館の誇る温泉でございます。お湯でございますので、触れると熱いですけど火傷するほどではございません。男性用ですので女性はいません」


 当たり前の説明とは裏腹に、温泉自体は想像していたものとかなり違っていた。


 まずお湯の色。温泉って言うと透明か白濁ってイメージだけど、ここのお湯は鮮やかなターコイズブルーだ。まるで青空が溶け込んだような色。ちょっとビックリするくらい神秘的だ。


 広さは想像以上。ある程度間隔を空けても10人以上余裕で入れるくらいはある。


 そして温泉の周辺はクリーム色の柱で取り囲まれている。まるで神殿の中央部に温泉があるような……やっぱり柱はオブジェで演出効果をもたらす為の物なんだろう。


「効能とかわかります?」


「鉱山病に効果絶大と言われています」


「鉱山病?」


「鉱山で労働している際に罹患しやすい病気で、呼吸の乱れやふらつきなどの症状があります」

 

 成程。前にヴァルキルムル鉱山の奧まで入った時に、ちょっと感じたような気がする。元々鉱夫の療養に使われてたって話だし、説得力はあるな。


「色々とありがとうございます。あ、これ感謝の気持ちです」


 一応用意していたチップを手渡すとしよう。この国の文化にはチップはなかったけど、これくらいはすべきだ。


「……」


 あれ。なんか硬直した。


「賄賂……収賄……犯罪……収監……クビ!!」


 いやもうクビどころの騒ぎじゃないだろそれ。


「受け取れません私などが受け取れません。お心遣いだけでもう十分です」


「そうですか。だったらこれはお詫び料という事で」


「お詫び……でございますか?」


「本来なら全員揃ってチェックインするのが当然なのに、バラバラで来る事になった謝意を込めさせて頂きました。どうかお受け取り下さい」


 これに関しては本心だ。さっきちょっと不満そうだったし、恐らく納得して貰える筈――――


「……」


 なんだ? 片膝を突いて……まるで忠誠のポーズのような体勢だ。


「私は三日間、貴方の下僕。私の全てを尽くして最高のおもてなしをここに」


 本当に忠誠を誓われた!


 そんな大層な額は入ってないんだけどな……大丈夫かこれ。あとでガッカリされないよな?


「これは兄に見て貰います。私がお坊ちゃまに認めて頂いた証として……兄もきっと喜びます」


「…あぁ…そう」


「では私はこれで。何かありましたら是非フロントまで。私が責任をもって」


 ようやく立ち去ってくれたか。


 疲れた。つーか俺、慰安旅行に来てずっと疲れっ放しなんだけど。疲れない会話が一つもないんだけど。マジどうなってんの?


 ま、これでようやくゆっくり……


「ようトモ。もう温泉に入るのか?」


「ディノー……?」


 声でそうだとわかり、恐る恐る振り向く。


 ……良かった普通の格好だ。まずそれを気にしなきゃいけない時点で異常なんだけど……


「アクシーと買い物に行くって言ってなかったか?」


「そのつもりだったんだけど良い武器がなくてな。魔王討伐が捗ってない弊害なのか、あまり市場にこれという逸品が出回っていないみたいなんだ。アクシーはそれでも探すと言って別の店に向かったよ」


 そうなのか。ミーナの武器屋はレア物が多いって聞いてたのに。パン以外の買い物を楽しみにしていた訳じゃないから良いけどさ。


「折角だから一緒に入らないか? 話しておきたい事もあるんだ」


「……まあ良いけど」


 傷も治ったし、特に断る理由もない。


 少し引っかかる事はあるけど……


「随分早い時間から入るんだな。そんなに楽しみだったのか?」


「いや、部屋で寛ごうとしてたらスタッフから猛案内されてな」


「猛案内……?」


 なんて事を話している間に脱衣所に入り、あっという間に準備完了。修学旅行の時は風呂に入る時無駄に緊張したな……なんかちょっと懐かしい。


 この世界の風呂は専用の腰巻きで下半身を隠すのがマナーらしい。でも女性が何処まで隠すのかまでは知らない。もし水着レベルで隠すのなら、混浴にそこまでのいやらしさは……いや無理があるか。それでも十分にエッチですよね。


「はぁ~……」


 湯に浸かって思わず出たこの吐息は、果たして自然な反応なのか連続する悩ましい事態への溜息なのか。自分でもよくわかんないや。


「良い香りだな。お湯も綺麗だし、何より広い。露天風呂の開放感も悪くないが、室内の温泉も良い」


 流石は元冒険者。露天風呂も当然のように体験済みか。


 中途半端な時間だからなのか、俺達以外にまだ誰も入っていない。貸し切りだし妥当っちゃ妥当だけど、あれだけ張り切ってたダゴンダンドさんもまだ来てないのは意外……でもないか。年だから移動に時間かかってるんだろう。


 にしても……やっぱり温泉の良さってわかんねぇな。ディノーは良い香りっつってたけど、この薔薇の香りを髣髴とさせる微かな刺激臭は俺にはイマイチ合わない。やっぱりアレか。香水とか付けてるからこの手の匂いに抵抗ないのか?


「で、話したい事ってなんだ?」


「ああ、それな。この旅行が終わったら俺は暫くギルドから離れるだろ? その後の事を少し話したいと思ってな」


「……今生の別れみたいなノリじゃないだろな」


「まさか。調査チームなんだからそこまで張り詰めちゃいない。油断するつもりもないけどな」


 ま、俺も命の心配まではしてない。寧ろ今のこいつがちゃんとチームに溶け込めるかの方が心配だ。


「俺が抜けた後のギルドはオネットさんが戦闘面の中核を担う事になると思う」


「今もそうだろ」


「ま、まあそうだな。ただ、よりオネットさんの比重が大きくなる。アインシュレイル城下町ギルドが正式に街を守る役目を担った以上、戦力の著しい偏りはあまり好ましくない」


 それは言えてる。新戦力としてディノーにも匹敵する実力者のアクシーが入ったけど、どうやら相当な惨敗を喫したみたいで、オネットさんとの実力差は明白だ。


 創設時はそうでもなかったけど、今やウチのギルドの戦力はオネットさん一強状態。誰もついて行けないレベルに達しつつある。あの人がいれば誰が相手でもなんとかなりそうな頼もしさを感じるほど。


 だけど防衛戦は一人の戦力に頼るだけじゃダメだ。特定の敵を倒しに行く討伐戦とは違って、それこそ四方八方から責められる場合もある。街の中で複数のトラブルが同時に起こる事もあり得る。


 そうなった時、オネットさん以外の戦力が乏しいと対処できないケースが出て来てしまう。ディノーが抜けるって事は、その可能性が高くなるのを意味する。あまり活躍できていないとはいえ、主力を担っているのは間違いないんだから。


 幸いにも借金返済用に溜めた金はまだ残っている。新戦力を加えても良いのかもしれない。


「それに彼女はまだ固有スキルを見せていない。君は聞いているか?」


「いや」


 固有スキル――――それは各人に生まれつき備わっている独自の能力。コレットの場合はアンデッドへの特効、ディノーは基本的なステータスの底上げで特殊な技は持っていない。


 人によっては戦闘において切り札になり得るから、情報を明かさず秘密にしている人も多いらしい。逆に言えば、開示していない人は特殊な技である可能性が極めて高い。


 オネットさんは面接時にもギルド所属以降にも固有スキルらしきものは一度も見せていない。苦戦した事もあったけど、その時も剣術のみで対抗していた。


「固有スキルの秘匿自体は普通の事だから、彼女を不安視している訳じゃないんだ。ただ、もし可能なら聞いておいた方が良い。厳しい防衛戦になった時に戦術に組み込めるかもしれない」


「確かに……」


 俺達にとっての脅威はモンスターばかりじゃない。今は温泉で腑抜けになっているけど、ラヴィヴィオの連中が急に国土を奪いに来る事だってないとは言い切れないし、ファッキウやエルリアフの動向も気になる。サタナキアみたいに街中で潜んでいるヤバい奴が他にもいるかもしれない。危険の芽は一つや二つじゃない。


 なら当然、戦力の配分は極めて重要になる。もしオネットさんが大勢の敵を一人で倒せるようなスキルを持っているのなら、一人の強敵より大勢の雑魚を任せる方が良いケースだってあるだろう。


 その見極めは大事だ。戦闘経験に乏しい俺じゃ心許ない。適切な判断が出来る司令官タイプの人間が必要かもしれないな。


「それにトモ、君もだ」


「俺?」


「君のスキル……と言って良いのかはわからないけど、他人のステータスを変動できる力と強力な防御結界。これを今後も活用するかどうかはギルド員全員で共有すべきだ」


 ターコイズブルーのお湯に肩まで浸かりながら、ディノーは真剣な顔を向けてくる。その熱量がこっちにまで伝わってきて、思わず身を引いてしまった。


「君はこれまで率先して戦いに身を投じてきた。このギルドは君の借金を返すという私的な目的で設立しているから、そこを気にしての事だったんだろ?」


「それは……まあ……」


 否定は出来ない。自分の借金を返す為に皆に働いて貰ってるのに、俺が安全圏にばかりいるようじゃ信頼を得られる筈がない。


「だが借金がなくなった今、君が戦場に赴く必要はなくなった。俺は余程の事がない限り、今後はギルドに留まるべきだと思う。ギルドマスターにもしもの事があればギルド全体が混乱に陥るからな」


「大丈夫だろ。俺が倒れてもヤメが代わりを務めてくれるって」


 その為にサブマスターを募ったんだ。何らかの事情で俺がいなくなってもギルドが正常に運営できるように。


「それに、俺が完全な戦力外なら素直にギルドで引きこもってるけど、現状は一応戦力にはなってる。だろ?」


「……ああ。先日アヤメルとフィールドに出た時の戦いについても話は聞いている。君がいなかったら犠牲者が出ていた可能性は否定できない」


 あの時もそうだったけど、俺自身と言うよりも俺と契約している精霊達が頑張ってくれた。まだまだ人材が不足しているウチのギルドにとって、彼らの力は必要不可欠だ。


「弱いのは自覚してるけど、それがリスクを負わない理由にはならないからな。お荷物ってんなら兎も角、働ける以上は職場を選ぶ訳にはいかないさ。暫くディノーが抜けるんなら尚更だ」


「……そうか。だが無理はするなよ」


 諦めたのか、ディノーは気の抜けた笑顔を浮かべていた。


「俺が話したかった事はこれで終わりだ。身体も温まったし、そろそろ……」


 ――――いや。


「もうちょっとゆっくりしていけよ。"その身体"じゃないと、中々こういう機会もないんだろ?」


「……」


「怪盗メアロ」


 ほぼ確信に近いものを抱きつつ、その名前を出す。


 ディノーの姿をしたそいつの反応は――――


「からかうのはやめてくれよ。そりゃ一度入れ替わった事があるから言われても仕方ないけど……」


「往生際が悪いな。グランディンワームとの戦いの詳細を聞いたんだろ? だったら俺が怪我したのは知ってるよな?」


「……」


「それなのに温泉に誘った時点で大分怪しかったけどな。しかも買い物の話、武器の事ばかりで化粧品には全然触れなかったし」


「へ? 化粧品? 何言ってんのお前」


「素が出てんぞヘボ怪盗」


「……あ」


 どうやら観念したらしい。ディノーがまずしないような情けない顔になった。


「一番の敗因は旅立った後の事を話しているのに女帝への言及が一切なかった事だな。『俺がいなくなった後にサキュッチさんを口説いたら許さない』くらい言えば疑わなかったのに」


「サキュッチって……娼館の? コイツあのゴツいの好きなん? つーか既婚者じゃね?」


「そうだけど」


「……あと化粧品って何? プレゼント用?」


「自分用」


 俺の答えの一つ一つに怪盗メアロの混乱が増していく。その度にディノーの身体が激しく震えていた。温泉の中なのに。


 そして――――



「我が最初に化けてから一体コイツに何があったんだよ!!」


 

 至極尤もな叫びが浴場内にこだました。






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