第228話 謹んで願い下げです
みんなの力で無事にヒーラー達の魔の手から王城を取り戻したものの、重大な問題が残っていた。
「王様、どーすんだろね」
ギルド内でカウンターに肘鉄を付きながらヤメが呟いたように、不在となっている国王の扱いをどうするかが中々決まらずにいる。
最も円満な解決策は、元国王をはじめとした失踪中の王族達を見つけ出し、戻って貰う事。その為に冒険者ギルド及び商業ギルドから人員を派遣し探索を行ってはいるものの……今のところ手掛かりすらないらしい。
王制でありながら、この国の王様は国政に関わっていなかったらしいから、王不在であっても国家機能に支障は来たしていない。でも象徴的存在がいなくなったと国民に知られたら、大きな騒ぎになるのは避けられない。ウチのような無名のギルドが槍玉に挙がる事はないだろうが、五大ギルドは大きなバッシングを浴びるだろう。
「一応、前の国王陛下が見つからなかった時の次善策として、貴比位四級の
この数ヶ月、五大ギルド会議に何度か代理出席した縁で、俺には会議の内容を一部話しても良いという事になっているらしく、コレットやティシエラからそんな話を聞かされている。正直、市政になんて関わりたくないんだけどな……面倒臭過ぎるし。
「一級の
「四級程度の地位じゃ難しいね。本人の資質がどうあっても、国民が納得しない」
お行儀悪くカウンター席にお尻を乗せて座っているシキさんの言うように、この世界では『貴比位』っていうカースト制度的な肩書きがかなり重要視されている。王族、或いは王族と同列の地位にいる貴族で構成されている一~三級と比較し、四級の大領主や五級の
「領主クラスを国王に祭り上げるくらいなら、レベル60代の冒険者の方が求心力で上回れる分、摩擦が少ないって話も出てるんだって」
「へー。だったらウチのディノーっちなんか良いんじゃね?」
ニヤニヤしながら、ヤメが椅子に腰掛けているディノーの方をチラ見している。相変わらずいい性格してるなコイツは。
ディノーと同じく椅子に座っているオネットさんもそうだけど、このホールにいるのは先の戦いで負傷した面々。流石に怪我人を仕事させる訳にはいかないから、現在のギルド業務である街中の警邏や街灯設置、娼婦の護衛からは外れて貰っている。だから別に自宅待機でも構わないし、遊びに行っても良いって言ったのに、揃いも揃ってギルドに集まっている。
無趣味な暇人が多いだけかもしれないけど……ちょっと嬉しい。
尚、地下牢に入っていたシデッスとメンヘルは無事助け出し、現在は大事をとって入院中。メンヘル不在の為、ヒーラーギルド【チマメ組】も本格的な活動には至っていないそうな。
「生憎、俺はそんな器じゃない。特に前回の戦いではそれを思い知ったよ。まさかここまで役に立てないとはな」
自虐気味に呟くディノーは、割と深刻なくらいその件を引きずっていて、なんか闇のオーラを滲ませている。元々、俺達はマッチョ軍のフォロー役であって、別に活躍を期待されていた訳じゃなかった。その所為で準備面や気持ちの面での緩みがあった――――それがディノーの見解らしく、終始反省を口にしている。
「まー、それ言うならディノーっちってレベルの割にず~っと大した活躍してなくない?」
「ぐっ……!」
うっわ、エゲつな……たまにヤメって言葉で心臓刺そうとするよな。それ言っちゃプライド粉々だろ……俺がなんとかフォローしないと。
「いや、ディノーはベリアルザ武器商会で警備の仕事も兼任してるからさ、常時疲れてるんだよ。その中でウチの戦闘要員を引き受けてくれてるんだし……」
「でも、人妻兼任でもっと大変なオネットの方が活躍してない?」
「うぐう!」
シキさん、元暗殺者だけあってトドメ刺すの上手いねえ。実際に殺した事はないみたいだけど、やっぱ資質はあるんだろうな。
「確かに……正直、彼女と一対一で戦って勝てる気がしない。俺は中途半端な戦力……微妙を絵に描いたような男……」
あーもう無駄に自己評価下げないでくれ。ディノーは数少ない常識人枠として戦闘以外でも有能なんだから。俺が不在の時には纏め役をやってくれてたし。
「それと、怪盗メアロに騙されて閉じ込められてたんだよねー。化けて入れ替わる為に。あれ一歩間違ってたら大戦犯だったじゃん。地味に酷くね?」
「……ごふっ」
「もうやめてあげて! ストレスで吐血してるから!」
「そうだ! それ以上そいつを責めンじャねェ! どれだけ実力あッても発揮できねェ時だってあンだよ!」
「ドサクサに紛れてこっちに口挟まないで貰えますかペトロさん」
「あッああ……」
ちなみに現在、第二回精霊面談も実施中。対戦相手に不服を唱えた上にまた惨敗を喫したペトロに反省を促している最中でもある。
「実力が発揮できない? 相手でやる気が変わるとか、それどういう了見ですか? 生死がかかってる場面でフザけてるんですか?」
「いや……そういう訳じャねェけどよ……あの筋肉野郎にリベンジする事しか頭になかッたから、心と身体がズレたッつーか……」
「なら戦闘中に修正するとか、どうしても立て直せないなら防御に徹して隙を窺うとか、やりようはあるでしょ? 特に今回は集団戦だったんだから。自分の戦いばっかり気にして、戦況を見ようともしないのは良くないですよ?」
「わ、悪ィ……」
ハウク相手に破れたのは力負けだったから仕方ないけど、シャルフ相手に空回りして一撃で伸されたのは流石に許容し難い。
負けるのは仕方ない。でも、集団戦の最中で自分の都合や欲求しか考えず、その挙げ句負けるってのは看過できない。仲間の士気が下がる。
俺だって自分の実力棚に上げて、こんな説教したくはない。同じ相手に何度もネチネチ言う上司とか最悪だもんな。自分自身、嫌な役やってんなって自覚あるし。
でも、代わりに別の戦える精霊を――――って訳にもいかない。だったら憎まれようと周囲から引かれようと、言うべき事は言わなきゃいけない。
「小さく纏まって欲しい訳じゃない。でも、自分の為だけじゃなく、俺の為、俺の仲間の為にも戦って欲しい。どうか頼む」
「……ああ。わかッたよ総長。次からはそうすッから、このポンコツ野郎を見捨てねーでやッてくれ」
「勿論、今後も頼りにしてるさ。次こそ勝とう」
最後はガッチリ握手して、笑顔で別れた。っていうか総長って何。
「あんだけボロクソ言ってたのに最後なにそれ。男同士の友情きっつ」
「うるさいシキさんうるさい」
良いんだよ、ヤンキーとの付き合いはこんな感じで。実は結構憧れてたりもするんだよ。
「それじゃ、俺はちょっと出るから。みんなは養生して」
「何処行くん? こんな昼間っから女のとこ?」
しれっとゲスい事を聞いてくるヤメに対し、実のところ否定する事は出来ない。女性と会うのは本当だからな。
「結構前から約束してたんだよ」
その行き先は――――
「わあ! フワワさんお久し振りです! 元気してましたか?」
「はいっ。ルウェリアさんもお元気そうで良かったです〃∇〃です」
ベリアルザ武器商会は相変わらず客が寄りついていない為、精霊を呼び出しても不都合がない。そのおかげで、約束の再会は恙なくセッティング出来た。
その二人の和やかなやり取りを、御主人は生暖かい目で見守っている。気持ちはわかるよ。俺もいつまでも見ていられる。
「トモ、今回は随分と世話になったな。礼代わりにウチの武器一つ持っていって良いぞ」
「謹んで願い下げです」
「丁寧なのか暴言なのかハッキリしろや!」
そうは言っても、こん棒の暗黒武器ってそうないし。今更こん棒以外の武器を使う気にもなれない。
「あ、武器だったらディノーに贈呈してやって下さい。先日彼の剣を壊しちゃって。あと、今ちょうど闇堕ちしかけてるんで」
「何がちょうどだ。ウチの武器は心が病んだ奴専用じゃねぇよ」
女性同士の華やかな会話が隣から聞こえてくる一方で、俺の目に映るのはオッサンと禍々しい武器ばかり。まあ、とっくに慣れてはいるんだけどさ。
「それはそうと、先日はお二人ともありがとうございました。御主人の作戦、見事にハマりましたよ。大当たりでした」
「その割に全然笑顔じゃありません! なんか表情死んでる!」
いやねルウェリアさん、これでも本当に感謝はしてるんですよ。あのマッチョ全投げ作戦のおかげで、アイザック戦までほぼスキップ状態だったし。でも素直に感謝できないこのセンシティブな気持ちは、現場にいた人間にしかわからんて。
「こんにちはー。あ、トモがいふぁーあ」
複雑な顔で愛想笑いを浮かべていると、コレットが欠伸しながら店に入って来た。
「溜まってたギルマスの仕事で大変だっただろ?」
「うん、それはもうね……地獄だった」
各方面への謝罪、ギルド内の冒険者への経緯説明、そして溜まりに溜まった通常業務。想像するだけでゾッとする。その割に、コレットの顔にそこまで疲労感はない。
「でもみんな凄く気を遣ってくれて、手伝ってくれたりご飯に誘ってくれたりしてね、すっごく嬉しかった。疲れも吹っ飛んじゃうよねー。昨日もティシエラさんが身嗜みに気を付けなさいって良い香水をくれたんだよ」
「そう言えば良い匂いします。コレットさん、キラキラしてる!」
「ふわわ……輝いて見えます」
女性陣には香水の匂いが宝石か何かに擬態して見えているんだろうか。そう言えば、インスタの写真もキラキラやツブツブな加工が流行ってたし、見えないものを綺麗に可視化する力みたいなのが女性にはあるのかも。少女漫画でも人物の後ろに花が見えたりするし。
「それでコレット、今日はどうした? まさかウチの武器を冒険者ギルドで仕入れるって話でも持ってきたか?」
「あはは……ちょっと違います。でも、お店に関わるお話でもあるかな」
愛想笑いを浮かべつつも、コレットの目は結構真剣だった。何か大事な話があるらしい。
「なら、俺とフワワは一旦……」
「ううん、良いよ良いよ。居て。トモの耳にも入れておきたい話だし」
そこまで口にしたコレットは、姿勢を正して凛とした表情になり、冒険者ギルドの代表に相応しい姿で御主人と向き合った。
まるで別人だ。ここまで立場が人を作るのか。
「先日の王城奪回作戦、ベリアルザ武器商会の秀逸な助言によって、無事に成功を収める事が出来ました。冒険者ギルドを代表して、ここに御礼申し上げます」
「お、おう。そう畏まって言われると照れるな」
実際、あの案で王城は救われたようなものだ。ティシエラの案も悪くはなかったけど、ソーサラー中心の編成だったらシャルフの策にハマっていただろう。
俺の考えが間違いじゃなければ……奴にはそれを事前に知る手段があったから。
「つきましては、ベリアルザ武器商会の店主であるジュリアーノ様と」
ジュリアーノ……? 知らない子ですね。誰?
「……俺の本名だ」
マジかよ御主人。その顔とその身体とその声でジュリアーノ? ルウェリアさんの本名より衝撃なんだけど……
まあ、人の名前をどうこう言うのは良くない。自分で付けた訳でもないんだ、だ、だ……駄目だ。笑うな…こらえるんだ…し…しかし…
「ゴホン。続き、良いですか?」
あ、マズい。コレットがちょっと怒ってる。頬をつねってでも堪えないと。
「ジュリアーノ様と、その愛娘ルウェリアさんに王城へ入って頂けないかと」
それって、王城に招くって事か? 感謝状や金一封でも贈るつもりなのかな。王様が健在なら下賜する為に招待しても何ら不思議じゃないけど……五大ギルドが表彰するのに城でやる必要あるのか?
「光栄な話だが、俺は別に必勝の策を授けたって訳じゃねーしなあ……」
「貰える物は貰っておいた方がいいですよ。表彰されれば武器屋の格も上がりますし、経済的にも潤います。何も悪い事はないでしょう? ルウェリアさんに美味しいご飯食べさせたいって思わないんですか?」
「痛ぇトコ付くな……まあそうなんだけどよ。自分の意図しないところで評価されても、なんか素直に受け取ろうって気になれねぇんだよな」
気持ちはわかる。俺も安いプライド持ってる人間だから。例えば何かのコンペに参加して、本採用はされなかったけど追加採用されましたって通達が来たら、素直には喜べないタイプだ。これが銀賞とか2位なら全然良いんだけど、追加だと『お情けかよ……』みたいな気持ちになってつい辞退したくなる。まあ最終的にはしないんだけど、辞退のメールをどんな文面で送ろうかってところまでは考える。我ながら面倒臭い奴なんだよ、俺も。
御主人はあくまで自分の好きな武器を世に広めたい人だから、武器で評価されたいんだろう。もっと言えば、別件での評価で武器屋として名前が売れるのは良しとしない頑固職人タイプ。『そこは素直にありがとうございますで良いだろ』って鬱陶しく思う人もいるだろう。でも性分なんだから仕方ない。
「でもま、トモの言う通りか。ありがとうよ。謹んで受けさせて貰うぜ」
「お父さん、凄いです! やったやった!」
「ルウェリアさんが嬉しそうで私も嬉しい〃∇〃です」
フワワとルウェリアさんが両手を絡め合って、跳ねるように喜んでいる。たまんねーな! 可愛い女子同士のこういうのたまんねーなオイ!
「あのー……何か誤解されているようですが……」
あれ、コレットがいつものコレットに戻ってるな。しかもなんか困惑してるし。
これってまさか……表彰とか金一封じゃないやつ? うわしまった! 勇み足で期待煽ったの俺だよ! やっちまったかも……
「王城に入って欲しいというのは、御招待するとかじゃなくて……入居して貰えないかって意味で」
「……は?」
御主人も、ルウェリアさんも、ついでに俺とフワワも目が点になる。
入居? 王城に? なんで?
「昨日の五大ギルド会議で決議を得ました。五大ギルド……今はヒーラーギルドが不在ですが、残りの五大ギルドの総意で」
コレットはそこで一旦息継ぎし、再度姿勢を整え――――告げた。
「ジュリアーノ様に国王代理の業務を要請します」
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