第229.8話 サクア(後)
――――決戦当日。
「えっと……何でこんな事になってるのかな?」
審判として呼ばれたイリスは、困り笑顔で俺とティシエラを交互に見ていた。
「だから、昨日この演習場に来ていたソーサラーを対象にアンケートを採ったんだよ。詠唱が必要だと思う奴はティシエラ側に付く。要らないって奴は俺の方に付く」
「そこまではわかるけど……」
「で、決戦だ」
「そこから全然わかんないんだけど! なんでそんなに殺伐としてるの!?」
イリスは俺とティシエラがガチで対立していると思っているらしい。でも俺の方にそんな意識はない。っていうか部外者だし。
「悪いわねイリス、別事業のプランニングで忙しいのに付き合わせて。すぐ終わらせるから」
「ほお? この人数差で圧勝宣言とは随分とナメてますねティシエラさんったら。こっちにはソーサラーギルドの主力組もいるって事をお忘れかな?」
「指揮を執るのが貴方じゃ、あの子達の実力が正しく発揮される事なんてなさそうじゃない?」
「それはそれは」
「フフフフフフ」
挨拶代わりに笑顔を向け合う。実に和やかな雰囲気だ。
「全然和やかじゃないよ!? ホントにどうしたの!? どうしよう……私が暫くいなくなっちゃった所為なのかな」
イリスは本気でティシエラがおかしくなったと心配しているらしい。でも大丈夫。勿論これも演技だ。
今回の案は、あくまでソーサラーギルドのギルド員達の本音を引きずり出す事が目的。詠唱を必要と思っているのかどうか、王城奪還作戦でティシエラの求心力が低下してしまったのかどうか……この二つを確認する必要がある。
その為には、俺とティシエラが同じ熱量で対立する必要がある。この機会に本当に詠唱をなくせるというくらいの本気度を、二人で示さなきゃならない。そうしないとギルド員達も本気で選ばないだろう。
この状況で、ギルド員達がどんな心理で付く方を選ぶのか――――それは主に三つのパターンに分けられる。
まずは、詠唱なんて本気で要らないし、ティシエラにも退いて欲しいと思っている場合。そういうソーサラーがもしいるのなら、やる気満々で俺の方に付くだろう。
次に、詠唱は要らないけどティシエラの事は慕っている場合。そのケースだと、心を鬼にして俺の方に付くか、詠唱は諦め複雑な心境でティシエラに付くかのどちらかだ。
そしてもう一つ、詠唱は必要だしティシエラも慕っている場合。当然、喜々としてティシエラに付くだろう。尚、詠唱は要るけどティシエラは要らない、なんて奴は存在しないだろうから省略。
各ソーサラーがこの三つの内のどの心理なのかは、簡単に見分けが付く。迷いや狼狽のある奴はどちらであろうと詠唱不要ティシエラ必要パターン。迷いのない奴は、付いている方の主張を心から支持しているパターンだ。
昨日、演習場にいたソーサラーはティシエラを含め全部で14名。そこに俺とサクアを加えた計16名が、今回の実戦演習に参加する事になった。
俺率いる『詠唱いらん子チーム』は総勢12名。
対する『詠唱大事っ子チーム』は4名。
想像以上に大差だ。
しかしティシエラは一切凹んでいない。味方に付いた4人はそれぞれ集中し切った顔をしている。詠唱が必要だと確信しているソーサラー達だ。彼女達の熱意が伝わったのか、ティシエラも随分と気合いが入っている。
一方、こっちはというと――――
「も~なんでこんな事に~」
「例え演習でもティシエラ様と戦うなんて……でもこんな機会じゃなきゃ詠唱は嫌って言えないし……」
10人のソーサラーが嫌々なのを露骨に言動で示していた。彼女達はティシエラを支持しつつも、詠唱には疑問を抱いているソーサラー達だ。
そして、俺を除く約1名だけが、やる気を見せている。
「頑張ります。全力を尽くします」
サクアだ。
ただし、彼女もまたティシエラ不支持って訳じゃない。寧ろ熱烈なティシエラ派だ。っていうかティシエラ派じゃないソーサラーは多分いない。
それでもサクアは何の迷いもなく戦おうとしている。その理由を俺は昨日、彼女自身から聞いていた。
正直、驚いた。サクアとは今までしっかり話した事がなかったから、彼女が本当はどういう人間なのかを知らなかった。
今は一応知っている。いや……知った気になっているだけかもしれない。けど、一昨日よりは遥かに理解できた。
迷いはない。この演習で俺はティシエラ達と本気で戦い、勝つ。そのつもりだ。
「俺はソーサラーじゃないけど、魔法を防げるこの魔除けの蛇骨剣を盾代わりに使って良いって事になった。俺が前衛で出来るだけ魔法を防ぐから、みんなは後方から攻撃を頼む」
「……」
返事はない。やはりチームとしてのモチベーションは限りなく低いか。
「あの……」
ソーサラーの一人が、おずおずと手を挙げる。これはアレだな。やっぱり向こうで戦いたいですって言い出すつもり――――
「トモさんの事はティシエラ様からよく伺っています。率直にお聞きしたいんですが、どういう関係なんですか」
……ん?
「あんなふうにティシエラ様と言い合う男、初めて見ました! どういう間柄なんですか! 仲良いんですか悪いんですか! どっちですか!?」
「私も知りたい! っていうかアレって痴話ゲンカなの!? 納得いかないんだけど! ティシエラお姉様を汚さないでくれますか!?」
「良く切り込んでくれました……どういうご関係なのか教えてくれないと……演習中に背中を狙いますよ……?」
えぇぇ……もしかして、このチームに付いた一番の目的は俺にそれ聞く為?
まだこの段階で演技だと明かす訳にはいかない。かと言ってティシエラが嫌いだから言い争ったと嘘を言えば、彼女達の不興を買う。どうしたもんか。
……そう言えば俺、ソーサラーギルドではイリスを振ったって誤解されてるんだったな。それを利用するか。
「実は、ティシエラから恨まれてるんだ。イリスの事で」
「「「「「「「「「「やっぱり!」」」」」」」」」」
凄ぇ人数に納得された! 何この大正解引き当てちゃった感……全然嬉しくないんだけど。
まあ実際、イリスが失踪した時には随分セクハラを疑われてたからな。あながち間違いでもないんだ。納得はいかないけど。
「それで、イリスをどうするつもりなんですか! 責任取ってあげて下さい!」
「まさか三角関係じゃないですよね? そんな訳ないですよね?」
「返答次第では……後頭部を後頭部ではなくしますよ……?」
なんか一人凄い殺意の持ち主がいるんだけど……後頭部が後頭部じゃなくなるって、それもう頭部半分ないじゃん。グッロ!
「みんな誤解してるみたいだけど、俺とイリスはそんな関係じゃない。それなのにティシエラは勝手に嫉妬してるんだよ」
あいつ、ああ見えてイリスに依存してる所あるからな。イリスが俺と仲良さげにしてるのが気に食わないってのはヒシヒシ感じる。『私のイリスを取らないで』って心情なんだろう。
「……」
なんか急にヒソヒソ話始めてるな、ソーサラーの皆さん。目の前でそれやられるの感じ悪いっすよ。
「えっと……トモさん、でしたよね」
「ああ」
ソーサラーの一人が俺の肩にポン、と手を置く。
「現実と妄想の区別が付かないのってきっと生き辛いでしょうけど、強く生きて下さい。今回は貴方の可哀想な脳に免じて協力しますから」
可哀想な脳!? どういう同情のされ方なの!?
……なんか良くわからないけど、そんなこんなでソーサラー達の真意を曝く為の演習は始まった。
ルールは割と単純で、20m四方くらいのエリアを二つ線で囲い、それをお互いの陣地として、そこに向かって魔法で攻撃を仕掛けるというもの。相手が攻撃している間は防御と回避に徹し、交互に攻撃するというドッジボールスタイルだ。
全員に『一撃だけ大抵の攻撃魔法に耐えられる』という防御系魔法【ワンバリッド】をかけていて、相手から魔法を食らいそれが発動した時点でそいつはアウト。自軍が全滅した方が負けだ。要は無傷で雌雄を決する事が出来る魔法合戦って感じだな。
俺達『詠唱いらん子チーム』は詠唱不要。ティシエラ率いる『詠唱大事っ子チーム』は詠唱必須。相手の攻撃中にこっちも攻撃するのは不可だけど、攻撃を防いだら即座に反撃可能で、そこが違反していないかどうかはレフェリーのイリスが判定する。陣地の外に押し出されてもアウトだ。
「我は招かざる風浪の民。衝動は消尽に、震動は侵攻に。理不尽なる全てを薙ぎ払え!【ラスティテンペスト】!」
「全員伏せて暴風に備えろ! 外に出されるなよ!」
流石は終盤の街の実戦演習だけあって、一つ一つの魔法が派手だし強力。それに対する反応も迅速で、対処方法も確立されているから攻防にそつがない。
そして、今回の表立っての焦点である詠唱はというと……意外にも、殆ど足枷にはなっていない事が判明した。
普通に考えたら、詠唱している時間なんて無駄でしかなく、魔法を放つまでのタイムロスに加えて相手に魔法使うのがバレバレという負の要素しかないんだけど、確かに詠唱するソーサラー達は焦燥や逡巡なく魔法を撃てているように見える。集中力が高まっているからか、こっちより精度も高い。
それに、詠唱は意外と敵の集中を削ぐ効果もある。人間、訳のわからない事を目の前で言われると、なんだかわからないけど不快感に近い違和感をつい抱いてしまう。それがノイズになって、思考を乱してしまう。恐るべし詠唱。まさかこんなジャミング効果があるとは。
何より『詠唱しないで撃つパターン』を戦略に組み入れられるのが大きい。今回は詠唱必須のルールだからそれは使えないけど、ずっと詠唱してから魔法を放っていた奴が、突然詠唱なしでぶっ放して来たら確実に後手に回ってしまう。事実、ティシエラが娼館でシャルフを攻撃した際には詠唱を省略していた。詠唱はあくまで拘りであって絶対じゃない。
ティシエラは自分で攻撃する事はせず、ギルド員に任せている。彼女達の魔法は魔除けの蛇骨剣を持つ俺を上手に躱し、後ろのソーサラー達へ的確に当てて来ている。
「きゃあああああああ!!」
また一人犠牲者(無傷)が出てしまった……
これで人数は4対6。こうも一方的にやられちまうとは。
「さっきまでの威勢はどうしたの? トモ」
「ぐぬぬ……」
わざわざ攻撃の手を止めて煽りに来やがった。演技とはいえ調子に乗りやがって……
っていうか演技だよな? なんかずーーーっと憂さ晴らしされているような気がしてならないんだけど。本当に演技なんだよな?
「安心して。別に貴方の所為で生涯最大の屈辱を味わったなんて思ってはいないから。貴方はヒーラーを倒す最善の手段を提供してくれただけ。決して恨んではいないわ。本当よ?」
「それ嘘の時の言い方じゃん! やっぱり憂さ晴らしだったんかい! さては最後に自らの手で俺を倒そうとしてるな!?」
これも演技……かどうか自分でもわからなくなってきた。
何にせよ、当初の目的は既に果たしつつある。詠唱がギルド員からどう思われているかは凡そ判明したし、この演習によってティシエラは見事なまでに詠唱の重要性を知らしめている。戦闘が終わる頃には、全員が詠唱肯定派に回る事だろう。
ようやく気付いた。ここまでがワンセットか。
今回の演習の目的は意識調査や確認じゃなく、ティシエラの求心力回復キャンペーンだったんだな。俺をダシにしてソーサラーギルドの正常化を図った訳か。そして見事に成功したと。策士だねえティシエラさん。
フフフ……ナメた事してくれるじゃないか。このままでは済まさんぞぉ。
「シーマ、アウト! いらん子チーム残り2人!」
イリスのその声で我に返る。いつの間にか俺とサクアの2人だけになってしまった。俺は防御専門だから、戦力は実質サクア1人。相手は4人全員がまだ陣地内に残っているのに。
このままじゃ歴史的大敗だ。この件でずっとティシエラとソーサラーギルドからマウント取られてしまう。これは良くない。良くないぞ……
「アインシュレイル城下町ギルドマスター様。お願いがあります」
「サクア?」
焦燥感で身を焦がされそうになっている俺に、サクアは真剣な顔で耳打ちしてきた。
「私に詠唱させて下さい」
……成程。確かにアリだ。
既に詠唱不要論は瓦解している。だったら、それをいつまでも遵守する必要はない。いらん子チームはあくまで『詠唱不要』であって、禁止している訳じゃないんだから。
「よし行けサクア! あんなクソみたいな詠唱で悦に浸ってるセンスない奴等をぶっ飛ばしてこい!」
「なんですって?」
殺意に満ちた目で睨んでいるであろうティシエラの顔は見ずに、サクアの攻撃に全てを賭ける。
恐らく、彼女の詠唱は――――ティシエラ達に衝撃を与える筈だ。
「行きます!」
サクアは魔法を撃つ体勢を整え、その口を開いた。
「――――魔法少女になりたかった?」
「はい。この世界……じゃなくて、この国には存在しない概念だと思いますけど、要するに小さくても凄い魔法で敵を倒せる女の子です。ずっとそういう存在に憧れていました」
サクアの述懐に、思わず息を飲む。もしかしたら彼女の言う魔法少女は、俺が知っているそれに限りなく近いんじゃないだろうか……?
「でも……魔法が使えるようになった時、私はもう少女じゃありませんでした。私は夢を得て、夢を失ったのです」
真面目過ぎる彼女は、魔法少女になりたいという夢を、ソーサラーにシフトする事が出来なかった。夢は夢のまま燻り続け、そして今に至る。
ここはサクアにとって夢の世界であり、夢の残骸。"いない筈の世界"。だから何処に行けばいいのか、感覚的にわからない。極度の方向音痴はその所為だ。
もし俺が、何の予備知識もなくこの世界に転生していたら、きっと同じような事になっていたんだろう。そう思うと、彼女の夢を少しでも叶えてあげたくなった。
「サクア。君にとって魔法少女の定義は何?」
「定義、ですか?」
「何なら『拘り』と置き換えても良い。魔法少女になりたかった一番の理由は? 魔法少女のどういう所に惹かれたんだ?」
「それは――――」
「リラルカリラルカドルワーナ!」
サクアが唱える謎の呪文が響き渡るのと同時に、彼女の周囲に凄まじい数の花弁が吹雪のように舞った。勿論これは魔法が作り出した幻。幻影魔法【ブロッサムコローラ】だ。
更に平行して【ブレイブリーエフェクト】という幻聴魔法を使っている。これは勇ましい音楽を聴かせ、味方を鼓舞する時に使う魔法だ。
その後、自分の身体をシルエットのみに見せる幻影魔法【シャドーアウト】を使用。直後、装備を特定の物に変更できる【チェンジクウィプ】を立て続けに使い――――
「地面に咲く一輪の花!」
魔法で作りあげた数々の演出を経て、やたらキラキラでフリフリでファンタジックなピンク系の衣装を纏う。髪の色もピンクに変色している。
サクアは"魔法少女"になった。
「……へ?」
あのティシエラが、間の抜けた声をあげる。無理もない。俺だって、魔法少女に関する知識がなければ同じようにキョトンとしていただろう。
「ふふ……んふふふふふ……私は……私はなれたんですね魔法少女に! ファッフーーーーーーッ!!」
謎のテンションでサクアは魔法を放つ。それがどういう名前の魔法なのかはわからない。ただ、虹のようにキラキラした光線のような物を出していたのはわかった。
詠唱だけでも集中力を削がれるというのに、演出からの変身という訳のわからないムーブで視覚、聴覚を両面から乱されれば、とても平常心じゃいられない。
呆気にとられ、防御もままならない『大事っ子チーム』総勢4名は、為す術なくその虹色の光を浴び――――全滅(無傷)した。
勝利とはいつも虚しいものよ……
――――結局。
最終的には我等がいらん子チームが勝利した実戦演習だったが、ティシエラの目論見は叶えられ、ソーサラー達が詠唱の必要性を理解した事でギルドの結束は高まった。まあ、ティシエラの求心力が低下しているというのは単なる本人の杞憂に過ぎなかったんだろうけど。
今回の一件でソーサラーギルドは更に結束を高め、より強固な敬意と仲間意識で結ばれる事となった。別に雨は降らなくても地は固まる。地団駄でも踏んで踏み固めれば良いだけだ。今回みたいに。
そんな訳で、無事自信を取り戻したティシエラは、以前のような凛然とした姿を取り戻していた。それは率直に嬉しい。めでたしめでたし。
「おはようございます、アインシュレイル城下町ギルドマスター様」
サクアは今日もウチのギルドに通っている。いずれはソーサラーギルドに戻るんだろうけど、その時には……あの実戦演習の奮闘を讃えられるのか、それとも意味不明な変身について問い詰められるのかはわからない。
確かなのは、彼女が今、夢の真っ直中にいる事。変身バンクすら魔法で再現できるこの世界では、少女でなくても魔法少女になれる。
「おはよう、サクア」
きっと踏み込めば、そして探りを入れれば、彼女の頭の中にある『違う世界』を覗けるんだろう。
でも、それはしないと決めている。必要でないのなら、無闇に足を踏み入れない。誰が決めた訳でもないけど、そういう暗黙のルールを俺は自分に課していた。
だけどもし、その必要性が生じた時には、ついでに聞いてみたいものだ。
彼女のいた世界の魔法少女も、俺のいた世界と同じように、闇堕ちブームがあったのかどうかを。
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