第398話 誤爆ノスタルジア

 約束って……


「何を?」


「私達は決して過去の事を詳しく話さない。お互いにこの街に来る前の事を語って馴れ合うような真似はしない。今ぐらいのプチ情報なら良いけど、例えばどんな夢を持っていたとか、自分達がいた街がどんな所だったのか……みたいな話は極力控えましょう」


 その提案に驚きはなかった。俺も同じような思いだったから。


 俺達以外にも転生者はいる。サクアもそうだし、きっと他にもいるんだろう。けど、その事実を暴露した相手はフレンデリアしかいないし、向こうもきっと同じだ。だから俺達は共通の秘密を持つ者同士って事になる。


 それは凄く大切な関係性かもしれない。でも一つ間違えば共依存になりかねないくらい危うい関係でもある。事ある毎に前世の事を話し、昔の自分を引き合いに出す。そんな事を繰り返していたら、転生した今の自分から自意識がどんどん遠ざかってしまう。


 俺達は生まれ変わったんだ。この世界の今を生きなきゃいけない。人間、偶に過去を振り返るのは必要な事だけど、最早夢の世界に等しい前世を振り返る意義は薄い。ないものねだりに繋がるし、何より――――思い出さなくて良い事まで思い出してしまう。


 例えば、親孝行の一つも出来ないまま死んでしまった事。藤井家の長男として何の役にも立てず、何の為に産んで育てたのかわからないと嘆かれているであろう事。警備中に死亡して迷惑をかけてしまった事。あと自室に持っていた諸々のアレなやつ。


 こんな取り戻せない過去を振り返っても、無駄に落ち込むだけだ。きっとフレンデリアはそういう事を言いたかったんだろう。


「そういう過去の話ってすっごく盛り上がりそうでしょ!? 下手に仲良くなってコレットから誤解されたら困るもの!」


 全然違った! まさかの誤爆ノスタルジア! 言葉にしていなくても恥ずかしい!


 つーか……


「もしかして酔ってる?」


「酔う? この私が? 何言ってるのやら。シレクス家を代表してこの場にいる私がお酒如きに翻弄される訳がないでしょう! 今宵はとても良い気分よ!」


 酔ってる……顔には大して出てないけど確実に酔っ払ってる。口調もいつもより御嬢様っぽい。変な酔い方する奴だな。これも絡み酒の一種か?


「私はとても人気者なので、貴方にばかり構っている訳にはいきませんの。次は誰に致しましょうか……あらマキシムさんご機嫌よう! 楽しく飲んでらして?」


「あ、ああ」


 間違いなく絡み酒だ。マキシムさんも気の毒に……あの人真面目だから貴族令嬢に気さくに話しかけられても困るだけだろうな。


「あーははははは! 先輩飲んでますかー? 私飲まれてまーす!」

 

 そしてアヤメルはイメージ通り陽気に酔ってる。なんて期待を裏切らない奴なんだ。逆に新鮮。


「テキトーにやってるよ。そっちは飲み過ぎだな。前後不覚になるまで飲むと二日酔いで死ぬぞ」


「大丈夫でーす。私こう見えてメチャクチャ強いんで! ただ気分良くなるだけで何一つ悪い事はないんですよー! お酒最高! わーい!」


 酔ってる奴の言う事ほど信憑性のない言葉は存在しない……とはいえ、幾らなんでも二泊三日の旅行でその半分を二日酔いで潰すなんて真似をする馬鹿はそうそういないだろう。多分本当に酒豪なんだろうな。


 温泉にお酒。俺にとってはどっちも大して魅力的じゃない。でもこうして心の底から楽しんでいる奴を目の当たりにすると気分は良い。それで十分だ。


「ってゆーか全然飲んでないじゃないですか。何余力残そうとしてるんですか?」


「俺はそんなに強くないんだよ。だから自分のペースで……」


「とか何とか言ってー。私にはわかってるんですよ? この天才アヤメルにかかれば全てお見通しです」


 今までずっと見当違いの予想して怒られてるのによくそんな自信持てるな。暖簾メンタルかよ。


「トモ先輩。実はこれから予定入れてますよね?」


 何っ!?


 コイツ、まさか俺とイリスの約束を知って……


「みんな酔い潰れて寝静まった真夜中に一人で温泉に入ってバシャバシャ泳ぐつもりでしょー! わかります! 泳ぎたいですよね温泉来たら! もートモ先輩ってばやり口が汚い! ずるい!」


 ……ンな訳ないか。アヤメルは酔ってもアヤメルだった。発想が幼な過ぎる。小学生かよ。


 でも実際、予定がある以上は酔うほど飲む訳にはいかない。イリスがどういうつもりで混浴にOKしたのかは未だにわからないけど、ホロ酔い気分で向かうのはどう考えても得策じゃない。ちゃんと理性を保ったままじゃないと。


「はぁ……この旅行が終わったらすぐに皆さんとお別れなんですよねー。寂しいなあ」


「別に接点がなくなるって訳じゃないだろ? 冒険者ギルドの窓口になってくれるって約束もしたんだし。割と話す機会はあると思うけど」


「わかってないですね。そういう事じゃないんです。私はこのギルドに居心地の良さを感じてるんです。ここはレベルハラスメントもないし、私に天才故の孤独を押しつけてくる事もありません。ここはホントあったけー場所なんですよ私にとっては」

 

 酔ってるから何処まで本音かはわからない。でも、こうして外部の人間からギルドを褒められるのは嬉しくない訳がない。自然と頬も弛んでしまう。


「まあ中年男性達のセクハラ発言は酷いしヤメ先輩の教えは俗っぽ過ぎてゾクゾクしてくるしギルドマスターは湿度の高い会話ばかりしてるし問題もありますけど」


「最後は兎も角それ以外はマジすんません」


「でも私、そんな皆さんのおかげで学べた事があるんです」


 はいはい、どうせ肩透かしな内容なんだろ? そんで俺が『サブマスターとしての学びじゃねーのかよ!』って言わされるんだろ? 知ってる知ってる。酔ってる人間に真面目な話をしろってのが酷だ。


「数字に囚われている人に文句を言うのは、結局自分も数字に囚われている証なんですよね」


 ……あれ?


「私の考えが甘かったんです。レベル至上主義にいちいち反発するんじゃなくて、数字以外で誇れる事を作って堂々とそれを誇示すれば良いだけなんですよね。それで相手にされなくても、私は私を貫き通せばそれで良い。私は皆さんからそう学びました!」


 え……


 誰から?


 いや言ってる事は正しいと思うし前向きだし立派だけど、それをウチの誰から学び取れるんだ? ヤメとか絶対そんな事言わないだろうし……オネットさんやシキさんか?


「レベル60以上で世界屈指の実力者なのに、自分を美しく磨きたいって気持ちを謙虚に表せるディノー先輩からは本当に多くの気付きを得ました! 私、化粧ではあの人の先生になりましたけど、人生観では寧ろ生徒です!」


 まさかのディノー! やったぜ! 久々の高評価だぞディノー君!


 でも女装の世界に飛び込んだ事で株が上がってもなあ……もっと他の事にも着目してやって欲しい。


「他にディノーから学んだ事ある? サブマスターとしての業務に活かせる事とか」


「あの方にサブマスターとして学ぶべき事は一つもないです」


 やだ良い笑顔! これは間違いなく本心ですね。まあ仕方ない。


「そっちはヤメ先輩から色んな事を教えて頂きました。大半は自分が気持ち良くなるだけの鼻持ちならない自慢話や面白がりたいだけの愚案でしたが、その中にも幾つかの金言がありました。私がサブマスターになれるかどうかはまだわかりませんが、今後の人生にも役立つと信じています」


「……参考までに、その金言ってどういう内容か教えて貰って良い?」


「幾つかありますけど、一番心に響いたのは『良いサブマスターの条件はギルドマスターをいつでも殺せる事』ですね」


 えぇぇ……あいつマジで何言ってんの? その教えは冒険者ギルドをムチャクチャにしかねないぞ……


「勿論殺しませんし、殺したいとも思いませんよ? コレット先輩にはお世話になっていますし、純粋に人として好きですから。ただ、そんなコレット先輩に甘えたり盲信したりしたらダメって事ですよね。もしコレット先輩がモンスターに操られて人類の敵になったら容赦なく殺せるような実力、判断力、非情さを持ち合わせるべき。私はそう解釈しました」


 んーどうだろう。ヤメの事だから、そんなカッコ良い考えじゃなくて単純に『シキさんを手に入れる為なら俺を殺すくらいどうって事ない』とか思ってそうだよな。


「そういう訳なんで、私はアインシュレイル城下町ギルドで沢山の事を学ばせて頂きました。ちょっと早いですけど御礼を言わせて下さい。私、皆さんに出会えて良かったです!」


「……そっか。俺達もアヤメルから学ばせて貰ったよ」


「えっ! 何をですか? 世の中には本物の天才がいるんだなとかそんな感じですか?」


 例え悪気がなくても余計な事は言わないに越した事はない……とは言わないでおくか。折角いい感じでまとめ入ってるし。


「そうだな」


「ありがとうございまっす!」


 会心の笑みを残してアヤメルはディノーのいる方へ向かって行った。


 まあでも、彼女が来てくれて良かったのは確かだ。ギルドが明るくなった。それはとても大切な事だ。誰にでも出来る訳じゃない。


 ムードメーカーの存在は司令塔同様に必要不可欠。人員補充のマストにしないとな。早めにシキさんに伝えて――――


 ……じゃない。伝えるべきなのはヤメだ。人事に関してはサブマスターの領分だからな。


 悪い癖だ。何かあったらすぐシキさんを頼ろうとしてしまう。秘書として働いて貰っていた時、大半の雑務を彼女にやって貰っていたからな……


 シキさんはヤメと飲んでるのかな。旅行に来てからロクに話してない。俺もだけど、なんとなく向こうも避けてる感じがする。



『キスされると思った?』



 あれは一体どんなつもりで言ったんだろうと問いたい気持ちがない訳じゃない。親しくなって以来、事ある毎に俺をイジってくるシキさんではあるけど、この言葉はかなり異質だった。


 いっそ、この機会に直接本人に聞いてみるか? シキさんの事だからベロベロに酔ってはいないだろうけど、付き合いで多少は飲んでる筈。少しでも酒の影響があれば、普段喋らない事でもポロッと漏らすかもしれない。


 とはいえ、こんな人が沢山いる中で話す内容じゃない。それ以前に二人の時じゃないとほぼ喋らないからな。


 今は――――


「でもさー、シキちゃんはバトルになった時もっと後方にいるべきなんよ。前線でガシガシやるタイプじゃないっしょ?」


「そうだけど、このギルドそもそも前衛職が少ないし」


「そんなんあの出しゃばりギマにでもやらせりゃ良いんだって。あいつエグい結界持ちだし。シキちゃんは回避力は高いけど耐久はそうでもないっしょ? ヤメちゃんの隣でナイフとか投げてればいーのいーの」


 お、やっぱりヤメの隣にいた。でも思ってた会話の内容と違う。ヤメの奴、意外と真面目な話するんだな。俺を軽率にタンク扱いしてるのはイラっとするけど……


「隊長の結界は完璧じゃないし、弱いからすぐ死にそうだし、前に行かせない方が良いと思う」


「死んじゃったらヤメちゃんが代わりにこのギルド牛耳るから大丈夫!」


 全然大丈夫じゃねーよ! 確かにそういう役割を担って貰う為にサブマスターに選んだんだけど、もう少し野心は隠せ!


「そんな事言って。本当は恩義感じてるんでしょ?」


「……ま、一応はねー。お陰で毎日楽しいし、リーナの治療費もちゃんと払えてるし」


 ヤメが妹の為に頑張っているのは、サブマスターに選んだ理由の一つでもある。そういう目的がある以上、いい加減な仕事はしないだろうから。


 オネットさんとのバトルを見る限り、ヤメは戦略性にも長けている。司令官タイプじゃないけど、そういう人材が入ってくるまではヤメに指揮権を担って貰うのも良いかもしれない。


 そう言えばソーサラーも固有スキルって持ってるんだろうか。それとも固有魔法? 俺自身が一日で冒険者から退いた所為で、あんまりその辺の詳しい話って聞いたり調べたりしてないから知識不足なんだよな……


「何コソコソ、盗み聞きしてるんですかー?」


 すっかり出来上がっている様子のオネットさんが浮遊霊のように近付いて来た。セバチャスンさんに思いっきり自己肯定感をアップさせて貰ったからか機嫌が良い。


「なんか向こうで気になる話してたから、つい。ソーサラーって固有スキル持ってるんですかね?」


「持ってますよー。支援系のスキルが多いですね。一時的に魔力を上げるとか。変わり種だと箒に跨がって空を飛べるとか。実質魔法の亜種みたいなのが多いです」


 成程。やっぱりソーサラーだから魔法寄りのスキルになるのか。場合によっちゃ固有魔法と同義になるケースも多いのかもしれないな。


「ちなみにオネットさんの固有スキルって何?」


 馬鹿のフリして聞いてみる。怪盗メアロも言っていたけど、オネットさんの固有スキルは出来れば知っておきたい。


「えー? 私の事をもっと深くまで知りたいのですか? でも私には愛する主人がいるのでごめんなさい」


 なんか人聞き悪い断り方された! これじゃ人妻とわかってて口説いたヤベー奴みたいじゃん!


「実はまさかの冗談です。不肖私、普段はこういう冗談をあまり嗜みませんが、今日はとっても爽快な気分なので開放感でつい言っちゃいました」


「かなり酔ってますね」


「です。なので今日は特別! 固有スキルについて衝撃の事実を暴露します!」


 再生数クソザコなYouTuberのサムネみたいなノリだけど、どうやら教えてくれるみたいだ。途中で寝なきゃ良いけど。


「私の固有スキルはなんと! 【孤立無援】です!」


 おー……名前だけ言われてもピンと来ない。どういうスキルなんだ?


「私を観測している存在が少なければ少ないほどステータスが上昇します。逆に見ている人が多いと下降します。この前のヤメさんとの戦いみたいな状況だとしおしおです」


 えぇぇ……あれでしおしお? なんか竜巻とか出してたよね?


「なので、もし手に負えないレベルの強敵さんが現れたら、私を残してその場から立ち去って下さい。その方が私は強くなれます」


「そ、そうなんだ」


 なんかちょっと気の毒なスキルだな。孤高なのは良いけど、仲間と一緒だと本来の実力が発揮できないのか。


 でもなんか納得した。アクシーが圧倒されたのも他にギャラリーがいない状態だったからなんだろう。幾らオネットさんが強いとはいってもレベル60台をあそこまで怯えさせるのは異常だもんな。


「でも、そんな固有スキルを持ってるのならソロ活動の方が本領発揮できますよね。どうしてウチのギルドに加入したんですか?」


「こんな固有スキルを持っているから、ですよ」


 成程。洒落た答えだ。


 酔いながらも凛とした表情でそう返してきたオネットさんは、とても美しかった。






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