第411話 成長

「だっておかしいよね真夜中だよ普通はお夕食が終わってから誰かと約束とかしないよね友達とかならするのかな私友達少ないからわかんない全然わかんないだって数少ない友達のトモとそんな約束した事ないし私の知識が不足してるのなら言って早く言って」


 うーん安定のヤンデレムーブですね。息継ぎしない基本を抑えているし、瞬きしないで眼球だけ上下に動かすところも流石。あと演劇感を過剰に出すタイプのポエトリーリーディングみたいな抑揚で話すところもツボを押さえている。


 だけど所詮、今までも見た事があるような挙動ばかり。ヤンデレ芸って割と幅が狭いというか、ワンパターンになりがちだから慣れてしまえば大して怖くはないな。


 ――――なんて油断していると。


「……」


 今度は急にフッと微笑を浮かべ、更に視線を背けて押し黙りやがったぞ。


 不気味だ。これは今までのコレットにはなかった挙動だ。コイツ……緩急まで身に付けやがったのか!


「ねえトモ。正直に言って」


「? 何をだよ」


「真夜中に若い男女が二人きりで約束……それってつまり、そういう事なんでしょ?」


 ……うわ。なんか嫌な方向に誤解してんな。でもよくよく考えたらその解釈が一番妥当なのか。


「私だってね、おめでとうくらいは言えるんだよ? トモにもお付合いする相手が出来たんだね、おめでとうって。それくらいの心の余裕はあるんだから。別にね、忙しくてプライベートの時間もない私を置き去りにして一人だけ幸せになるなんて信じらんないこの裏切り者とか思ったりもしないし」


 思ってなかったら絶対出て来ない構文なんだよなぁ……あと四白眼になっててナチュラルに怖い。何一つ本心なんて喋ってねーぞって目が語ってる。


「あのな。俺とイリスの関係は知ってるだろ? 俺はイリスに不信感を持ってたし、そもそもイリスに手を出そうものならティシエラから殺されるんだからそれはねーの」


「だから夜中にコソコソ会おうとしてたんでしょ? バレないように」


「不信感持ってる相手にコソコソ会いに行くってどんな心理だよ」


「それは……背徳感とか……」


 そこまで言って、コレットは勝手に顔を赤らめて勝手に意気消沈していた。


「ゴメンなんか凄く混乱してた。今の話全部聞かなかった事にして」


 幾ら強引に辻褄を合わせようとした結果とはいえ、着地点が酷過ぎやしないか。忙しさで頭やられてんじゃないだろな。


「でも、性癖拗らせたんじゃないのなら真夜中にイリスとする約束って何?」


「性癖言うな。あと……そうだな。これ誰にも言うなよ。コレットだから話すんだからな」


「うん。何々?」


 結局、イリスが俺を壊れていると認識していた事、それを治癒しようとしてくれていた事まで明かす事にした。


「そうだったんだ。トモ、やっぱり疲労困憊だったんだね」


「え。コレットにもそう映ってた?」


「確信はなかったけど、少しキツそうかもって。だからアヤメルちゃんに出来るだけトモを助けてあげてってお願いしておいたんだけど……」


 マジかよ。全然反映されてないんだけど。なんなら余計な気苦労増えましたけど。


「それで大丈夫なの?」


「ああ、イリスが言うには応急処置レベルの事は出来たらしい。ここに来る前より体調良くなってるかも」


「そっか。なら良かった。でも無理はしちゃダメだよ? トモって支援系のスキル持ってるから後方待機すれば良いのにズンズン前に行くでしょ。見てて危なっかしいトコあるよ?」


 ……まさかコレットにまで心配を掛けていたとは。自己管理が出来てない時点で俺もまだまだ大人になりきれてないな。


「つーか、さっきから俺の事ばっかだけどそっちはなんでこの宿に来たんだよ。それに到着が随分と早いな」 


「それは勿論、ここに泊まる予定だからに決まってるでしょ? これでもギルドマスターなんだから、移動には皇帝馬車も使えるの。すっごく早かったよー」


 皇帝馬車……確か馬車のフェラーリ版だったか。メッチャ高いんだよな。それをタクシー代わりに使えるのかよ贅沢だな。


 まあでも、王族不在の今となっては五大ギルドが城下町どころかこの国――――レインカルナティオの中核を担う組織なんだし、その中でも特に重要度の高い冒険者ギルドのトップがVIP扱いなのは当然っちゃ当然か。


 改めて感じるギルド格差。今の俺達が五大ギルドに入っても笑いものになるだけだな……


「……トモ。ちょっと耳貸して」


「ん?」


「いいから耳。早く」


 その人差し指を立ててチョイチョイ動かす系の所作、ちょっと憧れるな。いつか真似しよう。


「何?」


「ここだけの話、私達は聖噴水だけじゃなくてこの温泉宿を調査に来たの。寧ろこっちが本命」


「!」


 城下町の冒険者ギルドがわざわざミーナの温泉宿まで来て調査……? 穏やかな話じゃないな。


「情報屋からのリークでね、盗品や商業ギルドの認めてない品を扱ってる闇商人組織の人間がこの宿を定期的に利用してるんだって。だから聖噴水の定期調査に託けて、可能なら闇商人を組織ごと一網打尽にしようかなって」


 闇商人……そんなのがいるのか。暗黒武器しか扱ってない武器屋が公然と商売してる世の中なのに。


「盗品の中には多分、十三穢も含まれてると思う」


「……マジで?」


 そう言えば、王城で保管されてる十三穢は約半数って話だったな。その他に俺が確認したのはネシスクェヴィリーテ、フラガラッハ、ファートゥムレラ。後数本は行方知れずになっている。


 道理で冒険者ギルドが動いている訳だ。本来、警察みたいに犯罪者を取り締まる仕事はしていない筈だからな。目的は十三穢の入手か。


 穢されて力を失ったとはいえ、元々は魔王討伐を実現できる唯一の手段。打つ手立てが何もない現状では討伐の手掛かりになりそうな物は何でも手に入れておきたいんだろうな。


 待てよ。だったらリリクーイもその盗品の中に含まれているのかもしれない。この事をイリスに……いや、やめておこう。コレットは俺を信頼して話してくれているんだ。幾ら相手が知り合いとは言っても情報漏洩はするべきじゃない。


「だから早めにチェックインして調査する予定だったんだけど……そしたらトモがいるからさー。ビックリしちゃった」


「事情はわかった。そっちもやる事があって大変なのは理解したけど、今回は聖噴水を優先して貰えないか?」


「それは勿論。危険だもんね」


 コレットなら人命優先で考えてくれると思っていたけど、良い返事が貰えて一安心だ。鑑定ギルドの代表が既に調査を始めているだろうし、一応現状で出来る最善の手は打った。


「トモ達は慰安旅行で来てるんだよね」


「ああ。出来れば昨日だけのトラブルであって欲しいんだけどな。旅行先でまで厄介事に巻き込まれたくない」


「もう巻き込まれちゃってるじゃん」


「俺はな」


 でもギルドのみんなにとってはまだ慰安旅行の真っ直中。可能なら余計な手を患わせず、このまま旅行を楽しんで貰いたい。俺の借金を返す為に頑張ってくれた人達だし。


 とはいえ、みんなの力が必要だと判断したら躊躇はしない。このミーナは城下町ギルドの防衛ライン外ではあるけど、街がモンスター被害に遭うのを黙って見ている訳にもいかない。人として当然の事だ。


「で、話はさっきの闇商人に戻るけど。なんでこの宿を頻繁に使う必要があるんだ?」


 もしここが城下町と他の大都市を繋ぐ中継都市だったらわからなくもないけど、あくまで鉱山都市。商人に利用価値があるような土地とは思えない。


「それはわかんない。何か水面下で企んでるのかもしれないし、単にお得意様との交渉をする場所にしてるだけかも」


「成程」


 幾ら警察みたいな組織がないとはいえ、住民が猛者ばかりの城下町は悪行を犯すには厳しい場所。それほど人の出入りが多くないこの街を交渉場所にしているって線は確かにありそうだ。


 何にしても憶測の域は出ない。まさか朝っぱらから闇商人とやらが活動している筈もないし、まずは聖噴水を――――


「おっと」


 コレットと話し込んでいた所為で、通路の角に人影があったのを気付けなかった。鼻が長い細身の男だ。軽く肩がぶつかっちゃったけど……因縁付けられないよな?


「すみません。前方不注意で……」


「テんメ気を付けろよおおおおおおおおお!! ザけんな冗談じゃねぇぞクソが!!」


 えぇぇ……因縁以前に挙動が怪し過ぎん? まさか闇商人……いやいやそんな。嘘だよ。


「あの、申し訳ありませんが少しお話させて貰って宜しいですか?」


 とはいえコレットが身を乗り出してそう聞くのは当然。警備員時代も、露骨に怪しい奴には声掛けしてたっけ。こっちがどれだけ低姿勢でもキレる奴はいる。その場合は大抵何かやましい事があるか、本人自体がヤバい場合だ。


「ああッ!? ンな事に付き合うかバーカ!! オラどけよ!!」


 このケースは果たしてどっち――――


「私、冒険者ギルドのギルドマスターで、コレットと言います。時間は取らせませんので協力をお願いします」


「ギッ……」


 うーわ。冒険者ギルドの名前出した途端明らかに顔色変わったよ。こんなんもう絶対何かしてる奴のリアクションじゃん。


「こちらの宿にはどのような用件で?」

 

「フーッ……フーッ……普通に湯治に決まってんだろ温泉だぞ」


「お一人で来られたのですか?」


「ヒーッ……ヒーッ……ヒーッ……一人だよ」


 完全にビビリ倒して呼吸が荒い。つーかクスリでもやってんのかってくらい目が泳いでる。


「わかりました。出来れば現住所とお名前を教えて頂けませんか?」


「な、なんでだよ。フザけんな! なんでブツかっただけそこまで怪しまれなきゃいけねぇんだよ!?」


「必要な事なんです。お願いします」


「……っ!」


 コレットが頭を下げた事に、男は身体をビクッと震わせた。何かされると思ったんだろう。


 余りにも怪し過ぎるとはいえ、相手は現時点ではただの一般客。無理強いは出来ない。まして捜査権なんか持っていないコレットにはこの対応が限界だ。


 弱ったな。意外と良くない流れだ。


 ここまで挙動不審だと、逆に闇商人っぽくない。盗品を扱う仕事なんて相応の修羅場をくぐらなきゃ成立しないだろう。こんな奴じゃ商売にならない。本人自体がヤバい可能性も出て来た。


 ……このままじゃ埒が明かない。カマかけてみるか。


「コレット、もういいだろ。こんなに怯えてるんだし」


「え? でも……」


「お陰で欲しい物は入手できた。もう十分だ」


 そう言い放った途端――――男の表情が変わった。


 俺はさっき奴とぶつかっている。だから奴がもし闇商人だった場合、俺の言葉をこう解釈するだろう。



『さっきぶつかった際に奴の持ち物を入手した。それで十分証拠になる』



 怪盗メアロのように、相手が所持している物を一瞬で奪えるスキルがこの世界には存在する。闇の世界に精通しているのなら、それくらいは知ってるだろう。


 俺がぶつかったのはわざとで、それは所持品を奪う為。既に目を付けられていた……と解釈する筈だ。


「ハッ。何言ってんだよ。そんな訳ねーだろ」


「だったら見せてやるよ」


 そう告げて掲げてみせたのは――――アルテラのペンダント。


 魔法力のない俺が精霊を召喚する為、体力を魔法力に変換する為に身に付けている。当然、奴の所持品じゃない。


「ハハハハハ! バカが! やっぱりブラフじゃねーか!」


 ……こんな単純な手に引っかかりやがった。


「ブラフ? 俺は『コレットのお陰でこれを入手できた』って言ったつもりなんだけどな。それの何がブラフなんだ?」


「……あ」


「ブラフなんて発想は、俺が今見せようとした物が怪しまれた根拠になり得ると誤認していなきゃ出て来ないんだけどな。それは良いとして、なんで見た瞬間にそうじゃないって判断できるんだ?」


「な……何言ってんのか全然わからねぇなあ!!」


「ならわかるように言ってやるよ。これが自分の物じゃなかったから安心したんだろ? あんな瞬時に判別できるのなんて『自分の物かどうか』くらいだもんな。お前は俺達に見つかったらヤバい物を持っていて、それを俺に盗られたと勘違いしてたんだよ。だから俺がブラフをかけたと思ったんだ」


「ちっ、違……」


「どう違う? 説明してみろ」


 見た瞬間にブラフだと言ってしまった以上、言い逃れは出来ない。もしかしたら抜け道はあるかもしれないけど、こいつにそれを思い付くのは無理だろう。言動からそこまでの知性は感じない。


 これで一応、身柄を拘束する大義名分は出来た。後はコレットに任せよう。


「すみません。冒険者ギルドまで御同行して貰えますか? そこで詳しい話を聞かせて下さい」


「ぐっ……い、嫌だ……捕まるのは……ヒッ……」


「大丈夫ですよ。危害を加えようとしない限り、痛い事はしませんから」


 幾ら悪人風情でも、コレットが最強の冒険者なのは知っているだろう。この後に及んで悪足掻きはしない筈。


 ……なんて決め付けてると。


「嫌だあああああああああああああ!!!」


 ホラこっち来た! こいつ俺を組み伏せて人質にでもするつもりか!? そんな訳には――――


「せっかく忠告したのに」


「あああああ――――ああ!?」 


 クルリと空中で回転し、そのまま床に背中から落ちる。俺じゃなく俺に飛びかかろうとした容疑者が。


 やったのは当然コレット。でも今のは……体術、いや武術か? 足払いしながら後頭部を抑えて、背中で着地するようにコントロールしているように見えた。


 こんな器用な真似、今までのコレットには出来なかった。こいつ、いつの間に対人の技術を身に付けたんだ…… 


「取り敢えず拘束した方が良いよね。また暴れられても困るし。私のバッグの中に万能ロープ入ってるから、それ取ってくれる?」


「あ、ああ」


 それにこの落ち着きよう……寧ろこっちの方にビックリだ。


 コレットがガチのマジで成長している! しかも人間的に!


「やるなコレット。カッコ良いじゃん。見直した」


「へ!? そう……かな。自分じゃよくわかんないけど」


 ここでスカさず照れる所はコレットらしい。良いじゃん良いじゃん良い方向に向かってるよ。なんか風格すら漂ってる。


「そうか、コレットもすっかり冒険者ギルドのトップらしくなったんだな。なんかアレだな。遠い存在になっちまったな」


「それは言い過ぎ……絶対そんな事思ってないでしょ」


 いや、結構本気で思ってるんだけどな。コレットの成長は喜ばしいんだろうけど、ちょっと寂しくもある。あんなに何度も俺に泣きついていたのにな。今となっては何もかも懐かしい。


 にしても――――


「妙だな。これだけ騒いでるのに宿のスタッフが全然来ない」


「言われてみれば……」


 真夜中ならまだしも、朝に従業員がいないなんて事はあり得ない。近くじゃなくてもあの大声は聞こえる筈だ。


「嫌だ……捕まりたくない……あんな奴等みたいになりたくねぇ……」


 思案していた脳に、倒れたまま涙声でブツブツ言っている容疑者の声がノイズとなって侵食してくる。


 その声は――――



「あの……ヒーラー連中みたいには……なりたくねぇよぉ……」



 紛れもなく不快そのものだった。





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