第410話 名探偵コレット
初めて出会った時からレベルの割に頼りない奴だった。いつも自信なさげで何か不測の事態があるとすぐに慌てて、俺に泣きつく事も一度や二度じゃなかった。
今の俺があるのは、実の所そんなコレットがいたからと言っても過言じゃない。
大学以降の俺は引きこもりでこそなかったけど、友達付き合いや近所付き合いなど一切なく仕事仲間とのコミュニケーションも最小限の社会的弱者だった。当然、そのメンタリティは転生後にも引き継がれている。本来なら俺はこんな見知らぬ世界で上手く世渡り出来る器用な人間じゃなかった。
でも、幾つもの偶然が良い方に作用した。
転生直後に人当たりの良い御主人とルウェリアさんに助けられ、なし崩しの内にコミュニケーションを取れた事。
俺以上に不器用なコレットと初日に知り合い、これまたなし崩しの内に親しくなった事。
そのコレットから妙に頼られ、俺の方が精神的に大人なんだと錯覚した事。
転生直後の高揚感にこれらの要素が加わった事で、俺は自然に14年間の虚無を振り払う事が出来た。
それはきっと再起なんだろう。俺自身を除いて誰もそんな事はわかりようがないけど、俺は転生した直後に再起していたんだ。もし何か一つズレていたら、この世界でも目的を持たず実りのない人生を歩んでいたかもしれない。そういうルートもあったのかもしれない。
だから盗み聞きされた事なんてちーーっとも怒っちゃいない。
ただ、転生の件を聞かれていたとしたら気まずい。まさか『私より先にイリスに明かすなんて酷い!』なんてガキみたいな事は言い出さないと思うけど、何しろコレットだしなあ……
「……で。いつから盗み聞きしてた?」
「怖! なんでそんな殺気立ってるの!?」
いや全然殺意とかないんだけど。俺の心の中ってどうでも良い時は筒抜けなのに、こういう時に限って伝わらないよな。別に良いけどさ。
「えっとね、聞いてたのは握手がどーのこーのってトコから。なんで握手してるのかは全然知らないけど」
だとしたら転生の話は聞かれてない事になるけど……すっ惚けてるみたいな言い方でイマイチ信用できないな。
ま、これ以上食い下がっても時間の無駄か。
「ってかさー、盗み聞きって酷くない? そんなつもりじゃなかったし。ちょっと通りかかったらトモっぽい声が聞こえて来たから様子探ってただけなのに」
「だったらすぐ入って来りゃ良いだろ」
「だーって……」
口を尖らせつつ、コレットはイリスの方にジト目を向けている。ああ、イリスがいたから入るのに躊躇したのか。
この二人の微妙な関係性に今更踏み込むつもりもない。人間誰だってどうしても相性が良くない相手はいる。そこを他人が突っついたって良い事は何もない。全て本人達の問題だ。
「何か空気悪いですねぇー。朝から生々しい修羅場とかホント勘弁して欲しいですよぉー?」
その間延びした声は――――
「パトリシエさんも来てたんですか」
「聖噴水の調査のお手伝いにねぇ。冒険者ギルドとは今後も仲良くしていきたいもので」
そう言や鑑定ギルドも五大ギルド入りを狙ってるって話だったな。こうやって代表自ら冒険者ギルドに協力するのもその一環って訳か。
そしてもう一人。坊主頭の男性がいる。
何処かで見た事あるような……でもこんな髪型の奴に見覚えはないんだよなあ……
「はじめましてやのぉ。わしゃグノークスじゃ」
……へ?
あ、でも言われてみれば顔立ちは確かにあのグノークスだ。眉毛もちゃんと薄い。髪を刈り取るとこんなに印章が変わるものなのか。
レベル58の冒険者グノークス。俺が何度か対峙してきた彼はサタナキアに支配されていた状態だったから、向こうには俺と会話した記憶が全くないらしい。
その後どうなってるのか……特に気になってた訳じゃないけど、どうやらちゃんと社会復帰できたみたいだな。それは良かった。
「諸々の事情はコレット君や色んな奴等から聞いとるんよ。わしが不覚をとったばっかりに迷惑かけたらしくてのぉ、なんか申し訳なかったわい」
「いや、仕方ないですよ。相手は魔王の元側近ですし」
「そんなんで済ます訳にもいかんくてなぁ。こうやって一つ一つ罪滅ぼしなんかしとるんよ」
頭を指でトントン叩いている。坊主にしたのも反省を形にする為って訳か。つーか戒めとして頭丸める文化この世界にあったのかよ。あれ日本特有のものじゃなかったのか?
それに、頭を抜きにしてもサタナキアが操作してた時と全然違うな。性格もだけど口調も完全に別人だ。一人称はコロコロ変えてるって話だったからまだ良いとして、喋り方はなんでこんなに違うんだ?
「あ。グノークスさんはね、気分で口調が変わる人なんだ。今は反省モードで枯れた感じ出してるんだって」
坊主にしたのはそういう事か。日本的な反省って言うよりは自己演出の一環だったんだな。
「今回調査に来たのはこの三人なんだな?」
「うん。アヤメルちゃんもいるし、私とパトリシエさんだけでも問題なかったんだけど、どうしてもってグノークスさんが」
「わしゃ温泉大好きやからのぅ。他人に使われて普段使わん筋肉酷使しとるし、ここで疲労回復したったろ思てなぁ」
罪滅ぼしじゃなかったのかよ。つーか口調が口調だからマジで老人みたいだな……確か同世代だったのに。なんか同世代の奴が老けてると若干凹むよな。
「で、コレット。冒険者ギルドはどうよ? 少しは落ち着いてきたか?」
「どうかな……色々あったし、まだ色々あるから平和とは言えないかも」
鉱山事件の影響は勿論、サタナキアを匿っていた犯人が明らかになっていない事も心配事として残っている。コレットがそう言うのも当然だろう。
俺はその件について、サタナキア本人から事情を聞いている。奴の話によると、その犯人はかつてコレットが長期間被っていた山羊マスクで顔を隠していたらしい。それは明確にコレットに隠蔽罪を擦り付ける目的があっての事……と俺は睨んでいる。こんな残酷な推測、とてもコレットには話せないけどな。
「コレット君はようやっとるよ。最初は頼りないねーちゃんやのぅ思うとったが、めげんと頑張って随分逞ましゅうなっとる。あんだけゴタゴタしとったギルド内が大分マシになってきとるんよ」
「へぇ……」
アヤメルもコレットへの尊敬を口にしていたし、どうやら俺の想像以上にコレットは成長しているらしい。テレもせず少し困った顔をしている今のコレットを見る限り、確かに少し大人びた気がする。
「コレットは立派に務めてるんじゃないかな」
――――え。
今の……イリスだよな? イリスの声色をパトリシエさんが真似たとかじゃないよな。
いや、実際そこまで驚く発言でもないんだけどさ。イリスは戦闘時にコレットを庇ったりもしていたし。幾ら冒険者ギルドとソーサラーギルドの関係が微妙でもコレットとティシエラの関係は良好なんだし、イリスがそこに対抗意識を燃やすとも考え難い。
とはいえ、こうして讃える声を実際に聞くと和やかな気持ちに……ならねぇな。なんでだろ。
「恐縮です」
コレットの方も薄く微笑んで穏やかにそう返す。良いじゃないか。良いやり取りだよ。何も問題ない。ピリ付いた空気もない。
なのに素直に受け止められないのは多分、俺の固定観念の所為なんだろな。こういうの良くないよな……改めないと。
ただ、これまでとは違って今の俺には少し違う視点がある。イリスの出自を教えて貰ったからな。
イリスはリリクーイの夢。その影響でイリスには聖なる力が少し宿っているらしい。俺のマギを癒やす力があるのも、その聖なる力の恩恵みたいだし。
って事は、パラディンマスターのコレットとは属性が被ってる。謂わば仲間だ。
とはいえ、属性が同じだから仲間意識が芽生えるかと言われると……それは良くわからない。元いた世界にはない概念だから余計ピンと来ないんだよな。もしかしたら同族嫌悪って事もなくはないだろうし。
何にせよ、この二人が一緒にいて空気が悪くなるパターンには飽き飽きしてるし、俺もいい加減切り替る努力をしないと。
「ところでさ、そろそろボクを紹介してくれてもいいんじゃない? さっきからずっと待ってるのに放置し過ぎじゃない?」
……あ。
そういやこの姿のコレーとコレットはほぼ初対面だったか。ユーフゥルとしては何度か遭遇してるんだけど……面倒臭いから説明はしなくていいか。
「コレット。彼女はコレーって名前の精霊。色々あって今は俺と協力関係にある」
「あ、はじめまして。コレットって言います。名前似てますね」
「もっと砕けてくれて良いよ。キミの事は彼からよく聞いているからね。あまり他人って気もしないんだ」
「そ、そうなんですか……なんだ。それじゃ、こんな感じで」
相変わらず初対面の相手には弱いな。笑顔が引きつってアヘ顔っぽいぞコレットさん。なんかちょっとホッとした。
「そちらの二人も初めまして。どうぞ宜しく」
「こちらこそぉー」
「よろしゅうな」
パトリシエさんはともかく、グノークスに関しては兄が随分と迷惑をかけたというのに全然そういうの言わないのな……まあ身内って意識も薄そうだから仕方ないのか。
「それよりキミ、彼女達に話す事があるんじゃない?」
「……ああ」
コレーに促されるまでもない。コレット達がここに来た理由も気になるところだけど、先に話しておかなきゃならない事がある。
聖噴水の調査に来たコレット達には必要な情報だ。
「実は昨夜、この街に飛行系のモンスターが最接近して来てさ。聖噴水の効果が弱まってた疑惑がある」
「……え?」
当然、さっきまでの緩かった空気が一変する。調査と言っても定期的なものだし、まさかこのジャストタイミングで聖噴水に異常が生じるとは思ってもいなかっただろう。
取り敢えず、昨晩の事を話すとしよう。ただし混浴の件とか、この宿に朝までいた事は伏せた方が良いだろう。
さて、どう伝えるか――――
「……由々しき事態みたいだね」
幸いコレットが俺の供述に疑問を抱く事はなく、真剣な顔で思案に耽っていた。
「パトリシエさん。到着早々申し訳ないけど、グノークスさんと一緒に聖噴水の調査を早めてくれる?」
「それが良いだろねぇ。行きましょっかぁー」
「おう。ほんじゃまた後でなぁ」
枯れた口調とは裏腹に、グノークスは軽やかな足取りでパトリシエさんと共に部屋を出て行った。
……その途端、急に沈黙。
これまでだったら気まずさに萎縮していた俺だけど、ついさっき認識を改めようと誓ったばかりだ。俺が空気と変えないと。
「えーっと。なあイリス、昨日は身体を酷使したから疲れてるだろ? 聖噴水の事は俺とコレットで対策寝るから、ゆっくり休んどけな」
「え? でも……」
「万が一、また聖噴水の調子が悪くなったらイリスの力を借りる事になるかもしれない。その時に万全でいて貰わないと困る」
ウチのギルドにもヤメがいるとは言え、遠距離攻撃が出来るイリスは昨日みたいな飛行系モンスターに対して必要不可欠な戦力だ。ここで無理をさせる訳にはいかない。
「……うん、わかった。気を遣ってくれてありがと。マスターの言う通りにするね」
表情は微妙だったものの一応納得してくれたイリスに一つ頷き、軽く手を振ってコレットと一緒に部屋を出る。
ふぅ……取り敢えずこれで――――
「身体を酷使って何?」
……おかしいな。嫌な空気が消えない。寧ろエグいくらい濃くなってる気がする。
「いやだから、モンスターに襲われて……」
「その話も含めて、もう一回しっかり詳細を聞かせて?」
コレットは俺の後ろから付いて来ているから表情は見えないけど、声色で笑顔なのは想像がつく。なのに声がなんとなく怖い。何故だ。
「一から確認するよ? 昨夜トモはギルドの打ち上げで酔っ払って、酔いを覚ます為に自分達の宿を出て散歩してたら聖噴水の異常に気が付いたんだよね?」
「……はい」
「で、モンスターに見つかって襲撃を受けて、別の宿に泊まってたイリスが駆けつけて共闘。魔法で応戦したんだよね? 身体は酷使してなくない?」
いやそこは言葉の綾で要は戦闘疲れって解釈すりゃ良いだけだろ! 面倒臭いなこいつ!
「さっきコレーって精霊いたろ? あいつ他人の身体を乗っ取れるんだよ。それで戦闘中に意識を失ったイリスの身体をコレーが操って撃退したの」
「へー」
「……なんだよ」
「べっつにー? なんで端折ったのかなー、って思っただけだけど?」
その割に疑惑の眼差しがどんどんズームアップしてくるんだけど……圧が凄いって。
まあ実際、我ながら苦しい点が幾つかあるのは事実だ。
聖噴水の異常に気が付いたのは本当。実際に噴水の量が少し減ってたと感じたからな。その後にモンスターに襲われたのも本当。大分色々端折ってはいるけど問題ない。
でもイリスが駆けつけて合流した件は……そんな偶然ねーだろと言われても仕方ない。日中ならまだしも夜中にイリスが出歩く理由はないからな……
しかもその後、イリスが気絶したのもおかしな話だ。相手は決して強くはない蜘蛛鳥だからな。イリスなら余裕で撃退できる程度の相手だ。
更にモンスターが現われた翌日だというのに、俺がギルド員を誰も連れて来ていない点は不審に思われても仕方がない。弱い俺が単独行動する理由ないもんな。
「トモさー、何か隠してない?」
マズい! 案の定疑われてる……!
「昔のチョロい私だったら誤魔化せたかもしれないけど、ギルドマスターとして毎日色んな人達を相手に熱い議論を交わしてる私を甘く見ないで欲しいなー」
「あ、ああ……そうか。そうだよな」
やはりコレットは以前とは違う。今のこいつは名探偵並に嘘への嗅覚が発達している。立場が人を作ると言うように、コイツも世間の荒波に揉まれて来た訳か。
仕方ない。変に嘘を重ねてコレットからの信頼を失うのもバカらしい。
ここは――――
「実は昨夜、イリスと約束してたんだ。だからイリスが居合わせたのは偶然じゃない」
明かせるだけの真実を明かす。裸を見た件は口外しないってイリスとの約束もあるから全部話すって訳にはいかないけど、話せる所は全て……
「え……?」
「ん?」
「聖噴水の異常に気付いたのはホントなの!? 嘘……信じられない……」
「疑ってたのそこかよ! お前どんだけ俺を低く見積もってんだ!? それくらいの洞察力フツーにあるわ!」
「ご、ゴメンって! そんな怒んないでよ~」
ったく……名探偵コレットが聞いて呆れるな。やっぱ何も変わってないんじゃないのか?
まあでも、これで―――
「で。イリスと夜中に何を約束してたって?」
……ヤンデレ芸に定評のある闇コレットがアップを始めました。
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