序章

第000話 死んだ





 死んだ。

 間違いなく絶命した。

 そして絶望した。


 そりゃ確かに危険なのは承知していた。

 突然強盗が押しかけてきて、金品を強奪するついでにサクッと刺されたりズドンと撃たれたりするリスクはあった。


 警備員ってのは、そういう職業だ。


 でも大抵の死因は、交通誘導時に車に轢かれたり工事現場で鋼材が落ちてきたり、熱中症で倒れたり……そんな感じ。

 あんまり考えないようにしてたけど、孤独死も多いと聞く。 


 そんな中『宝石店で強盗相手に格闘の末、死亡』ってのは、割と悪くない散り方だと思う。


 とはいえ、辛い。

 痛みはもう感じなくなってきたから、そこは救われてる。

 でも……死ぬのはやっぱり辛い。


 身体が動かせない。

 瞬きや呼吸すら出来ない。

 夢の中みたいな感覚だ。


 32年か。

 良い人生だったのか?

 振り返る時間なんて幾らでもあった筈なのに、今はもう総括なんてできないねえ。


 でもする。

 救急車呼ぼうにも身体の何処も動かないし、他にする事ない。

 こうなりゃ盛大に自分語りだ。


 自分を優秀だと思った事はないけど、落ちこぼれと思った事もなかった。

 高校までは一応、学年上位の成績だったしな。

 でも、大学三年になっても就職活動しなかったのは、やっぱりマズかった。

 

 転落した感覚はない。

 やりたい事が見つからなかったし、社会人になる自覚がなかった。

 だから就職浪人って意識もなかったし、警備員になったのもアルバイト感覚だった。


 俺にはまだ他にやれる事が沢山ある。

 そう思いながら10年近く過ぎて、気づけばもう何処にも別の道がなくなっていた。


 それでも、生活を切り詰めれば多少は趣味に費やせるだけの収入はあった。

 だから、悪い人生じゃなかった。

 拘束時間は長いし孤独だし昼夜逆転は当たり前の生活だったけど、人間関係で悩む事だけはなかったから。


 心残りは……スマホの検索履歴か。

 こればっかりは、犯人が証拠隠滅の為に持ち去ってくれるのを願うしかない。

 幾ら中年でも、いや中年だからこそ、自分の性癖が親バレするのは勘弁して欲しい。


 家庭を持ちたいって気持ちは全然なかった。

 俺の収入でそんな贅沢は出来ない。

 最初から捨ててる選択肢だ。

 

 ああ、瞼が重い。

 本当に重い。

 寒い、冷たい、でも……苦しくない。


 これが――――死か。


 きっと、葬式はご近所が驚くほど出席者が少ないだろうな。

 学生時代のダチとはもう何年も連絡取ってないし。

 とことん親不孝だ。



 はは。


 ははは……



 ダメだ。


 死ねない。


 俺はこんなところで死にたくない。


 将来なんてもうない。

 とっくに終わった人生だったのはわかってる。

 でも死にたくない。

 大層な理由なんてパッと出て来ない。

 ただ家に帰りたい。

 ゲームの続きがやりたい。

 近所のドラッグストアでいつも買ってる64円のエナジードリンク飲んで79円のパンケーキ食いたい。



 ……いや、これも自己欺瞞だ。


 本当はこんな日常、抜け出したかった。

 生きていれば何かあったかもしれないじゃないか。

 宝くじが当たったり偶然可愛くて話の合う女の人と出会ったり。

 身体も鍛えたんだ。

 警備中、暇な時に散々鍛えた。

 誰も知らないけど割と細マッチョだ。

 もしかしたら間違ってモテるかもしれないだろ?

 努力はした。

 したんだ。

 生きていたんだ。

 俺はまだ終わってないんだ。

 何か成せる。

 きっと誰かに認められる。

 褒めて貰える。


 また。





『良かったね。トモ、凄いね。お母さん鼻高々』

 


『住む所早く見つけないとな。友也も春から大学生か。早いな……』





 ――――超えられなかった。


 大学合格のあの瞬間を、結局一度も超えられなかった。


 あれが俺のピークだ。



 本当の心残りはそれ。

 でも、少し違う。


 親孝行したかった。

 出来なかったんだ。

 恥ずかしくて。


 こんな自分を報告できなかった。

 俺の着地点がここって知られるのが、たまらなく嫌だった。


 俺は一体、どこで間違った?

 どこで――――


 ああ……

 もう……ダメだ……


 悔しい……嫌だ……こんな最期……



 こんな……人生……




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