第一部01:初心と所信の章

第001話 野生の豚

「いつまで寝ている。起きないか愚か者」


 ……ん?


「そうだ。そうやって意識を少しずつたぐり寄せろ」


 何だ……?

 俺はどうなった? 死んだ?


 いや、これは――――夢か。

 なんか雰囲気的に夢っぽいぞ。


 そうだよ夢だよ、さっきのは夢だったんだよ絶対。

 これ寝起きの感覚だもの。


 あービビった。

 死ぬかと思った。


 死ぬ夢って何回も見るよな。

 一番多いのは川に落ちる夢。

 あれ一体なんなんだろう。

  

「言葉を発してみろ」


「え? 誰かいるの?」


 いや、いないだろ……

 両親や大家すらほぼ足を踏み入れない俺の部屋だぞ?


 ……違う。

 妙に視界が白い。

 ここはアパートじゃない。


 もしかして職場で寝てたのか?

 それも違う。

 俺はこんなに寝起きが良い方じゃないし、何より意識がクリア過ぎる。


「ほう。どうやら成功したようだな。貴様、運が良いな」


 どういう事だ?

 っていうか、本当にここ何処なんだよ。

 なんか天井も壁も床も、全然輪郭がないっていうか……全部眩しい。


 それなのに目は開けていられる。

 この感覚は何だ?

 あと、さっきから俺に喋ってくるのは誰だ?


「いつまで惚けておる。そろそろ現実を受け入れぬか」


 取り敢えず、声のする方を――――うわ眩し!

 眩し過ぎて見えない!


「あ、あの……」


「貴様は死んだ」


 ……。


 ああ、そうか。


 夢じゃなかった。

 俺は死んだのか。

 そりゃそうだろうな、あんなに血が出れば普通に死ぬ。


 警備していた宝石店に押し入った強盗に刺されて絶命。

 それが俺の死因だ。

 なんとも情けない死に方だけど――――


「死因は猪の牙に胸部を突き刺された事による乏血性ショックだ」


「……は?」


「ん? 意思の疎通がまだ不完全か? 貴様を殺したのは貴様の世界にいる猪という鯨偶蹄目イノシシ科の動物だと言っている。臭みを消し角煮にすると美味いと聞くぞ」

 

 いや、そんな食レポ要らないしどうでもいい。

 それより……猪?


「え? 猪? なんで?」


「貴様の警備していた宝石店に猪が乱入してきたのだろう。稀にある死因だ」


 ないよ。


 そんなのないよ!


 い、猪……?

 俺はあの野生の豚みたいなのに殺されたのか……?


 でも都内だよ?

 都内にいて猪に殺されるか!?

 どうなってるんだよ俺の人生!!


「さぞかし無念であろう。しかし過ぎた事を悔いても詮無き事よ。貴様には未来がある。まずはそこに目を向けよ」


 いやいや、死んで未来もへったくれもないだろ!

 つーかさっきの『なんとも情けない死に方だけど』って述懐はちょっとカッコつけたかっただけで、実はまあまあ気に入ってたんだよあの死因!

 なのになんだよ猪って!


「何かを吐き出したい、そんな顔をしておるな。よかろう、遠慮するな。聞きたい事があるなら話してみよ」


「はあ……」


 確かにそういう顔してたと思うけど、多分思われてるのとは違う。

 仕方ない、切り替えよう。

 いいじゃないか猪に殺されるくらい、宇宙だって膨張してるんだし。


「それじゃえっと、どちらから来られました? 恐れ入りますが名前と職業を教えて頂けますか?」


「なんだその職務質問風の応答は」


 しまった職業病だ!

 こういうとこだよな……日常の固定化って奴だ。


 でも、ようやく頭の中が明瞭になってきた。

 なら現状確認だ。


 俺は死んだ。

 ここが死後の世界かどうかは知らないけど、謎の空間に転移したのは間違いない。

 そして話の流れからして、この眩し過ぎて見えない人は恐らく――――


「まあ良い。余に名前などない。職業は、そうだな……貴様等の身近なところでは神と呼ばれているアレに近い」


 やっぱりか……!


 もし警備中にこんな人がいたら、間違いなくウンザリしていただろう。

 神と名乗るヤバめの不審者と遭遇する機会は結構多い。

 でも、この状況的にはしっくり来る。


「って事は、俺は死んで魂か何かになって、神サマからお呼ばれしたんですかね」


「理解が早いな。貴様等の世界の住人は特定の年代になると急にそうなる。何故だ?」


 多分、ジャパニーズベリーベリーフェイマスカルチャーの漫画かアニメかゲームか小説の影響です。


 にしても、死んだらこんな事になるのか。

 完全な無になると思ってたけど……


「一応言っておくが、誰もが余の所に来られる訳ではない。寿命が尽きた生命体は普通に消える」


「え? 俺の寿命って尽きてないんですか?」


「肉体の著しい損傷によって魂が分離したに過ぎぬ。肉体寿命と魂寿命は全くの別物。貴様にはまだまだ余命が残されておる」


 要するに、本来ならもっと生きられる筈だったのに、不慮の事故――――猪による殺人事件だけど、それで死んだって訳か。

 よくある奴だ。


「あの、差し支えなければ、余命はどれくらいあったのか聞いても良いですか?」


「珍しい質問だな、ちょっと待っておれ。ふむ……99年と出ておるな」


「……は?」


「自分で聞いておいて何だその反応は。あと99年生き永らえる予定だったと言っておる」


 99年……俺、131歳まで生きられたの?

 それって世界最高齢じゃないか……?


「おお、貴様の住む世界では122歳が最高のようだな。猪に殺されなければ更新していたやもしれぬぞ」


「ガッデム!!」


 何故だ!?

 まさかこんな俺に世界最高記録を更新する未来が……!?

 しかも特に努力の必要もなく生きてるだけで丸儲け的な……!


 し……


「知らなきゃ良かった……」


「死ななければ尚良かったのだろうがな」


 どっちでもいいよ!

 何なのこの死体蹴り。酷くない?


「まあ、そういう訳で貴様は本来ならまだまだ末永く生きられたのだが、何かの手違いで死んだ。ちなみに余のミスとかそういう事ではないので逆恨みはしないように」


「はあ……」


「しかし喜べ。貴様のような者には救済措置として、別の世界での転生が可能となっておる。ただし、貴様の魂と適合する肉体があれば……の話だがな」


「転生ですか。それもよくある奴です」


「そうやさぐれるでない。しかし、この手の話も特定の年代から急に理解が早くなるのだな。どうなっておるのだ?」


「知りません」


 転生か……素直に喜ぶべきなのか。

 そりゃ変わりたいとは思っていたけど、世界レベルでチェンジってのは想像してなかった。


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