第002話 ブラッドスピアコク深め
「あの、それで結局、俺の転生は可能なんですか?」
「フハハ、聞いて驚け! 既に適合する肉体は発見済みよ! 世界番号117067982148086513282306647の……20歳の若人だ!」
世界番号とやらの桁!
そっちが気になり過ぎて自分の転生先が印象うっす!
「この者は残念ながら適合する他者の肉体が見つからず、魂が消失してしまった。しかし肉体は一切損傷しておらん。感謝の心を忘れず、大事に使わせて貰うが良い」
「は、はい……そうします」
「他に何か質問はあるか?」
いやそりゃあるでしょ山ほど。
でもまず最初に聞くべきは……
「なんで日本語を喋れるんですか?」
「……それを聞いて何とする?」
呆れられてしまった。
仕方ないだろ、誰もが最初に引っかかるとこだよ。
「まあ良いわ。余は神だと言っただろう。貴様ら下々の言葉など発音する前から意識レベルで解析および変換が可能だ。相手に合わせた方が手っ取り早いしな」
「マジですか」
「貴様とて、転生した肉体に相手方の魂の残滓があれば、次の世界でも不自由なく話せようぞ。貴様が習得した言語はもう二度と使えんがな。俗に言う死にステというやつだ」
……例えはともかく、それってつまり。
「記憶を持ち込めるんですか?」
「うむ。記憶とは本来脳が司るものだが、その脳の記録こそが魂だ。停止前の脳の働きは全て魂に書き込まれておる」
確かに、今の俺は生きていた当時の俺と何ら変わりない。
魂にバックアップされていたからか。
「えっと、転生先の情報をもう少し欲しいんですけど。どういう世界なのか」
「詳細は余も知らぬ。いちいち全部の世界を覚えていたらキリがないのでな。ただ、貴様の魂と適合したという事は、貴様がこれまで接してきた何かと極めて親和性の高い世界となろう」
……なら、警備会社とゲーム内世界の二択だな。
機械警備じゃなく派遣だったから、警備する場所は固定化されていなかった。
って事は、ゲーム内世界の可能性が高いかも?
まあ、実際にゲームの中に入る訳じゃなくて、それに近い異世界って事なんだろうけど。
「そろそろ時間だ。転生先の肉体が傷む前に、貴様の魂を移植しなければならぬ」
「え? もう?」
「説明不足は否めぬが、後は己の目と耳で確認するが良い! 征け、フジイ・トモヤ! どうせ一度死んだ身、今度は己らしく生きてみよ! あと余は決して己のミスの尻ぬぐいの為に必死で頑張った訳ではないぞ! 一つ転生特典をくれてやるが、それも口止めでは断じてある! 他人に言うでないぞ!」
最後に聞き捨てならない事を言いやがった眩しい人の声はそこで途絶え、真っ白な空間が暗転した。
悲しいかな、こっちの方が落ち着く。
ずっと夜勤だったからだな。
意識が遠のく。
でも、死んだ時と比べると、消えていく感覚はない。
それこそ、眠りに就くような、何処か心地良い――――
――――――――――――――――
――――――――
――――
……
「おいルウェリア、生きてるぞこいつ」
目を開けるのと同時に、飛び込んで来たのは……意味のわかる言葉。
どうやら、転生先の肉体には魂の残滓とやらがちゃんとあったらしい。
「本当ですか!? それは吉報です! お水飲むでしょうか?」
もう一つ、声が聞こえる。
最初のは多分俺より大分年上の男。
次に聞こえたのは、逆に大分下の女の子。
いやでも、転生先の身体は20歳だったな。
なら同年代か少し下くらいかも知れない。
「おう、兄ちゃん。動けるかい?」
「ええと……はい」
大丈夫だ、瞼も軽いし口も動く。
手足の感覚もしっかりある。
俺は――――生きている。
記憶もハッキリしている。
あの神サマ擬きは次会ったら警棒でしばこう。
「ならゆっくり身体を起こしな。ざっと見た感じ、大きな怪我はねぇ。急に店の前で倒れられて驚いたが……まあ生きてて良かったな」
「あ、ありがとうございます」
取り敢えず礼を言いながら、言われた通り身体を起こす。
ベッドに寝かせて貰っていたらしい。
天井や床は……木造っぽい。
壁はレンガ的な感じ。
実際にはどうだかわからないけど。
「はい、お水です――――」
世界観の把握に努めている最中、さっき出て行った女の子が戻ってきた。
そして盛大にコケて水を部屋中に叩き付けた。
部屋の真ん中に転がってる棒……いや、槍だアレ。
「な、なんでこんな所にブラッドスピアコク深めが置いてあるんですか!? 危うく血を吸われるところでした!」
「すまん、それ俺だ。この真っ赤な穂先が幾ら眺めても飽きねーのよコレが」
……その槍、血を吸うのか?
そんなヤバい物を所持してるこの人達って一体……
「すいません、お水盛大に零してしまいました……お水汲み直して来ます」
ヘコヘコ謝った女の子が慌ただしく部屋を出て行く。
水はかかってないし、別に謝らなくても良いのに。
でもヤバい人種じゃなさそうだから、そこは安心した。
「今度は大丈夫です、慎重に運びます。そーっとそーっと……そーっと……どうしよう手の震えが止まらない」
「普通に渡してくれればいいから!」
なみなみ注ぎ過ぎた所為もあって、女の子はかなりハードモードな受け渡しに挑戦していた。
どうにか無事受け取ったところで、ようやく冷静にその姿を視界に収められる。
栗色の髪を腰くらいまで伸ばした、庇護欲を擽られる可愛い容姿。
声の印象通り、20歳……いや、もっと若そうだ。
明らかに日本とは違う、っていうか地球とは違う、ファンタジー世界の住人のような派手めの服を着ている。
でもその派手さが全く下品じゃなく、彼女自身の雰囲気もあってか、寧ろ上品な印象さえ受ける。
あと胸元のガードは残念ながら緩くない。
多分サイズはかなり……
「あの、お水を……」
「あっ! すいません飲みます!」
初対面で余りに失礼な値踏みだった。
これも職業病かな。
いや別に警備員やってた頃もこんなふうに出会う女性みんなの胸をマジマジと見ていた訳じゃないけど。
「ふぅ……ありがとうございます」
水は元いた世界と同じで無味無臭。
井戸水なのか水道水なのかは不明だけど、多分前者だろう。
何にせよ、衛生環境は悪くなさそうで良かった。
「えっと、不躾で申し訳ないんですが、俺はその……どういう状況だったんですか? お店の前で倒れてたってさっき……」
「そうです。貴方は私達のお店の前で倒れていたんです。ここ、武器屋なんですよ」
武器屋……?
そうか、なら血を吸う槍があっても不思議じゃない。
なんかホッとした。
そしてやっぱり、ここはゲーム世界のような異世界!
もう間違いない。
まあ117……20桁以上の数の世界があるんなら、そういう所があっても不思議じゃない。
「意識がハッキリしたんなら、取り敢えず名前を教えてくれや。何て呼べば良いかわかんねえからな」
「名前……」
きっと、この身体の持ち主にはちゃんと名前があった。
それを示す何らかの身分証明書等があるかもしれない。
でも、その彼はもうこの世にはいない。
だったら、その名を名乗るのは却って失礼だ。
彼は彼、俺は俺なんだから。
……俺は俺、か。
自分なんてものは、ずっと隠して生きてきた。
帰郷した時も、同級生に会うのが恥ずかしくて情けなくて、知った顔を見かけても避けてきた。
今の自分を知られたくなかったから。
『己らしく生きてみよ!』
そう仰ってもですね、人間は簡単には変われないんですよ。
でも……もう自分を隠す理由はなくなってしまった。
俺はもう、俺であって俺じゃないんだ。
ならせめて、自分を取り戻そう。
昔の俺はもっと明るかった。
学生時代の俺は、もっと自信に満ちていた。
この世界ではそうありたい。
自分を偽らない自分でいたい。
この身体を大事に使わせて貰うってのは、きっとそういう事だと思う。
「トモと言います。親しい人は、そう呼びます」
こうして――――違う世界を舞台にした俺の第二の人生は始まった。
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