第253話 下半身の安全確認が足りない

「確かアンタ、冒険者とソーサラーの合同チームに参加するんだよな? 昼はともかく、夜はそれで大丈夫なのかよ」


 ここには世間話をしに来た訳じゃないけど、不覚にもちょっとヒーラーギルドの現状というものが気になってしまった。こいつら親子はともかく、メンヘルは元仲間だからな……出来れば悲惨な環境は回避して欲しい。


「言っただろ? わざわざ娼館から引き抜いたって。あの女帝と交渉するのは骨が折れたが、魅惑的な人材が確保できた。心配は無用だ」


 そう言えばこいつ、バイセクシャルだったな。まあ正確にはパンセクシャルかもしれないし、ポリセクシャルの可能性もあるし、Xジェンダーと言えなくもないから、正確にはどう呼べばいいのかわからないけど……元いた世界の概念に振り回されても仕方ない。取り敢えずバイって事でいいや。


 だとしたら――――


「ちょっと聞きたい事があるんだけど」


「体験入団ならこの契約書にサインしな」


「全然違う! つーか体験入団に契約書なんて要るか! しれっと詐欺行為すんじゃねーよ!」


 マジで油断も隙もない……こういう奴との会話って普通の10倍くらい疲れる。また体調崩しそうだ。


「一括りにするのは良くないかもしれないけど、男も女も好きになる奴の気持ちって、やっぱり同じタイプの人間の方が深く理解できると思うんだよな。その辺はどうなんだ?」


「つまり、この俺と同じ嗜好の人間について聞きたい訳か。大方、今話題になってる入院中の冒険者だろ? 確かコーシュって名前だったな」


 もう耳に入ってたのか。結構広まってる感じだもんな。というか、メキト達が意図的に広めてるんだろうが。


「男と女を二股に掛けてたって話だが……それだけはやっちゃダメなやつだ。ただの二股とは訳が違う」


「そうなのか?」


「こと恋愛に関しちゃ、俺は男も女もねぇ。けどそれは、男と女が一様に同じって訳じゃねぇんだ。男には男の、女には女の味ってモンがある。俺はその違いを楽しむタイプだ。ただし、中には味の違いがわからない奴や、同じように味わう奴もいる。コーシュってのがどういう恋愛観なのかは知らねぇが」


 そうだろうとは思ってたけど、その辺りの千差万別感は異性愛者と何も変わらないな。やっぱり一括りにするのは無理があるのか……


「ただ、恋愛は相手あってのものだ。『自分が性別の違う人間と天秤にかけられた』となれば、どんな性的指向だろうと傷付く度合いは強くなる。性自認の否定にも繋がるしな。心的外傷に繋がる最悪のパターンだ。それをやった奴は例外なく罪深いね」


 ……変態なのは間違いないんだけど、この方面に関しては恐ろしいくらい真っ当なんだなコイツ。なんだかんだで娘に愛想を尽かされずにいるのは、全方位変態じゃないからかもしれない。


「って事は、人格的にも最悪と考えて良さそうだな」


「ま、一言で言ってクズだな」


 刺されて当然、くらいの奴っぽい。実際、冒険者ギルドでの評判も悪かったんだよね。


「ありがとう。世話になったな」


「良いって事よ戦友。俺はお前と再戦できればそれで良いんだ」


「そうか。来世が楽しみだな」


「……しれっと聞き捨てならねぇ事言いやがった。油断も隙もねぇ奴だな」


 ちぇーっ。聞き流してくれりゃ今世での身の安全が保証されたのに。


「まあ良い。チッチに話があるんだったな。あいつだったら部屋でメソメソ泣いてるぜ。アイザックって野郎が街を去ってからはずっと、そんな調子さ」


 ……やっぱり人知れず傷付いてはいたんだな。だからどうって訳でもないけどさ。


「ああ見えて可哀想な娘なんだよ。あいつの口の悪さと過剰な攻撃性は母親譲りだが、繊細な所は俺に似ちまって、自分の中でバランスが取れてねぇんだ。ビビリで傷付きやすいから、自分を大きく見せようと余計に攻撃的になっちまうんだよ」


「そういう話は良く聞くけど、だからって他人を傷付けて良い理由にはならんだろ。本人と、親の育て方が悪い」


「クフフ。こいつはとんでもねぇ正論を頂いちまったな。ま、その通りだ。それでも敢えて言わせて貰うが、余り娘を痛めつけないでやってくれや」


 元よりそのつもりはない。情報提供できる精神状態じゃないのなら、出直すしかないか――――


「余計な事言うんじゃねぇよクソ親父」


 図ったようなタイミングで入って来やがった。これ絶対、立ち聞きしてただろ……別に良いけど。


 にしても、親子とは思えないくらい顔は全然似てないな。素の口調はそっくりだけど。あと目が赤いけど、ツッコんだらいきり立って目を潰しに来そうだから止めておこう。地味にトラウマなんだよね……ナイフ投げられたの。


「へいへい。俺は準備があるから引っ込むぜ。お客様の相手をしてやれ」


「ケッ」


 心底嫌そうな顔をしつつも、チッチは反論せずギルドの狭いカウンター席に腰掛けた。マジで場末のスナックみたいなやさぐれ感だな……全体的に。


「で、何だよ? ギルドでまでテメェのツラなんざ見たくねぇんだけど?」


 それはこっちのセリフだ。でもまあいいや。余計な事は言わんとこ。


「ヨナって冒険者について聞きたいんだけど」


 その名前を出した瞬間、チッチは露骨に眉をピクッと動かした。あーこりゃ確実に因縁ありますね。


「そう言や、いたな。そんな薄汚ねぇサカりの付いたのメスがよぉ。強けりゃ誰でも良いとかいうクソビッチだろ?」


「……アイザックに言い寄ってたって話だけど」


「あーそうだよ。下半身の安全確認が足りないあの女ぁ、大勢の見てる前で堂々とザックを誘惑しやがって……思い出しただけで内臓から汁が出やがる」


 親の仇に遭遇したオオカミみたいな顔で睨まれてもね……俺関係ないし。


「その様子だと、やっぱりブッ殺そうとしたの?」


「当たりメェだろ? ザックを汚そうとする女はどいつもこいつもゴミカスなんだからよぉ。ゴミが息してたら気持ち悪ぃじゃねぇか」


 そう吐き捨てながらも、チッチの顔は何処か煮え切らない。何かあったのが明白だ。


「けどよ。あの時はミッチャが止めやがった。あの女にだけは関わるな、つってな」


 ……何? 


「ミッチャはクソ女だけどよ、ザックに対する執着だけは私も認めてたんだ。そのアイツが、この時だけはやけに淡白でよ……不気味だったんでよく覚えてんだ」


 確かに不気味だ。メイメイとミッチャ、そしてこのチッチは性格こそ多少の違いがあるけど、総じてイカれたアイザック愛を持っている事は共通している。それは一時同じパーティにいたから良く知ってる。


 それだけに、メイメイやチッチと違って最近姿を見せないミッチャの動向が少し気になってはいたけど……一体どう解釈すりゃ良いんだ?


「ミッチャとヨナは知り合いか何かだったのか?」


「さぁな。少なくとも、冒険者ギルドで話してるような所は見た事ねぇ。アイツ等の性格上、健全な関係とも思えねぇけどな」


 お前が言うなと言いたくなる言動だけど、ここは流そう。それよか問題はミッチャだ。


 冒険者ギルドのギルドマスター選挙の時、奴はケルピーっていう本来群れる筈のない馬の精霊を多数引き連れ、冒険者ギルドを襲撃した。


 目的は、恐らく陽動。コレットの当選を妨害する為に、フレンデル陣営が投票箱をすり替える為の時間稼ぎだ。


 実際、その細工は行われていた。投票箱のあるホールにいた連中が総じて眠らされていたから間違いない。それを察してベルドラックが対処してくれたから助かったけど、もしそのフォローがなかったらコレットはギルマスの地位に就けなかっただろう。


 だからてっきり、ミッチャはフレンデル陣営に雇われたものとばかり思っていた。あいつ、かなり困窮してるって情報もあったし。


 でも、仮に別の結びつきがあるとしたら?


 群れる筈のないケルピー。本来いる筈のないヴァルキルムル鉱山に噂の十倍以上の数がいたマンティコア。そしてテイマースピリッツという職業。


 今回の殺人未遂事件にミッチャが関わっている事は十分考えられる。そして、ヨナが反コレット派なのは恐らく間違いない。


 そのヨナとミッチャが裏で繋がっていたとしたら――――





「ヨナって冒険者は、フレンデル陣営が残したスパイだと思うんだけど……どうかな?」


 ピッコラを出てから、ずっと考えていた。まだ憶測の段階に過ぎないこの話を、誰に相談すべきか。


 妥当なのはフレンデリアだ。選挙当日の細工について既に話してあるし、今回の件で一番相談に乗って貰っている。


 ただ、コレットと敵同士になる事を決断した手前、今はちょっと声を掛け辛い。というか率直に怖い。裏切り者扱いされそうだ。出来れば、先にコレットからこの件を話して貰って、穏便に会話が出来る状況になったのを確認してから対面したい。


 そうなると、相談できる相手は一気に限られてくる。ある程度は各方面の事情に詳しくて、かつ客観的な意見を述べてくれる人物。


 となると、該当者は――――


「……本当に男の相談相手がいないんだね、隊長」


 シキさんしかいない、と熟慮の末の選択だったのに……当の本人から冷ややかな目で見られてしまった。


 いやだって仕方ないじゃん。ディノーはフレンデルや冒険者ギルドとの付き合いがあって、冷静な意見を言い辛い立場だろ? 御主人やバングッフさんは関連薄いし。女性陣で言えばティシエラがいるけど、合同チームや交易祭の準備で忙しいから負担は掛けたくない。これまでの事情を逐一話してて、理解が行き届いているシキさんが相談相手には最適なんだよ。


 仕事終わりで疲れてるところをギルドに残って貰って、こんな面倒な話をするのは正直気が引けたけど……やっぱり軽率だったかな。


「ま、私も今回の件は当事者だし、別に良いけど」


 ……ほっ。


「スパイかどうかなんて私には判断できないよ。でも可能性はあるんじゃない? あのねちっこい連中がやけにすんなり街を出て行ったのは、コレットを失墜させる計画が最初からあったって考えれば辻褄も合うし」


「だよな」


 シキさんの見解は俺と完全に一致しているらしい。自分の考えが独り善がりじゃないってわかっただけでも、話して良かった。


 最初からプランBとして準備していたのか、選挙に敗れた後に立案したのかは知らない。でも、フレンデル陣営――――あのファッキウ達が大人しく引き下がったのは、そう遠くない未来にコレットをギルマスの座から引きずり下ろす計画があったからだ。確信はないけど、恐らく間違いない。


 そして、その鍵を握っている人物がヨナ。


 今の冒険者ギルドには、エースと呼べる人材がいない。その上、魔王討伐に積極的じゃないコレットが新ギルマスになれば、冒険者の猛者が生まれる確率は更に減る。『強者の恋人』というステータスが欲しいヨナにとって、決して良い環境とは言えない。


 だからファッキウ達に協力している……と考えれば、今回のコレットをハメる事件はあの女が首謀者かもしれない。


 ミッチャがファッキウ達に協力していたのは金の為じゃなく、アイザックの冒険者ギルドへの復帰。フレンデルが人事権を持つギルマスになれば、それが可能となる。


 多分、ミッチャは事前にその計画をヨナから聞いていたんだろう。だから、あの女にだけは手を出さないようにと訴えていた。当時アイザックはまだ問題を起こしていなかったけど、少なくともギルド内では余り評判が良くなかったからな。新ギルマスになる予定のフレンデル陣営と懇意にしていれば、アイザックのギルド内の立場は安泰になる――――そう思っていたのかもしれない。


「……ま、今のところは全部推論に過ぎないけど」


「つまり、行方を眩ましているそのヨナって女を見つけ出せば、事態は進展するんだね」


「ああ。調査できる?」


「あんまり期待されても困るけど、やれって言われればやるよ。やってもいない殺人を疑われちゃ、やってられないからね」


 今のは絶妙に暗殺者っぽいセリフだった。殺しなんかした事ない癖に。


「……何?」


「いや、助かるよ。出来れば最優先でお願い。報酬はちゃんと出すから」


「それは当然だけど、借金は大丈夫? 結局返せなくてギルド解散、なんて事になっても困るんだけど」


「あ、困ってはくれるんだ」


「……」


 失言だった、と言わんばかりにシキさんは押し黙ってそっぽを向いた。


 一応、このギルドを惜しむ程度には大切に思ってくれているらしい。そこは素直に喜んでおこう。


「遅くまで時間取らせてゴメン。今日はこれで――――」


 話を終えようとしたその瞬間、急に轟音が耳に飛び込んで来た。


 これは……雨音か。しかもかなり大きい。さっきまでは降ってもいなかったのに急だな……スコールってやつか。


「うわ凄っ!」


 玄関口から外を覗いてみると、土砂降りの見本ってくらい降っていた。そのうち雷も鳴りそうだ。


 あれ? この世界って傘あったっけ? そもそも雨具自体が大した物なかったような……


「……」


 思わずシキさんの方を見る。当然だけど、この雨の中を外に出ていけなんて言えない。


 そして今、ギルドは俺と彼女の二人だけ。



 もしこの雨脚が夜になっても弱まらなかったら……どうなるんだ?


 


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