第四部07:到頭と蕩々の章
第350話 どっちだと思う?
サタナキアとの一戦は酷い結末を迎えたけど、まだ全部終わった訳じゃない。問題は未だ山積している。
一番の悩みの種は、冒険者ギルドにサタナキアを匿っていた人物の特定。ただこれは俺たち部外者が簡単に口を挟める問題じゃない。一歩間違えばアインシュレイル城下町が真っ二つに割れかねない。
そんな訳で、後日改めて五大ギルド会議を開き、その場でティシエラが正式に問題提起する事になった。
当然、それまでに可能な限り証拠を集めておく必要がある。現状サタナキアが匿われていたのは確実で、限りなく怪しい人物もほぼ特定できているけど、物的証拠はない。正当性をもって糾弾しない事には、言い逃れされてしまうばかりかギルド間の関係が悪化するだけだ。
今回はちょっと散々だったけど、ティシエラならきっと上手くやるだろう。
そしてもう一つは……あの全裸二刀流ガニ股イケメンの存在だ。あいつも逃がしちゃったからな。再び現れてなんかトラブルを巻き起こすような事があったら厄介だ。
とにかく、泣いても笑っても最終日。何事もなく最後まで交易祭を成立させないといけない
――――なんて意気込んで挑んだ午後は、とんでもなかった午前中とは対照的に驚くほど何事もなく過ぎて行った。
街中でのトラブルも特になし。祭りだからってハメを外すような輩は前日と前々日に散々暴れ倒したんだろう。最終日までそのエネルギーは残ってなかったみたいだ。
若しくは、最後くらいは綺麗に終わろうっていうのが共通の思いだったのかもしれない。
「さあムーシュー! いい加減どっちと愛を語らうか決めてくれ! このロックか、それともリチャードか!」
劇場の舞台上は、いよいよ最終公演のクライマックスシーンに差し掛かっている。
本来なら、モーショボーがカーバンクルのジジイかポイポイに公開告白をする予定だった。そして、その結果を受けて舞台のストーリーも決めるつもりだった。
ムーシューは、モーショボーをモデルにした精霊。そしてロックはポイポイ、リチャードはカーバンクルをそれぞれモデルにしている。ただしロックは人間、リチャードは精霊だ。
この三角関係の結末は……結局、座長のドロッスさんに委ねる事になった。まあ、普通に考えたら精霊と人間が結ばれるエンドの方が交易祭の主旨には沿ってるし、妥当だと思う。恐らくそういう選択を――――
「ウチ……やっぱり決められない! だってどっちも好きだけど、どっちにも決め手がないんだもん!」
……あれ?
いやいや、これクライマックスなんよ。恋愛ドラマの前半じゃないんよ。何その煮え切らない答え。もしかしてモーショボーと同じく告白回避して現状維持を選択しちゃったの?
そりゃまあ原作は尊重しなきゃダメだよ。原作から離れたオリジナル展開は大抵叩かれるからね。モーショボーの行動を原作とするならば、この展開は原作通りだ。
でもそんな結末を観客の誰が望む? ビターエンドならまだわかるよ。選ばれた方の男が事故で死ぬとかさ。ベタだけど、取り敢えず物語としての事起こしをしようって気概は伝わってくる。けど告白すらしない恋愛モノは流石に……そんなのクリームの入ってないシュークリームみたいなもんじゃん。
「あの煮え切らなさ、誰かさんにそっくりだね」
……隣で見ているシキさんの視線が痛い。さっきからずっと機嫌悪いな。ティシエラとくっついてたのは結界の範囲内にいて貰う為、ってちゃんと説明したのに。
っていうか俺、一応シキさんの為に頑張ったんだけどな。サタナキアをどうにかしないとシキさんが戻って来られなかったから。
でもそれを本人に言うのは押しつけがましいからな。黙っとこ。
「俺の方見てないで、観客席の方見張っててよ」
「ちゃんと見てるけど。怪しい気配は全然ない」
「なら良いけどさ」
まあ、この後に及んで舞台を邪魔するような奴はいないだろう。油断はしてないけど、過敏になる必要もないか。
「みんな、こういう劇好きだよね。連日満員だったし」
周りにギルド員がいないからか、シキさんの口数が多い。一人でもいると途端に最低限の事しか喋らなくなるからなあ……
「シキさんは興味ない?」
「全然。ヤメは凄い入れ込んで観てるみたいだけど」
そりゃ女優志望だもんな。プロの舞台は気になるだろう。
「なんか……あんまりよくわからないし」
「演技が?」
「……」
違うらしい。多分、恋愛がって事なんだろう。
「まあ、俺もそうなんだけど」
「隊長は言い寄るより言い寄られる方が好きそう」
そんな事は……
「……」
「……」
「……」
「あるかもしんないです」
「素直でよろしい」
こんな事でドヤ顔されてもな……でも確かにその通りかもしれない。
やっぱり生前、誰からも必要とされない人生を送ってきたからなんだろうな。求められる事に強い飢餓感がある。コレットについ甘くなってしまうのも、そういう理由からなんだろう。
「実際に言い寄られた事はあるの?」
「まあ、それは想像にお任せします」
「その感じだとないね」
……シキさん、俺の解像度が異様に高くなってない? 元々考えを読まれる事には定評のある俺だけど、幾らなんでもビシビシ当て過ぎですよ。
「じゃあ、そう言うシキさんの方はどうなの」
「……」
この沈黙、そして表情は……あるな。しかも子供の頃だ。間違いない。
今のシキさんは人を寄せ付けないオーラ出してるけど、お祖父さんが存命の頃は違っただろうし、子供の頃のシキさんが可愛くない筈ないもんな。簡単な推理だ。
でも決めつけは良くない。サタナキアじゃないけど。
「どっちだと思う?」
顔を背けながら、シキさんはそんな厄介な事を聞いてきた。
どっちが正解か――――が問題じゃない。
どう答えるのが、シキさんの機嫌を直せるか。それに尽きる。
見解通り『ある』って答えるのは少し危険だ。『シキさん可愛いからモテモテだったんだよね?』って言ってるようなもんだからな。シキさんはそういう会話はあまり好きじゃない……と思う。多分。
かといって『ない』だと『そりゃモテそうにないもんな』って言ったも同然。これは流石にない。女心に疎い俺でもわかる。
なら、ベストアンサーは……
「出来れば『ない』の方が良いかな。俺だけないってのも癪だし」
これなら、例え正解が『ある』でも変な雰囲気にはならないだろう。俺もいい加減大人の男。これくらい気の利いた回答はサッと出せないとね。フハハ!
「……じゃ、ないでいい」
あっ、思いの外素っ気ない。間違えたか?
まあでも、これ以上追及するのはやめておいた方が良いだろうな。しつこいと嫌われそうだし。
「本当はあるんでしょ?」
……あれ?
自分の意志に反して口が勝手に……!?
「ないよ。もしあったとしても、ロクに聞いてなかったし」
「あー、やっぱりあったんだ」
「……しつこい」
案の定、嫌な顔をされてしまった。なんで俺は我慢できなかったんだ……?
「ま、そりゃあるよな。シキさん可愛いし」
今もヤメから散々言い寄られてるしな。どれだけツンツンオーラ出しても、わかる人にはわかる魅力ってのがある。俺やヤメじゃなきゃ見逃しちゃうような。
「……」
一見とても照れてるようには見えないけど実は照れてるこの表情もそうだけど。ちなみにポイントは瞼と耳と顔の角度です。
「はぁ……よくそんな恥ずかしい事言えるね」
「よく言うよ。先にそっちが言ったんじゃん」
可愛い、なんて今後二度と言われないだろうからな……あれは衝撃だった。
「お、そろそろ終わりそう」
俺とシキさんが話している間、舞台上では延々とモーショボー……じゃなかったムーシューが苦悩を続けていた。恋愛モノが好きな人にとってはこういうシーンも重要なんだろうけど、俺的には割とどうでも良い。
けど、ようやく決心が固まったらしい。そりゃそうだよな。恋愛モノのラストが『どっちも決め手がない』じゃ余りにもフザけ過ぎている。今日びハーレムものでもそんな終わり方しないぞ。
「シキさんはどっち選ぶと思う?」
「舞台の話? 別にどっちでもお好きにどうぞって感じだけど……そうだね」
てっきり答えないと思っていたけど、意外にもシキさんは真面目に考え出した。
そして――――
「人間……の方かな。後に出会った方」
「なんで?」
「別に。なんとなく」
直感か。それも大事だよな。俺はどうも理屈っぽくなってしまう悪癖があるから、少し見習った方が良いかも。
なら、俺も直感で……
「俺は精霊の方を選ぶと思う」
ふと思い浮かんだのは、カーバンクルとポイポイじゃなく……ペトロとディノーの顔。同じ精霊・精霊・人間の三角関係だからか、モーショボーじゃなくコレーに置き換えてしまった。
で、コレーは最終的にペトロへの思いを貫くんじゃないかと。特に理由はない。強いて言えば、そうなって欲しいって願望かもしれない。
「私も精霊かなー。やっぱり付き合いが長い方が通じ合ってる感じするし」
……ん? 急に割り込んで来たこの声は――――
「コレット。来てたのか」
「うん。放火犯も捕まって、ギルドの混乱もやっと収まったから。お祭りの最後くらいは羽伸ばせってみんな言ってくれて」
「そっか」
良い傾向だ。サタナキアの証言はどうやら本当だったらしい。冒険者ギルド内で、コレットの支持率は確実に上がって来ている。今まではコレットの事をレベルの数字でしか見てなかった冒険者達が、ようやくコレット自身の人となりを見るようになったんだろう。
「あ、シキさん。シキさんも放火犯捜し手伝ってくれたんだよね。ありがと」
「……」
不思議そうな顔でシキさんはこっちに顔を向けている。
コレットはサタナキアが匿われていた事実をまだ知らない。知っていたら、こんな所にはいないだろう。
少なくとも今日は説明する必要もない。どうせ後日、嫌でも知る事になるんだ。だったら祭りの最終日くらい、余計な事を考えずに楽しめるようにしてやりたい。
「……どういたしまして」
そんな俺の考えが伝わったらしく、シキさんもサタナキアの事は敢えて話さない方向で対処してくれた。
そう言えば、この二人の仲ってどんな感じなんだろ。山羊コレット時代にウチのギルドにいた時は、あんまり接点なさそうだったけど。
「時間取らせちゃってごめんね。お祭り、殆ど回れなかったんじゃない?」
「仕事だから。祭りを楽しむつもりなんて最初からなかったし」
他人行儀ではあるけど、お互い特に話し辛そうにはしていない。相性的には良くも悪くもないって感じか。
「あ。いよいよ告白シーンだよ!」
コレットの言葉通り、舞台上のムーシューがどちらかを選ぶらしい。
先に出会った同族の精霊か、それとも後で出会った異種族の人間か。
果たして結論は――――
「……ウチ、精霊界に帰る事にしたんよ。お父さんがね……倒れたって」
あーそういう展開か。ベタ中のベタだ。でも異種族間の恋愛を描くなら避けて通れない道でもある。
「だから、ロックとはこれ以上一緒にはいられん。ここでお別れしよ」
本当は精霊より人間――――ロックの方が好きだけど、これからの事、周りの精霊との関係、家族の事、何より――――相手の事。
その全てを真剣に考えて、現実と向き合って、理想に折り合いを付けて……ムーシューは選択したんだろう。
でも、ここで終わる訳がない。
「嫌だ! 俺はお前が好きだんだ! 愛してるんだ! そんな簡単に諦められるか!」
……逆にロックの方は、相手の事なんて考えもしていないような直情的な言葉を連ねる。
好きという感情だけを前面に出したゴリ押しの叫び。でもそれが……どうしてだろう。やけに心に来る。
「無理なんよ。精霊界と人間界はもう断交してるし、一度帰ったら二度とこっちには来られん」
「一緒にいられないからなんだってんだ! 俺は……例え一生お前と会えなくても好きでい続けるからな!」
「……今はそうかもしれん。でも、時が経てば過去の恋愛より今の生活が大事になるんよ。今の生活が潤えば過去は色褪せていくもんなんよ。人間は……そうしなきゃ幸せになれんから」
人間の寿命は短い。だから過去に縛られていたら、あっという間に取り返しがつかない年齢になってしまう。
大事な人とは違う世界に行って、それでもずっと、その時の感情を持ち続けるのは……無理だ。
「だからウチの事は忘れて」
「……じゃあ、お前も俺を忘れるのか。精霊界でリチャードと一緒に暮らすのか」
「うん。そのつもり」
多分、そんなつもりじゃないんだろう。ロックに自分を忘れさせる為の、優しい嘘。
「……俺は、フラれたのか」
「そう。ウチはもう、アンタの事なんかなんとも思ってない」
「…………わかった。今まで……ありがとう」
ロックもそれをわかっていて、だからこう言うしかなかった。
これ以上は相手を傷付ける。ロックだって実際にはちゃんと考えている。ムーシューを苦しめたくないと思っている。それでも気持ちが抑えきれない。
そういうのが……恋って事なのか?
「今までありがと。楽しかったよ、ロック」
ムーシューが人間界を去ろうとしている。果たしてこれがラストシーンになるのか、それとも……
「待て、ムーシュー」
その声はリチャード……! 何処で聞いてたんだ、って野暮なツッコミは置いておくとして、もう一人の当事者が舞台袖からスッと現れた。
「……そんな顔で僕の所に来られても困るな。僕が好きなのは、そんな顔の君じゃない」
「リチャード……でもウチは……」
「一つ、提案があるんだ」
リチャードは舞台を大きく使い、物凄く大袈裟な所作を繰り返しながら、やがてその視線を――――ロックへと向けた。
「彼を精霊界に招きたい。そこで決着を付けよう」
「……そんな事が出来るのか?」
「出来る。ただし二度と人間界には戻れない。もし最終的にやっぱりムーシューが僕を選べば、君に待っているのは異文化の街で暮らす孤独な一生だ。それでも良いなら、連れて行ってやろう」
「偉そうに言いやがって……! けど、そうだな。その話、乗ってやってもいいぜ」
おお……! ここに来て恋敵同士に謎の絆が! 婦女子の皆さんお待たせしました!
「ロック、本当にそれで良いの? もう友達とも両親とも会えないんだよ?」
「構わない。お別れの挨拶くらいはしたいけどね」
「大事な人達との絆は捨てちゃダメだよ!」
……。
どうしてだろう。胸が痛い。酷く心が痛む。
理由はすぐにわかった。
気付いたらいつの間にか、頭の中に――――父さんと母さんの顔が浮かんでいた。
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