第451話 この馬鹿ァ!!!

 蝋燭の火が消えたのは明らかにウィスの意図じゃない。自然に消えた訳でもないだろう。蝋燭はまだ半分以上残っている。


 これは……


「外部から無効化された」


 おいおいマジかよ! そんな真似が出来る奴なんてどう考えても普通じゃないし、そんな事をする時点で敵意ムンムンじゃん!


 一難去ってまた一難かよ……大体いつも通りじゃねーか。


「心当たりは?」


「ない……とは言えない。だが、この場所を特定されるとも思えない」


 確かに。羽ロバの瞬間移動でここまで来て、その後すぐに開かずのキャンドルを使ったから外部に悟られるような隙はなかった。


 そもそも、ここが何処なのか現場の俺さえもわかってない。これだけ情報漏洩を徹底していて早々にバレるとは思えない。


「扉の前に不審な気配はない。当然、この部屋の中にもな」


「じゃあ幽霊の仕業とか?」


「……随分と余裕があるな。生憎俺は軽いパニック状態だ。冗談に付き合える余裕はない」


 いや、こっちは過去にやってきた時点でずーっと大パニック状態なんだよ。今更そこに小パニックを重ねたところで大して変わらんってだけの話だ。


「なら今度は冗談じゃなく提案。精霊に扉を開けさせて、部屋の外を確認するってのはどうだ?」


「採用だ。出でよオグル」


 流石に二度もシカトされる事はなく、ウィスの呼び掛けに応じて精霊が現れる。


 オグルという名の――――鬼瓦のような物凄い形相の巨人だった。


 身長は2メートル……どころじゃねぇ。3メートルくらいありそうだ。加えて今まで見たどの精霊よりもムキムキ。ペトロの胸板ですら薄く感じる。


「何の用だッッッ!!!」


 声デカっ! 幾ら外に気配がないっつっても不用心だな……


「あの扉を開けて外を確認してくれないか?」


「てめェ……そんな事の為にこのオグルを喚び出したのか?」


 うわーキレてるキレてるメッチャキレてる。今にも全身の血管が破裂しそうなくらいビキビキにキレてる。大丈夫かこれ。二次被害でブッ飛ばされるとかマジ勘弁して欲しいんですけど。


「開かずのキャンドルの火が部屋の外から消された。どんな相手なのか想像もつかない。扉の前にはかつてない猛者がいる恐れもある。頼れるのはオグル、貴方だけだ」


「……ケッ。相変わらず口だけは達者なヤロウだ」


 良かった、すんなり納得してくれたらしい。まあそれくらいの関係性じゃなきゃこの緊急時に喚び出したりしないだろうけど。


「あの扉を開けりゃイイんだな?」


「ああ。頼む」


 オグルという名の精霊はニカッと笑い、扉の前まで練り歩き――――眼前の扉を蹴った。


 ドゴォ、と凄まじい轟音が鳴り響くのと同時に……扉が消えたぞ。吹っ飛んでいったのか。それすら見えなかった……どんなパワーなの。精霊っつーかもうただの化物じゃねーか。つーか扉の前に気配絶つ天才がいたら絶対死んでただろコレ。


「誰もいねぇぜ。てめェ……さては謀ったな?」


「確認ありがとう。また宜しく」


「この馬鹿ァ!!!」


 激昂しながらツンデレのデレ移行期のようなセリフを言い残し、オグルさん消えました。つーか精霊をこんな雑に扱ってるからデメテルに無視されてるんじゃないですかね……


「どうやら侵入目的で蝋燭の火を消した訳じゃなさそうだ」


「だったら目的は何なんだよ」


「この王城に仕掛けられている防衛用の罠や侵入を拒むロックを解除する為に、恐らく城全体に無効化の魔法か呪いをかけたんだろう」


 成程。俺達を狙った訳じゃなく建物全体を――――


 え……王城? 今王城っつった?


「城なの? ここ」


「ああ。アインシュレイル城の地下エリアにある一室を間借りさせて貰っている。今抱えている案件はここを拠点にした方が何かと都合が良いんだ」


 嘘だろ……全然気付かなかった。こんな質素な部屋が城の中なんて予想できねーって……


「俺は何が起きたのか確認しに行かなきゃならない。とはいえアンタに自由にされるのも少し気がかりだから、精霊を使って見張らせて貰うよ。出でよ【ストーベイ】」


 焦り気味なウィスが新たに喚び出した精霊は……タレ目で髭面のイケオジだった。


 髪も髭も白く、どちらもしっかり整えられている。ただセバチャスンのような上品さはなく、紳士然とした佇まいとは程遠い優男タイプだ。


「おぉ我が契約主……何用で……?」


「このフージィという男を監視し部屋から出すな。頼むぞ」


「フージィ……でござりますね……? 理解……しました……お達者で」


 ウィスが部屋を出て行く。余程焦っているのか、こっちに一瞥もくれず駆け足で立ち去っていった。


 この簡素な部屋に残されたのは俺と……ストーベイという精霊だけだ。


「契約に基づき、ワタクシの能力を使用させて頂きます」


 その精霊が――――自分の全身を黒く染めていく。


 同時に部屋の中まで黒くなっていく。床も壁も天井も、テーブルなどの家具までも。まるで影のように。


「ワタクシの能力は【シャドージャイル】……ワタクシ自身を影化する事で現在地と同化し……完全なる監獄とする……ここからは決して脱出できない……誰も……決して……」


 どうやら監禁専用の能力らしい。開かずのキャンドルは密室を作り出すのに対して、こっちは幽閉用。前者は闇取引や裏交渉、後者は拷問や軟禁に使える効能だ。


 明らかにカタギの人間じゃねぇなアイツ……こりゃ裏で相当やってんな。


 けど、そんなウィスも今回ばかりは相当焦っていたらしい。こんな致命的なミスを犯すとは。


「ストーベイ。この能力を直ちに解除するよう求める」


「無駄な事……ワタクシはウィスとの契約にのみ従う……フージィ……だったか……貴様の言葉がこのワタクシに響く事はない……」


「俺はフージィって名前じゃない」


 俺の名前が偽名だって事はウィスもわかっていた。それなのに『このフージィという男を監視し部屋から出すな』と命じてしまった。


 もし『このフージィと名乗っている男を』だったら問題なかった。そうでなくても、俺を指差して言っていれば俺が対象なのは明らかで、無視でき得るミスだった。


 けど『このフージィという男』だけでは、それを俺と特定する事は出来ない。


「俺の名はトモだ。フージィじゃない。よってフージィをここから出さない為に能力を行使するのはウィスとの契約に基づいていない。今すぐ能力を解け」


「フージィでは……ない……だと」


「そうだよ」


「だ……だったら……我が契約主は誰を監視せよとワタクシに命じたのだ……?」


「さあな。俺はウィスと親しくはないから推し量る事も出来ねーよ」


「あ……ああ……契約は……契約はむ……無効……」


 刹那、部屋の景色が元に戻る。ストーベイの姿もシルエット状態から髭面イケオジに戻った。


 精霊使いとして日頃精霊達と接しているから、彼等の特徴というか性質のようなものは自然と理解できてくる。彼等は契約主に対して従順と言っても良いくらい律儀で、だからこそ指示の内容に対してはシビアだ。


 契約主の指示を間違えるのは、彼等にとって矜恃を傷付ける行為に等しい。だから精霊と敵対する場合はそこが狙い目になると以前から思っていた。特にこのストーベイって精霊はその傾向が強そうな物言いだったからな。


「フージィ……フージィは何処だ……フージィ……あああ……何処だあ……」


 矜恃が揺らぎ過ぎて急速にボケかけとる!


 流石にちょっと可哀想だ。顔の良いタレ目の中年男性が口を開けて狼狽える姿は哀愁が凄いな。昔は男前だったベテラン男優のしがない老後を見ているみたいだからか?


 でもこれはチャンス。逃す手はない。


「さっきの指令はウィスのミスだった。俺がそう証言しよう。その代わり情報を提供して欲しい」


 プライドの高い精霊はこんな交渉には普通応じない。でもこの場合、そのプライドの高さが逆に応じる動機になる。


「ほ……本当か……ワタクシのミスではないと……弁護してくれるのか……」


「約束する。一応これでも精霊使いなんだ。精霊に対する敬意を損なうような事は絶対にしない」


「け……決してか……」


「決してだ」


「お……おお」


 ストーベイはプルプルと震えながら近付いて来て、俺の手を力強く握った。


「我が救世主よ……知りたい事があれば何でも聞いて欲しい……」


 ……なんだろう。イケオジから涙目でメシアとか言われるこの状況に心が騒ぐ自分がいる。この自己顕示欲とはちょっと違う感情は何なんだろう。わからん。


 まあ何にしても、恐らくこの精霊はウィスと情報共有しているだろうから、俺の知りたい事は把握している筈。この幸運を有効活用するとしよう。


「今、この城に何が起こっているのか教えて欲しいんだけど」


「聖噴水の……消失……」


 聖噴水……? この城の近くにそんなのあったっけ?


 いや普通に考えたらない筈がないんだ。王城をモンスターから守る為には必須の施設。城下町よりも優先されて然るべきだ。でも何度か城を訪れているのに、噴水らしきものを見かけた事は一度もない。


 まさか……この時期に消失したのか?


「人の子よ……このアインシュレイル城は元々……ワタクシたち精霊と人間の友好の証として建てられた事実を……知っているか……」


「え……? 初耳なんだけど」


 王城に人がいないと判明した時にティシエラから聞いた話によると、アインシュレイル城は魔王城よりも先に建てられたらしい。当然、目的は国王をはじめとした貴比位上位の人々が住む為だ。


 王族が城に住む。この世界においてそれは当たり前の事だし、レインカルナティオ以外の各国も基本的には王を元首とする『王国』として成り立っている。


 だから、精霊と人間の友好を示す為に城を建てるなんて普通は考えられない。けど、この状況でストーベイが咄嗟に虚実のストーリーを作り出すとも思えない。正直そこまでの知能は感じない。


 って事は……


「レインカルナティオの建国に精霊が関わってる?」


「そうだ……この地は精霊が人間と交流を持つ事になった始まりの地……ここへ共同で城を建設し……ワタクシたち精霊も人間界の一員であると……誇示したのだ……」


 驚きの新事実。でも確かにそれを裏付ける催しがこの街には存在している。


 交易祭だ。


 あれは精霊と人間の交流をより深める為に始まったとされる祭り。だけど長い年月の経過によって次第に精霊が集まらなくなり、人間だけの祭りになった。


 時は経てば認識も変化する。現在の城下町の住民は大半が交易祭を『精霊との共同祭』とは思っていない。


 それと同じ事が、このアインシュレイル城にも起こっている訳か。


 でも流石に『かつて精霊と共に建てた城』とか『精霊と人間が初めて交友関係を築いた地』って逸話が全く耳に入って来なかったのは不自然だ。一応これでも精霊使いだから、精霊の情報に関しちゃ人一倍仕入れているってのに。


 ……意図的に隠されていると考えるべきだろうな。何か人間にとって都合の悪い事実があるのかもしれない。


「だが人の子よ……この城に住まう者共ときたら……そのようなワタクシ達との友情など忘れ……我が身可愛さに城を捨て……逃げ出す算段を長年立て続けている……」


 それは知ってる。魔王城が近所に建てられた事に起因するフェードアウト作戦。その所為で王族は引きこもり、城下町は王宮と全く連携が取れていない異常な状態が続いていた。


「"あの日の誓い"を忘れた人間に……ワタクシたち精霊の王は怒り心頭……恐らく近い将来に人間との交流は途絶えるであろう……」


 ……まさかこんな所で精霊界との国交断絶の原因を知る事になるとは。でもペトロは人間界の方から精霊を拒絶した、っつってたよな。


「精霊側が一方的に拒絶した訳じゃないんだよな?」


「我等の王は警告した……このまま精霊を蔑ろにするのならば……この城に未来はない……と……」


 そういう事か。


 さっきウィスが聞いてきた事。精霊使いのウィスが暗躍している事。そして聖噴水の消失。どうして聖噴水を人類が解析できていないのか。全て腑に落ちた。


「聖噴水は精霊からの贈り物だったのか」


「その認識に誤りなし……この城を魔の者から守る為……幾ばくかの知識と工芸品を提供した」

 

 聖水自体は人間界由来。でもそれを活用しモンスターから街を守る施設にする技術は精霊が授けたもの、って事らしい。


 って事は、聖噴水がなくなったのは精霊の王に返却を迫られたからか。


「だが勘違いするな……人の子よ……我等の王は一度与えた物を取り上げるほど……狭量ではない……」


「え? 違うの?」


 だったらなんで……


「我等の王がお怒りという事は……王を崇拝する精霊は更に憤怒しているという事……聖噴水は彼等が持ち去った……」


「……マジか」


 それが本当なら、王城だけじゃなく城下町やその他の場所にある聖噴水まで持ち去ってしまうだろう。実際、さっき見た街の中には11年後に存在しない聖噴水もあった。あれは精霊の仕業だったのか?


 ただし精霊の王はそれを望んではいない。だから露骨に奪う事は出来ない。精霊の仕業だとわからないようコッソリやってる筈だ。当然時間もかかる。


 って事は……各所に残っている聖噴水もいずれ奪われるハメになるのか? 11年後の城下町やミーナにある聖噴水も?


 だとしたら、俺達が経験してきた聖噴水のトラブルには精霊が絡んでる可能性も……


「我が契約主はこの事実を知っていた……それ故に……危機感を募らせ城下町の内外を調査して回っている……周辺の魔王軍の生態に変化が訪れたのが凶兆だと……」


 周辺モンスターの変容と聖噴水の件にも関連があると読んでいる訳か。ウィスが帰ってきたら聞いてみた方が良さそうだ。


 ウィスに連行された時はどうなる事かと思ったけど、予想外に有用な情報が得られた。聖噴水のトラブルに精霊が絡んでいるって発想は全くなかったし。


 それに、この城……といっても全然城の中にいる感じがしないけど、このアインシュレイル城が精霊との友情の証ってのも意外だった。その割に精霊を連想させるような意匠や美術品は全くないけど。それも精霊を怒らせている原因だったりして。


 ……案外冗談とも言えないんだよな。精霊って讃えられる事に飢えてる印象だし。敬意が足りないと思っているのは本当かもしれない。


 って事は、この城にも不満を抱いている精霊が――――





「うわっ!?」





 な、なんだ!? 今の衝撃は……明らかに部屋が、いや城全体が揺れた感じだ。


 地震? それとも…… 


「人の子よ……」


「心当たりがあるのか?」


「ワタクシは急用を思い出した……精霊界へと帰省しようと思う……また……いずれ……」


 ……は? 嘘だろ?


 あっマジで消えやがった! どんだけビビリなんだよあの精霊! でも沢山情報くれたねありがとう!


 とにかく、この場に留まっていても仕方ない。何が起きたのかを確認しないと。


 とはいえこの時代にはまだ城の中に兵士達がいる。恐らく城内はパニックになってるだろうから、下手に出て行くと騒動の実行犯だと誤解されかねない。


 出来れば表に出ずにウィスと合流したいところだけど、それは難しいか。


 だったら……よし。



 あいつを探そう。多分この時代にもいる筈だ。





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