第450話 精霊使いが精霊にシカトされる事案が発生しました

 ルールララヴァロンディンヌ。その名前を肉声で聞いたのは久し振りだけど、これがルウェリアさんの本名ってのは克明に覚えている。


 そして彼女の事情も。


 レインカルナティオの王様は一時期魔王討伐に乗り気だった。第一王女として生まれた娘、ルウェリアさんに立派な父親像を見せたいという意向からだ。


 だけど他の王族や臣下は難色を示す。それもその筈。魔王を倒せる武器は穢され効力を失い、有効な手段は一切残されていない状況だったからだ。案の定、当時のグランドパーティは魔王討伐を果たせず王様はブチ切れた。


 その癇癪を見た臣下は国王のやる気を削ぐ為、当時幼子だったルウェリアさんの拉致監禁を計画する。その計画が実行に移される直前、当時王城の近衛隊長だった御主人がルウェリアさんを連れ出し、そのまま城下町で育てる事にした。


 つまりウィスの『ルールララヴァロンディンヌ様が拉致された』って発言は、御主人がルウェリアさんを拉致したって誤認に基づくものだ。いや拉致は拉致だから間違ってはいないのか? でも……


「何か事情を知っている、って顔だな」


 ……しまった。確かに今、俺は完全に無防備だった。悟られても仕方がない反応をしてしまった。大失態だ。


 マズったなあ……どうする? 『その拉致は王女様の人生をより良い方向に導いた』なんて言った所で納得して貰えるか? 一気に胡散臭くならないだろうか?


 それに、そこまで言ってしまうとルウェリアさんの人生を大きく改変してしまいかねない。今まで彼等に話した内容なら例え過去が変わろうと大勢に影響はない範囲だと思うけど、これは流石にダメだ。


 かといって、誤魔化せば余計不審に思われる。さっきの俺の長い無言はそれくらい悪手だった。あれで『何も知らない』は説得力皆無だ。


「その事件については確かに知ってる。けどそれ以上の事は何も言えない」


 結局、こう答えるしかない。でもこれでは……


「ウィスよ。事情が変わったぞ。この者を自由にさせる訳にはいかぬ」


 ……やっぱりそうなるよな。


 向こうにしてみれば俺に対する認識は不審者と紙一重。少しでも怪しい言動があれば一気に信頼できない方向へ傾くに決まってる。


「仮にこの者が嘘を言っていないとしても、それはこの者にとってのみの真実やも知れぬ。自分を未来人だと思い込む憐れな青年かも知れぬし、洗脳されている恐れもあろう。おぬしの未来を語った内容も決定打とまでは言えぬ」


「……そうだな。どんな事情があるにせよ『第一王女拉致』について知っているって事は、関係者である可能性を否定できない。そんな人間を野放しにする訳にはいかない」


 ウィス達が言っているのは、決して疑り深いとか用心深いって類のものじゃない。当然の判断だ。第一王女の拉致事件なんて超重大案件、箝口令が敷かれるに決まってるし関係者以外はまず知り得ないだろう。


 そして、この一件をウィスが知っている意味も軽くはない。


 こいつは――――


「王家の命令で動いてたんだな。じゃなきゃこの件を嗅ぎ回ったりはしないだろ」


「まあな。調査や捜索は俺の得意分野だ。結構重宝されてるよ」


 やっぱりか。って事は、同じく捜索向きの能力を持つメリンヌもだな。透明化できれば時間帯に関係なく動き回れるし、俺がされたように尾行も簡単だ。


「道理であんな格好してるメリンヌが『子供を観察するのが好き』なんて似合わない事を言ってた訳だ。ル……王女を探す上で怪しまれないようカムフラージュしていたんだな」


 この時代のルウェリアさんはまだ幼女。そんな年代の子供を捜し回っていると住民が知れば、嫌でも目立ってしまう。でも先に変態宣言しておけば白眼視はされても王女絡みで怪しまれる心配はない。中々良い手だ。考えたな。


「いや、あいつの子供好きはただの趣味だぞ?」


「……」


 漏れ出る溜息が音にならない。代わりに口から煙が出て来た。生まれて一度もタバコなんて吸った事ないんだけどな……こんな幻覚を見てしまうくらい身体が一服を求めている。


 本当、何なんだろうなこの街。変態に限って重要人物になる呪いでも掛かってるのか?


「何にせよ、じゃ。この件について知っていると口外した以上その者は放置できぬ。流石に当事者とまでは思わぬが、事情通ゆえに未来人を装っておるとも解釈できよう。暫く大人しくして貰うのが吉じゃて」


「でもクー・シー。彼が関係者なら余りに正直過ぎないか? 『何も知らない』と惚ける事くらいは出来た筈だ」


「この者にとっては現状、仲間を人質に取られているも同然じゃ。迂闊に不興を買う発言は出来ぬじゃろう」


 仰る通り。シキさんの安否が不明である限り下手な事は言えない。先に怪しまれるような反応をしてしまった俺の落ち度でもある。


「そうか。ところでクー・シー、忌憚ない意見を聞かせて欲しいんだが」


「何じゃ?」


 ウィスが俺の方を真顔で睨みながら相棒の精霊に問いかける。まだ幼さの残るその容貌が、今はやけに大人びて見える。


 ここで一気に俺を追い詰めるつもりか……?


「今の俺ってちょっとした極悪人のようにも感じるんだが、果たしてこのやり方で正しいんだろうか?」


 ……はぁ?


「何を今更。この者達は別に不法侵入してきた訳ではないのだぞ? にも拘らず警告もなく監視下へと置き、モンスターに化け恫喝し、仲間を人質に取り事実上の脅迫で連行。その上で密室に閉じ込め一方的に取り調べを行っておるのだから、外道と言わず何と言おうぞ」


「だよな……改めて自分のしてる事にドン引きだ……」


 ドン引きしてるのはこっちだよ。急に良い子ちゃんぶりやがって。良心の呵責なんて言語化されてもこっちには何の救済にもならねーんだよ。


「わかってるんだ。与えられた任務をこなす事が唯一の生きる道だって。俺は凡人だから天才のように特別なやり方は出来ない。躊躇しても仕方がないんだ」


 クー・シーが――――消える。


 それが何を意味するのかは直ぐにわかった。


「悪く思うな、フージィ。アンタのマギを直接解析させて貰う。精霊の力を借りてな。それで全てわかる」


 新たな精霊の召喚。


 11年後のウィスは二体以上を同時に喚び出せていた。でもこの時代の彼は俺と同じで一度に一体のみしか召喚できないらしい。


 マズい。これは最悪の展開だ。理屈は良くわからないけどウィスの奴、俺のマギを解析してこっちの持つ情報を盗み見るつもりだ!


 殺すつもりで襲ってくるのならまだ良かった。それなら虚無結界の適用だ。結界で攻撃を防いだ隙に調整スキルで無力化できる。でもマギの解析となると結界は恐らく出ない。そうなると防ぎようがないぞ……!


 でも……待てよ。


 マギの解析って前もやってなかったか? あれはいつだった?


 確か……あ、そうだ。初めて遭遇した時、心神喪失状態で徘徊してきたルウェリアさんに対して試みてた気がする。


 その時に喚び出した精霊と言えば――――



「これより精霊折衝を執り行う。デメテルを指名」



 やっぱりデメテルだった!


 あのコレーやサタナキアの母親で、ペトロが好意を寄せている上位精霊。そんな大物と11年前からもう契約を交わしてたのかよ。何処が凡人なんだ? 才能ある奴に限って自分を凡人とか言うよな。ムカつくなあ!


 あのヒステリー持ちに対抗する手段を俺は持っていない。かといって開かずのキャンドルで密閉されているこの空間から脱出する術はない。


 詰みか――――


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……何も出て来ないけど?」


 長い長い沈黙に耐えきれず、無粋とは思いつつもツッコミを入れてしまった。


 一応これでも精霊使いの端くれ。この状況が何を意味するのかは手に取るようにわかる。


 そう言えば11年後のウィスがデメテルを喚び出そうとしていた時、精霊折衝だと厳しいからって別の方法を選択していたっけ。でも今のウィスが試みたのは精霊折衝。すなわち精霊との直接交渉だ。


 なのにデメテルは交渉の席にすら着こうとしない。難航しているどころか完全決裂だ。


「……デメテル? おいデメテル! 聞こえているだろ! 何故呼び声に応えない!」


 精霊使いが精霊にシカトされる事案が発生しました。


 思わず声を荒げるウィスが憐れで見てられない。実際、これ以上の屈辱はないもの。俺とケンカしていた時のカーバンクルですら一応姿はすぐ見せたもんな。


「なあデメテル。もしかしたら機嫌が悪いのかもしれない。俺に構っている暇はないくらい別件で忙しいのかもな。それは良いさ。一言そう言ってくれればタイミングが悪かったと謝って終わりだ。だけど何も言わないんじゃこっちも取り繕いようがないだろ!? 俺は精霊使いなんだよ! 精霊使いが精霊に無視されて召喚断念なんて大恥を俺に掻かせないでくれ!」


 大分魂を込めた叫びだった気がするけど、ダメみたいだ。


 まあ典型的な気分屋って感じだったもんな、あの精霊。にしたってガン無視は酷い。何があったのか知らないけど、とても上位精霊がやる事とは思えない。


「…………クッソ」


 搾り出すように悪態を吐きながら、ウィスが手で顔を覆っている。さっきの俺以上に羞恥心を持て余しているのは想像に難くない。


「可哀想に」


「……!!」


 心底そう思ったから思わず声に出してしまったけど、どうやらウィスのプライドをズタズタにしてしまったらしい。今までは常に飄々としていたその顔が屈辱に塗れている。


 うーん……こっちは知り合いだからつい対応が軽くなりがちだけど、向こうからしたら初対面の雑魚に煽られてるだけだもんな。自棄になってアイザック化しなきゃ良いけど……


「…………ふぅ。出でよコカトリス」


 溜息一つで切り替えて別の精霊を喚び出しやがったか。どうやらアイザックよりは強靱な精神の持ち主らしい。


 問題はあの精霊――――ニワトリに似てるけど蛇と混じっているあの奇妙な鳥の能力だ。コカトリスっつーと確か……


「この精霊には二つの力がある。猛毒を与える【デスゲイズ】と石化させる【ハーデンゲイズ】だ」


「……親切だな。わざわざ説明してくれるのか」


「マギに直接問いかける手段が使えない以上、脅迫してその口から情報を得るしかなくなったからな。毒で死なれても石化されても困るのはこっちだ」


 成程。酷い目に遭いたくなけりゃ知ってる事を話せってか。完全に悪者ムーブだな。


 でも所詮はまだ大人になりきれていない頃のウィスだ。


「王女を誘拐した犯人を知ってるな?」


「……」


「言えば生きて帰れる。仲間共々無事にだ。言わなければ必ず後悔することになる」


 明らかに割り切れていない。それが表情に出てしまっている。


 仕掛けるならここだ。ここしかない。


「……ウィスさん。やっぱり精霊相手に無駄口叩いてるあんたの方がしっくりくるな…」


「?」


 コカトリスの方を見もせずこっちを睨み付けているウィスの顔は、どうしてか追い込まれているように見えて仕方なかった。本来なら俺を追い詰めている立場だというのに。


 だからピンと来た。これは危機的状況じゃないと。


「悪役は似合わねえな!!」


「…………」


 無造作に近付きながら、思った事をそのまま言う。


 これは賭けだ。コカトリスの能力は即死系じゃないから、結界が発動する保証はない。ビビッてる事を悟らせるな。


 俺には敵を正攻法で倒せる力はない。ハッタリと搦め手を交えながら精霊やスキル、時に仲間の力を借りて凌いでいくしかない。でも今はその大半を頼れない。自分自身だけで切り抜けるしかない。


 虚無の13年、致命傷を受けての死、身動き出来ない無限地獄。それらを経験しても尚、怖いものは怖い。


 けど、それを隠すくらい今の俺なら出来る。


「……」


「……」


 睨み合う。ただのガンの飛ばし合いじゃない。お互いの心の内を覗き合って、どちらが先に折れるか。これはそういう戦いだ。


 覗かせずに覗く。


 果たして――――



「当たり前だ。こんな役回り」



 ウィスの召喚したコカトリスが、何もしないまま静かに霧散していく。どうやら上手くいったらしい。


「脅し方すら知らん」


「そうだろう」


 ウィスが真人間かどうかまでは俺にはわからない。でも精霊が力を貸しているくらいだ。極悪人って事はないだろう。分の良い賭けではあったんだ。

 

 でも……怖かったぁ~~~~~!


 つーか何が怖いってコカトリスの目! ニワトリ顔の癖にクスリやってんのかってくらいイカれた目してんだもん! あんなのに睨まれたら能力関係なく固まるって……


「どうやら読み違えたな。アンタも天才らしい」


「……は?」


「ハッタリの天才だ。今の顔をさっき一瞬でもしていたら白旗は上げなかったな」


 うっせーな思ってても言うな。嬉しくねーよそんな天才。二つ名になったらどうすんだ。


「数々の非礼を詫びたい。こっちも余裕がなくてな……申し訳なかった」


「いいよ別に。怪しい立場なのは自覚してるから。宮仕えは大変だな」


 将来ティシエラもほぼ同じように俺を詰めてきた、とは言わないでおこう。浮かれそうだし。


「いや、俺は王家お抱えって訳じゃない。ギルドを介さずフリーで仕事を請け負っているだけだ」


「へ?」


 おいおい。幾らなんでもそれは……


「国王陛下はルールララヴァロンディンヌ様の捜索を既に打ち切っている。依頼人は別の人間だ」


「マジか」


 行方不明になった娘を諦めたのか? 待望の長女じゃなかったのかよ。


 ……いや待てよ。



『陛下とは事後承諾で連絡をとった。俺の仕業って薄々気付いていたみてぇでな、娘を頼むって任されちまったよ』



 御主人は国王と意思の疎通が出来ていた。捜索を打ち切ったのはルウェリアさんを御主人に託すと決めたからだ。


 親族や家臣がルウェリアさんを監禁しようとしていたから、王城に置いておく事が危険だと判断し外部へ預ける。一見筋が通っているようだけど……普通の王様なら監禁を企てた連中を反逆者として全員打ち首にするよな。最高権力者が妥協する必要なんてない。


 それに……


「なあ。さっき王城が危機的状況にあるっつってたよな。あれって王女様が拉致された事を指してる訳じゃないのか?」


「……」


 流石に部外者の俺に喋れる内容じゃないか。とはいえ即座に否定しない時点で答えを言っているようなものだ。


 11年前、王城に危機が訪れていた――――なんて話は聞いた事がない。でも仮にそうでも恐らく箝口令が敷かれる。実際、アイザックとヒーラー共が占拠した時も全力で情報操作してたからな。


 この時代にも似たような事件が起きていたのか? もしそうなら、その危機からルウェリアさんを遠ざけるため御主人に託したんだろうか。


「フージィ。アンタが王女の拉致に関わっていないのなら、俺達に協力――――」



 不意に、開かずのキャンドルの火が消えた。






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