第449話 私情ガンギマリ
ウィスが召喚した羽付きロバによってショートカット移動した先は――――
「ここが俺達のアジトだ。まあ、悪いようにはしないから寛いでくれ」
……明らかに訳アリって感じの部屋だ。
まず広い。かなりの広さだ。ウチのギルドの敷地くらいあるかもしれない。
けど家具らしき物は最小限しかない。大して大きくもないテーブルが一つ、椅子が四つ。クローゼットと思しき収納がポツンと一つ。ただ、どれも安物って感じはしない。テーブルの下に敷いてある絨毯も美術工芸品の柄との素材で、一般家庭ではまずお目にかかれない逸品だ。
他に特徴的なのは、窓がない事。外部との接点は扉一つだけだ。実質テレポートでの移動だったから、ここが何処なのかはわからないけど……なんとなく地上じゃない気がする。
「一応聞くけど……ここは何処?」
「詳しくは言えない。頑丈な建物だから自然災害で崩れる心配はない、とだけは言っておこう」
なんか含みのある表現だな。この世界での安全基準は災害よりもモンスターに対する耐久性が重視される筈なんだけど、そっちへの言及はなしか。
「それと、これを置かせて貰う」
「……蝋燭?」
「【開かずのキャンドル】ってレアアイテムだ。これに火を点けておくと、この部屋への侵入が出来なくなるし音が外部に漏れなくなる」
……完全な密室になる訳か。盗聴を警戒しなきゃならない場所なのか?
「そんな稀少なアイテムを使ってまで俺と何を話すつもりだ? それと、仲間の姿が見えないんだけど」
「そう睨むなって。アンタらが何者かわからない以上、分断させておくのは当然だろ? 正直こっちも手探り状態なんだ。だからこそのレアアイテムって訳」
シキさんはここにはいないのか。まあ想定内だ。それに言わんとしている事もわからなくもない。ウィス達にとって俺やシキさんは相当不気味な存在なんだろう。
もしウィスの精霊がレーダー的な能力で城下町全域を監視できると仮定した場合、俺とシキさんはレーダーに突如出現した謎の存在って事になる。それこそテレポートで城下町へ入ってきたかのような感じだろう。
この世界には転移魔法なんてのもあるらしいけど、移動できるのは魔方陣がある場所だけって話だった。でも城下町に魔法陣はない。それなのに突如現れた俺達に最大級の警戒をするのは当然だ。
「まあ掛けなよ。何も取って食おうって訳じゃない。アンタ達の素性を知りたいだけだ」
手心を期待できる状況にはない。変に嘘をついてそれがバレればシキさんに危害を加えられる恐れもある。11年後のウィスは人当たりの良い人物に見えたけど、このウィスは少し危険な香りがする。
だとしたら――――
「城下町の住人だよ。ただし11年後の」
堂々と真実を叩き付ける。これが最善だ。
シキさんがどういう状態で身柄を拘束されているのかはわからないけど、恐らく今の俺と大差ない扱いだろう。当然、シキさんも同じ事を尋ねられているに違いない。って事は、こっちがそれっぽい虚言で煙に巻いたところでシキさんと違う事を言っていたら意味がない。
だったら真実だけを話しておく方がマシ。シキさんも同じ事を考えていれば、少なくとも俺とシキさんの証言は一致する。それなら無駄に怪しまれる事態だけは防げる。
「……そんな話を信じると思うのか?」
「思わねーよ。でも、そっちは初めて聞いたって感じじゃないな。少し前に同じ内容を聞いていて『やっぱりか』って感じの反応だ」
この流れに持っていった以上、遠慮する必要はない。未来の知識を総動員して信じて貰う以外にない。強気にカマしてやろう。
「……口裏を合わせていたと考えるのが自然だ」
「随分自信なさげだな。クー・シーにでも相談した方が良いんじゃないか?」
「!」
11年後の世界でウィスが相棒のように接していた精霊。現時点で俺が知っている筈がない情報だ。
「……未来の俺と知り合っている、とでも言いたいのか」
「さっき俺達をここへ運んだのはペガサスだろ? 未来で一度世話になった事があるんだ。あの時はレベル69のベルドラックと一緒だったか」
「ベルドも知ってるのか。レベル69……11年後なら確かにそれくらいにはなっているな……」
多少わざとらしかったけど、未来人ならではの知識は十分提示できた筈。後は向こうの判断次第だ。
「……俺の裁量でいきなり全部信じるのは無理がある。悪いがさっきアンタが言ったようにクー・シーに相談させて貰っても良いか?」
「勿論」
精霊を喚び出せないこっちとしては、寧ろありがたいくらいだ。
今回の一件、明らかに人智を超越している。正直未来に戻る方法も全くわからないし、精霊から情報を得られるのならかなり助かる。
「我が視認範囲に限り現身を許可する。出でよクー・シー」
相変わらず仰々しい前口上だ。正直ちょっと真似したい。視認範囲に限る理由は知らんけど。
「お初にお目に掛かる。儂の名はクー・シー。以後……」
「お見知りおき願います」
「う、うむ。中々礼儀正しい人間だな。結構結構」
そちらは相変わらずミニチュアシュナウザーみたいな話し方するポメラニアンですね。こんな時になんだけど、正直撫でさせて欲しい。
「クー・シー。彼は未来人を名乗っている。精霊界で時間の流れを越える事例は存在しているだろうか?」
「ない。時間の壁は絶対に越えられぬ。故に未来人などという輩は漏れなく大嘘つきであろう」
……バッサリやられたな。でもそれが忌憚のない意見ってやつっスね。
「だが彼が嘘をついているようには思えないんだ。例えば未来視の可能性は?」
「少なくとも精霊界にそのような力の持ち主はおらぬ。これまでにも時間を越えようと挑戦する者は少なからずいた。だが成し得た者は誰もいない。それが儂の知る現実じゃ」
旗色悪いな……精霊の中でも知恵袋っぽい喋り方のクー・シーにここまで断言されてしまうと、こっちも流石に強気じゃいられなくなってくる。
時間の超越は精霊でも不可能。そこまで断言する以上、ここはやっぱり正式な過去じゃないんだろうか……?
「そこで質問じゃ」
クー・シーの愛らしい顔がこっちに向けられた。クッソ可愛い……
「おぬしの知る現実を事細かに話してはみんか?」
経緯まで全部話せ、って事か。
仕方ないな。シキさんの安全が保障されていない現状では最低限の信頼を得るのが第一。素直に応じるしかないか。
「……わかった。ただし、あんまり未来の事をベラベラ喋ると過去改変が起こるかもしれない。話せるのはここへ来る事になった経緯くらいだけど」
「ふむ。如何にも自称未来人らしい言動じゃ。それで構わぬよ」
若干苛つく物言いだけど、ポメラニアンの見た目じゃ何言われようと腹も立たん。精霊界の重鎮とはこの前やり合って懲りてるしな。
「俺達が過去に来るきっかけは――――」
念の為に極力具体名を避け、とある街で聖噴水に関するトラブルが生じた事、その調査をしている最中にタイムトラベルらしき現象が起きた事を簡単に説明する。
果たしてクー・シーの見解は……
「確かに、嘘を言っているような挙動は見られぬのう」
どうやら内容と言うよりも、それを話す俺の様子を窺っていたらしい。
「ケット・シーの探知能力に間違いはなかろう。この者が突如として城下町の郊外に出現したのは紛れもない事実。その後は、特に怪しい動きはなく街中を知り尽くしているように移動して宿へ泊まった。そうじゃな?」
「ああ。メリンヌはそう証言していた」
……え?
「メリンヌって……あの透明ソーサラーの?」
「そうだ。城下町に不審な侵入者が現れた場合、彼女が透明化して監視するようお願いしてある」
って事は……俺とシキさんがこの過去に来た直後にはもう監視されてたのか。特に害はなかったとはいえ、余り気持ちの良い事じゃないな。
にしても、だとしたら妙だな。そんな重要な役割を担うソーサラーがいるのなら、俺の耳にも入って来そうなものだけど……11年後の世界に彼女はいないんだろうか?
11年の歳月は長い。引退していたとしても不思議じゃないけど……
「儂からはこれ以上の判断材料を提示する事は出来ぬ。後はウィス、おぬしが決めよ」
どうやら俺を信じるかどうかはウィスに一任されたらしい。眼光鋭くこっちに目線を向けてくる。
「一つ聞かせてくれ。とても……とても重要な事だ。この答えでアンタの発言を信じるかどうか決めたい」
「あ、ああ」
今までにない真に迫るような顔。余程の質問が飛んでくるだろう。ちょっとプレッシャーを感じる。
果たして――――
「11年後の俺は天才に囲まれているか?」
……は?
「どうなんだ。俺は城下町の中でも最高峰の才能達に一目置かれているか? 俺の生活は天才で溢れているか? それが知りたい。是非教えてくれ」
それが俺に対する信憑性とどう繋がるんだ……?
「まあ……一目置かれてるんじゃねーの? よく知らないけど」
「そんな曖昧な答えじゃ納得し難いな。例えばベルドとの関係はどうなっている? ティシエラとは? もう少しだけでも具体的に教えて欲しい」
近い近い近い! 一言発する毎に躙り寄ってくるな! そんなに天才やレジェンドと寄り添って生きていたいのか!?
にしてもえらく拘るな。もしかして何か特別な事情が――――
「天才が見せる煌めきだけが俺の人生を潤してくれるんだ。彼等が偉業を成し遂げる瞬間を目の当たりにするだけで元気が貰える。生きる気力が湧いてくるんだよ」
私情ガンギマリじゃねーか! 天才への愛が深すぎる!
けどまあ……気持ちはわからなくもないか? 要するに一流のスポーツ選手やアイドルに入れ込むようなものだよな。この世界にはテレビやネットがないから、彼等の活躍を目撃するには近しい関係になるしかないだろうし。
例えばこれが『数多の天才から一目置かれる俺!』みたいにナルシスト的な発想で天才に執着しているのならストレートに気持ち悪いけど、単純に憧れているだけなら変化球的な気持ち悪さだ。どっちにしても気持ちは悪いが。
「わかったわかった。詳細は省くけど、お前さんは今さっき名前を出した二人の天才を誰よりも間近で見守る事になる。それは間違いない」
「っし!」
小さいガッツポーズが逆に生々しい。どうやらウィスにとって理想的な未来だったらしい。でも気持ち悪い。
「クー・シー。俺は彼の言葉を信じようと思う。仮に今の話がデタラメだったとしてもだ」
「言っている事は滅茶苦茶じゃが、もう好きにすれば良かろう」
投げやりな返事のクー・シーに思わず同情してしまう。これから11年以上、彼はこのウィスの相棒を務めなきゃいけないのか。精霊にとっては大した年月じゃないかもしれないけど、まあまあ苦行だよな。
「そういう訳だ。アンタの名前を聞かせてくれ」
「あー……一応こっちではフージィって名乗ってる。本名は言えない」
「了解した。フージィ、アンタの目的は元の時代に戻るって事で良いんだな?」
「ああ。一応これでも城下町には相応の愛着を持ってるから、過去の様子がどんな感じなのか見てみたいって気持ちはあるけど」
とはいえ、今回の一件であまり悠長にしている訳にはいかないってのがハッキリした。
俺やシキさんにとっては、馴染みのある城下町の過去世界。でもこの世界の住民にとって俺達は正体不明の侵入者でしかない。最初に怪しまれたのがウィスだったのは不幸中の幸いだった。もし俺の知らない住民で、しかも融通が利かないようなタイプの豪傑だったら……問答無用で消されていたかもしれない。
「んじゃ、そういう訳だから仲間共々解放して貰えると――――」
「その前に聞きたい事がある。今度はアンタ個人じゃなく王城についてだ」
……王城? 急に何だ?
「だからさっきも言った通り、未来の事に関しては詳しく話せないって」
「わかってる。俺達が知りたいのは『曖昧な情報』だ。曖昧で良い。それがわかるだけで大きな進展になる」
さっきまでとは空気が違う。今のウィスは俺が知っているウィスにかなり近い雰囲気を纏っている。こっちの話が本命って訳か? 俺やシキさんの素性よりも、俺達が王城に関して何らかの情報を握っていると期待して身柄の確保を優先した……そんな所か。
「王城に未来はあるか?」
確かに曖昧だ。曖昧過ぎて意図が読めない。
11年後の王城……王族どころか兵も給仕も逃げ出して無人城と化しているあの状態を、果たして未来と呼べるのか?
……ウィスは『王族』や『王家』じゃなく『王城』と聞いた。なら中の人々よりも城そのものの未来を聞いていると捉えるべきか。
少なくとも軍事基地や王族の生活拠点、そして政治執務を行う場所としては完全に機能していない。だけど一応シンボルとしての役割はギリ保たれている。元々一般市民を入れていなかったから、王城に人がいない事は未だに住民には知られていない。
けれど、そんな状態がいつまでも続くとは思えない。そう考えれば『未来はない』が正しい答えなんだろう。
けど――――
「未来は……ある。そちらさんの理想とする未来じゃないかもしれないけど」
今、あの城の中にはベリアルザ武器商会がある。御主人とルウェリアさんがいる。ついでにサタナキアも。
なのに未来がない、と俺の口からは言えない。
「そうか」
安堵したような様子。そのウィスを見て、なんとなくピンと来た。
「もしかして……何かヤバい事が起きてるのか?」
「……」
ウィスはクー・シーと顔を見合わせて何か意思疎通を行っている。俺に話して良いかどうかを確認中らしい。こっちに散々情報提供を迫っておいて……と言いたい所だけど、これ以上時間を取られるのはゴメンだ。変に話をされてしまったら連中の抱えるゴタゴタに巻き込まれるかもしれないし。
「いや、やっぱり――――」
「率直に言って危機的状況だ」
うげ……一足遅かった。余計な事聞いちゃったな。なんとか無関係を装ってシキさんとの合流を優先させないと……
「第一王女のルールララヴァロンディンヌ様が拉致された。それもかなり前にな」
そんな思惑とは裏腹に、とんでもない事案を聞かされてしまった。
まあ知ってるけど。
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