第448話 天才フェチ
青年……いや少年か? 思っていたよりも顔立ちが幼い。11年後じゃずっとフードを被っていたから容姿をしっかり確認できたのは初めてだ。
いわゆるイケメンとか美少年とか、そういった類の顔じゃない。元いた世界では塩顔と呼ばれる部類で、全体的にかなり細め。何なら少し不健康にさえ見える。未来では顎髭を蓄えていたけど、今はそれもない。
「聖噴水は俺達の生活を守り続けてきた、謂わば守護神だ。それを疑うのが常識から外れているのはわかっている。だが――――」
「わかった。過信はしない。寧ろ疑ってかかる」
「……」
こっちとしては聖噴水に関するトラブルとは二度も遭遇しているし、そもそも過信する理由がない。だからそのまま素直に受け入れたってだけなんだけど……ウィスの表情は訝しげだ。
「適当に受け流してる訳じゃない……よな?」
「熊にまで化けてた人間の言う事を無視できるほど世の中の出来事に無関心じゃねーよ。端っから聖噴水を絶対視してないってだけ」
「……意外だな。そんな事を言うヤツと会ったのは初めてだ。少なくともアインシュレイル城下町の住民に同じ事を言えば、大抵は小馬鹿にされるか煙たがられるんだけどな」
奴の言いたい事はわかる。城下町住民の聖噴水に対する信頼は絶大だからな。事実、俺が転生する前はモンスターの侵入を許した事なんてなかったみたいだし。
つまりこの時代には実例がない訳で、絶対視しているって言うよりは純粋に確定事項なんだ。それこそ『ソーサラーは魔法を使える』とか『王様は偉い』くらいに当然のものとして、『聖噴水は絶対にモンスターを寄せ付けない』って認識が浸透している。
「けど、出来れば根拠くらいは聞かせて貰いたいかな」
「構わない。ただし全てを話す事は出来ない。それだけは前もって言っておく」
「……わかった」
精霊使いである事、そしてアーティファクトの調査をしている事。恐らくこれらは開示しても特に問題ない情報の筈だ。精霊との交流がなくなった11年後の方が寧ろ肩身が狭いくらいだろうし。
それら以外に何らかの隠すべき情報があるんだろう。で、信頼性を誇示する為に敢えてそこに予め触れた……と。中々小賢しいな。俺と似ている気がする。
「根拠は精霊だ。ある精霊からそう聞いた」
「精霊か……」
成程、その精霊の素性は明かせないって訳か。なら納得だ。
「俺はまだ駆け出しの精霊使いだけど、出会いに恵まれたお陰で多くの精霊と知り合う事が出来た。彼等が情報源として何処まで信頼できるかは、人によって個人差があるだろうが……なんとなくアンタはわかってくれる気がしたんだ」
ウィスはそんな事を言いながら、こっちの目をじっと見てくる。こういうしっかり目を合わせて話すタイプは正直苦手だ。いや全然悪い事じゃないのはわかってるんだけど……なんか嫌だ。
「高く評価してくれるのはありがたいけど、俺は別にそちらさんが思ってるような人間じゃないと思う」
「初対面でいきなり全てを知ったつもりになる程、俺も傲慢じゃないさ。ただアンタは俺が熊に化けている姿を見て、驚くほど敵意を抱かなかった。普通はモンスターだと思って身構えるものなんだがな」
いやそれはですね、単純に俺が弱いからなんですよ。熊を見て敵意なんか抱かないでしょ普通の人間は。恐怖しかなくない? 冒険者やソーサラーと一緒にして貰っちゃ困るって。
「アンタなら恐らく、精霊に対しても偏見なく対峙できるだろうな。俺よりも良い精霊使いになれるかもよ」
「そんなお世辞言わなくても、別に疑っちゃいねーよ。ただし一つ……いや二つ聞きたい事がある」
ウィスは無言で頷く。こっちの要求に対して驚くほど寛容だな。
「さっきの『聖噴水を過信するな』って言葉。これは忠告か? それと、何故それを俺に話した?」
現状、ウィスがモンスターの調査を行っているのは明白だ。そこに関連して聖噴水の効果消失を懸念しているきらいもある。城下町の安全を確保する為に動いているんだろう。
そしてさっきの言動から察するに、彼の行動は余り住民の理解を得られていない。だからコソコソ動き回っている。そんな感じか。
「どっちかって言うと警告かな。好感度の低い俺が城下町の住民や王族連中に言った所で大して響かない。だから第三者のアンタに伝えて欲しい」
「メッセンジャーになれと?」
「ああ」
なんかますます解せないというか……ピンと来ない。この時点で初対面の俺にそんな役目を任せるほど信頼しているとは到底思えない。
信頼ってのは積み重ねだ。インスピレーションで多少の上下があるのは理解できるけど、付き合いのない人間に対して信頼を置くのは原則的にあり得ない。
つまり、ウィスは嘘をついている。勿論それがバレるのを承知の上で。
って事は、信頼とは違う理由で俺に『聖噴水を過信するな』って警告を託した事になる。
……成程。大体の意図が読めてきた。
「住民の中に取り分け伝えておきたい相手がいるんだな?」
「御名答」
だろうな。初対面の俺に対して頼み事をする理由なんて、俺の知り合いに伝えようとしている以外にない。
となると対象の候補はシレクス家の二人か、若しくは――――
「ティシエラにか」
「……ああ。そうだ」
半ば観念したかのような物言い。だけど更に謎は深まるばかりだ。
俺は知っている。この男が将来、世界最強の一角を担うグランドパーティの一員となってティシエラと共に魔王討伐に挑む事になると。だけどこの時点ではティシエラはグランドパーティどころかソーサラーギルドにすら正式に所属していない。年齢もかなり離れているし、まだ接点はなさそうに見える。
何故そんな段階でティシエラだけを特別視する?
まさかとは思うけど……
「見た所、あの気難しいティシエラがアンタには心を開いているみたいだ。アンタの口から発した忠告なら、きっとあの子にも響くだろうと思ってな」
「うわぁ……」
「おいちょっと待て。その反応は何だ? まさか俺が性愛の対象としてティシエラを見ているとでも思っているのか?」
「当たり前だろ」
お前ついさっき俺にそういう疑い向けてたじゃねーか! その発想が出て来る時点で既に怪しいんだって!
「……そうか。ならまず誤解を解こう。俺は決してティシエラだけを助けたくてこんな事をやっているんじゃない。天才達を守りたいからなんだ」
「天才?」
「そう。俺は天才フェチなんだ」
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
またか。またしてもか。
もう嫌だ……
ああもうウンザリだ! なんなんだよこの街はよお! 11年後では常識人っぽかったコイツさえおかしな本性隠し持ってたのかよ! 知りたくなかったなあ!
「勘違いして貰っちゃ困る。別に天才フェチと言っても天才なら誰に対しても興奮するとかそういう意味じゃない。天才を愛し、天才に愛されたいと願い、その為の努力を惜しまない男だと思ってくれ」
「あーわかったわかった。要するに天才的な才能を持った人物に憧れや尊敬の念を抱いてる内に天才なしじゃ生きられない身体になった、って解釈で良いんだな?」
「良くない全然良くない。天才というのは確かにそういう意味で使われがちだが俺の定義は少し異なる。優れた才能の持ち主が天才って訳じゃない。その才能を発揮する為に前進を続けている人間こそが天才なんだ。才能に溺れて停滞や後退を続ける人間や、折角の才能を遊ばせてる人間を俺は天才だと認めていない。そんなのは天才じゃない」
要らないなあその説明マジ要らない。天才フェチの天才の定義ってこんなに聞き苦しいのか。なんか耳に他人の鼻水付いた真綿詰め込まれるみたいな不快感だ。
「俺自身は凡人だからな。才能のある人間がストイックに己の道を邁進する苦しさや難しさを真に理解する事は出来ない。だからこそ俺はそんな彼等が送る人生を大切に思うんだ。芸術品を愛でるような感覚に近いと思ってくれ」
うーん……気持ち悪い。
気持ち悪いけど、全く理解できない訳じゃないのがまた気持ち悪い。
どうしよう。もう何もかも見なかった事にしてティシエラ達の所に戻りたい。変な言葉使いの旧フレンデリアの方が遥かにマシだ。
11年後のウィスは精霊使いになるきっかけをくれた人物だし、一応感謝もしているから何か力になりたいって気持ちがあったんだけど……もうそういうのどうでも良くなっちゃった。
「俺はこの世界にいる天才を一人でも多く救いたい。いや、この世界だけじゃない。精霊にも天才はいる。寧ろ全ての精霊が天才と言えるのかもしれない。彼等の多くは一つの力を極めているからな。だから精霊と人間の天才を繋ぐ役目を俺は担いたいと常々思っているんだ。その為なら熊にだってなるさ」
「はあ」
「……残念だ。アンタにも理解して貰えなかったか」
残念なのはこっちだよ。数少ない常識人が一人いなくなってバランス崩壊の危機なんだよ。
……と思いつつも、少し羨ましくもある。
このウィスにしろメリンヌやエヴァンナにしろ、みんな『他人』に対しての拘りが強い。ジスケッドやこの時代のフレンデリアもそうだ。他人に強い影響を受けたり惹かれたり激しく嫉妬したり……それって要するに人の心があるって事だもんな。
俺は……信頼を得たいとか好かれたいとか、他者に対して抱く気持ちがいつも打算的だ。損得勘定でばかり物事を考える癖が人に対しても出てしまう。
血が通っていない。
自分自身を総括するなら、そういう言葉になってしまう。それが酷く虚しい。
人に優しくは出来る。でもそれは優しくするメリットありき。一般的に良いとされる行動は全て、何かしらのプラスが自分にあるからやっている。自然に芽生えたと思った感情も突き詰めればそこに繋がっていく。
俺にとって、恋愛感情もその中の一つに過ぎないのだろうか?
友情や愛情は全て功利的な考えに基づいたものなんだろうか。
長く生きれば生きるほど、そういう結論に傾いてしまう。
「ああ。俺には理解できない」
天才を仲間に引き入れるメリットは計り知れない。だから天才に心惹かれるロジックは単純明快だ。
でも、嫉妬も自虐もなしに天才を愛するなんて――――
「俺は多分、他人を愛する事が出来ない人間なんだろうな」
無理だ。だから俺は孤独なんだ。きっとどれだけの信頼を得ようと、多くの仕事仲間に囲まれようと。
「それはただ、照れ臭いだけなんじゃないのか?」
「……」
嫌なツッコミだ。でも確かに俺の性格上、それも否定は出来ない。
要は照れ臭いからあんまり愛だの恋だの考えないようにしてきた結果、その方面の情緒が育ってこなかったって解釈だ。モテた経験もないし、自分からも行かないとなれば当然恋愛とは縁のない人生になる。
勿論、恋愛だけの話じゃない。人に対して好感を抱くという経験自体が少ないから、どうしても情が薄い人間になってしまう。
……心の何処かでずっと引っかかっていた。虚無結界のトリガーが孤独だと確信した時から。
俺が人を愛せるようになった時、あの結界は出せなくなってしまうんだろうな。
って事は、結界が発生する限りは現状のままって訳だ。なんて皮肉な。人並に情を持ったら一気に弱体化するって事じゃねーか畜生。
自分に絶望しながら、いつの間にか下がっていた目線を何気なく上げてみた。
そこには――――不敵に笑うウィスの顔があった。
「思ったよりも人間臭い所があるんだな。アンタ」
「……どういう意味だ?」
「てっきり、もっと怪物じみたヤツだと思ってたって事だよ」
何だ……? 急に何を言い出してんだコイツ。
まさか――――
「何の前触れもなく城下町に出現した"アンノウン"だからな」
背筋が凍る。
こいつ……俺を最初から疑っていたのか?
「アンノウンって未確認モンスターの事だろ? 俺は見ての通り人間なんだけど」
「そうだな。さっきまでの俺が人間に見えていたのならその理屈は通る」
「……」
確かにウィスの言う通りだ。モンスターに化けられる人間がいるのなら、その逆もいて当然。まして俺自身、人間に化けたモンスターと対戦経験がある。人間の見た目である事が疑いを晴らす理由にはならない。
どうやらウィスは、突如城下町に出現した俺の存在を早い段階で捕捉していたらしい。道理で初対面の相手にベラベラお喋りする筈だ。こっちの気が弛むよう誘導していたのか。
「俺を敵対勢力……城下町に危害を加える為にひっそり侵入したモンスターだと疑ってるんだな?」
「本日二度目の御名答、と言いたいところだけど……モンスターの可能性は低そうだ。人間版アンノウン、ってトコかな」
言い得て妙だ。その表現なら間違いとも言い切れない。
最初は奴の事を巨大熊のモンスターだと思っていた。だからティシエラ達から遠ざける為に引き付けて逃げた。
でも真相は逆だった。真逆も真逆。
ティシエラ達から遠ざけられていたのは――――俺の方だったのか。
弱ったな。ここで『未来から来ました』ってカミングアウトしたところで信じて貰えそうにない。どうする……?
「駆け出しとはいえ、これでも一端の精霊使いって自負はある。精霊の力を借りれば多少の無茶もやれる。逃げようなんて思わない事だ」
マズい状況だ。ウィスは俺を相当怪しんでいる。転生直後の俺を密かに怪しんでいたティシエラと同じように。
そしてそれは正当な疑念だ。城門から入らず街の中に突然現れた奴がいれば、そりゃ怪しいと思うわな。まさか誰かに捕捉されているとは夢にも思わなかったからな……油断してた。
って事は、この場にいないシキさんも……?
「アインシュレイル城下町は少し特殊な所なんだ。モンスターに対する防衛は聖噴水に頼り切りで、人間の反乱や侵攻に対する防衛に至っては皆無に近い。何しろ住人の多くがレジェンドなんでね。兵が派遣されたところで余り意味がないし」
声を荒げたり睨んだりはしてこない。それが余計に恐怖を煽ってくる。
「だからアンタみたいな予想外の来訪者に対して簡単に侵入を許してしまう。誰かが見張っていない限りはな」
……それをウィスがやってるのか?
11年後は流離の旅人って感じだったけど、この時代は常駐していたのか。
でも……
「そんな面倒な役回りを買って出ておいて、どうして街の人達に嫌われてるんだよ」
「余計なお世話なんだとさ」
成程。如何にも危機感のない城下町らしい話だ。
「そういう訳で、俺は別にこの街の憲兵じゃないし防衛組織を運営している訳でもない。だが街を愛する一人として、急に街中に現れた正体不明の奴等を見過ごす事も出来ない。話を聞かせて貰う為に御同行願えるかな?」
……奴等。今確かにそう言ったな。
まさかもう――――
「アンタの仲間は別の協力者が身柄を確保済みだ。心配しなくても危害を加えるつもりはない。今の所はな」
やっぱりか。現状人質に取られているも同然じゃ断る選択肢はないな……
「わかった。その代わりティシエラ達に伝言を頼む。黙っていなくなったら心配するだろうし」
俺のその願いは聞き入れられ、代わりにウィスの精霊によって彼等の拠点へと連行される運びとなった。
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