第435話 聖なるピース





 ――――過去の自分に戻れたら――――





 それはきっと、誰もが一度は考えた事のある実現し得ない仮定。



 過去の自分に戻り人生をやり直せれば、今の知識と経験を駆使してもっと上手くやれたのに……なんて事を考えずにいられないのは、現状をベストだと思えない何かがあるからだ。



 時間の壁は越えられない。魔王はそう言った。奴が言う以上は絶対だ。恐らくこの世界で誰よりも長くこの世界を見守り、悠久の刻を生きて来た奴だからな。疑うのは世界そのものを疑うに等しい。



 だからこそ時間の壁じゃなく次元の壁を越える。別の世界へと移動する事さえ出来れば、時間軸すらも俯瞰で見る事が出来るだろう。



 尤も、そう簡単な話じゃないのはわかりきっているけど……



「。。。できる。。。ミロちゃんなら」



「……え」



 壮大なスケールで取り組む覚悟だっただけに、始祖ミロの呆気ない肯定には戸惑いを超えて若干拍子抜けだった。



 尤も、例え可能だとしても実現するまでは途方もない年月と労力が――――



「。。。魔法でひとっ飛び。。。ぴろぴろぴろびゅーわー。。。って感じ?」



「……はあ」



 なんか思っていたのと違うな。聞いた話ではこの世界で一番異世界に詳しい御方の筈なんだけど、想像してたのとちょっと違う。見た目も幼女以外の何者でもないし……本当に大丈夫なんだろうか?



「。。。おうおう。。。ミロちゃんの言う事が信用できないっていうなら。。。今すぐやってやんよ。。。ミロちゃんの聖なるピース食らってみるか。。。?」



「嫌ですよ聖水が目に染みそうだし」



「。。。魔王は面白い奴だって紹介してきたのに。。。面白くない」



「そりゃ面白くもないですよ。仲間は全滅、ギルドは崩壊、拠点にしていたアインシュレイル城下町も半壊。精も根も尽き果ててます」



「。。。ごめん」



 ……謝られるとは思ってもいなかった。神様みたいな存在だと思っていたから。



 魔王はこの幼い見た目の人物を『ヒーラーの始祖』だと言った。なんでも、魔王と長年にわたって術の開発を競っているとか。友人関係って訳じゃないが色々と腐れ縁らしい。



「。。。事の顛末は魔王に聞いた。。。本気で時間を遡るつもり。。。?」



「はい。その為に異世界へ一旦移動したいんです」



「。。。その後のプランはあんの。。。ないの。。。どっちなん」



「ないです。二度と戻って来られないかもしれない。でも試す以外に選択肢はないんです」



 他に要領の良い方法があるなら是非教えて欲しい。自説に固執するつもりなんて一切ない。



 俺が願うのは一つだけ。あの理不尽な破壊行為を無効にして、仲間達が死なない未来を作る。それ以外には何もない。



「。。。その思いつき自体は評価する。。。でも良くない」



「無謀なのは承知の上です。それでも……」



「。。。違う。。。ミロちゃんが言ってるのは。。。お前の根性が良くないって事」



 ……根性? 急に精神論ぶっ込まれた。



「。。。或る一つの事象に対して。。。それにやり直しが利くかどうかはこの世界の理が決める事。。。一度壊滅した街は二度と元に戻らない。。。そんなの常識」



「……わかってます」



 失敗したからと言って全ての事象がやり直せる訳じゃない。わかってるつもりだ。



「では、どうして俺が城下町半壊事件を受け入れられずにいるのか順を追って説明します。長くなりますよ。覚悟は良いですか?」



「。。。嫌だ。。。ミロちゃん長話嫌い。。。」



「善処しますから」



「。。。優しい。。。聞く。。。」



 なんでちょくちょくチョロいんだよ。格が安定しないな。



 何にせよ、この方は魔王に紹介された俺にとってのキーパーソン。まずはこの方に理解を示して貰わない事には話にならない。



「俺たち人間が魔王を倒そうと四光と九星を集めている、って話は御存知ですか?」



「。。。始祖なめんな。。。余裕の既知」



「失礼。その13の武器全てが穢されて、魔王に通じる武器がなくなったんです。人類にとっては事実上の敗北ですよね」



「。。。あの魔王は。。。人間を滅ぼす気ないよ。。。?」



「俺も本人からそう聞きました。少なくとも"今は"人類を滅ぼすつもりはないって」



 遥か昔――――太古の時代。



 行き過ぎた力を持ち自然を安易に破壊し世界の秩序を崩壊させた人類の祖先に対し、魔王は警告を出した。しかし彼等は受け入れず、とてつもない力を持つ魔王をも自分達の手中に治めようと目論んだ。



 結果、人類は滅びた。



 魔王にしてみれば、訳もなく自分に敵意を向けてくる人間という種族が理解できなかったらしい。当時の事を悔やんではいないものの、余り良い気はしなかったと言っていた。



 その後も人類は再び生まれ、多少の進化と増長の末にまた絶滅……って流れを何度か繰り返したそうだ。



 結果、人間にとって魔王は自分達の最大の脅威であり打倒すべき最終目標――――とマギに刷り込まれてしまった。



 魔王は悪。その固定観念から抜け出す事はまず出来ない。魔王と会って話をして、その人となりを知ってから判断する……なんて事は通常あり得ないからな。偶像からどんな存在かを予想する事しか出来ない。



「俺も当初は何の疑問も持たず、魔王を討つ事が人類の安全とより良い暮らしに繋がると本気で思ってましたよ。けど魔王を倒す術はもうない。封印も無理。だったら……」



 我ながら行き過ぎた選択だったのは否定できない。ただ、これ以外に思い付かなかった。



「永遠に魔王と戦い続けるしかないって思って、それを可能とする結界を開発する事にしたんです」



「。。。それも聞いてる。。。なんか異世界から。。。んべゃーってなるパワー貰った反則技って。。。」



「まあ大体合ってます」



 魔王の攻撃すらも通さない最強の結界魔法。それを開発して魔王と永遠に戦い続ける。その為に仲間から離れ、城下町からも離れ、単身で魔王城へ乗り込み魔王と一対一で戦う所までこぎ着けた。

 


「戦いは熾烈を極めました。常時とんでもない熱量の攻撃を仕掛ける魔王に対し、俺の作った結界は見事に適応してくれた。完璧に防ぐ事が出来た。でも俺はその安堵よりも魔王の圧倒的かつ多彩な攻撃に惚れ惚れと……」



「。。。その感想。。。いる?」



「いる」



「えー。。。」



 実際、魔王は凄過ぎた。人類が何百年鍛えようと到達できないような高みにいる。仮に四光と九星が全て健在でも、果たして人類に勝機はあっただろうか。それくらい一つ一つの攻撃が規格外だった。



「向こうは向こうで、どれだけ手を尽くしても壊せない結界に苛立ちより興奮を覚えたって言ってましたけどね。そういえば途中笑ってたなあ」



「。。。知ってる。。。魔王はそういう性格。。。ミロがすっごい魔法作ったら我ワクワクすっぞっつって。。。対抗心燃やすような奴」



 確かにそういう性格だ。無敵の存在なのに負けず嫌いで泥臭い一面もあって、人間より人間らしい。もしかしたらあいつが人類の……いや、それは考え過ぎか。



 こっちの結界は余所様の世界からエネルギーを貰っているお陰で無尽蔵。しかも結界内は時間が経過しないから肉体年齢は維持。



 対する魔王は魔王だから体力底なし、経年による肉体的変化なし。老化も寿命も恐らくない。


  

 俺の思惑通り、究極の持久戦となった。



「長く戦ってるとお互いに情が湧いて……割と早い段階でなあなあになってた気がします」



「。。。魔王。。。楽しかったと思う。。。友達少ないから」



「魔王が友達多かったら嫌ですよね」



「。。。それな」



 敵からも味方からも恐れられる孤高の存在。それが俺の中、いや世界共通の魔王のイメージだ。



 俺は真逆だった。何処にでもいる一般庶民。だからこそ仲間に恵まれた。



 お互いの気持ちなんてわかり合える筈もない。本来なら俺は魔王に立ち向かえるような人材じゃないし、魔王は俺みたいな有象無象の顔を覚える必要なんてなかっただろう。



「魔王の攻撃は苛烈で、幾ら結界が防いでくれると確信していても気が休まる事なんて一切なくて……そんな状態が続いた所為で、城下町の異変を感知できなかったんです」



「。。。魔王軍の奴が人間に化けて。。。聖噴水を転移させたんだったっけ」



「はい。でも本当は、それくらいで崩壊する筈なかったんですよ。俺の結界の一部を住民に預けていたから」



 預けていたといっても、いざって時の安全保障の為にそうした訳じゃない。彼女の中に内在している危機を回避するには他に方法がなかった。



 虚無結界は根源的な孤独を起点にして発動する。彼女は決して一人じゃないし愛情をたっぷり貰って育ったけど、その純粋さ故に幼少期に刷り込まれた孤独は決して消えない傷痕になって残っていた。その傷があるからこそ虚無結界が有効だった。



 彼女は自分の死を孤独とは思わないだろう。でも彼女の大切な人の危機には必ず反応する。彼女の中の虚無結界は城下町を守ってくれる。



 その筈だった。



「虚無結界が発動しない筈がないんです。当然破られもしない。なのに現実は……城下町ごと滅ぼされてしまった」



「。。。それは。。。魔王も不思議がってた」



「俺は、何者かが外法を用いて城下町を壊滅させたんだと解釈してます。だったら外法には外法で対抗しないと」



 時間を操作して過去改変、なんて烏滸がましい事は考えちゃいない。本当に、純粋な一つの流れとして城下町が滅ぼされたのなら、その現実を受け入れるしかないのはわかってる。



 でも始祖の言う『この世界の理』とやらの範疇を超えたやり口でそれが行われたのだとしたら、受け入れる訳にはいかない。



「始祖。貴女は城下町が滅びる事を予見しましたか?」



「。。。いんや」



「魔王もしていなかったそうです。貴女達のような人智を超越した存在が全く予期できない、予感さえないような大規模破壊だったとしたら、この世界の範疇を超えた力が働いた可能性がある」



「。。。だから。。。やり直しが利くかもしれない。。。とはならんだろ普通」



「どうせ他にやる事もないですし」



「。。。覚悟決まってんな」



 元々、残りの人生は全部魔王との戦い……時間稼ぎに費やす筈だったんだ。今更惜しいとも思わない。



 理不尽に奪われた皆の命は必ず取り返す。



「。。。異世界に行くのは難しくない。。。死んでマギだけになって。。。指向性と方向をキッチリ合わせて転移させて。。。目的の世界でマギを失った身体に宿れば良いだけ」



「なんか最初の方にしれっと一つしかない命が消されてるんですが」



「。。。だぁほ。。。違う世界に行くのに。。。生きていられる訳ないだろ」



 ……確かに。マギ分離したところで肉体にマギが戻らないなら、いずれ朽ち果てるもんな。



「。。。肉体をちゃんと管理しとけば。。。マギが戻り次第蘇生は出来るから。。。そこは問題なし」



「了解。指向性と方向ってのは?」



「。。。正しい転生の手順みたいな感じ。。。それが最難関。。。少しでも失敗したら。。。螺旋菌とかになる」



 よくわからないけど多分転生したくないランキング上位のやつなんだろう。



「。。。まあミロちゃんは。。。性格が良いから交友関係も広いし。。。そういうの得意な奴知ってるから。。。紹介してやっても良いけど?」



「宜しくお願いします」



「。。。その代わり。。。ミロちゃんを褒めろ。。。ありとあらゆる語彙を搾り尽くして。。。餓死するまで褒め続けるのだ。。。」



「えぇぇ……そんなに評価に飢えてるんですか?」



「。。。飢えてる。。。褒めて。。。ミロちゃんの素晴らしさを。。。特に顔を」



 顔を褒められたい始祖なんているんだな……あの悪名高いヒーラーの始祖だけあって癖が強い。



 中々の難題だけど、これさえクリアすれば異世界へ行ける。そして過去に戻れる。




 過去に――――









「……」


 夢を見ていた気がする。それもかなり現実的な……実感の伴う夢。だけど内容は全くと言って良いほど覚えていない。


 有名な教授が言っていたけど、夢ってのは基本全てを覚えているものじゃないらしい。あくまで断片的な内容が残滓となっているだけで、覚醒後にそれを何回も再生する事で『こういう夢だった』と固定化しているだけに過ぎないとの事。


 夢ってのは現実と混合すべきじゃないもの。だから脳は忘却を選択する。より正確に生きる為に。


 だからこの感覚は正しい。例え夢の内容が今の俺にとって重要な情報になるとしても。


 ……つーか今は夢を気に掛けている場合じゃない。現実に目を向けないと。過去だけど。



 昨日は結局、シキさんが不機嫌になったからお開きになっちゃったんだっけ。まあ昨夜話するのも今朝話すのも大差ないから良いけどさ。


 俺とシキさんが過去に来ているこの状況、恐らく定点カメラになって前日の大浴場の女子会を眺める事になったあの現象と無関係じゃないだろう。ただあの時は全く自由度が違う。


 あの時の事をシキさんに話さなきゃいけないのは地獄だけど、言わない訳にはいかないからな……覚悟を決めよう。その上で現実に戻る手段を模索しないと。


「さて……」


 シキさんが泊まっている部屋の目の前にやってきたは良いけど、なんて声をかけたものか。


 まあ普通で良いよな。別に遜る理由もないし。堂々としてりゃ良いんだよ。俺はギルドマスターだぞ。


「おはようございまーす。シキさん、起きていらっしゃいますかー? 出来ればその、現状とかこれからの事について話し合いをさせて頂きたく……」


 ……返事がない。まだ寝てるのか?


 向こうが『話は明日』っつったんだ。居留守って事はないだろう。扉が分厚すぎて声が聞こえてないとか?


 ならドアをガチャガチャさせて……あれ?


 開いてる……?


 鍵閉めてなかったのかな。元いた世界と違ってオートロックなんてないし、閉め忘れくらいは普通にあり得るか。


「シキさーん。起きてる?」


 ……やっぱり返事がない。他の客の手前、朝っぱらから大声も出せないし……これもう入るしかないよな。


 不本意だよ? そんな女性の部屋に無許可で突入するなんて。普通なら許されない事だ。でも万が一シキさんが倒れて意識不明になっていたらどうする? 安全確認はとても大切だ。決して邪な気持ちで判断した訳じゃない。


 俺は……入るぞ!


「お邪魔しまーす……」


 扉を開けると、そこには――――



 誰もいなかった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る