第五部07:旧時と給餌の章
第434話 誰と泊まってたの?
昔の城下町……
異世界転生して半年程度しか経っていない俺には全く縁がない風景だ。
それだけに具体性のある判断材料がない。今の城下町とは違うって事だけはわかるけど……
「昔って、どれくらい?」
「少なくとも10年前くらいはまだこんなだったよ。急に大掛かりな舗装工事が始まって少しずつ整備されてったけど」
「それまではこんなガタガタの道路だったのか。工事に予算を掛けられなかったのかな」
「って言うより、庶民の生活に王様が興味なかったんじゃない? あいつら王城とそこに繋がる道路だけしっかりしてれば良いって考えてそうだし」
随分な物言いだけど、治安部隊すら派遣していなかった実状を考えるとシキさんの見解は妥当だ。
城下町は王城の防御装置であり国の豊かさの象徴。本来なら最優先で外観を良くしなきゃいけない都市だ。
それにインフラ整備は市民の生活水準を向上させ産業発展の基盤を構築し、経済を活性化させ国力を安定させる極めて重要な取り組み。それをサボるのは王族にとってもデメリットしかない訳で、普通じゃ考えられない。
まあ、そういう非常識な王族だからこそ魔王城最寄りの街からこっそり逃走する計画を立てていたんだろうけどさ……
「だったらどうして今の城下町はしっかり舗装されてんの?」
「確か精霊の王が来るって話が出て、それで慌てて綺麗にしたんじゃなかったっけ。結局来なかったらしいけど」
「精霊の王……」
まあ精霊界なんてのがあるんだから、そこを治める精霊がいるのは当然か。
問題は――――
「当時はまだ断交状態じゃなかったのかな」
「それは知らない。そもそも精霊と人間が断交してたのだって初耳だったし」
そういえばティシエラすら知らなかったんだった。って事は五大ギルドも関与していないトップシークレット案件。ペトロは知っていたから精霊側では特に口止めはされていなかったみたいだけど。
「ちなみに精霊の王ってどんな奴か知ってる?」
「知らない。人間と違って精霊は強い奴が統治してるから、化物みたいに強いのは間違いないだろうけど」
「そっか……」
本来なら、こういう時こそ精霊を喚び出して聞けば簡単に知り得る情報だった。けど今の俺は何故か精霊折衝を使えない。
「要は見栄で整備したって訳ね」
「そ。だからこそ丁寧に舗装したみたい」
幾らポンコツ王でも精霊相手にボロボロの城下町を見せるのには抵抗あったんだな。人間って種族全体が見下されるとでも思ったんだろうか。何にしてもナメた政策だ。
通常、そんな思い立ったが吉日で大規模な道路工事なんて出来る訳がない。でもこの世界には魔法やら便利アイテムやらがあるから、金とマンパワーに糸目付けなきゃ突貫工事でどうとでもなったんだろう。
何にせよ、俺達が今見ている風景が過去の城下町って線はかなり濃い。
けど――――
「だからって、時間を遡ったとは思えないけど」
シキさんの言うように、そんな超常現象が起こったと考えるのは早計だ。
以前、俺はこの状況と酷似した体験をした事がある。コレーの亜空間に閉じ込められた時だ。あの時に強制転移させられた空間も見た目は城下町と全く同じだったし、通行人の姿が全く見えない点も共通している。
つまり、過去の城下町を模した亜空間って可能性も十分にあり得る。過去の風景が広がっているからといって過去にタイムスリップしたと即座に断定する訳にはいかない。
ただ、仮にここが本当に過去の城下町だったとしても通行人がいないのは不自然って訳じゃない。街灯を設置する以前は夜になるとここら一体真っ暗っだったし、日が落ちる前に帰宅するのが普通だった筈。この時間帯なら人気がなくなるのは自然だ。
そして勿論、通行人がいなくても人の有無を確認するのは難しくない。その辺の民家を訪ねてみれば良い。けど知らない人の家に突然押しかけて不審者扱いされるのも面倒だ。インターホンなんてのもない世界だし。
だったら――――
「やっぱりギルドに行ってみよう。少し怖い気もするけど」
当然だけど、ここが過去の城下町ならアインシュレイル城下町ギルドはまだ存在していない。建物はあってもそれは俺が譲り受ける前、ユマの父親が経営していた武器屋ラーマだ。
逆に言えば、そこに行けば知り合いに会える。向こうは俺の事なんて知る訳ないけど、少なくとも他人と会うよりは心情的に楽だ。
「……」
シキさんは頷きもせず、露骨に歩を速く進め始めた。
転生して実感した事が一つある。それは人間の歩くスピードは肉体じゃなく精神によって決まるって事だ。
本来32の俺が、20歳の身体を得た。
最初はもっと戸惑うと思っていたけど割とすぐ順応できた。でも歩く速さは今でも自分でイメージしているより大分遅い。普通に歩いている感覚だったのに初老のお婆さんにまで抜かされてしまった事があった。
20歳の頃の俺は、割とチャキチャキ歩いていた。時間に追われる生活でもなかったのに、何かに急かされているように一歩一歩を意識的に早めていた気がする。歩く速さが周りよりも上でなきゃいけないって焦燥感すらあった。
恐らく今の俺は当時より精神的に余裕があるんだろうな。不思議な話だ。今の方が何かと忙しない日々を送っているのに。
そんな事を考えながらシキさんの後を追っていると、その心に余裕がないとハッキリわかる。でもそれは奇妙な現象に巻き込まれたからって訳じゃなさそうだ。少なくとも困惑や不安が前景に出ている様子はない。
寧ろ……ん?
「ない!!」
「……隊長?」
「パーネスがない!! 看板が違う!! 何これ!?」
生地に拘りを持ってパンのポテンシャルを最大限に発揮する事に定評のある昔ながらのメニューを中心に安定感たっぷりで客の信頼を勝ち取っている俺の大好きなパン屋が消失している!
代わりにある看板は……皮なめし屋【ペロンチョ】? 知らない俺こんな店知らない。
「シキさんパーネスっていつ店始めたか知ってる」
「さあ」
「じゃあこの皮ペロペロ嘗める店って昔あった?」
「そんな目バッキバキで訳のわからない事言われてもね。ペロンチョは確か5年くらい前まであったかな。店の主人が高齢で引退して、跡継ぐ職人もいなかったから畳んだんじゃなかったっけ」
そら皮ペロなんて特殊な技能持ってる奴はそうそうおらんだろ。クラストなら幾らでも嘗められるけど。
「取り敢えず過去の城下町を綺麗にトレースしてるのは間違いないなさそうだ。この俺がパン屋の位置を間違えるなんて万が一にもあり得ない。そしてパーネスが潰れて即座に別の店が入るなんて事もまず考えられない。パーネスは人気店だからね。アイディア勝負の店も勿論素晴らしいけどパンの基本を大事にしているこういう店は老若男女問わず厚い支持層がある。何より職人の腕が良い。技術は勿論パンを心から愛して本気で取り組んでいるのが生地を噛みしめれば噛みしめるほど伝わって来る。そういう信念をもって構えている店は決して予告なく潰れはしない。仮に店を畳むにせよ日時を事前に知らせ常連客一人一人に挨拶してから終わらせる。俺にはわかる。そういう店を幾つも見届けてきたから。わかってしまうんだ」
「隊長ってパンが絡むといっつも頭おかしくなるよね」
「ありがとう」
「……」
今まで見たシキさんの中で一番感情を表に出した顔してるけど、まあ良いや。取り敢えずギルドに向かおう。
――――案の定、アインシュレイル城下町ギルドがある筈の場所にはラーマがあった。
建物自体は変わらない。俺がギルドを設立する前に見た時には既に潰れて荒れ果てていたけど、今目の前にあるのは普通の武器屋だ。
まだ店は営業中らしい。
「入ってみよう。それでほぼ状況がわかると思う」
民家と違って店なら入る事に躊躇の必要はない。
さて――――
「お、悪ィなお客さん。もう閉店する時間なんだ」
予想はしていた。
でも実際目の当たりにすると強烈な違和感を抱いてしまう。
間違いない。ユマ父だ。
ただ俺が知っている彼よりも明らかに若い。既に確定的ではあったけど、これで疑う余地はなくなった。
ここは過去の城下町だ。
後は一体何年前なのか。でも直接それを聞けば怪しまれる。それだけは避けたい。
だったら……
「こんな時間にすみません。実は俺の妹が娘さんに大変お世話になりまして。ここの娘さんだとお聞きして、その御礼をと」
「は? 何言ってんだ? ウチの娘はまだ3歳だぞ?」
3歳か。確かユマ、受付に採用する時書いて貰った履歴書に14歳って書いてたな。
って事は11年前か。
「あれ? 娘さん、ユナさんじゃないんですか?」
「惜しいな! ウチの世界一可愛い娘はユマってんだ! 覚えときな!」
「あーすみません聞き間違いでした! 大変失礼しました!」
「しゃーねーな。今度はもっと早い時間に来て武器を見てってくれよな」
「はい! お騒がせしました!」
……ふぅ。
「隊長ってこういう事だけはホント要領良いよね」
店に声が聞こえない距離まで離れた後、シキさんがジト目を向けてくる。ありがとう。
「取り敢えず11年前って事はわかった。後は……くしょっ」
季節は転移前と同じ冬。少し風が強いし、このまま外にいると身体が冷えちまうな。
「シキさん、11年前って今と同じ貨幣だった? デザインとか変わってない?」
「それは大丈夫。金貨銀貨銅貨、全部使える」
「なら今すぐ宿を取って、そこで現状を整理しよっか」
「……」
え、何その反応。ドン引きしてるじゃん。
「なんかさり気なさ過ぎて気持ち悪いんだけど。こういう手口やり慣れてない?」
「手口って何!? 宿取らなきゃ今日何処で寝るのさ!」
「そうだけど……なんか嫌」
理不尽過ぎる。こんな訳のわかんない状況で臨機応変に対応して頑張ってるのに。寧ろ褒められたいくらいなのに。
ああ、でもそうか。なんかピンと来た。
「もしかしてだけど、動じなさ過ぎてキモいって思われてる?」
「すっごい思ってる」
やっぱりかい。まあ実際、動揺は殆どしてないからな。
「一応、それには理由があるんだ。その事も含めて宿でじっくり話をしよっか」
「……」
「だからそこで引かないでって!」
これじゃまるでしつこくホテルに誘うナンパ男みたいじゃん……通行人いなくて良かったよ。
「ってか普通に二部屋取るし。なんなら宿もシキさんが決めてよ。そこまで信用できないならさ」
「別に……そこまでは思ってないけど……」
バツの悪そうな顔をしつつ、シキさんは少し身体を縮こめてる。明らかに寒そうだ。
「はぁ……それじゃ隊長の好きにして良いよ」
「はいはい」
そんなこんなで――――宿へと移動。
こういう時って大抵、一部屋しか空いてなくて二人で一緒の部屋だったらOK……みたいな流れになるのがお約束だと思うんだけどフツーに二部屋確保できました。何でだ。運2だからか。
「ま、何はともあれ財布持ってて良かったよ。こんな時間じゃ鑑定所も開いてないだろうし」
「……」
寝る前に話す事が山ほどあるから、取り敢えず俺の部屋へシキさんに来て貰っている状態。勿論、だからといってシキさんにとってアウェーって訳じゃない。
なのにさっきからシキさんが一言も喋んないんですけど……何でよ。まだ何か俺に不信感持ってんのかな。やだなあ。今までも二人きりの時何度もあったけど別にやらしい事なんてした試しが……
あ、直近であったわ。脇腹触っちゃって、そこが弱点ってわかってその後ちょっとだけイジった事あったわ。そら警戒もされますわ。
しまったなぁ……珍しくシキさんが弱いトコ見せたもんだから舞い上がって変なテンションになっちゃったんだよな。やっぱ慣れない事はするもんじゃないな……
「なんか大変な事になったね。そろそろギルドのみんなも心配してるかな?」
「さあ」
あからさまにトーンが低い。後、まるで近付くなと言わんばかりにベッドの傍に佇んでなんか凄いオーラ出してる。
でも仕方ないか。ギルドで二人きりとか、他のギルド員が別室にいる温泉宿での二人きりとはちょっとシチュエーションの密度が違う。警戒するのも無理はない。俺としては無害な男アピールを続けるしかないか……
「それより隊長」
そんな事を考えていた俺に、シキさんが刺すような視線を向けてきた。
「この宿利用した事あるでしょ」
「……へ?」
「すぐここを選んだし、入ってからも中の様子とか全然確認してなかったし。違う?」
急にどうした。っていうか別にそこ気にするトコでもなくない?
「まあそうだけど。城下町に来て暫くはここ拠点にしてたし」
「誰と泊まってたの?」
「んん?」
「ここ、結構広いし一人だったら普通選ばないよ。来てすぐの頃だったらお金だって大してないでしょ」
確かに……決して高くはないけど格安ってほどじゃないし、貧乏だったら進んでは選ばない。
俺がこの宿を利用していたのはコレットに紹介して貰ったからだ。宝石集めて荒稼ぎしてる冒険者のコレットがわざわざ愛用するだけあって、値段の割に雰囲気はかなり良い。逆に言えば、誰かの紹介がなければどうせ高いだろうをタカを括って入ろうともしなかっただろう。
「で、誰のヒモだったの?」
「ヒモじゃないヒモじゃない! 寧ろヒモにされそうだったのを必死に抵抗したんですわ!」
「ふーん」
「……な、何?」
ジト目は嬉しいけどそんな舐め回すように見られると怖いよ。つーか感情も目的もわからないから更に怖い。
「コレットか」
……マジですか。
名探偵シキさん爆誕の瞬間だった。なんで俺の周りは名探偵が多いんだよ。殺人事件も起きてないのに。
「なんかもう疲れたから寝る。話は明日」
「え? いや、でもまだ……」
「明日」
「……はい」
こっちの意志を無視して、シキさんは足早に部屋を出て行った。まるでここに居たくないと言わんばかりに。
もしかしてだけど(もしかしてだけど)もしかしてだけど(もしかしてだけど)これってコレットに嫉妬してるんじゃないの?
……なんて思いつつ確信までは持てない。持てる日が来る気もしない。それなりの成功体験だの甘酸っぱいやり取りだのを経てもこれだからな。多分『女心をわかった気になっている自分』が凄く嫌なんだろう。我ながらしょーもない自己分析だ。
それはそれとして、明日のシキさんが機嫌悪かったら結構困る。こんな状況で連携取れないのは流石にシャレになんない。
……そんな微妙な心持ちでこの日は終わった。
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