第241話 ギルドの暗黒化

 我がアインシュレイル城下町ギルドは、誉れ高くも防衛勲章を授与し、これまでより一段階上の格を得た。ギルドを立ち上げてから約三ヶ月での快挙。狂おしいほど自画自賛したい。


 バイオグラフィー的にはまだまだ浅く、新米の域を出ないギルドではあるけど、ここ数ヶ月における城下町への貢献という意味では、決して他のギルドに引けを取っていないという自負もある。新進気鋭のギルドとして、きっと多くの市民から認知されたに違いない。



「あの、ここってベリアルザ武器商会に買収されたんですよね?」


「違います」



 ただし、その認知は恐ろしいほど歪んでいた。


「なんでこうなるんだ……」


 通行人に同じ質問をされたのは、これでもう13回目。その度に気が滅入って仕方ない。



 ――――現在、ウチのギルドには先日まで存在しなかった二つの要素が増えている。



 一つは防衛勲章。ギルドのど真ん中に台座を構え、高価なガラスケースに入れて展示してある。仰々しいのは承知の上だ。ギルドのイメージアップの為なら、これくらいはやらないと。


 そしてもう一つの要素が、副賞として頂いた暗黒武器100選。御主人とルウェリアさんが精魂込めて厳選した、ベリアルザ武器商会オススメの武器100点だ。勿論、全て漏れなく暗黒武器。端から端まで清々しいまでに毒々しい。


「これってさー、マジで在庫処理じゃねーの? 信じらんないんだけど」


「だよな……」


 ホールの壁をビッシリと埋め尽くした暗黒武器の数々を眺めながら、ヤメが白い目で呟いたその言葉は、事情を知らなければ当然の指摘だった。


 でも違う。この武器達は決して在庫処理の為に体よく押しつけられた呪いのアイテムという訳じゃない。


 ベリアルザ武器商会は大規模な武器屋ではなく、店に展示してあった武器の種類はせいぜい30種類程度。でも在庫品はその限りではなく、倉庫はかなり切迫していた。何しろ自分達の琴線に触れた暗黒武器を採算無視で仕入れ、売れない武器を次から次に入れ替えていたもんだから、種類の豊富さだけなら売上トップのライオット武器商会にも引けを取らない。一点物ばっかりだから数自体は雲泥の差だけど。


 けれど今回、武器屋を王城に移転する事になり事情が変わった。圧倒的に広いあのスペースを埋める為、全ての在庫を開放。全種類の暗黒武器を玉座の間一面に飾る事となった。


 ただ、一箇所にそんな数の武器を並べたところで、王城にわざわざ赴かないと目に出来ない訳で、壮観ではあっても宣伝効果は薄い。


 そこで!


「泣く泣く展示していた武器の一部をウチのギルドに譲渡する事で、暗黒武器に『殊勲者への贈呈品』としての価値があるという事を広く周知させようとしたらしい」


「……その意図もよくわかんねーけど、100コもあげる必要あんの?」


「そこはインパクト重視なんだろうよ。『副賞として武器を10点贈呈しました』じゃ普通過ぎて誰も気に留めようとしないけど、100点だと『んんっ?』ってなるだろ?」


「なるけど、コイツら頭イカれてんなーとしか思わねーよ?」


 ……論破されてしまった。ですよねー。斯く言う俺もそう思いますもん。


 まあ、勲章の副賞なんてどうせ国家予算から捻出するんだろうし、ベリアルザ武器商会が負担しているとは思えない。予算の範囲内で考案した結果が『暗黒武器100選』だったんだろう。終盤の街だからね。それくらいの大盤振舞もするだろうよ。


「ま、価値がどーこーは別に良いけどさぁ……これウチで飾る必要あんの?」


「涙目で頼まれたんだよ。断れると思うか?」


 実際、副賞の内容を聞いた時点で即座に断ったんだけど、御主人とルウェリアさんがどうしてもって言うから……あの二人には大恩があるし、結局折れるしかなかった。シキさんも呆れとったわ。


 とはいえ、流石にこの展示を長く続ける気はない。二人への義理と副賞を貰った証拠として一週間くらい飾って、後は俺の部屋にでも保管しておけば良い。武器100点っていうと凄まじい数に思えるけど、積んで寝かせておく分にはそこまでスペースは取らない。


 それにしても……こうも暗黒武器が並ぶとギルドの雰囲気も別物になるな。


 アンラ・マンユと呼ばれる悪魔系モンスターを模した、巨大な目玉からコウモリの羽のような物が生えているビジュアルを鍔に落とし込んだ【アーリマンショック】。剣身は目玉から流れる血の涙をイメージして作られたらしい。


 とある槍士がモンスターを下半身から上半身にかけて串刺しにした姿に感銘を受けて作られた【クシアスの槍】は、由来を知らずに出会っていれば、そういう類の芸術品に見えたかもしれない。


 子供が毒親に捨てられ、大人になって毒殺し復讐を果たす物語をモチーフに制作された【匕素フラクス】は、巻くのを失敗したソフトクリームのような形状をした謎すぎる剣。コンセプトと形状の不協和音が凄まじい。


 もうなんて言うか、忌まわしさ選手権を開催しているような装いだ。


「これさー、別に客入れる店とかじゃないからってやってんだろうけどさー、普通にギルド員減るんじゃね?」


「言うな。マジでビビってんだから」


 ただでさえ幽霊ギルド員問題に揺れている中、ギルドの暗黒化という由々しき事態に翻弄され、俺のメンタルはゴリゴリに削られていた。


 そして更に、もう一つの問題が――――


「隊長。イリスチュア、今日の夕方空いてるって。ビルバニッシュ鑑定所の近くのレストラン、予約入れておいたから」


「あ、うん。ありがとう」


「……」


 シキさんとの距離が妙に近くなった事で、ヤメの視線が日に日に刺々しくなっている事。今も毒針のような目で睨んでいるのが想像に難くない。怖くて見られないけど。


「おうクズ」


「く、クズ……?」


「てめーシキちゃんに何やらせてんの? 他の女との密会の約束をさせて、しかもデートで使う店の予約とか……グズグズのクズじゃねーか」


「違うわ! 仕事の打ち合わせなんだよ! 交易祭の件で意見交換をだな……」


「……」


「な、何だよ」


「ギールマターってさぁ、そういう相談みたいなやつ、全部女とやってね? 何なん? ハーレム気取りか?」


 うわ言われちゃったよ! 自分でも気にしてたのに!


「その点に関しては……言い訳のしようもなく……」


「まーウチのギルド、ロクな男いねーから仕方ないっちゃ仕方ないんだけどさー。仮にも代表が外で女とばっかイチャイチャしてたらさー、ギルドの評判ガタ落ちなんじゃね?」


 返す言葉もない……強い男へのコンプレックスが、この偏った交友関係を構築させてしまった。


 でも今回ばかりは仕方ないんだ。交易祭ってプレゼント交換がメインだし、もっとノリノリで告白できる祭りにしろって指令をフレンデリアからも受けてるし、どう考えても女性からの意見を重視すべき状況なんだ。


 とは言え、もう少し男の意見も取り入れるべきなのは事実。この機会に新たな交友関係を築く努力をすべきかもしれない。新規開拓ってやつだ。なんかちょっと違うかもだけど。

 

「何にしても、シキちゃんを雑に扱ったらお前の命も雑に扱うから忘れんなよ」


「お、おう」


 ……もしかして、ウチのギルドの誰よりオスみが強いのってヤメなんじゃなかろうか。


 そんな下らない事を思いながら、日中を忙しなく過ごし――――





「悪いね、時間取らせて」


 夕刻。


 シキさんの予約してくれた店に向かうと、一足先に着いていたイリスが冬の装いで待っていた。


「んーん全然。まず注文しよっか」


 このレストランは、マイザー戦の直後に無銭飲食しちゃった飲食店や娼館の近くにあるレストラン【リング】と比べると、明らかにワンランク上。俺の経済事情よりも見栄の方を重視したのね、シキさん。


「あの、パンってあります?」


「あぁーすみません。パンは置いていなく――――」


 注文は終わった。その後のやり取りも、何を頼んだかも覚えていない。パンがない飲食店なんぞに海馬を働かせる価値なし。


「ティシエラから聞いたんだけど、交易祭のイベントを考えてるって?」


「そそ。貴族のお嬢様に頼まれて、もっと若い世代が盛り上がるようにしなくちゃいけないんだけど……協力して貰えないかな」


「うん、私で良ければ何でも言って。こう見えて、お祭り騒ぎって結構好きなんだよねー」


 知ってる。魔王に届けの時に一番はしゃいでたもの。


「プレゼント用の宝石加工の注文って、もう結構入ってる?」


「んー、入ってる事は入ってるけど、数はそんなでもないかな。やっぱりそんなには盛り上がってないって感じはするねー」


 フレンデリアの危惧していた通り、宝石をプレゼントに選ぶガチ勢は少ないんだな。そこをどれだけ増やせるかが成功の鍵になりそうだ。


「やっぱり、伝統のお祭りってだけで気が引けるよね。別に強制はされてなくても、なんか圧を感じるっていうか……前例に倣ってああしろ、こうしろみたいな」


「同じような事をユマも言ってたなあ」


 やっぱり拒絶反応が相当出てるんだろうな。この状況だと、仮に何かしらの新しいイベントを開催したところで、思うような成果はあげられそうにない。


 こういう時に良く使われる手法として、ガワを変えるっていうやり方がある。交易祭って名前を変え、若い世代に求心力のある人気者を広告塔に据えて、全く別の物になったと大々的にアピール。よくよく見るとやってる事は大して変わらず、関わっているスタッフも同じだけど、それでも先入観が大分薄らぎ、食いつきが格段に良くなる事もある。


 でも今回はそんな時間はない。何より、俺みたいな新参者が伝統ある祭りの名称を変えるなんて許されないだろう。


「この空気を変えるには、ブームを作るしかないんじゃないかなー。この流れに乗らなきゃ遅れてる! みたいな」


 ブームか……確かにそれが一番、若い世代には響くやり方だろな。


 元いた世界で当てはめるなら、ハロウィンがまさにそれだった。日本では馴染みのないお祭りだったのに、某ィズニーシーでハロウィンイベントを大々的に行った頃から流れが来て、仮装して街中で騒ぐノリが世相とマッチして一大ブームになった。終焉も早かったけど、一時は熱狂的なイベントと化していたのは間違いない。


 今回俺がやらなきゃいけないのは、若い世代に『この祭りでガチ告白したい』『恋人を作りたい』と思わせる事。だとしたら、やっぱり『このプレゼントを贈ると確実に恋が実る』みたいなわかりやすいアイコンを作って、それをブーム化させるのがベストか。


「宝石でも何でも良いんだけど、何か恋にまつわるアイテムってない? 出来れば有名なやつで」


「あるよー。いわく付きのが」


 お、あるのか。なら話は早い。


「ラルラリラの鏡とか」


 ……え?


「あれって邪気を払う鏡じゃなかった?」


「そだよ。だから、それを相手にプレゼントすると『私だけを見て』って意味になるの」


 要するに浮気心を払うって事か。そう言えば、前に似たような理由でアイザックが魔除けの蛇骨剣をプレゼントに選んでたっけ。


 そう考えると、若干ヤンデレ感のあるアイテムに思えてきたな……


「宝石だったらシンクルビーかな。別名『血涙の結晶』って言って、長年連れ添った恋人に裏切られた女性が、相手とその家族を呪い殺す為に毎日血涙を桶に溜めて作った宝石って伝説があって、演劇にもなったんだよ。それが泣けるって評判でねー」


「どう聞いても純度100%の怨嗟系アイテムなんだけど」


 っていうか、その宝石の名前どこかで聞き覚えあるんだよな。何処だったっけ……


「なんかもうちょっとユルめのない? 量産できるやつで」


「だったら『フラワリル』なんかはどう? 色んな色の種類があって、加工すると花っぽい見た目に出来るから女性に人気なんだよねー」


「それそれ! そういうの! それを贈ると恋が実る、みたいなブームを生み出せば……!」


「今から仕掛けるの? 間に合うのかな……」


「心配無用。優秀な貴族のお嬢様が準備期間の少なさを見越して、交易祭は延期される事が決まってるんだ」


 取り敢えず、一つアイディアが出来た。後はこれを膨らませて……


「そのフラワリルって宝石、市販してる?」


「してる事はしてるけど、数はそんなにないんじゃないかな。ヴァルキルムル鉱山に原石が沢山あった筈だけど」


 また何処かで聞いた名前が出て来た。確かアイザックがそこに巣くうモンスターを殲滅させたって自慢してたんだったか。


 だったら今は安全な筈。金はないし、他に選択肢はなさそうだ。


「鉱山まで採りに行くの?」


「ああ。お陰で大分見えて来たよ。ありがとう」


「どういたしまして。手に入れたら私が加工してあげるから、声掛けてね」


 そう言ってくれるイリスの笑顔はとても自然で、王城で再会した時の不穏なイメージは微塵もない。完全に元のイリスに戻った感じがする。


 ちょっとホッとした。


「お待たせ致しました。小鍋のフリホーとパスティーアでございます」


「わ、来た来た。食べよー」


 イリスの前に置かれたフリホーは、獣肉と豆を土鍋に入れて長時間煮込んだ料理。見た目は具が凄く多いビーフシチューだ。


 俺が頼んだナントカって料理は、卵とクリーム、獣肉と野菜を材料にして焼き上げたピザみたいなやつ。見た目はパイ生地っぽいんだけど、食感は全然違う。決してマズくはない。マズくはないが……さっき厚切りトーストを思い浮かべた所為で、頭の中がすっかりトースト脳になっちまってて違和感しかない。


 この世界にトーストはないもんな。仕方ないよな。 


「はぁ……」


「そ、そんなに微妙だった? それ、このお店の一番人気だよ?」


「病み上がりで食欲ないのかも」


「え。マスター病気してたの? 言いに来てくれればギルドで看病したのに」


「病人に遠出させて往復までさせるとか、どんだけ鬼畜なんだよ」


「あはは」


 結局、食事よりもイリスとの会話を楽しんだ。


 

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