第240話 恋人繋ぎ

「やっぱり俺、ギルド員に全力で嘗められてるよな……」


「ま、気にしなくても良いと思うけどね。みんな楽しそうだし」


 辻馬車に揺られ、アインシュレイル城下町の景色を遠い目で眺めている俺を、正面に座るシキさんが気遣ってくれる。


 バスのように大人数で乗る乗合馬車と違って、辻馬車は客室となるキャビンがコンパクトだから、二人で乗っても距離がかなり近い。コレットと二人で乗った時もそうだけど……地味に緊張するんだよな。


「気にしちゃいないよ。別にファミリーって訳でもないんだし。仕事仲間とはドライな関係の方が良いんだ。あんまり距離が近くなり過ぎたり、情が移ったりしたら、適切な判断が出来なくなるだろ?」


「病み上がりなのに凄い喋るね」


 ……はいはいわかってますよ。ちょっと引きずってるよ。100%好意でお見舞いを貰ったって喜んでた自分の単純さに呆れ返ってるよチクショウめ。


 打算や損得勘定が悪いとは思わない。俺もそういうのは普通に持ってるし、常に意識してもいる。なのに、ギルド員達のそういう思惑を見抜けなかった自分が恥ずかしい。『みんなに慕われているギルマス』なんて、あり得ない幻想を抱いてしまった。


 恥ずかしいと言えば、この格好もそうだな。授賞式じゃないとはいえ、一応は晴れ舞台って事で正装をしてはみたけど……やっぱり似合わない。警備服の方がまだサマになってたな。


「で、身体はもう大丈夫?」


「おかげさまで、もう全然平気。でも伝染うつると良くないから、俺の方見て話さないようにしてね」


「病人の癖に。隊長、弱いのにそういうカッコ付けなトコあるよね」


 呆れたようなその口振りは、初めてウチのギルドにやって来た面談の時から変わらない。でも遠慮なしに言ってくるようで案外そうでもなく、人を見て軽口の度合いを決めている、ように思う。多分。


「……シキさんには借りを作りっ放しだよねえ」


「別に。こっちは仕事でやってるんだし」


「看病は仕事じゃないでしょ」


「甲斐甲斐しく面倒見てた、みたいな認識はやめてよ。そこまでした覚えはないから」


「へいへい」


 馬車の窓から見える景色が、少しずつ色を変えている。城に着く頃には夕焼けに染まっているだろう。それを想像すると、なんとなくノスタルジックな気分になる。


 だからだろうか。ふと、昨晩の事を思い出した。


「おじいさんの手も、あんなふうに握ってあげてたの?」


 返答はなかったけど、微かに頷いていた。


 シキさんが俺を看病したのは、弱っていた俺におじいさんを重ねていたからだろう。もう良い大人だからね、それくらいはわかる。間違った認識はしないようにしないと。


「弱ってる時に、あんなふうに手を握られると安心するって初めて知ったよ」


「……おじいちゃんも、そう言ってた」


 きっとおじいさんは、自分の死期を悟っていたんだろう。常に死神に怯えている人間にとって、子供だったシキさんのぬくもりは、一体どれだけの救いになっていたか。


 シキさんは沢山のものをおじいさんから貰ったんだと思う。でも、シキさんだってきっと、おじいさんに沢山あげていたんだ。本人が気付かない内に。


 俺は……祖父や祖母と余り顔を合わせなかった。俺が意図的に面倒臭がっていたからだ。


 父方の祖父は如何にも昔の世代って感じの亭主関白で、子供ながらに見ていてキツかった。母方の祖父母は優しい夫婦だったけど、長々と昔話をしたりピンと来ないお菓子ばかりくれたりで、子供の頃の俺にとって彼等と過ごす時間は煩わしさばかりが先に立っていた。


 きっと俺は、可愛くない孫だっただろうな。今はもう、本人達に確かめようもないけれど。


「手」


 ……ん?


「手?」


「手」


 良くわからないけど、手を出せって事らしい。怪訝に思いつつ右手を差し出してみる。


「左」


「最初にそう言ってよ……」


 訳がわからないまま、言われた通り左手を出してみる。


 その俺の手を、シキさんは――――覆い被せるように握ってきた。


「ちょっ……!?」


 突然の予期しない接触に、思わず手どころか全身が硬直してしまう。しかもこっちの指の間に指を埋めて……これ恋人繋ぎってやつじゃないの!?


「……」


 俺の動揺と緊張を無視して、シキさんは切なげな顔をしながら、繋がった手を眺めている。


 そうか。確か昨夜も左手だった。彼女はこうやって、病床のおじいさんの左手をずっと握っていたのか。


「……」


 当時を思い出しているのか、シキさんは重なる二つの手を黙ったままでじっと見つめている。


「悪いね。変な事に付き合わせて」


「ホントだよ……心臓に悪過ぎ」


 そう言っているのに、シキさんは繋いだ手を一向に離そうとしない。


 一応20歳の身体だから、見た目も感触もおじいさんの手には似てないと思うんだけど……それでも何か懐かしむように、自分の手をすり寄せていた。


 いやもう勘弁して……まだちょっと熱があるのに、一気にぶり返しそうなんですけど。何なの、この良くわかんない状況。誰かに見られてるって訳じゃないんだけど死ぬほど恥ずかしい。


 っていうかね、女性からこんなふうに触られてる事への興奮と、劣情を催すのはシキさんとおじいさんへの冒涜だっていう自制心とが物凄い鬩ぎ合いしててね、もう感情がグデングデンですわ。


「ありがと」


「あ……うん」


 ようやく解放してくれたか……ものすっごく疲れた。手を握られただけなのに、なんかヤバめの秘め事を抱えた気分だ。


「隊長、触られるの苦手っぽいね。カチコチだったけど」


「言い方! っていうかヤメとの話聞いてたんだから、それくらいわかるでしょうよ」


「その癖、女の知り合いばっかなんだよね。男と話してるのなんて滅多に見ないよ」


「そんな事は……」


 ある、かもしれない。確かにギルドでも外でも、男性より女性と話している時間の方がずっと長い。生前の俺とは真逆だ。


 理由にも心当たりがある。俺自身、進んで男の輪の中に入ろうとしていない。明らかに強い男、強いオスに対するコンプレックスだ。屈強な野郎共の中に入ったら、自分が何処までもショボく思えてしまうからね……ちっさい男ですわ。


「ちょっとはスキンシップに慣れといた方が良いんじゃないの? 誰を狙ってるのかは知らないけど」


「狙ってるとかはないけどさ……」


 まさかシキさんとこんな話するとは思わなかった。意外とゴシップ好きなのか?


「何にしても、借金持ちの男なんてモテようがないし、そういうのは返済が終わって、ギルドの運営してからかな」


「そんな悠長な事言ってると、時期を逃すよ。ただでさえ隊長、弱いんだから。最近は偶々活躍できてるけど、ディノー辺りが本領発揮したら一気に持って行かれるんじゃない?」


「痛い所を……それ絶対ヤメの受け売りだろ」


「バレた」


 結構腹を割って話したからか、シキさんの俺に対する態度や言動は明らかに以前とは違う。その変化は好ましいけど、こういうイジられ方は正直望んでない。

 

「でも、確かに一理あるよなあ。弱いのはその通りだから、いつ死んでもおかしくはないし……」


 死んだら恋愛も何もない。別にそれをする為に生まれ変わった訳でもないんだけど。


 住む世界が変わり、32歳から20歳になった事で、ノーチャンスだった人生に新たな可能性が生まれた。その中には恋愛して結婚して子供を残すという事も当然含まれてくる。


 自分を取り戻そうと思っていた。虚無じゃない俺になりたかった。今のところ、それは果たせているつもりでいる。


 後は、その先にある自分の人生をどう組み立てて行くか、なんだけど――――


「だったら、良い事教えてあげる」


「何?」


「怪盗メアロより先にラルラリラの鏡を手に入れて、私に貸しを作る事」


 シキさんはそっぽを向きながら、右手の人差し指を俺の鼻先に向けて伸ばしてきた。


「そうすれば、優秀な護衛と秘書が暫くの間は安泰だから。死ぬ確率はグッと低くなるよ」


「……それは良い事聞いた」


 成程、これがシキさんの言っていた『見返り』か。確かにその保証はデカい。俺とギルドの未来にとって大きなプラスになる。


 俺の返事に薄く微笑むシキさんの横顔は、珍しく19歳という年齢相応に見えた。





 その後は特に会話もなく馬車に揺られ、鐘の音が鳴る前に王城へ到着。現在修理中の城門が鮮やかに赤く染まる中、その傍には何台もの馬車が駐まっていた。


 先客? でもまだ武器屋は始めてなかったような……


「トモさん! お待ちしていました!」


 わざわざ城の外で待っていてくれていたらしく、ルウェリアさんがパタパタと駆け寄ってくる。幸いと言うべきか、今日はあの純白のドレスじゃなく、レースの装飾もスカートの膨らみも控えめなパーティードレスだった。


「この度はおめでとうございます。質素ではありますが、玉座の間で授与式のようなものを開きますので、少しの間一階の食堂でお待ちください。そこに皆さんも待機しています」


「皆さんって……まさか?」


「はい。全員お揃いですよ」


 その時点で何となく想像はついた為、若干早足になって食堂へ向かう。


 俺達のギルドが防衛勲章を授与すると知っているのは、それを決めた五大ギルドの代表達だけだ。


「トモ!」


 コレット。


「随分似合わねぇ格好してきたな」


 バングッフさん。


「わざわざ来てやったよ。感謝して貰いたいね」


 ロハネル。


「忙しいんだから、とっとと終わらせろ」


 チッチ……はどうでも良いとして。


「……」


 食堂の隅で腕組みしているティシエラを含め、全員がわざわざ時間を作ってくれたらしい。忙しいだろうに。


「ありがとう……ございます」


「ま、本音を言うと副賞が何なのか気になって来たんだけどね」


「今回、陛下がいないからな。そこ割と気になるよなあ」


 あ、それが本音か。でもありがたい事に代わりはない。五大ギルド全部が認めた授与、ってのが全面に出るから箔も付く。そう考えると、態度保留だったチッチが駆けつけたのも何気に大きいかもしれない。今回ばかりは感謝しておくか。心の中だけで。


「トモ、顔色あんまり良くないけど、緊張してる?」


「ああ。これは……」


「隊長、朝まで熱があって病み上がりだから」


 俺に変わってシキさんが説明してくれる。振る舞いが妙に秘書らしくなって来た。


「……へえ」


 バフォメットさんの頃にウチのギルドにいたコレットは、シキさんと共闘の経験もある。特にマイザー戦は印象深い戦いだった。だから和気藹々とはしないまでも、旧交を温めるような雰囲気にはなると思ってたんだけど……


「大変だったんですね」


「ええ」


 ……何で敬語?

 

 基本的に人見知りと一匹狼だから、ちょっと間が開くと人間関係がリセットさせるのかな。面倒臭い奴ら……

 

「準備が整いました。トモさん、皆様、玉座の間にお集まり下さい」


 ルウェリアさんの呼び声に、思わず緊張を感じてしまった。


 表彰式に全く縁がなかった訳じゃない。学生時代には作文コンクールで超絶ポエミーな大作を書いて入賞した経験もある。だけど、社会人になってからは華やかな舞台とは縁のない生活を送ってきた。緊張するなって方が無理だ。


 落ち着け。ここにいるのは全員、俺にとって馴染みのある人達ばかり。こんなホームの環境で心臓バクバク鳴らしてどうする。


 ……あらためて思い知るよ。自分が如何に小者かってのを。


 でも、そんな俺が違う世界で一から人間関係を作って、ここまで来たんだ。自分以外は誰も知らないし、これからも褒められる事のない所だけど……こっそり誇らしく思うくらいしてもバチは当たらないだろう。


「それじゃ、先に行ってるから」


「あ、ああ」


 コレットを先頭に、見届け人達が一足先に食堂を出て行く。シキさんもそれに続いた。


 よし、俺も……


「待ちなさい」


 不意に――――ティシエラに呼び止められる。


「襟元が乱れてる。袖も。こんなだらしない格好で勲章を貰う気?」


「あ、いや」


「本当にもう……」


 嘆息しながらも、ティシエラは丁寧な所作で一つ一つ、服装の乱れを直してくれる。


 この世界では、生前ほど鏡がありふれていない。ガラス鏡は貴重品の部類で、市販されているのは粗悪な金属を加工した物だけ。終盤の街であってもそれは変わらず、全身が綺麗に映る姿見なんて貴族くらいしか持っていない。


 当然、ウチのギルドにそんなレア品はない。だから俺自身、自分の姿を見る機会は余り多くはない。今日も割と適当に着てしまった。


「……」


 衣装を直す最中、ティシエラはずっと沈黙していた。


「こんなところかしらね」


「……ありがとう」


 実年齢32歳で恥ずかしい、でもちょっとこそばゆい思いもありつつ、ティシエラに礼を言って背を向ける。


 これで準備は整った――――



「堂々としてなさい。自分で手に入れた物を、自分で取りに行くだけ」



 ポン、と掌で背中を押される感触がして、思わず前のめりになる。慌てて振り向くと、ティシエラはもうそこにはいなくて、思わず目を疑う俺の横をスッと通り抜けて行った。


 ……敵わないな。


 勲章一つ手にしただけじゃ、まだまだ並ぶには程遠いか。そう考えると、緊張も自然と解れてくる。おかげで彼女の言う『堂々と』を果たせそうだ。



「えぇぇと、なんだ。あぁぁあぁアイィーーーンシュシュ! シュッ! シュシュッ! シュレッ城下町ギゥドっはぁ、多大なぁーる貢献をぉ……うお違ぇ! 間違えたっ!」


 でも肝心のプレゼンターがガチガチだった!


「お父さんリラックス! 深呼吸しましょう!」


「すぅひぃ~」


 えぇぇ……授与の途中に深呼吸する人初めて見た……しかも呼吸浅っさ!


「ン! ンン! あー、ンン! ……アインシュレイル城下町ギルドは、度重なる街の危機に際し、その都度身を尽くし、街の防衛に多大なる貢献をしてくれた。ここにその栄誉を称え、防衛勲章を授与するものとする。おめでとう!」


「……ありがとうございます」


 グダグダ感は否めなかったものの、どうにか最後まで言えた御主人からリングケースのような箱を受け取る。促され開けてみると、雪の結晶のような形状のメダルと赤、黒、水色の三色で彩られたリボンが目に入った。


 これが勲章か。思ったより小さいけど、思ったより綺麗だ。ギルドの何処に飾ろうかな……


「続いて副賞として、ウチの武器100点を贈与する」


「いらねぇ!」


 マジで要らなかったが、結局押しつけられた。



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