第344話 演技

 一体どういう思惑でグノークスがそんな唆しを始めたのかは、まるでわからない。ただ奴の行為は紛れもなくサタナキアを追い詰めている。


「えっ……えっ……なっなんで……なんでそんな事言うの……?」


「当方は別に何も主張しちゃいないよーォ。さっきから妹君と目も合わせようとしないから、常識的観点から嫌いだろうって推察したまでさーァ」


 サタナキアの足下に刺さったファートゥムレラって剣は、話の流れからして彼が欲していた暗黒武器なんだろう。どうしてそれを奴が……? しかも十三穢なら相当なレア武器だよな。どうやって手に入れたんだ?


「どうしたんだい? こんなチャンスきっともうないよ。ホラ、殺しちゃいなよ」


 いや……今は考えても仕方ない。重要なのはそこじゃないんだ。


 このままだとサタナキアが暴発しかねない。怪盗メアロの言う通りなら、それで街一つ消し飛ぶ事になる。


「おいそれ以上はやめろ! 何が目的なんだよお前!」


「さあて。どうかな?」


 目的……決まってる。サタナキアに【タントラム】を発動させる為だ。それ以外に奴がサタナキアを追い込む理由なんてない。


 桁違いの威力の爆発で俺の結界を吹き飛ばすつもりなのか……?


 でも、それだとグノークスの野郎もただじゃ済まない筈だ。仮に奴の現在のレベルが80や90だとしても無傷で済むとは思えないし、それでも虚無結界を壊せる保証はない筈。リスクの大きさの割には成功率が未知数だ。


 何より……自分で言うのもなんだけど、見返りが少ない。そこまでして俺を殺す価値があるのか?


 こりゃ何か裏があるな。動機はわからないけど、何らかの事情でサタナキアの暴発が奴には必要なんだろう。



 だったら、俺に出来る事は――――



「おっと、変な動きをしないでくれよ君。原理はよくわからないけど、触れただけで相手を無力化させるスキルを持っているんだって?」


 ……俺の調整スキルも把握済みかよ。


 初対面時の帰り道、グノークスが俺に暗殺者を差し向けたのは間違いない。あの時は、俺を社会的に抹殺する為の罠だと結論付けたけど……そうか。俺の調整スキルや結界を調査する為の刺客でもあったのか。


 つまり、同時期にコレーにもこいつにも監視されてたって訳ね。水面下で随分とモテモテだったんだな。はは……なんつー嫌なモテ期だ。


 何にしても、グノークスと初対面時の帰り道で襲ってきた暗殺者が情報源なのは間違いない。調整スキルを『無力化スキル』と解釈している時点で。


 チャンスだ。この認識のズレを利用しない手はない。


 グノークスに触れるのは難しい。相当警戒してるだろうし。


 でも……ファートゥムレラなら触れられる。


 奴はこのスキルが無機物にも有効だとは思っていないだろう。なんとかサタナキアに近付いて、ファートゥムレラを無力化できれば……取り敢えずサタナキアが変な気を起こす事は防げそうだ。


 その為には、グノークスに狙いを悟らせないようにしなくちゃならない。同時にサタナキアを刺激しないように近付く必要もある。


「どうしてそれを知ってる? 誰に聞いた?」


 答えは当然わかってるけど、ここは知らないフリをするのが得策だ。俺を無能だと思って貰った方が、策を練っていると勘付かれずに済む。


 演技の経験なんて生前は殆どなかった。小学生低学年の時の劇くらいだ。それも、どんな話で何の役をやったのかなんて一切覚えてない。


 でも俺は……この世界に生まれ変わった瞬間から、違う自分を演じてきた。転生ってのはそういうものだ。自分じゃない身体なんだから演じる以外に選択肢はない。


 ずっと、違う自分になろうとしてきた。慣れない事の連続で、何度も虚勢を張って、自分を偽って……強がる事を覚えた。


 大丈夫だ。決して不自然なんかじゃない。



 グノークスの反応は――――



「想像はついてるんでしょ? 君だってそこまで馬鹿じゃない。当方を訪ねた帰り道で襲撃を受けたんだ。誰が黒幕かなんてわからない方がおかしいよね」


 ……読まれている。


 でも俺の真意にまでは気付いていない筈。なら、『八割方想像はついていたけど確信はなかった』くらいの感じで答えるしかない。


「やっぱりお前の差し金だったのかよ! そうか、あの時の報告で俺のスキルを……」


「そういう事。何事も準備は大事だよね。特に君みたいなイレギュラーな存在に対しては」


 ふぅ……なんとか乗り切った。


 そう簡単にこっちの思い通りの方へ行ってはくれないか。本当に厄介な敵だ。


「レベルは低いようだけど、どれだけ低くても油断はしない。寧ろ……低い方が油断ならないね」


 かと思えば、今度は心象と真逆の事を言い出した。


 こいつほどレベルに拘ってる奴はいない。でも、レベルをそのまま脅威の度合いと解釈している訳じゃないらしい。


 油断してくれる方が、こっちとしてはありがたいんだけどな……


「油断はしないよ。でも君に当方を触る事は決して出来ないね。君が瞬きをしている間に後ろに回る事だって出来るんだよ。今の当方なら」


 随分露骨に煽ってくるな。これは何か演技臭い。どうやら俺を怒らせようとしているらしい。


 向こうも向こうで何か企んでるな。でもそれはラッキーかもしれない。少なくとも、実力行使で来られるよりは舌戦の方が遥かに戦える。俺でも戦力になれる。


 戦況は厳しい。あの勝ち気なティシエラが全然言葉を発していないのが何よりの証拠。勿論ビビってる訳じゃなく、俺より高度な戦略を練っているんだろう。


 それなら俺は、出来るだけ時間を稼ぐ。ティシエラが何か有効な策を思い付くまで。そして出来れば、一つでも多くの情報を奴から引き出したい。上手く奴をその方向へ誘導できれば……


 誘導か。なんか懐かしい言葉だな。まあ、俺がやってたのは交通誘導なんだけど。


 相手の心を自分の思うがままに動かすなんて、当時はそんな発想すらなかった。当然、そんな真似は一切できなかっただろう。


 でも今は違う。ギルマスとして多くの人達と関わって、五大ギルド会議に何度も出席して、相手の思惑を推し量ったり、自分の意見を通す為の策を練ったりしてきた。


 今の俺なら出来る。意地でもやってやる。


 まずは奴の強さを明確にしたい。具体的にはどれくらいのレベルなのか。敵の実力さえ把握できていないんじゃ戦略もクソもない。


 だったら……さっきの奴の発言を利用してみよう。


「今の当方? 『今の』って、どういう意味だ?」


「言葉通りだけど? 以前の当方ならそこまでの芸当は出来なかった。でも今なら出来る。あれ? こんな事もわからない? 君、思ったより馬鹿なのかな。さっき自分で言ってたじゃないか。当方はレベルを大幅に上げているって」


「やっぱりそうなのか。もうお前のレベルは58じゃないんだな。一体幾つまで引き上げた? まさかとは思うけど、コレット以上……なんて事はないよな?」


「……」


 コレットの名前を出した途端、グノークスの雰囲気が変わった。


 やっぱり、奴のコレット――――人類最高レベル保持者に対するコンプレックスは相当なものだ。


「ま、そんな訳ないか。コレットは人類最高のレベル79だからな。これを超えるなんて到底無理だ」


「超えている、と言ったら?」


 ……嬉しそうにまあ。こっちは想定済みだから驚いちゃいないけど、狼狽えたフリしておくか。


「馬鹿な! あり得ない! そんな急激なレベルアップ、どんな敵を倒したって不可能だ!」


「そうだね。その点に関しては当方も随分と苦心したんだ。50も後半となるとね、上がらないんだよ、中々。街周辺のモンスターはビビッて近付いて来ないし、霧の所為で魔王城周辺にも行けない。これじゃ余りにも効率が悪過ぎる。そう思わないかい? ああ、君にはわからない世界の話か。悪かったね、配慮がなくて」


「……」


 随分とベラベラ喋るな。気分が高揚している……ように見せかけている。舞台役者が意図的に大袈裟な演技をする時の挙動にそっくりだ。


 交易祭の護衛で役者と接する機会があったのが功を奏した。何が役立つかわからないもんだな。


「だから当方は色々考えたんだよね。何か効率の良いレベリングの方法がないか。文献を読み漁って、あらゆる方法を模索して……ようやく、一つの結論に辿り付いたんだ。わかるかい?」


「さあ。見当もつかない」


「そりゃーァそうだ。レベル20にも満たない君には縁のない話題ばかりで申し訳ないねーェ。当方が注目したのは進化の種さ」


 ん? 自分でバラすのか? 奴にとっては決してバレちゃいけないトップシークレットじゃないのか……?


 まあ、最初から俺やティシエラを殺す気満々だったもんな。死人に口なし。これから始末する相手になら、言っちゃいけない事でも自己顕示欲を満たす為に言える……ってか。


「進化の種を知ってるかい? モンスターが強くなる為のモンスター専用アイテムの事さ。勿論、そのままじゃ人間には使えない。でも当方は諦めず、これを人間に使えるアイテムにする為、随分と骨を折ったよ。危うく本末転倒になる所だったけど……当方の執念が実り、御覧の強さを手に入れた訳さ」


 グノークスは自分の右手をグッと握り、力を誇示する。こういう所作も舞台俳優っぽい。


「なにしろ力がありまっているんだ。ちょっとやりすぎてしまうかもしれないね…くっくっく……ちなみにレベルにしたら80以上は確実かな……」


 やっぱり、明らかにコレットを意識したドーピングだ。絶対そうだと思った。


 これは有力な情報だ。メキトに進化の種を渡したのも、ミッチャにラルラリラの鏡を譲渡したのも、この野郎の仕業で間違いなさそうだな。


 でも、どうやって進化の種を大量に手に入れたんだ? 少なくとも商業ギルドには在庫は殆どなかった筈だ。


「これはアナタの功績だ。だからこそ、当方はアナタの望む事を叶えてあげたいのさーァ。さあ、アナタが欲したその剣でユーフゥルを……過去の呪縛を断ち切っておくれーェ」


 サタナキアの功績?


 って事は、進化の実を調達したのはサタナキア……?


 あ、そっか。正体が精霊だからつい忘れそうになるけど、あいつは魔王の側近だったんだ。モンスター専用アイテムを手に入れるのに、これ以上の適任はいない。


 話が見えて来たな。


 冒険者の中の一部に、進化の種を使ってレベルを大幅に引き上げたい連中がいる。グノークスやメキトを含めたそいつらがサタナキアを匿って、見返りに進化の種を貰っていたのか。


 サタナキアにとっても、お目当ての暗黒武器を探す為の拠点を手に入れられる上、探索の協力もして貰える。本人の性格上、自分から言い出す事は出来ないだろうから人間側からのアプローチなんだろうな。


 このグノークスが首謀者なのか、それとも他に黒幕がいるのかはわからない。ただ、この隠し通路と隠し部屋を知っている人間――――ギルマス経験者もしくは近しい人物が関わっているのは間違いない。


 ダンディンドンさん。


 マルガリータさん。


 この二人の少なくともどちらかが、この件に関わっている。


 参ったな。コレットになんて言えば良いんだよ……


「ぐ……っ」


 混沌とした頭の中に、コレーの呻き声が響いてくる。かなり辛そうだ。


「コレー! 精霊界に戻れないのか!?」


「……彼の言った通りだよ。ボクを人間界に固定する呪いをかけたみたいだ。さっきから試しているけど上手くいかない」


 期待はしてなかったけど、やっぱりブラフじゃないか。


 マズいな。コレーがここに留まっている以上、他の精霊を喚び出す事は出来ない。つまり、フワワのアバターを使って亜空間から脱出する事も不可能だ。


 まさか、これも事前に用意していた策なのか……?


「トモ。そのままで警戒を怠らずに聞いて」


 ずっと思案顔だったティシエラが、グノークスに聞こえないくらいの小声でとうとう沈黙を破った。


「あの男、敢えてサタナキアを追い詰めているわね。貴方の精霊が言っていた、鬱屈した感情を解放して周囲を壊滅させる力を引き出す為だと思うわ」


「俺もそう思う。目的は……」


「貴方の結界でしょうね。この亜空間内なら、ギルドや街を破壊しなくても済むし。試すには最高の条件が揃っているわ。恐らく、あの男は何らかの方法で爆発に巻き込まれないように出来るんでしょうね」


 多分ティシエラも明確な根拠を持っている訳じゃないだろう。でもこの状況で希望的観測は出来ない。そう見なした上で戦うしかないか。


「どうする? 今のままじゃ、サタナキアは……」


 地面に刺さったファートゥムレラの傍で佇むサタナキアは、暫く動かずにいる。


 あの二人の間にどんな軋轢があるのかは、俺達には知る由もない。ただ、葛藤は確かにある。だからサタナキアも迷っている。グノークスの甘言に忠実って感じでもない。


「プライマルノヴァをサタナキアへ使うわ」


「……それしかないと思う」


 感情を全てリセットするあの魔法なら、サタナキアのストレスを一瞬で消す事が出来る。この状況における切り札だ。


 とはいえ、問題はグノークス。奴のスピードなら、魔法を使おうとした瞬間に攻撃を始めても十分間に合うだろう。


 俺がその攻撃に死を予感したら、虚無結界が発動して防げるかもしれない。でも奴はさっき、敢えて鞘に収まった剣を使う事で結界が出ないようにしてきた。対策されている以上、絶対に安全とはとても言えない。


 それでも、他に現状を打破する方法はない。



 ティシエラを守るんだ。


 例え俺が――――どうなろうとも。





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