第081話 レインカルナティオ

 今まで特に気にした事がなかったけど、この国の名前はレインカルナティオというらしい。結構長い。まあ生前にもセントクリストファー・ネーヴィスとかいう中二心を擽る名前の国があった訳だし、それは別に良い。


 重要なのは、このレインカルナティオって国には雨期があるという事実。もし、日本の梅雨のように春が過ぎた今のこの時期から雨期に差し掛かるようだと、コンクリートが固まる前に水分が増えて面倒な事になってしまうけど――――


「心配ナイ。雨期ハ、朔期ノ遠月カラ冬期ノ始マリニカケテダカラァー」


 バングッフさんから紹介して貰った、街灯設置の現場経験があるという年齢不詳の男性、ディカさんが言うには大丈夫らしい。でもこの人やたらカタコトなんだよな……大丈夫? この国の事にちゃんと詳しい?


 ちなみに、この世界の暦は太陽暦じゃなく『天雷暦』と言うそうで、太陽と同じように空に浮かんでいるあの恒星が天雷という名前らしい。その天雷の位置を基準にした暦で、『春期』『朔期』『冬期』の三つの季節が存在している。各季節において前期は『近月』、後期は『遠月』と言い、それぞれ60日で区切っている。


 元旦に該当するのが春期近月1日。で、元旦から60日目が春期近月60日、61日目が春期遠月1日、121日目が朔期近月1日……と続き、大晦日が冬期遠月60日だ。1年が365日じゃなく360日だから、生前の世界とは微妙にズレてる。

 

「デモ、街灯設置スルノハ大変。8人デ作業シテ10日デ100個ナンテ、トテモ無理ダヨー」


「そうですね。普通なら無理だと思います。でも俺達には魔法の馬車があるから大丈夫」


「エー? ナニソレナニソレェー」


 好奇心旺盛なのか、ディカさんは目をキラキラさせて、小麦色の肌をプルプル震わせている。現場の人だけあってガテン系なのか、身体付きは高レベルの冒険者にも負けていない。


「正確には、馬車に装着するハーネスに秘密があるんですけどね。スピードアップのハーネスを付けると馬の脚が速くなって、パワーアップのハーネスを付けると馬力が増すんです」


「ヘースゴイネ! タメシテタメシテェー!」


 随分アッサリ信じてくれた。純粋な人で良かった。



 もちろん ハーネスに魔法の力など使われていない!!


 今の話の真相は、ハーネスじゃなく馬車馬自身の能力を変更するというもの。つまり俺の調整スキルによるステータス弄りである。


 俺の発言で一部真実なのは、馬車の能力をスピード重視・パワー重視に調整できるという一点!! しかもそれは能力アップではなくパラメータの総合値の中でのみ可能な調整である。


 当然、俺は馬のステータス全てを知っているわけではない。例えば人間と同様のパラメータである生命力、攻撃力(筋力)、敏捷、器用さ、知覚力、抵抗力、運が馬にも存在しているかもしれないが、抵抗力なんかはなくても不思議じゃない。


 同じように、馬特有のパラメータも隠し持っている可能性がある。だがそれを発掘する必要はない。重要なのはあくまで街灯設置の為に役立つ力だ。


 不確定要素は多いが、それでも調整は出来る。そう判断したからこそ、敢えて馬車を二台レンタルした。一台をスピード重視のパラメータにして移動用、もう一台をパワー重視にして作業用にする為だ。ただでさえ高額な馬車のレンタル代を二倍払うのはキツいけど、それに見合うリターンはある。


 もしも想定のように出来なかったら、ギルド員全員を敵に回し、命さえ落としかねなかった危険な賭け!!


 全ては短期間で依頼を達成し、借金を返済するため!!


 俺の――――執念!!



「街灯は業者に発注済みだ。灯具の在庫は100個以上あったけど、ポールの方は職人ギルドと連携して揃えるから時間がかかるらしい。そこで、最初の3日間は一日6個の設置を目標にする。作業に慣れれば中盤以降はペースも上げられるし、その頃にはポールの数も揃うだろう」


 街灯の設置方法は、既にディカさんから聞いている。事前に予想していたのとほぼ同じ手順だ。設置場所に穴を掘り、現場でセメントなどコンクリートの材料を混ぜ合わせ、穴にポールを入れてからコンクリートを流し込む。つまり、コンクリートを流す前に穴の中にポールを挿し、水平に立たせる必要がある。


 水平にする為には、ポールを挿す際に地面と直角になっているのを客観的に最終確認出来なくちゃいけない。目視で大体……って訳にはいかないからな。


 方法はそう難しくない。三平方の定理を使えば良い。


 例えば、地面から4m上の位置に、長さが5mになるようロープをポールに巻いて固定し、それがポールの根元から3m離れた場所にピンと張った状態でピッタリ付けばOK。底辺3m、高さ4m、斜辺5mの直角三角形の出来上がりだ。


 つい元の世界の単位を使いがちだけど……この世界にはメートルなんて単位はなく一般的にはメロリアという単位が使用される。ただそれとは別に『レグ』って単位も一部で使われていて、主に建築関係ではこっちが主流だ。かつて世界中を巡った著名な測量士レグの歩幅を『1レグ』としたらしい。約70cmくらいだな。


 かつてはどっちの単位を世界基準にするかで結構揉め、一時はレグの方が優勢な時期もあったらしい。けど300年前くらいに冒険者メロリアの半生を描いた小説が大ヒットし、その結果『どっちでも良いじゃん運動』が勃発。どっちも使おうぜって結論に至った。


「――――という訳です。ポールを立てるまでの間と撤収時には俺も現場に加わりますんで、よろしくお願いします」


「おうよ!」


 一通り説明し終えたところで、仕事を受けた8名と共に作業開始。


 まずはレンタルした荷馬車の一方に街灯を6本載せ運ぶ。灯具の中には既に雷で光らせた発光水を入れてある。後は割れないように注意して運ぶだけだ。


 運搬用の馬車馬のステータスは、こっそり弄ってスピード重視にしている。それで移動時間をかなり短縮出来る。御者はかなり驚いてビビッてたけど、幸い交通事故は起こさなかった。


 既に街灯設置予定の100箇所は選定・視察済み。最寄りの地点へ移動し、穴掘り開始だ。


「それじゃ離れて離れてー! 行っくよー! 我が眼光を宿し雷よ、蒼く爆ぜよ! 【サンダー】!」


 地面に大きな穴を開けるのは、ソーサラーの役目。仕事を受けた連中は軒並み脳筋のオッサンでソーサラーは皆無だった為、今日はイリスに手伝って貰う事になった。イリスがいた方がギルド員もやる気出るし一石二鳥だ。でも明日からは別のソーサラーにヘルプに入って貰おう。


 イリスは攻撃系の魔法よりも支援系が得意らしいが、地面を1mくらい抉るだけなら初級の雷系魔法もしくは爆発系魔法でイケるらしく、事実イリスの魔法によって落雷した箇所は一撃でそれくらいのサイズの大穴を開けていた。


 勿論、そのままじゃ水平に立て難いんで、ギルド員がスコップで穴の底を整地する。ここまでは順調だ。


 問題はここから。灯具を装着したポールをこの穴の中に挿す。ポールの長さは約5.5m――――約8レグ。普通はクレーン車で釣ってから挿すだろうけど、この世界では人力一択だ。


 その街灯の上部先端部付近、灯具の傍にロープを固定し、下部の先端が穴のところに来る位置に寝かせる。そして、そのロープを引っ張って、ポールの下部先端が穴に少し入り込み、側面に引っかかるようにする。そのままロープを引っ張り続ければ、テコの原理も手伝ってポールは立ち、穴にも刺さる。ただし、相当な力で引っ張らないといけない。


 そこで、もう一台の馬車の出番だ。馬車馬のパラメータを調整スキルで弄り、今度はパワー重視に変更。その上で、馬車にロープを引っ張らせる。車で牽引するような感じだ。


 ただしリスクはある。力加減を間違えたら、引っ張りすぎてポールが馬車の方に落下してくるだろう。そうなると灯具が壊れ、馬車も危険に晒される。最悪、どっちも壊れて相当な被害になってしまうだろう。勿論、御者も危険だ。


 そうならないよう、ロープをもう一本用意している。それを地面から4レグの高さの位置に巻いてポールに固定し、馬車とは反対側からギルド員が引っ張る。馬車の力と均等になるように引く力加減を調整すれば、ほぼ直角になるだろう。ギルド員側のロープの長さは5レグにしてあるから、根元から3レグ離れた場所にロープの先端が付くようにすれば、同時に直角の確認も行えるって寸法だ。


 まあ、あくまで理論上、というか机上の空論だ。要領よく出来るかどうかは実際にやってみないとわからない。


「それじゃ、お願いします!」


 御者に合図を出し、馬車を前進させて貰う。ちなみに万が一の事を考慮し、御者の傍にはギルド員を一名待機させている。


 そのギルド員が思わず感嘆の声を漏らす。流石パワー重視、元々力強い馬が更に馬力を出し、街灯は直ぐに持ち上がった。繋いだロープは頑丈だから切れる心配はないけど、ギシギシという音には少し不安を感じてしまうな……


「もう少し前進させても大丈夫です! もう少し……はい、それくらいで! 今度はギルド員の皆さん、少し強めに引っ張って下さい!」


「了解!」


 5人の力自慢のギルド員が、馬車とは反対側からロープを引っ張る。少し馬車側に傾いていた街灯が、次第に地面に対し直角になっていく。


 良い感じだ。後は――――


「コンクリート、混ぜ終えたぞ!」


「それじゃ流しちゃって下さい!」


 俺の合図を受け、コンクリート係のギルド員達が穴にコンクリートを流す。固まるまでは時間がかかるから、その間に微調整と直角の確認作業を行う。


「よーし! 3レグの地点にロープがピッタリ付いた! 直角確認!」


「了解! それじゃイリス、同時にロープを切断しちゃって!」


「お任せー!」


 風系の魔法でシュバッと切断。カッコ良いぞイリス! でも詠唱忘れてたな。まあティシエラの趣味ってだけで、魔法そのものには関係ないらしいから別にいいけど。


 左右から均等に引っ張る力を受けていた街灯は、その力が同時に消失しても傾く事なく、そのまま真っ直ぐ立っていた。まだ柔らかいとはいえ、コンクリートである程度固定されているから傾く事もない。


 ポールに巻いてある切断済みのロープは、コンクリートが固まった後で脚立でも使って外しにくればいい。


 成功だ!


「オ見事ダネ! 後ハコノママ固マルノヲ待ツダケダヨ! コンナ設置ノ仕方ハ初メテデ興奮シテルヨー!」


 微妙に胡散臭い口調が気になるけど……ディカさんからもお墨付きを貰った事で、この方法は机上の空論じゃなくなった。


 多少の失敗やトラブルは覚悟してたけど、思いの外一回目から上手くいったな。これなら明日以降は俺がいなくても問題なくやれそうだ。


「ある程度固まるまでは、見張りも兼ねて現場で待機をお願いします。取り敢えず、この手順で100本お願いします」


「100本は遠いな……まあやるしかねぇけどな」


「イリスさんが見てるからな。良い所見せねぇと」


 ギルド員のモチベーションは高い。でもイリスのいない明日以降はこうもいかないだろう。何か考えないとマズいかもな……


「明日からもみんな頑張ってね! そうだ、無事全部終わったら打ち上げしよーよ!」


 そんな俺の懸念を、イリスはたったの一声で完全に払拭してくれた。有能だ。有能ソーサラーがここにいる。ティシエラが過保護になる訳だよ。こりゃ手放せないって。


「それじゃ、俺は一旦ギルドに戻ります。ディカさん、後はよろしく」


「任セテクゥーダサイ! イエァー!」


 俺がずっと現場にいられれば、一台の馬車を適宜調整すればいい訳で、二台レンタルする必要はないんだけど……生憎この仕事だけに集中する事は出来ない。今日は別の仕事も予定に入ってるからな。



 それは――――ティシエラに頼まれているフレンデリア嬢の動向調査。



 ただし、俺自身は彼女と親しい訳じゃないから、まずはコレットとコンタクトを取る必要があるんだけど……



「……いない?」


「ええ。最近はギルドにも姿を見せないし、何処で何してるのやら」


 マルガリータさんによると、本来なら選挙運動に精を出してなくちゃいけない筈のコレットが、ここ数日全くギルドに姿を現わしていないという。あのポンコツ、まさかプレッシャーに負けて逃げ出したんじゃないよな……?


「わかりました。ちょっと探して来ます」


「痴話喧嘩は先に男性が折れた方が何かと円滑に進みますよ」


「喧嘩もしてないし痴話でもないし俺が原因でもないですからね!」


 ありがたくないアドバイスを胸に、アインシュレイル城下町の広範囲を探してみたけど――――



 結局この日、コレットは見つからなかった。


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