第二部02:傾国と警告の章
第080話 ロリとペドと首狩り族
お仕事その1――――怪盗メアロ大捕物。
圧倒的ネームバリューを誇るあのメスガキを自らの手で捕まえてやろうと意気込み、棺桶のあるこのギルマス室に説明を受けに集まったのは、三人のギルド員だった。
「なぁギルドマスターよぉ……怪盗メアロってちっこい女の子なんだろぅ……? だったらヲレが保護しなくちゃダメだよなぁ……捕まえる途中にうっかり触っちゃっても犯罪じゃねぇよなぁ……? フヒヒ……フヒヒヒ……」
ロリコンのド変態青年、グラコロのニチャアっとした笑みが視界に入る。不快極まりない。
だが、そんな彼でもまだマシな方だ。
「怪盗メアロの噂はかねがね伺っています。私めが必ず捕まえてみせます。幼女は誰にも会わせてはいけません。外に出してはいけません。彼女達は純粋故に、穢れた空気に触れると穢れるのです。清らかに、透明に、雪のように白く成長させるには、純粋培養しかないのです」
幼女好きのペドフィリア女、メンヘルは話す間ずっと黒目を上に向けていた。常時興奮状態らしい。というか絶頂状態かもしれない。それでも息が全く乱れていない。常にスーパーサイヤ人の状態でそれが当たり前になっている、みたいなやつ?
「どいつもこいつもなっとらんなッ! 奴はこのアインシュレイル城下町をコケにし続けている大罪人なのだぞッ!」
そんな変態二人を叱責するかのように、軍人のような強面のオッサン、シデッスが声を張る。
「見つけ次第、斬首ッ! それ以外の選択肢はないッ! 首だッ! 我が輩に首を寄越せッ! 捻り切ってでも構わぬッ! 必ずや生首を手に入れてみせるわッ!」
元冒険者。レベルは55らしい。モンスターの首を切断するのが趣味で、その首を天高く掲げ高笑いしながら生き血を浴びるのが至福の時だそうな。
……犯罪者の巣窟?
何ここ、いつから死刑囚予備軍の集まるヤバめの刑務所になったの?
っていうか、この街を守るギルドって言ったよね? なんでロリとペドと首狩り族が集まってんの? もういいよ変人路線は。そういうのタキタ君や自称イリス姉で間に合ってるよ。いい加減クドいよ。
「えっと……怪盗メアロにも人権はあるんで、セクハラ禁止、監禁禁止、斬首禁止でお願いします」
「「「話が違う!」」」
違わねーよ! いつ俺がお前等の歪みきった趣味を肯定したんだよ!
「ギルドマスターよぉ……ヲレはこいつらと違ってよぉ……別に犯罪を犯そうって思ってるワケじゃねぇんだ……ただホラ、噂だと怪盗メアロってすばしっこいんだろ? そんな子供捕まえるのに、遠慮とかしてたら逃げられちまう。ヲレは確認をしたいんだ……捕まえる時に何処に触れたとしても、それは不可抗力だよなぁ……って」
「いけません。この毒虫は怪盗メアロに性的な欲求を浴びせようとしている汚物です。私めは彼女を守るためにこの依頼を受けました。私めが完璧に彼女を守ります。全ての害悪から。その為の純粋培養です」
「白々しいッ! どうせ自分の所有物にする気だろうがッ! 我が輩は違う。欲しいのは首だけだッ! 首を掲げさせろッ! もうモンスターでは満足出来ぬッ! 有名でッ! 嫌われていてッ! 誰も捕まえられないッ! そんな奴の首をッ、我が輩はかっ斬りたいッ!!」
「うるせえ。辞めさすぞてめえら」
「「「な……!! あんまりだっ!」」」
一応律儀にツッコんでやったけど、こいつら三人とも面接の時には猫被ってやがったからな。実はタキタ君や自称イリス姉と比べると全然大した事のない、養殖モノの変態だ。天然モノとは比較にならない。
「ギルマスの意向を無視した行動に出たら、報酬はなしです。違約金も払って貰います。自分の猟奇的な言動に酔い痴れるのは結構ですが、仕事はちゃんとやって欲しい。お願い出来ますか?」
「「「……はい」」」
こっちがちょっと強く出ると、割と素直な三人組。パーティを組んでいた訳でもないらしい。変わった事を言ってみたいだけの似たような奴らが偶々集まったんだろう。
当然、彼らの素性は調べてある。あんな病的な発言とは裏腹に、犯罪歴やそれに準ずる問題行動は全くない。グラコロは元ソーサラーで、メンヘルは元ヒーラーだ。どっちもレベルは40を超えている。ただ人格が幼いから周囲と馴染めず、このギルドに流れついたらしい。
「取り敢えず、期日は10日間。それまでに捕まえられたら報酬を満額支払います。ダメでも、有力な情報を得た場合は何割かは払うんで、色んなアプローチで怪盗メアロを追い詰めて下さい」
俺の書いた似顔絵や特徴を記したメモを手渡し、説明は終了。ちなみに美術の成績は10段階評価の4。まあ……あんま資料としては機能しないだろな。
「マスターって結構度胸あるよねー。私だったら、あんなふうに言われたらちょーっと対応に困っちゃうかも」
ずっと隣にいたイリスは、午前中にも拘わらず既に疲労困憊って顔だ。まああんな連中の相手をしてたら疲弊もするわな。
「発言内容は如何にも異常者って感じだけど、所詮はそういう自分を演じてるってだけの連中だからさ。ああいう輩には慣れてるんだ」
ネット上で腐るほど見て来た。俗に言う中二病ってやつだ。ちょうど俺が大学生くらいの頃に全盛期だったっけな。
それに、生前の警備員時代に何回か出会った"本物"の方々と比べれば、視線の動かし方とか挙動とか脈絡とか全部整ってるっていうか、ちゃんとしてるんだよな。ヤバい人達は言動そのものより、そういうところの異常さの方に恐怖を感じる。タキタ君や偽姉には、本物特有のヤバさが確かにあった。
「あの……さっき向こうで純粋培養って言ってましたよね……その話もう少し詳しく……」
「えっ」
扉の向こうでメンヘルが早速本物に捕まっていた。タキタ君、なんでそこにいたんだろう……怖……
「それで、次は――――」
「街灯設置のお仕事だねー。力仕事だから、元冒険者とか傭兵が大勢受けてるよ♪」
「現状ではこの仕事がメインだから、助かるなあ」
当然、この世界に重機は存在しないだろうから、街灯の設置は一筋縄じゃいかない。生前に設置工事の経験は皆無だしあくまで予想だけど、恐らく地面に穴を開けて、そこにセメントと水と砂と砂利を混ぜて作ったコンクリートを流しながらポールをブッ挿して、水平を保ちながらコンクリートが乾くのを待つ……って感じで設置するんだろう。
穴を開けるのは多分、魔法でどうにでもなる。コンクリートを作るのも特に問題はない。きっと材料はあるだろう。セメントが使われてる壁はそこかしこにあるからな。
問題はコンクリートを流す時にどうやってポールを挿し、それを水平に保つか、だ。
勿論、人数をかければそう難しくはない。ポールの根元が穴に重なるよう寝かせ、ロープを街灯上部に固定して引っ張れば良い。
でも、この方法じゃ100本の設置が終わるまでかなり時間がかかってしまう。それでなくても、街灯を調達して移動させるのに相当時間が要るだろうし、コンクリートが固まるまで人が近付かないようにしないといけないし、雨が降った時の対処も必要だ。この世界に天気予報なんてないから、空を見て判断しなくちゃいけない。多少のトラブルが発生するのは計算に入れておく必要があるだろう。
「受注してるのは全部で8人か……」
穴掘りに時間がかからないと仮定しても、一度の設置に5人も6人も使っていたら同時に二箇所では作業出来ないから、一日に設置可能なのはせいぜい2~3本ってところだ。つまり、依頼完了まで30~50日かかってしまう。これじゃとても追加発注はないだろうな。それ以前に、これだけの日数がかかると依頼料が割に合わなくなる。
出来れば10日以内で終わらせたい。10日で400G×100個=40000G、つまり400万円の利益ならかなり美味しい仕事。借金返済に向けて展望が開ける。調整スキルを駆使してなんとかならないだろうか。
俺の調整スキルだと、重さのパラメータは弄れない。そもそも街灯のポールにステータスがあるかどうかも謎だ。それは試せばわかる事だけど、仮にあったとしても、どう活かせばいいのやら。
それとも――――
「マスター、どしたの? 眉間に皺が寄りまくって渋い顔になってるよ?」
「あ……いや、なんでもない」
作業にあたるギルド員を総じて筋力極振りにしてしまえば、効率は格段に上がる。10日以内どころか数日で終わらせる事が可能だろう。
でも、ステータスを弄られたギルド員はどう思うだろう? 元に戻して貰えるなら何も問題ない、そういうスキルがあっても良い――――そう簡単に受け入れてくれるだろうか?
無理だ。何が無理って、俺がまず信頼出来ていない。
『ステータスを弄る力』って、ゲームだったら単なるModに過ぎないけど、人に干渉するとなると意味合いが全く変わってくる。
自分の能力を外部から変更できる奴がいる――――
この無気味さは、スキルを手にして日が経つにつれて自分の中で肥大化してきた。俺の周囲の人間にしてみれば、自分の銀行預金を勝手に引き出せる犯罪組織が身近にいるようなものだろう。自分が知らない間に、いつの間にかステータスを弄られているんじゃないかと疑心暗鬼になっても全然不思議じゃない。
そこで俺からそっと離れるだけなら良いけど、諸悪の根源を断とうとするアグレッシブな奴がいたら即アウトだ。終盤の街では俺は最弱の部類に入る。簡単に殺されてしまうだろう。
手にした時は凄まじい高揚感があったんだけどな、このスキル……まさかこんな厄介な代物とは。前々から思ってはいたけど、本当使い難いったらない。
やっぱり今は、人じゃなく物限定で使った方が精神衛生上無難だな。
「あんまり難しい顔してると老けちゃうよ? ホラ笑って笑って! 笑顔でいれば、幸せはパッカパッカやって来るから♪」
何故効果音が馬なのか……白馬の王子様をイメージしてるんだろうか?
でも確かに、思い悩んでても仕方ない。もうギルドは動き始めてるんだ。仕事を受けてくれたギルド員に説明しないと――――
……馬?
「それだよイリス!」
「え、何? 私何か変な事言った?」
「馬だよ馬! サンキューイリス! ナイスアドバイス!」
「何何? っていうか馬って何?」
あの効果音、馬じゃなかったんかい! じゃあ何だったんだよ!
でも、最早真実は関係ない。そうだよ、馬だよ。なんでこんな簡単な事に気付かなかったんだ。人間じゃなくて馬に――――馬車に調整スキルを使えば良い。それで一気に効率が増す筈だ。
本当ならイリスに握手を求めたい心持ちだけど、彼女は接触NG。感謝の気持ちを伝えるには言葉では足りない。なら……
「今度食事でも奢るよ。借金してる身だから高級料理って訳にはいかないけど」
「……えぇー? それってデートのお誘い? いきなりだねー! さすがにちょーっと照れちゃうかな」
へ?
いや、普通に一食分の食事代を驕ろうと思っただけなんだけど……デートに誘った覚えはないですよ? こんな美人相手にそんな度胸もないです。
言い方間違えたかな。でも他にどう言えば良かったんだ……
「そういう不意打ち、ちょっと嫌いじゃないかも。でも夜はまだちょっと早いよね。お昼にしよっか。明日はソーサラーギルドのお仕事が入ってるけど、明後日のお昼なら空いてるよー。それでどうかな?」
「あ、うん。じゃ、それで」
なんかよくわかんないけど、イリスと一緒に昼食をとる事になった。
……これって快挙なんじゃないだろうか? 全然そんなつもりじゃなかったとはいえ、こんな綺麗な女性を食事に誘ってOK貰うとか、生前では想像も出来なかった。これを快挙と言わず何と言う。生き返ってみるもんだな……
『ふーん。その人と一緒にご飯食べに行くんだ。へぇー』
……ん?
『私には一回もそんなお誘いしなかったのに。もしかして私から距離を置いたのって、別の女を口説く為だったのかなー? あれれー? じゃあ私の為ってのは嘘? 大嘘? それって何か違うんじゃないかなー。人としてどうかと思うなー』
なんだこの幻聴は!? なんでヤンデレモードのコレットの声が聞こえるんだ!?
「どしたのマスター。冷や汗スゴいよ」
「ちょっと生き霊の声が……あ、いやなんでもない。それより、ちょっとやる事出来たから商業ギルドに行って来るよ。留守番お願いね」
「りょーかーい♪」
なんだったんだ、本当に……
もしかして俺、コレットに罪悪感を抱いてるんだろうか?
でも別に恋人とかじゃないんだし、他の女性と食事行くのにあいつから恨み言言われるような筋合いは――――
「……」
「……」
扉を開けた向こうに山羊の悪魔がいた……
「……」
俺の姿を見た途端、何も言わずゆっくりと踵を返して去って行く……
……。
えっ何? 呪い!? 俺扉越しに呪いかけられてた!? コレットの生き霊呼び寄せたのってあいつだったの!?
何なんだよあの精神攻撃! 普通に悪質だろ意味わかんねーし! まともな方だと思ってたのに、実は一番ヤバい奴だったのかよ!
……ええい、今は山羊に構ってる暇はない。
用があるのは馬だ。商業ギルドに馬車を調達しに行こう。
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