第285話 ダサさは正義

 その後――――魔王の件はあくまでティシエラの私見という事で、話は一旦保留となった。


 議題のメインだった鉱山殺人未遂事件も無事報告は完了していた為、会議はこれにて閉幕。コレットの所為で弛んだ空気が戻る事はなく、なんかフワッと終わった。


「じゃーな。お先」


「プッフォルンの送料は交易祭が終わった後に請求させて貰うよ」


 バングッフさんとロハネルは交易祭の準備で忙しいからと、雑談もせずさっさと帰っていく。定時に帰るサラリーマンってこんな感じなんだろな。実在するか知らんけど。


 勿論、俺も忙しい。一旦ギルドに戻って、それから――――

 

「トモは残って。あとコレット、貴女も」


 既に扉へ手を掛けていたところで、ティシエラが引き留めて来た。


「いや、俺これからシレクス家に寄らないと……」


「時間は取らせないわ。ディスパースの編成について話があるの」


 んあ?


 ディス……パー……ディスパース?


 ディスパース。ディスパースディスパースディスパー……あっそうだ合同チームの名前! 危っぶねー、また忘れるところだった。


「はァ? まだメンバー決まってなかったのかよ。遅過ぎだろ」


「時間をかけるだけの理由があるのよ。貴女のお父さんに伝えておいて。明日には正式な依頼状を送るから、記入をお願いしますって」


 煽られたにも拘わらず、ティシエラはチッチに対し淡々とそう告げる。素晴らしい煽り耐性だ。見習いたい。


「一応、伝えといてやるよ」


 チッチは素直にそう答えたはしたものの、目も合わせず既に背を向けている。相変わらず、他のギルマスと仲良くしようとか溶け込もうって態度は微塵もない。


 あ。チッチには言っておかなくちゃいけない事があるんだった。


「そう言えば昨日、ミッチャと会ったぞ」


「……で?」


「成り行きで、お前やメイメイ、あとアイザックの現状を伝えたんだ。勝手に話して悪かった。それだけ」

 

「別に。もう仲間でもなんでもねぇし。会う事もねぇだろうよ」


 どうでも良い、と言わんばかりの言葉とは裏腹に、何処か澄んだ声でそう答え、チッチは部屋を出て行った。


 ミッチャが落ちぶれていた事は小耳に挟んでいた筈。無事でいた事を、もしかしたら喜んでいるのかもしれない。もしかしてだけど。


「もう察していると思うけど、ディスパースの編成をここで決めてしまおうと思うの。問題はないかしら?」


 チッチが扉を閉めてすぐ、ティシエラがこっちに視線を向けてくる。当然、問題なんて何もない。コレットも俺と同時に頷いていた。


「目的はラヴィヴィオの残党を見つけ出し、魔王や冥府魔界の霧海に関する情報を得る事。余り目立たないよう、大人数じゃなく少数精鋭で組む。ここまでは良い?」


 派手に動いてヒーラー共に察知されるのは困るから、少数なのは当然。コレットと顔を見合わせ、問題ない事を確認し続きを促す。


「で、その編成の内訳だけど……ソーサラーギルドから3名、冒険者ギルドから2名、アインシュレイル城下町ギルドから1名、ヒーラーギルドからはマイザーを招集。つまり7人パーティと考えているけど……どう?」


 7人か。まあまあ大所帯のように思えるけど、調査がメインだから二手、或いはそれ以上に分かれる事も想定するなら、それくらいの人数が妥当かもしれない。余り少な過ぎても無駄に時間かかりそうだし。


 重要なのは総人数じゃなく、ソーサラーの方が冒険者よりも多い点だ。これは明確に、ディスパースがソーサラー主導、つまりソーサラーギルドを中心に組まれたチームだと内外に訴える為と断定して良いだろう。


 もし鉱山殺人未遂事件の前なら、コレットも簡単には納得できなかったに違いない。でも、さっきロハネル達がつついていたように、最近ちょっと冒険者のトラブルが続いた事もあって、今の冒険者ギルドはあまり強く出られない。人材不足なのをコレット自身が訴えているから、少なめの選抜にも妥当性がある。


 それを見越した上で、ティシエラはこの条件を提示して来た訳だ。汚いなさすがティシエラきたない。


「はい。問題ありません」


 コレットは躊躇なくそう答える。ここでゴネても何の得にもならない――――なんて皮算用じゃなく、単に『この一件に一番尽力してるのはティシエラだから、ソーサラーギルドがメインなのは当然』って考えてるんだろな。コレットの事だから。


「俺も了解。ウチからは一人出せば良いんだな」


「ええ。誰を出すかは貴方が決めて」


 元々、合同チームにウチからも派遣すると進言したのは俺だ。断る理由はない。


 さて……誰を選ぼうか。


 このチームが大きな成果を遂げて帰って来たら、参加メンバーは喝采を浴び、高い評価を得る事になるだろう。


 だったら――――


「ディノーにお願いしようと思う」


 二枚看板の一角を暫くの間失うのは痛手だけど、これが最善手だ。今のあいつに不足しているのは自信と実績。このチームでそれを積み、本来の実力を発揮できるようになれば、ウチのギルドにとっても大きな戦力アップに繋がる。


「レベル60代の元冒険者よね。私としては願ったり叶ったりだけど……良いの?」


「ああ。戦力になるのは勿論だけど、あんまり前に出過ぎない性格だから、チーム内でも上手くバランスを取れるんじゃないかな」


「わかったわ。コレットも良い?」


「あ、はい。冒険者とも連携が取れると思いますし、大丈夫です」


 心ここにあらず、って感じの返事。自分トコが誰を出すかで頭の中は一杯なんだろう。


 実際、冒険者ギルドの人材不足は深刻だ。ただでさえレベル60代の大半が抜けているのに、先の事件でメキトとヨナが俺達に拘束され、コーシュも未だ入院中。特に情報収集能力の高いメキトが使えないのは大誤算だろう。


「ソーサラーギルドからはアメリー、シーマ、エチュアの三人を派遣するわ。全員、戦闘能力だけじゃなくて敵の感知や情報伝達に適した魔法が使えるから、今回の目的に合った人選になっている筈よ」


 なんか聞いた事ある名前ばっかりだな。多分、屋外演習……という名の詠唱品評会の時にティシエラからダメ出しされてた人達だ。あとアメリーって人は【魔王に届け】で中継やってた子だな。確かに情報伝達には優れてそうだ。


「後は冒険者だけか。コレット、もう決めてる?」


「う、うーん……」


 歯切れの悪い返事になるのも無理はない。わざわざ自分が率いて最終テストまで実施していた候補者のメキト、ヨナ、ウーズヴェルトが揃って事件の当事者になった訳だから、実質白紙だろう。


 選ぶのは二人だけで良くなったとはいえ、もしその二人が役立たずだったり更なる問題を起こしたりしたら、冒険者ギルドの評判はますます悪くなる。『コレットがギルマスに就任した途端、問題だらけになった』なんて言われかねない。


 当然、ギルマスであるコレットが自ら出陣する訳にもいかない。ギルマスの長期不在なんて論外だ。


 そうなると……レベル58のグノークスや、他の二人と比べると大した問題行動は起こしてないウーズヴェルト辺りが最終候補になってくるだろう。幾らなんでも、風来坊のベルドラックに頼むのは無理があるし……


「一応、決めてはいるんだけど……その……」


「なら遠慮せず言ってみて頂戴」


 ティシエラに促され、コレットは頷いたのちに俺の方をじっと見る。


 だとしたら、候補者は多分――――


「えっと、一人は……ウーズヴェルトさん。身体が大きいから、ちょっと目立っちゃうかもだけど、ソーサラーの皆さんの壁になれるかなって」


 成程、タンク役か。確かに頑丈そうではある。人格的にも、恋愛さえ絡まなきゃ多分大丈夫だ。女性陣とはあんまり会話しなさそうだけど、ディノーがいればコミュニケーションには困らないだろう。


「トモはそれで良い?」


「ああ。全然構わない」


「なら一人は決まりね。もう一人は?」


 俺に遠慮があって、ウーズヴェルトの名を出し辛そうにしていた――――そう思っていた。


 けど、違った。


 コレットが本当に躊躇していたのは、寧ろこっちの方だった。



「マルガリータ……なんだけど」



 それは全く想定していない名前。余りの意外性に思わず目が点になった。


 マルガリータさん……? 元サブマスターで受付嬢の? なんであの人が?


 そもそもあの人、もう仕事辞める予定じゃなかったっけ? 推薦したコレットがギルマスになったから、相談役みたいな感じで残ってんのかな。


 いや、それはどうでも良い。問題は、明らかに非戦闘員である彼女を、人類の命運がかかっている調査隊のメンバーに加える事の是非……でもない。


「……」


 そう。


 ディシエラと明らかに不仲である彼女が、ソーサラーメインのチームに加わる事だ。


 ティシエラ本人がチーム入りする訳じゃないとはいえ……ソーサラーは基本、ティシエラを崇拝している。そして二人の不仲は確実にギルド員達も知っている。何も起きない筈がなく……いやマジで修羅場だろこんなの。


 そもそも、ティシエラが簡単にOKを出すとは思えない。案の定、据わった目でコレットを睨み始めた。


「それは、マルガリータ本人の申し出?」


「はい。戦闘面での貢献は出来ませんけど、目的遂行の為の作戦立案、適材適所の人材配置、チーム内に生じた問題の早期解決など、集団行動における事務的な作業を一手に担えるからと……」


 確かに、他の面々はみんな高い戦闘能力を有しているから、纏め役に一枠使うのは悪くない。特に複数の組織から派遣された今回のような合同チームの場合、先導役がいないとバラバラになる危険もある。


 それに、戦闘員がその役目を追うと、その人物に万が一の事が起きた場合に混乱を招く。


「――――と思うんだけど」


 俺が頭の中で思い浮かべていたのとほぼ同じ内容を、コレットも説明していた。恐らくマルガリータさんの言葉をそのまま伝えているんだろう。


「話はわかったわ。ただ、彼女にそれだけの指揮能力があるかどうかは疑問ね。幾ら本人に自信があると言っても」


 ティシエラの答えには迷いがあるように思える。彼女が気に食わないという私情で突っぱねる訳にはいかないけど、信頼を置けない人物を合同チームに入れる事への抵抗感もかなり強いだろうな。


「にしても、引退を考えていたマルガリータさんが何でわざわざ危険な事に首を突っ込もうとしてるんだ?」


「……多分、私の為だと思う」


 沈んだ表情でそう告げるコレットに、ティシエラもまた困ったような顔を向けている。


 冒険者ギルド、そしてコレットの立場が危ういのをマルガリータさんは当然わかっている。だから自分が合同チームに加わる事で、大きな成果をあげて汚名返上といきたい訳か。


 マルガリータさんはコレットの数少ない友達。その友情が理由となれば、納得は出来る。


「あの……二人の仲が微妙なのは、私も知ってます。でも私は自信を持って、マルガリータを推薦できます。それくらい優秀です。どうか御一考をお願いします」


 深々と頭を下げるコレットに、ティシエラの困惑は増す一方。冒険者ギルドのギルマスにここまでされて、中途半端な理由で断るのは無理だろう。


 俺はどっちの味方も出来ない。ケチを付けるにも後押しするにも、マルガリータさんの事を知らな過ぎる。


「……」


 半ば苦悶の表情で長い時間、ティシエラはぐぬぬ顔で悩む。


 そして重苦しい空気の中、結論が出た――――






「で結局、渋々受理した訳ね」


 その日の午後。


 シレクス家で優雅にティータイムを楽しんでいたフレンデリアに一部始終を伝えた結果、何故か険しい顔をされた。


「はぁ……そのマルガリータって女、本当に大丈夫? 私のコレットを私物化しようとしてない?」


「私物化って何?」


「全くもう。コレットったら想像以上の女たらしね。やっぱり女ってギャップに弱いのかな」


 いや男も弱いです。いつもはキリッとしてる女性が照れたり甘えたりしてくるとグッと来ます。


「それにしても、鉱山に誰が何の目的でワープ罠なんて仕掛けていたの?」


「わからない。ティシエラは『奧まで人を行かせない為の仕掛け』って言ってたけど……確認は取れてないな」


 ヴァルキルムル鉱山を管轄している鉱山都市ミーナの市長にティシエラが調査依頼を出したらしいけど、あまり期待は出来ないとの事。あの声の主の仕業なのか、それとも全く無関係の奴の仕業か……まあ、もう二度と踏み入れない場所だろうから大して興味もない。


「ここ最近の報告は以上なんだけど、もう少し時間を貰えるかな。ここからは交易祭の話もしないといけない」


「あら。いよいよ妙案を思い付いたの?」


「まーね」


 随分と悩まされてきた『交易祭の恋愛要素強化』について、ようやく俺なりに考えが纏まった。幸か不幸か、案が浮かんだのは鉱山での一件があったおかげだ。


「まず、今年の交易祭のテーマはこれにしようと思う」


 あらかじめ、そのテーマを太字で書いてある紙を取り出し、それをフレンデリアに見せる。


「『恋愛解放宣言』……? 恋心を解放してもっと恋愛に積極的になろうって意味よね? ちょっと婉曲的っていうか……ダサくない?」


「ああ、ダサい。でもそれで良いんだ」


 老若男女、幅広い層に受け入れられるものには、総じて大なり小なりダサい要素がある。そこに親しみや親近感、もっと言えば蔑みが生まれる。それが大事だ。


 人は完璧なものより寧ろ、落ち度がある事柄にこそ群がる。それが親近感なのか共鳴なのか、それとも攻撃性や優位性の充足なのか……そういう分析は必要ない。兎に角、幅広い層に向けて訴える場合は、多少ダサいくらいが丁度良い。


 ダサさは正義! ダサいのを恐れるな!


「それに、単なる恋心の解放って意味じゃない。限界突破って意味もある」


「限界? 何の?」


 まだピンと来ていないっぽいフレンデリアに、わかりやすく意図を伝える。


「元々、このお祭りは精霊と人間の交流の為に開かれたものだろ? なら原点回帰といこうじゃないかって事」


 つまり――――


「精霊と人間の恋。そこから更に解釈を広げて、異種族間や同性同士、年の差、身分違い……いわゆる『禁断の恋』とされている恋をしている人達に向けて、交易祭を通して『その気持ちを解放しようよ』ってメッセージを送りたい」


「……!」


 その俺のプレゼンは、フレンデリアのハートを確実に射貫いた。


 ……と思う。多分。 





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