第218話 フラグ回収

「僕と……勝負だって?」


 アイザックの表情が一瞬緩む。それは見ようによっては嘲笑とも取れる弛緩だった。


 冒険者としての俺のレベルは18。対するアイザックは60。ゲームで例えるなら、序盤の中ボスvsラスボス撃破後の裏ボス、ってところか。


 ま、それくらいの差はあるだろうな。奴とはほんの少しの間だけ一緒のパーティで活動した事あったけど、俺とは比べ物にならないほど力強く、素早く、正確で、鋭かった。普通に正面からケンカしたら、ものの数秒でKO負けだ。


「やめてよね……本気でケンカしたら、トモが僕に敵うはずないだろ……」


 ……にしたって、その物言いはなんだ? 嫌いだわー、こういう事言う奴。


「どうかな? この天変地異のこん棒がお前の武器より堅けりゃ、幾らでもやりようはある。俺はお前の動きの癖を数十個は見つけてるからな」


「! パーティを組んでいた時に僕を観察していたのか……!?」


 嘘だバカ。簡単に引っかかるなよ。もしコイツが地球で生まれてたら、ありとあらゆる詐欺の餌食だっただろなあ……


「でも、武器や癖に頼って勝つのも味気ない。勝負はこれで付けよう」


 天変地異のこん棒を床に置き、右腕を曲げる。アイザックにはこれで十分伝わる筈。案の定、すぐに顔色が変わった。


 奴のトラウマ――――腕相撲だ。


「ふふふ……まったく人をイライラさせるのがうまい奴だ……」


「なら、そのお詫びに一つ朗報だ。この城を賭ける代わりに、お前が俺に勝ったらここにいる全員を引き上げさせる。それでどうだ?」


「……」


 無言で猜疑の目を向けて来たか。ま、そういう反応になるわな。


 俺がこの場の全員を代表する人物なんて、アイザックも思ってはいないだろう。マッチョ連中も俺の発言を不可解に、人によっては不快に思っている筈。その空気を感じ取れば、信憑性に欠けると判断するのは当然だ。


「言い忘れてたけど、今回の討伐隊はティシエラがリーダーで、俺がサブリーダーだ。だから突入前の宣誓は俺がした。作戦全体の指揮系統はティシエラが担うけど、現場は俺だ。よって俺の発言には従って貰う」


 アイザックの目をじっと見ながら、なんとか噛まずに言い切れた。


 こんな嘘、マッチョ連中の方を見ながら言える訳ない。プレッシャーの余り口が回らなくなって、怪しまれるのは目に見えてる。


「……へえ。ハッタリって訳でもなさそうだ」


 幸い、あの宣誓が信憑性を高めてくれたらしく、マッチョ連中もウチのギルド員も納得したらしい。アイザックの反応でそれがわかる。


「で、どうなんだ。やるのか? やらないのか?」


「やるさ。やらない理由はない。僕は王だ。王は逃げない。だからここにいる」


 このたった数日で王の尊厳を手に入れた気になってるあたり、如何にもアイザックって感じだ。どうしてお前はそこまでアッサリと自分に酔えるんだ……そこだけは共感できない。


「どうせ何か策があるんだろう。それに、君には度胸がある。僕はその心の強さを学びたくて君に近付こうとした。なのに君は……いとも容易く僕から離れてしまったね」


「あの取り巻き共と一緒にいられる訳ないだろ。俺が何回死にかけたと思ってんだ」


「そうみたいだね。当時の僕は彼女達の気持ちも、君の危機にも気付けなかった。深く反省したよ。いや……正直に言うと、暫くは出来なかった。そんな余裕もなかったからね」


「今は違うのか?」


「僕はキングだ。敢えて言うが、この筋肉隆々な男達が迫ってきた時も、僕は別に動揺していなかった。メンツはともかく、今日この街の住民が蜂起するのは予測の範疇だったからね。臆病な僕を演じて自爆を示唆すれば、必ず止まるとわかっていた」


 やっぱりそうだったのか。にしても、それをここで言っちゃう自己顕示欲よ。せめて最後まで隠し通せてればなあ……


「あれを見て僕に勝てると思ったのなら、アテが外れたね」


「今はもう以前のお前じゃないってか?」


「僕の心の弱さは、周囲の目を気にし過ぎる所にあった。その原因がやっとわかったんだよ。成り上がりの僕は、蔑まれる事に慣れ過ぎた。下にいる事が骨身に染みていたんだ。だから僕が変わるには、偉くなるしかなかった」


 アイザックが玉座から立ち上がり、その背もたれに左手を当てる。


「立場を得る事で僕は変われた。ヒーラー達の変態っぷりには辟易させられたけど、僕を王にした彼らには感謝している。少なくとも、僕を倒そうとする君達よりは仲間意識ってやつが芽生えているよ」


 刹那――――背もたれが爆発音と共に砕け散った。


 奴の左手も焦げてしまったが、重傷ってほどじゃないらしく全部の指を曲げ伸ばし出来ている。


「お前……」


「見ての通り、今の僕は自爆スキルだって制御できる。僕は自分の運命を乗り越えたんだ。だから……もう玉座は必要ない。ここに座らなければ王に見えないようじゃ話にならないからね」


 命じゃなくダメージって形で犠牲を伴い、その分威力を弱めたプチ自爆――――って感じか。こんなの食らったらただじゃ済まないな……


「決して王という肩書きが欲しかったんじゃないし、身分に固執してもいない。権力がなければ何も出来ない、なんて愚王になる気はないんだ。今は僕に反発する者も多いだろうが、いずれ必ず認めさせてみせる。誰からも敬われる賢王に僕はなる!」


 なるほどなー。



 ……ってなる訳ねーだろバカ野郎。



 あんな所信演説カマしといて『そうだったのか。なんてスケールのデカい奴なんだ』とか言われると思ってんのか? あの時の必死な姿と今のカッコ付けてる姿、どっちがパフォーマンスかなんて一目瞭然じゃねーか。


 とはいえ、自爆スキルを実用レベルにまで昇華させていたのは素直に称賛するよ。相変わらず努力の虫なんだな。そこは本当に尊敬する。


「勿論、君との勝負に今見せたスキルを使うつもりはない。この壊れた玉座が台代わりだ。君との因縁にケリを付けるには丁度良い舞台だろ?」


「かもな」


 背もたれがあった方にアイザックが、その反対側に俺が陣取り、壊れた玉座に右肘を置く。周囲のマッチョ達もウチのギルド員も空気を読んで、全く口を挟まずに事の成り行きを見守ってくれていた。


「トラウマで僕の身体が硬直すると踏んでいたのか、それとも何らかの精神攻撃を用意していたのか……何でも構わないさ。やれるものならやってみるが良い。全てを跳ね返して僕が勝つ。そして僕はまた一つ、自分の運命を乗り越えよう」


「……」


 お互いに右手を掴み、肘をロックする。すると、誰と示し合わせるでもなくディノーが両手を被せて来た。レフェリーを務めてくれるらしい。



 さあて……



「レディー…………「運全振り」ゴー!」


「うおりゃあああああああああああああああああああああッッ!!!!」 


 合図と同時に、アイザックが全身全霊の力を右腕に込めてねじ伏せようとしてくる。首も肩も上腕も二の腕もプルプル震えながら筋肉を隆起させている。凄まじい力の入れようだ。


 特に顔面はまるで別人。歯茎剥き出しで歯にヒビが入りそうなくらい食い縛り、どこぞの異端審問官のような形相になっている。今にも無数の血管が切れそうだ。


「ふおおおおおおおおおッ!! ふんッ!! ふんッ!! くぬりゃあああああああああ!!!」


 でも、俺の右腕は動かない。何故なら今の奴のステータスは運以外最低値だから。


 触れさえすれば、どんな格上が相手でも完封できる。それが調整スキルの強み。


 だから触れている状態で始められる腕相撲は奴に有効な勝負というより、俺にとってベストな勝負。後は、そこにどうやって持って行くかだけだった。


 この大所帯で一斉攻撃すれば、幾らアイザックでも勝ち目はない。だから俺が一対一の勝負を挑んだ時、奴は明らかに『しめた!』って顔になっていた。


 しかも事前にコンプライアンスさんが煽った事で、俺が腕相撲で挑む事に何の不自然さも生まれない。実際、アイザックはまんまと『トラウマを刺激する為』と解釈し、勝手に納得していた。


 運に振ったのは、調整スキルの発動が遅れないよう一文字でも短い言葉にする為。幸いそこも上手くいった。


 全ては狙い通り。


 なのに……ちっとも嬉しくない。


「ヴェアアアアアアアアアアアア!! 嘘だろぉぉ……嘘だあああああああああああ!! 何をやった!? 何をした!? なんでだよ!! なんで動かないんだああああああ……」


 アイザックは、パワーでも遥か格下の俺を相手に一切ナメる事なく、瞬殺しようと全力を出してきた。そして今も、必死に勝とうと目を血走らせている。


 そういう奴を、貰い物のスキルで手玉にとっても楽しくなんてない。困惑と屈辱でむせび泣いている姿を目の当たりにして、ザマア見ろとはとても思えない。


「嫌だ!! 負ければ僕の言うコトなんざ誰一人耳を傾けやしない!! メイメイもミッチャもチッチも、みんながソッポ向いちまう!! 嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ!! 負けるのは嫌だ! この国で一番偉いのは僕なんだ! 僕が王者なんだ!!」


 アイザック……もう無理だよ。


「はー…はー…ま…負けるのか!? 僕は負けるのか!!」


「そうだ。お前に為す術はない。もう決まりだ」


「ま…負ける…い や…やだ。負けたくない。負けたくないふざけるな! 止めろ負けたくない!」


 みっともないぞアイザック。いや、お前らしいけど。


「最初に言ったはずだ。何でも構わない、やれるものならやってみるが良いって。もう おまえは終わりだ。ここで負けて大人しく収監されろ」


「い いやだ負けたくない牢獄もいやだ!! なんとかしてくれトモ!」


「一度始めた勝負はどんな事をしても取り消せない。おまえも納得して始めた筈だ。さよならだ……グッバイ、アイザック」


 終わる。あと数秒で。


「うわーーーーっ負けたくない!! 逝きたくないーーーー」



 ――――ドン



 ズル……ゴト……


「ち ちくしょう…………」





 ……虚無。


 それは俺が良く知る顔。腕相撲で俺に敗れたアイザックは、強さも、誇りも、何もかも失った。


 でも、きっとそれで良いんだ。俺達みたいなのが生まれ変わるには、それこそ別人にでもなるしかないんだから。


「もうそいつには何の力もない。でも今はまだ王様だ。逃げ出さないよう、王様の私室にでも閉じ込めて……」





 だーめ。





 ……!?


 なんだ今の声は!? まるで……俺が瀕死に陥った時に聞こえて来た、あの時の声だ。あれみたいに頭に響いてくる。


 でも声色は明らかに別人だった。始祖でもない。


 ただ……


 何処かで聞き覚えのある声だった。


「トモ、どうした? 様子が変だぞ」


 ディノーには聞こえてないのか……?


 いや、ディノーだけじゃない。他の誰も気付いている気配がない。俺にだけ聞こえているのか?



 


 彼、怪我してるよね。





 まただ。この声には確実に聞き覚えがある。なのにどうして、その人物が思い浮かばないんだ……?





 そのままだと危ないよ。回復されちゃっていいの?





 回復? まさか…… 


「エルリアフか!?」


「エルリアフ……? 一体何を――――」


 ディノーの言葉を遮るように、項垂れていたアイザックが無数の赤い光に包まれる。まるで珊瑚のネックレスのような数珠つなぎの光が幾重にも取り囲み、そして――――その身体を締め付ける。



「ぐあああああああああああああああああああああああ!!!」



 まるで電撃でも浴びたかのように、アイザックの身体は激しく痙攣し、その場に崩れ落ちた。


「大丈夫か!? しっかりしろ!」


 駆けよって頬を叩いてみるも、返事はない。まさか……死――――


 いや、心臓は動いている。一命は取り留めたか。運に全振りしたのが幸いだったのかも。


「全員! 戦闘態勢!」


 ディノーの号令と同時に、玉座の間が緊張感に包まれる。今のがアイザックへの攻撃だとしたら、敵の敵って事になる訳で、必ずしも俺達の脅威になるとは限らないけど……そんな淡い期待は持たない方が良さそうだ。


 てっきりエルリアフたと思ったけど、始祖の話じゃエルリアフは他人を回復したいってフラガラッハの夢が具現化した存在。だったら回復はしても攻撃はして来ない筈だ。


 でも、それなら何者――――





 お城を囲んでた回復魔法を邪魔したのはマスター? さっすがー♪





 ……な。


 今の声……俺を『マスター』って呼ぶその声は……まさか……!


「イリス……!?」


 姿は依然として見えないが、多分イリスの声で間違いない。


 でも……おかしい。イリスの声なんて、彼女がウチのギルドにいた頃は毎日のように聞いていた。どうしてすぐ彼女の名前が出て来なかったんだ?


 いや、今はそんな事どうでも良い。


「本当にイリスなのか!? だったら姿を見せろ!」


「はいはーい」


「なっ……」



 真後ろ? いつの間に……?


 間違いない。この美しい赤毛、華やかな顔立ち、そして快活な笑顔。完璧にイリスだ。


「はは……」


 まさかのフラグ回収に脳が追い付かない。自分の中で感情がごちゃ混ぜになって、上手く言語化できそうにない。今俺は一体、どんな表情をしてるんだ……?


「ありゃ……そんなに嬉しそうにされるとは思わなかったなー」

 

 久々に見たイリスの苦笑いは、ギルドにいた頃とちっとも変わっていなかった。



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