第238話 弱音

「……という訳で明日、勲章もらえる事になった。みんなやったよー」


「その割に目が死んでるな……」


 結局、何度測定してもレベルは18のまま。マルガリータさんや冒険者の方々に可哀想な奴を見る目で見られ、赤っ恥のコキッ恥をかかされたその足で今度は王城での羞恥プレイを華麗にこなし、御主人とルウェリアさんに軽く引かれ我がギルドへと帰還。会議疲れも重なって俺のメンタルは完全に死んでいた。


 冒険者ギルドでは動揺もあって深く考えもしなかったんだけど……明らかにおかしいんだよ。だって最初にレベル18って測定して貰った直後、フィールドに出てモンスター何体か倒してるもんな。コレットと一緒に逃げてる最中。なのに18のままって絶対変だろ?


 ゲームだったら、低レベルプレイで終盤の街まで行って、その周辺のモンスター倒したら一気に5くらいは上がる。そりゃ現実とゲームは違うけど……にしたって据え置きなのは納得いかない。


 でも何となく理由は察している。転生したからだ。


 俺のマギは、あくまで別世界由来のもの。だからモンスターを倒してマギが上昇しても、それがこの肉体にまでは反映していない可能性がある。或いはマギの上昇反応自体が起こらないのかもしれない。


 ま、あくまで憶測に過ぎない。転生って事情を隠している以上、検証は不可能。今後もレベルアップはしないって認識で生きていくしかないのか。


 まぁ良いよ? 弱くても戦えるよう精霊を使役してるんだし、魔法力のショボさもアイテムと生命力で補えてるし。強くなれないからってふて腐れる必要はないんだ。今は素直に勲章授与という快挙を喜ぼうじゃないか。


「ひやっほぉぉぉう。最高だぜぇぇぇぇ」


「全く嬉しそうじゃないです! なんか怖いです!」


 まさかオネットさんに怖がられる日が来るとは。俺もまだまだ捨てたもんじゃないな。はは。


「でも、これは凄い事だぞ。まだ発足して一年にも満たないギルドが勲章を頂けるなんて、間違いなく快挙だ。これで軌道に乗れるんじゃないか?」


 冒険者として大きな実績を残しているディノーがそう言うのなら、やっぱり凄い事なんだろう。この世界の人間になって半年ちょっとの俺には、勲章の価値を正しく把握するのは無理だからな。


「所属する者として、俺も鼻が高いよ。これで勇気を貰えそうだ」


「勇気? 何の?」


「いや! 何でもない……何でもないんだ。俺の……今後の目標というか、個人的な話だから」


 明らかに焦っているディノーの様子に、なんか嫌な予感を感じずにはいられない。


 まさか……ギルマスの座を狙っているのか!?


 んー、でも違うか。そんな野心あるなら素直に言うタイプだろうし。案外、交易祭のプレゼントの為に凄いアイテムを手に入れようと画策してるのかも。


「ンな事よりもギールマターさぁ」


 いつの間にかヤメがスーッと傍まで寄ってきた。


「……ギールマター?」


「ギルドマスターってビミョーに言い難いから、言いやすい言葉に直してみた☆」


 いや普通にギルマスで良いだろ……なんだよギールマターって。ダークマターみたいに呼びやがって。マスター感ねーよ。


「勲章って一人で貰いに行くん? なんかそういうのって授与式みたいなのがあって、みんなでお呼ばれするイメージだけど?」


「王様がいればな。でも今、お城に人殆どいないし。サッと行ってパッと貰って帰って来るだけだろうよ」


「それもそっかー。こういうトコでイマイチ華やかになれないのがウチのギルドって感じよなー」

 

 自虐っぽい物言いで肩を竦めるヤメに、なんとなく感慨深い目を向けてしまう。もうすっかり『自分のギルド』って感じだな。それが少し嬉しい。


「とはいえ、なんか副賞みたいな物も貰えるらしいから、二人で来いとは言われてる。一応、代表者の俺は確定として……誰か付いて来たい人ー」


「しゃーねーなあ。どーせ誰もンなメンドい事したくないだろうし、ここはヤメちゃんが骨を折って……」


 はーやれやれ、みたいなノリだったヤメが、辺りを見渡した瞬間に絶句する。それもその筈、半数以上のギルド員が挙手していた。


「え……マジ?」


「たりめーだろお! せっかくの晴れの舞台なのに黙ってられるかい!」


「こちとら、もう若くもねーんだからよ、こんなチャンスは二度とないんだよ」


「良い所をぉ……あいつに良い所を見せるんだぁ……」


 ポラギ、ベンザブ、パブロの中年三人組がヤメとバチバチ火花を散らしている。まさか授賞式でもないのに、こんなに参加希望者がいるとは。俺にとっても想定外だ。


「いや、そんな良いものじゃないからね……? さっきも言ったけど、城の中には人殆どいないからギャラリーの声援も拍手も殆どないし、セレモニーやパーティーもないし」


「それでも構いません! 勲章を授与されるのは誉れ高き事! その場にいられるだけで! 栄冠が私に輝くのです!」


 オネットさんも燃えている……


 何の実績もない新米ギルドのウチに所属するくらいだから、社会的地位とか世間体なんて気にしない人達だと思ってたのに、割とこういうの参加したがるんだな。それだけ勲章の価値が高いって事か。


 こうなると、手を挙げてない人の方が珍しい。首級しか興味のないシデッス、余り目立つのが好きじゃないマキシムさん、本所属じゃないから遠慮してるっぽいサクア、あと数名程度だ。


 タキタ君(エルリアフ)とイリス姉はこの場にいない。というか、ここ何日もずっと姿を見せていない。まぁ……前者は俺に正体がバレたんだし、後者はストーカー対象のイリスがもうウチにはいないんだから、恐らく今後も来る事はないだろう。フェードアウトってやつだ。


「あーもー埒明かねーなー! こうなったらバトルロイヤルだコラァ! 死にたいヤツからかかってこいやー!」


「良い度胸だあこの性悪女あ! まずテメーからぶっ潰してやるう!」


 おいおい、ちょっと考え事している間にコレかよ。血気盛ん過ぎだろ。あんまり騒ぐもんだから頭が痛くなってきたじゃねーか。


「お前らいい加減……ゲホッ」


 ……なんか喉もイガイガすんな。会議で喋り過ぎたか?


「トモ」


「ん? なんだディノー」


「ここは俺で手を打たないか? 一応、個人で何度か受賞式に出席した経験もあるし、公式の場での最低限の礼儀作法は身に付いている。ギルドに恥を掻かせる真似はしない」


 確かに、ディノーなら間違いはないだろう。他の連中とは信頼感が違う。


 断る理由も特にないし、ここはもう……


「抜け駆けはいけませんよ! 怪盗メアロに入れ替わられた汚名を返上しない限り! 貴方にそんな大役を任せる訳にはいきません!」


「ぐっ……痛いところを……!」


 剣士同士のライバル心か、オネットさんが珍しく他者に強い口調で絡んできた。


 とはいえ、別に正論って訳でもない。あの件は相手が悪かっただけの事だ。こればっかりは仕方ない――――と思うんだけど、ディノーは割り切れていないのか、露骨に顔が曇っていた。


「……彼女の言う通りだ。このギルドに俺は何の貢献も出来ていないし、烏滸がましい申し出だった。今回は辞退するよ」


「気にしなくて良いのに……」


 そもそも、過去の事が問題になるのならオネットさんだって結構アレだしねえ……


「オラァ! ラララララァ!」


「コイツ……! ソーサラーなのに良いパンチ持ってやがるッ……」


「ギャハハハハ! ヤメちゃんナメんなコラぁー!」


 ディノー達と話している間に、すっかり場が荒れてしまっている。これ、完全に俺の統率力のなさが原因だよな。あーあー、こんなガキみたいな騒ぎになっちゃって……学級崩壊気味の小学校かよ。


 良い機会だ。ここでギルマスとしての威厳を示そう。


「者ども! 静まれ静まれぇーい!」


「……フフッ」


 あっしまった! 威厳示そうとし過ぎて時代劇口調になっちまった……!


 今笑ったのサクアだよな。彼女のいた世界にも時代劇が存在したのかも知れない。でも今はそんな考証どうでも良い。 


「希望者多数につき、俺が独断と偏見で同行者を決める。今日一日じっくり考えて、明日当事者に伝えるから」


「えぇー。横暴じゃね?」


「本当なら面接とかして決めたいけど、時間ないからな。そもそも、俺が代表なんだから俺が決めるのが筋だろ」


 ブーブー不満を訴えていたヤメをはじめ、多くのギルド員が完全には納得していなかったみたいだけど、最終的には半ば強引に説き伏せ、この日は終わった――――筈だった。



「ゲホッ」



 ……寝られない。


 いつもなら棺桶に入ってすぐ眠りに就けるのに、今日は明らかにおかしい。


 なんとなくそんな気はしていたけど……明らかに体調が悪い。頭の鈍痛も咳も、昼間より酷くなって来た。あと寒気がする。


 終盤の街だけあって衛生面は決して悪くないんだけど、水道が完備され殺菌アイテムが多数あった日本と比べれば、病気はずっとしやすいだろう。寧ろ今まで一度もかからなかったのが不思議なくらいだ。


「ゴホッ……ゴホッ」


 咳の質も変わってきた。肺にズシッとくるタイプの咳。若干だけど息苦しくもある。これは俺の良く知る風邪の症状だ。 


 だから間違いない――――とも言い切れないのが異世界生活の辛いところ。風邪っぽい病気が必ずしも風邪とは限らない。数日寝てるだけで治る保証もない。あくまでここは地球じゃない別の世界なんだから、病気も似て非なるものかもしれない。そういう怖さがある。


 そんな不安に駆られたからだろうか。寒気が一気に増して来た。


 マズい。これは確実に高熱がある時の悪寒。冬に入り、夜が大分冷えてきたとは言え、肌寒さとは明らかに一線を画している。内側から滲み出るような寒気だ。


 病院は……行動範囲内にある事はあるけど、こんな時間にはやってない。この世界に当直医なんて概念はないだろうし。どのみち、馬車も走ってない時間だから、歩いて向かわなきゃいけない訳で、夜間に病院は無理だな。


 かといって風邪薬もない。体温計も。額を冷やすシートもエネルギー補給用ゼリーもスポドリもプリンもない。前世で風邪を引いた時に世話になっていた物が、この世界には一つもないんだ。


 ここに来て、異世界転生の恐ろしさを実感するとはな……随分この世界に馴染んで来た自負があったけど、やっぱり甘かった。衣食住にはしっかり順応できたし、文化の違いも気にならなかったし、あれだけ好きだったゲームを失っても全然大丈夫だったのに……こんな落とし穴が待っていたとは。


 今は毛布にくるまって耐えるしかない。今晩どうにかやり過ごして、明日もこのままなら病院へ向かおう。勿論、日本のような水準の治療や診断なんて期待できないけど、終盤の街だしそれなりの処置はしてくれる筈。ヒーラーとの競合で商売あがったりだった外科と違って、内科は需要あるだろうし。


「ハァ……ハァ……」


 息苦しいと、途端に棺桶の中の酸素が薄く感じる。今日はここで寝るのはやめておこう。明日、棺桶が本来の役割を果たす事になりかねない。


「クッソ……」


 どうにか這い出たは良いものの、体力も気力も昼間とは雲泥の差だ。風邪ってこんなに辛かったっけ……? そういや、警備員になって死ぬまでの間、殆ど風邪なんて引いてなかったな。だって他人と会話する機会が少なかったからね! 移される確率も圧倒的に少なかったんだろうね! HAHAHA!


 ……ダメだ。寒気がヤバ過ぎてテンションが意味不明な方向にイッちまってる。


 あー、ちょっと思い出した。学生時代に風邪引いた時、こんな精神状態になってたわ。学校休んでゲーム出来るってハイになったものの、結局辛くて殆ど出来ず寝てるだけっていうね。


 うおおマジ寒ぃ……ありったけの服を着込んで毛布も三枚重ねにしてみたけど、身体はガクガク震えちまう。あと節々が痛い。脇の下のリンパっぽいところが異様にダルい。倦怠感が尋常じゃない。咳と鼻水はそうでもないのが救いか。ティッシュないもんな……思えば贅沢な暮らしだったよ、生前の俺。


 これさあ……死なないよな?


 前世だったら風邪だし寝てりゃ治るって思える症状だけど、どうしても不安が募る。何か変なウイルスに冒されてて、命に関わる病気なんじゃないかって。


 自分の熱が今何℃かもわからないし、すぐ効く解熱剤も手元にはない。もしインフルみたいな病気だと、熱は何処までも上がっていくぞ。


 その不安が高まって、どうしても寝かせてくれない。いつもは気にならない床の固さも、暖房器具のない部屋の冷たさも、まるで凶器のようにメンタルを削ってくる。


 ……冗談じゃない。


 こんな事で、こんなところで死ねるか。勲章もらって借金返して、これからようやく自分の目指すギルドを作れる環境が整うって時に。


 幸いだったのは、他者に弱音を吐く習慣がなかった事。前世でそういう身内や友達がいて甘えていたら、今頃この孤独に耐えられなかっただろう。辛いし寒いしキツいし、しんどくて堪らないけど、寂しさや心細さはない。


「負けるか……」


 こういう時は、独り言で強がって、なけなしの気力を振り絞るしかない。それで強くはなれないかもしれないけど、強気にはなれる。肉体的、戦闘的な強さがないのなら、せめて精神だけでも頑丈でなくちゃな。


「こんな所で死ねるかよ……」


 そうだ。もう二度と死にたくない。


「ぜってー終わらねぇ……」


 まだやりたい事がある。ここで終わりたくない。


「このくらいで……くたばってたまるかよ……」


 ……怖い。


 ダメだ。どれだけ強がっても生前のようにはいかない。焦燥が消えない。


 どうなるんだ俺は。ちゃんと生きて朝を迎えられるのか? 重い後遺症が残ったりしないのか?


 誰でも良い、助けてくれ。始祖。怪盗メアロ。最悪ヒーラーでも良い。この不安を消してくれ。死ぬのは嫌だ。


 あれ……?


 俺って、死への恐怖を失ったんじゃなかったのか? なんで今、死に怯えてるんだ?


 戦いじゃないから? それとも死への恐怖じゃなく別の何か?


 わからない。考える気力もない。今はそんなのどうでも良い。


 俺、マジでどうなるんだよ……? これから何時間も、この辛い状態のまま一人でいなきゃならないのか?


「……」


 もう開き直れもしない。『上等だよ』って啖呵さえも切れない。


 力が……湧いてこない。


 俺は、もう――――



「……?」



 不意に、左手に何かが触れた気がした。


 包まれるような感覚が、ゆるやかに流れ込んでくる。


 何故だろう。


 その瞬間、ほんの少し――――気持ちが安らいだ気がした。



 

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