第348話 記憶であってはいけないような風景
曝くのがそう難しくはない弱点だった。
闇は聖に弱い。誰でも知っている属性の相性。闇堕ちしたサタナキアとパラディンマスターのコレットなら当然、そういう関係性になる。
……ついさっきまでコレットが聖騎士だったのを忘れてたのは置いておくとして。
「お前はコレットの何もかもが気に入らなかった。そうだろ? お前にとっちゃ天敵みたいな存在だからな」
両者の相反は、単なる属性の問題だけに留まらない。持って生まれた気質、若しくは人格……と言っても良いかもしれない。
コレットだって決して陽気な性格じゃない。どちらかというと陰気な方だ。少なくとも、俺と出会う前のあいつはマルガリータさんくらいしか友達はいなかったし、冒険者ギルドでも孤立していた。
良家に生まれたものの、親から過度な期待を押しつけられた事が原因で家族仲は絶望的。そういう意味でも、度合いこそ違えど両者の環境には共通点がある。
だけど、進んだ道は正反対だ。
光の道を選んだコレット。闇の道を選んだサタナキア。
どちらが正解かなんて俺に判断できるものでもないけど……少なくともサタナキアは、コレットを認めたくないらしい。
「わかったような事を……」
「お前、わかり易過ぎるんだよ。私怨が絡むとすぐ顔に出る。あんまり他者と接して来なかった奴特有の脇の甘さだ」
……自分で指摘しておきながらダメージを食らう諸刃の剣。今の言葉は俺にも利く。はいそうです俺自身の事です。
別に自分の表情が見えてる訳じゃない。でも感情の昂ぶりで嫌でも自覚せざるを得ない。
俺の場合は特定の誰かを恨んだり妬んだりする事はなかった。ただ、偶然見かけたネットニュースで成功者の名前を見つけると、どうしてもその発言をチェックしたくなる。
そんな自分が凄く嫌だったから、自重しようと試みる。大抵はそれで収まる。でも月に一度くらい、その衝動が止められずに見てしまう。そしてその度、敗北者のような気持ちになる。
実際には何一つ、失ったものなんてない。損もしていない。だけど、興味本位でうっかり手を出したFXで有り金を全部溶かしたように無残な心持ちになる。
サタナキア……厳密には精霊時代のサタナキアを見ていると、そんな自分をふと思い出した。
「全く、本人が否定してるって言うのに。これだから認定厨は……ねえ君、自分の意見が絶対に正しいって思ってるの? 間違いだって認めるのが怖いの? そうあって欲しいって願望だけで語ってるよね」
言っている事自体は的外れじゃない。決め付けられるのが嫌なのは誰だって同じだし、俺の決め付けに絶対的な根拠はない。願望ってのも間違いじゃない。
だったら堂々としてりゃ良いじゃん。本当にコレットへのコンプレックスがないのなら、俺の言う事なんて鼻で笑ってれば良いんだ。力関係で言えばサタナキア、お前は俺より遥か格上なんだから。
でも……出来ないんだよな。
アイザックもそうだった。この強豪揃いの街の中でも最上位に位置する奴だったのに、心は弱かった。子供の頃に虐められていた記憶がいつまで経っても忘れられず、自分を認めさせたいって思考に縛られて何度も発狂していたっけ。
サタナキア――――こいつは奇妙な奴だ。俺のようでもあり、コレットのようでもあり、アイザックのようでもある。
ま、共通点はあるよな。
人間関係の希薄さ。人生経験の乏しさ。
それらに伴う未熟さ。
これに尽きる。
黒歴史を具現化したような、あの黒サタナキアは……未熟さの象徴でもあったんだ。
「決め付けてるのは俺じゃない。お前だサタナキア」
「はァ? 何言ってんの?」
「お前が決め付けてるんだよ。自分で自分自身を。お前を決め付けられるのはお前だけなんだからな」
「……」
心当たりが――――ない事はなさそうだな。
「君さァ……イラつくよ。わかったような事ばっかり言ってさ」
さっきまで俺を手に入れるとか手元に置きたいとか言っておいて、もうそれか。軽いな言葉が。
「もういいよ。もういい。君もう要らない。あーあ。折角面白くなりそうだったのに。白けるね。下らない。ホント下らないよ。君なんて僕が本気出せば一瞬なのに。もう終わり終わり」
ちょっと嫌な事があるとすぐ投げる。そこは俺ともコレットとも、アイザックとも違う所だな。
なら付け入る隙はある。精神攻撃に焦点を絞ったのは正解だった。
とはいえ……奴が全力で攻撃すれば俺の身体では耐えられないし、俺の身体能力では避けられもしないのが現実。
どうすりゃ良いのか――――
「死ね」
忽然と。
サタナキアの姿が消え失せる。
……いや違う。速過ぎて見えないだけだ。
そのスピードで繰り出される斬撃に反応なんて到底できないだろう。
ただし――――
「……っ!」
虚無結界は別だ。
サタナキアの言った通り、結界は自分の意志で出現し、いつの間にか迫っていたファートゥムレラの突きから俺を守った。
死を意識したと言うよりは、サタナキアの『死ね』って言葉に俺が反応して死を連想したんだろう。少なくとも自覚はなかった。
「あっそうか……結界があったか」
この結界をかいくぐる為に色々と策を練っていた筈なのに、もう結界の事さえ頭から消えていたんだろうな。明らかに平常心じゃない。表層的にどう装っても行動に表れている。
こいつは煽りに弱過ぎる。多分アイザックよりも弱い。
発言に高い攻撃性を見せる奴に限って、自分自身は煽りに酷く脆い。よくあるパターンだ。良いぞ、ここまでは狙い通りに事が運んでいる。
とはいえ内心、薄氷を踏む思いだ。俺がサタナキアに対抗できる唯一の方法はこれしかなかった。奴の易怒性に期待して、殺意のある攻撃になるよう仕向けるしか。
「馬鹿馬鹿しい。こんなの、殺気を消せば簡単に……簡単にィ――――」
奴の殺意は俺に伝染して、俺は無意識下で自分の死を危惧する。だから奴が本当に殺気を消す事が出来れば、この虚無結界は発動しないだろう。
だけど、繰り出される斬撃の全てに結界が反応してくれる。余りにも速い攻撃で見えないから怖さはない。サタナキアもムキになっている自分を見せたくないのか、敢えて掛け声を出さず無言で切り刻んでくるから、淡々とした攻防が延々と続く。
なんか……アレだな。無言で音ゲーやってる奴とそれを無言で見守る奴みたいになってんな。絵面がシュール過ぎる。
そんな良くわからない時間が暫く続き――――やがてサタナキアの手が止まった。
「……なんでだよファートゥムレラ。私はちゃんとしてるのに。ちゃんと殺意を抑えてるのに」
無機物の所為にしたところで、原因がサタナキア本人にあるのは明らかだ。言動とは裏腹に、俺に対する恨み……俺の煽りに対する怒りが全く収まっていないんだろう。
それにしても、魔王に穢されたとはいえ……ファートゥムレラは間違いなく世界最高峰の攻撃力を持つ剣。それを魔王の側近が扱っているっていうのに完封か。この結界どうなってんだよ。マジ無敵じゃん。
とはいえ、これで形勢が逆転した訳じゃない。奴にはまだ切り札が残っている。
それは――――
「私は……武器にまで裏切られるの……?」
絶望するサタナキア。明らかに過度なストレスを抱え、メンタルはボロボロになっている。
さあ……ここからが本当の賭けだ。
「もう……嫌だ……」
サタナキアの身体が仄かに発光し始めた!
間違いない。今まで散々危惧してきた【タントラム】の兆候だ。
精神的に追い詰められたら発動するという、魔王すらも凌ぐと言われている最強の破壊力を秘めた爆発。それが今にも起きようとしている。
これを待っていた。
奴を倒すか、奴の意志で術を解かせるか、この部屋を破壊するかしないと亜空間は解除されない。最初に二つは到底無理だ。となると、タントラムを引き起こして部屋を壊して貰わない限り、俺は元の空間に戻れない。
だから一応狙い通りではある。自分の命をチップにしたヤバい賭けだけどな……他の方法も思い付かないし仕方ない。
死ぬのは怖くない。何故かそうなってしまっているから。
だけど心残りは山ほどある。借金完済目前だし、もっと信頼を得てギルドを大きくしたいし、それに……
このアインシュレイル城下町で、もっと暮らしていたい。
生前は自覚してなかったけど、多分……この街には俺が欲しかったものが全部あるから。
俺はこの街が大好きだ。俺を認識してくれているこの街の住民も、魔王城に一番近いのに緊迫感のない雰囲気も、それでいて妙に殺伐とした五大ギルド間の空気も、時間と時計に囚われないこの生活も、何もかも大好きだ。
自分を好きになる事が出来ない俺でも、街を好きになれる。そう気付かせてくれたこの第二の人生が堪らなく愛おしい。
だから、あと一回でも良い。これで最後でも構わない。
「何もかも壊れて……消えてなくなれぇ……」
結界よ、俺を守ってくれ。
こんな悲しい攻撃に屈さない防衛力を。
守る力を俺にくれ。
頼――――む――――――――
……視界から全てが消える。
音も聞こえない。ただ真っ黒な光……矛盾しているようだけど、他に表現しようのない黒色の光に包み込まれていく。
そう言えば、前にも似たような事があったような気がする。まるで泣き叫ぶような攻撃の嵐の中で、俺はただそれが過ぎるのを待っていた。
あれは……いつの話だろう。思い出せない。思い出す事なんて出来ないのかもしれない。
それくらい遠い、遠い……遥か彼方の、記憶であってはいけないような風景。
ああ……もう見えなくなっていく。
俺は――――
俺は、救えたのか?
今度こそ、ちゃんと……
「……」
何か……声が聞こえた気がする。声っていうか、気持ちっていうか……よくわからない。
わかっているのは、目に映る景色に明確な変化が訪れた事。
さっきまでの真っ黒い光は完全に消え失せて、すっかりお馴染みになったあの部屋が広がっている。
飾られてあった暗黒武器もそのままだ。
不発……だったのか?
「トモ!」
どうやらそうじゃないらしい。ティシエラの声でそう悟った。
ティシエラだけじゃない。虫の息だけどコレーもいる。黒サタナキアもだ。
……良かった。狙い通り元の空間に戻れたみたいだ。
過去の自分を切り離した状態のサタナキアが放ったタントラムの破壊力。それがどの程度だったのかはわからない。でも確実に言えるのは、虚無結界がそれを防いでくれたから無傷で生還できた。
あらためて、凄い力だ。一体誰のどんな思いでこの結界は生み出されたんだろう。そんな事を思わずにはいられない。
「何があったの? グノークスも一緒に消えたから、サタナキアが貴方とあの男を他の空間に転移させたとばかり思っていたけど、本人はずっと否定しているし……」
……?
あ、そうか。ティシエラはグノークスの正体がサタナキアだって知らないんだった。
でも今は事情を説明している場合じゃない。状況を確認しないと。
「その認識で間違ってない。それよりサ……グノークスは何処だ? 俺と一緒に戻って来た筈なんだけど」
「いえ。貴方以外は現れていないわよ」
……何だって?
まさか、まださっきの空間に居座ってるのか? でも術式の定義破壊が行われた以上、それは無理だよな……
タントラムは明らかに自爆技じゃない。怪盗メアロもカーバンクルも、サタナキア本人もそんな事は言っていなかった。自分の起こした爆発で自分も巻き込まれるなんて事もないだろう。
って事は、やっぱり――――
「気をつけろティシエラ! 多分部屋の外に戻ってるんだ! すぐ来るぞ!」
精神攻撃は成功した。奴のプライドや尊厳を結構ガッツリ踏みにじったと思う。
でも……それによって生じたストレスは多分、もう発散されている。その為の爆発なんだろう。確証はないけど、恐らく間違いない。
鬱屈とした感情を全て吐き出し、冷静になった状態のサタナキアがもうすぐここに来る。それはつまりベストコンディションを意味する。
果たして勝てるか……?
「その様子だと、戦況は然程変わっていないみたいね」
「ああ。ちょっとヤバいかもな」
「……ごめんなさい」
え? どうしてティシエラが謝る……?
「貴方にも話したけど、冒険者ギルドに魔王の手下が匿われているのは想像がついていたわ。なのに、本格的な調査に乗り切れなかったのは私の怠慢よ。私が……決断できていれば、貴方達を巻き込む事はなかったのに」
「それは仕方ないだろ。冒険者ギルドとソーサラーギルドの微妙な関係は俺も知ってるし、コレットの立場も考えた上で自重したんだろ?」
「その自重が結果的にはこの惨事を招いたのだから、私の判断ミスよ」
……いや。それは違う。
「ペトロとコレーはやられたけど、どっちも命に別状があるって訳じゃない。惨事なんて大袈裟だな」
「……これから起こるわ。私には、あの男のスピードを捉えきれる自信がないもの」
あのいつも自信満々なティシエラが、珍しく泣き言を口にしている。
これが非常時じゃなきゃ、『そんなティシエラも悪くない』とか思ったりも出来たんだろうけど……
「ならそこで黙って見てろ。奴は俺が仕留める」
今必要なのは、そういう事じゃない。
出来る出来ないじゃない。やるんだ。無謀でも強気な事を言って、自分を奮い立たせるんだ。
「貴方に仕留められる相手じゃないわよ?」
「……あー、確かに腹立つわ」
「?」
黒歴史の方のサタナキアも、グノークスを操っていた方のサタナキアも、決め付けられる事を極端に嫌っていた。
それは多分、父親から押しつけられた価値観への嫌悪が根底にあるんだろう。奴だけじゃない。俺も含めたこの世の大半の人間が、同じような経験を過去に一度や二度して、その悪感情が根付いている。
自分は嫌なのに、他者に対して無慈悲にそれをやってしまう。だから争いはなくならないし、気持ちの行き違いが生まれてしまう。
あ、そっか。
だから人を好きになるんだ。
自分を他人に置き換える事は出来ない。どう頑張っても別の誰かにはなれない。自分は何処まで遠のいても自分でしかなく、他人は何処まで近付いても他人でしかない。
人を好きになるのは、そんな現実に抗う為の……心の防衛反応なんだ。
だとしたら俺は、もしかしたら……誰かを好きになれるかもしれないな。
そう思うと、少しだけ勇気が湧いてきた。
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