第413話 友情は本物だった!!!!

「……?」


 不意に感じる背中越しの視線。振り向くとグノークスが眉間に皺を寄せて怪訝そうに坊主頭を掻いていた。


 城下町に来たばかりの頃に何度も感じた事がある。この独特のピリつく感じは――――猜疑の目だ。

 

「城下町ギルドさんよぉ。そちらの勘違い、って事ぁないんかのぅ?」


 ……う。やっぱりそう来たか。


 昨晩、イリスと明け方に会うと約束していて深夜に出歩いたら聖噴水に異常があると気付き、実際モンスターが襲って来ようとした。だけど夜が明けたら聖噴水は元に戻っていた。証人は俺、及び俺の契約している精霊のみ。


 これじゃ俺が嘘をついていると思われても仕方がない。


 既にコレットに話した内容はグノークスにも伝わっている。イリスの正体はバラしてないけど目的までは話した。コレットは一応それで納得してくれたけど、コイツは……


「ソーサラーギルドのイリスじゃったか。あの美人さんがわざわざお前さんを治すため夜中に温泉へ呼び出したってのも、どうかなぁ……と思っとるんよ。正直」


 ですよね。俺だって立場が逆なら絶対信じられねーもん。イリスが俺の為にそこまでしようとするなんて。


 さっきの『勘違い』ってのはつまり、イリスの厚意そのものが勘違いだって意味だろう。イリスが俺を気に掛けて、わざわざ癒やそうとしてくれる筈がない。そんなのは俺の思い込みに過ぎないと。


 そもそもイリスはソーサラーであってヒーラーじゃない。俺が壊れているという判断も、それを治すという行動原理も、事情を知らない奴からしたら意味不明だろう。


 だからグノークスが俺を疑うのは当然。ストーカー的な妄想をイリスに対して抱いている、とさえ思われているかもしれない。


 そして、その疑念に対して俺に出来る事はもうない。イリスの正体を明かす訳にはいかないし。


 この状況を好転させるには……コレットに擁護して貰うしかない。今のグノークスはサタナキアに身体を乗っ取られていた負い目があるから、上司に逆らう事はしないだろう。


 ただ、コレットが俺に援護射撃してくれるかというと……正直微妙だ。本心から納得してくれている保証はないし。


 それにお互い忙しくなって顔を合わせる機会が大幅に減ったから、心の距離も離れてしまっているかもしれない。かつてのような信頼関係はもう望めないのかも。


 そもそも幾ら友達っつったって知り合って一年も経ってない間柄。それくらいの付き合いじゃ、真の意味で友情とは――――


「トモは嘘ついてないと思います。イリスさんは本当にトモを治そうとしたと思います」


 友情は本物だった!!!!


 ありがとうコレット……やはりお前は友達だった。もし今日ここに来る冒険者がお前じゃなかったら、俺は結構ヤバい立場になっていたかもしれないな。泣けるぜチクショウ。


「トモってそういうトコありますから。どうしてかわかりませんけど」


 ……友情、だよな? 君なんか顔怖くない?


「ま、コレット君がそう言うんならしゃあないのぅ。そちらさんの証言が正しいものとして捜査すっかぁ」


 良かった……アッサリ引いてくれて。負い目もあるんだろうけど、恐らくグノークスはコレットを全面的に信用しているんだろうな。さっきもコレットを認める発言をしていたし。


 取り敢えず、これで一枚岩で捜査できそうだ。


「だったらぁー、わたしは聖噴水を管理している所を特定して話を聞いてみましょっかぁー。多分市庁舎に行けばわかるでしょ」


「そんなら、わしは周辺住民に聞き込みでもするかのぉ」


「私も心当たりを探ってみます。聖噴水の異常は大きな被害に繋がりますから、こっち優先でお願いしますね」


 コレットの言葉は『温泉宿シャンジュマンの調査より聖噴水を優先して』という意味なんだろう。それは俺も同感だけど、あの温泉宿が聖噴水の件に関わっていないとも言い切れない。勿論、さっきの容疑者の男もだ。


「やっほー。いたいた~」


 お。丁度良いタイミングでモーショボーが戻って来た。


「お疲れ。奴は何処に行った?」


「それがさー、ビックリしたんだけど……トモっちが泊まってるトコ」



 ……何?



「え? それって……どういう事?」


 コレットも驚いているけど、それ以上に俺が動揺を隠せずにいる。


 あんな目に遭ったんだ。もし雇い主がいるのなら、間違いなく真っ先に報告へ向かうだろう。って事は……アンキエーテの中に奴を雇った黒幕がいる可能性が極めて高い。


 でも昨日と今日は俺達の貸し切りだから、他の客は泊まっていない。それが何を意味するのか。


「黒幕の正体は、俺達が宿泊している宿のスタッフ若しくは……ウチのギルド員の誰か……って事になるな」


「だったら――――」


「いや待て、決めつけは良くないな。それにあの宿には怪盗メアロもいたんだっけ」


「……そうなの?」


「ああ。だから奴も一応、黒幕の候補って事になる」


 そう言いつつも、俺は怪盗メアロを疑ってはいない。もし奴が聖噴水の水を盗むとしたら、予告状を出すだろうし自分だけで盗み取るだろう。まして運び屋なんて絶対にしない。奴が黒幕とは思えない。


 そうなると候補は絞られてくる。


 手前味噌だけど、ウチのギルド員の中にあんなチンピラを雇うような小者はいない。闇商人と取引しそうな奴なら幾らでもいるけど……


 何より手駒を使って攪乱するなんて手の込んだ真似をするとも思えない。やりそうなのは冗談抜きで俺くらいだ。


 同様の理由でアヤメルもないと考えて良いだろう。当然フレンデリアもない。あいつがコレットを困らせるなんて鼻摘んでパン屋に入るくらいあり得ない。


 一応そう仮定した上で候補を挙げるとなると……セバチャスン、そして宿のスタッフって事になる。


 セバチャスンを疑う理由はない。でも無条件で信じる理由もない。そもそも接点自体が希薄だから先入観もない訳で。同様に接点がないに等しい宿のスタッフも含め、今の所はこれ以上絞り込む事は出来ない。


「何にしても、トモ達が泊まってる宿に行って現場を押さえるのが一番確実だよね。でも……」


「スタッフがグルなら見つけるのは無理だろうな」


「それでも行くしかないよ。行こ!」


 コレットは両拳を胸の前でギュッと握り、やる気のポーズを見せる。一緒に頑張ろうと言う意思表示だ。


 俺は当然、ゆっくり目を逸らした。


「なんで!?」


「いや……今すぐ宿に戻るのはちょっとね……コレット一人で行ってきて」


「だからなんで! まさか……朝帰りで色々言われるのが嫌とか言わないよね」


「……」


「あー絶対それだ! そんなのいつもみたいに詐欺師顔負けの軽口で誤魔化せば良いじゃん!」


「いつ俺が詐欺師を凌駕したんだよ! そんなイメージ欠片もないだろ!」


「え? あるよ?」


 真顔やめろ。本気にするだろ。

 

 それは兎も角、今アンキエーテに戻りたくないのは本心だ。絶対あーだこーだ言われるに決まってるからな。昼飯時で皆が外出中の間にしれっと戻っておきたい。


 俺がイリスと混浴予定だった事をシキさんが他の奴等にバラしているかどうかは正直微妙な所だ。自分から言い出す事はないと思うけど、『ギルマス何処に行ったか心当たりある?』ってヤメ辺りに聞かれたらサクッと答えそうでもある。


 何にしても、少なくともシキさんには知られている訳で……その上コレットと一緒に帰ったら『お盛んだね。死ねば?』って言われるに決まってる。ジト目は好きだけどゴミを見る目で見られるのは性癖から少し外れる。


「コレット。聞いてくれ」


「な、何? 改まって」


「ギルマスにとって威厳がどれだけ大事か、コレットが一番理解してると思う。まして俺達みたいに若くて誇れる物が少ない奴にとっては尚更だ」


「……なんか釈然としないんだけど」


「このまま俺がコレットと一緒に宿に戻ると間違いなく俺の威厳は失われる。俺の言い訳なんて誰も耳を傾けちゃくれない。でもコレットだけ先に行って聖噴水の説明をした上で『トモは昨夜勇敢にモンスターと戦って、その疲労で朝まで別の宿で寝てたよ』って言ってくれれば信憑性は増す。本人がその場にいない事が重要なんだ」


 言い訳とか賛美とか、そういうのは第三者の意見じゃないと説得力ないからな。幾ら真実を伝えるにしても、少しでもちゃんと伝わるよう努力はしないと。


「ホラやっぱり詐欺師蹴落とす勢い」


「詐欺師に競り勝とうとしてるんじゃねーよ! 全身全霊を懸けての保身なんだよ!」


「どっちにしてもダサ……」


 なんて酷い言いようだ。コレットじゃなかったら甘んじて受け入れるけどコレットに言われるのは何かムカつく。


「わかったよ。行きゃ良いんだろ。とっとと行くぞ」


「うわ、開き直るのもダサ……あっ蹴った! 今蹴ったよね! 暴力最低!」


 実際には蹴ったんじゃなく足の爪先で軽く押しただけだけど、これ以上言い争ってグダグダな空気になっても困るから黙っとこう。フザけてる場合じゃないしな。


 城下町の聖噴水に不具合が生じたのはファッキウの仕業だった。ネシスクェヴィリーテを使い、マギの流れを切断して聖噴水を無効化。モンスターを街中に招き入れた。


 でも今回は手口が違う。恐らく奴はまだネシスクェヴィリーテを所有している。もし今度はこのミーナで悪巧みをしようとするのなら、以前と同じようにネシスクェヴィリーテを使った筈だ。


 聖噴水の効果を弱めた犯人はファッキウ達じゃない……と思う。確証はないけど。


 それでも何か陰謀めいたものが水面下で蠢いているのを感じる。ミーナだけに留まらない何かが起こりそうな気配を。ここで食い止めないとマズい事になる気がする。


 あと朝帰りの言い訳もちゃんと考えとかないとマズい気がする。


 何かないか――――


「ここがトモ達の泊まってる、最近できたばかりの温泉宿?」


「……ああ」


 気付けば何も良い言い訳を思い付かないまま着いてしまった。


 どうしよう。この際、堂々と『昨日は朝までイリスに身体を解して貰ってたんだ!』って無邪気に言ってみるか? なんかワンチャン『ンな訳ねーだろ見栄張んな』みたいな白けた空気になって流して貰えるかも……無理か。無理だな。


「取り敢えず中に入ろっか。あ、でも私は宿泊客じゃないから駄目かな?」


「目的は調査だし、冒険者代表の立場だから問題はないと思うけど………一応外で待っといて貰えるか?」


 多分、コレットも一緒に来て名乗ったらメオンさんが大騒ぎするだろう。それはちょっと避けたい。


 保身の為でもある。朝帰りした挙げ句にコレットと一緒に宿に戻った所を目撃されるリスクを回避したい気持ちがない訳じゃない。けど本命は、あのチンピラがまだ宿の中にいる事を想定してだ。大声を出されると追跡に気付かれてしまう恐れがあるからな。


「ん。わかった」


 理由を聞いたりはせず、すぐ納得してくれたコレットに一つ頷き、一人で宿に入る。


 既にあのチンピラの姿は何処にもない。それは想定内だ。恐らく既に匿われているか、別の場所へ移動しているだろう。


 フロントは……昨日と同じ二人だ。幸いな事にロビーにはギルド員の姿はない。


 一応、コレットを外に残したのにはもう一つ理由がある。


 仮にあのチンピラがここへ駆け込んでスタッフに助けを求めていた場合、恐らく冒険者ギルドのギルマス――――コレットに詰められたと訴えるだろう。奴が脅威を感じていたのはコレットに対してだ。


 つまり、俺がこの件の関係者なのをフロントに知られている可能性は低い。もしフロントがグルだった場合、コレットを見た途端逃げるよう指示する可能性もある。よって俺一人の方が都合が良い。


 さて……どう出るかな。


「どうも」


「お帰りなさいませお坊ちゃま」


 先に反応を見せたのはメオンさん。もう一人の方も特に変わった様子はない。


「すみません。戻るのが遅くなりました。ランタンありがとうございました」


「とんでもございません。このランタンはお客様の未来を明るく照らしたでしょうか? 私達の未来は真っ黒でございます」


「は、はあ」


 ……宿を乗り換えたと思われてるっぽいな。敵意こそないけど詩的な嫌味を食らってしまった。


 昨日から一貫してそうなんだけど、この人は基本的に思った事をそのまま口に出す。どう考えても隠し事なんて出来るタイプじゃない。まして新入りのバイトとなると、仮にこの宿がクロだとしても恐らく部外者だろう。


 って事は、メオンさんは恐らく事情を何も知らない。


 けど先に話を聞くならメオンさんだろうな。知らないからこそ隠蔽せず客観的に見たままを答えてくれるだろう。あのチンピラがここを訪れた時の詳細を話してくれるとすればメオンさんの方だ。


 逆に言えば、もう一人のフロントがいるこの状況で話を聞くのは得策じゃない。聞き込みの最中、カウンターの死角から腹パンで黙らせてくるかもしれない。それはそれでちょっと面白いシーンになりそうだから見てみたいけど、今はその衝動は抑えよう。


 一体どうやってメオンさんだけを連れ出そうか……


 よし、この手でいくか。


「ところでメオンさん。昨日の件ですが、実は少々芳しくない事態になっていまして」


「昨日……ですか?」


「ええ、例の。いや、貴方には一切の責任はないんです。全てこちらの不手際が招いたトラブルなので。ですが我々もギルドを運営している立場上、問題が生じた際には今後同じ失態を犯さないようギルド員全員で情報を共有しておく必要がありまして、出来るだけ状況を詳しく記録しておかなければなりません」


 出来るだけ『深刻な問題が起こりました』という匂わせ。これには二つの意味がある。


 一つは、メオンさんを連れ出してまで聞き取り調査を行う正当性の確保。貸し切りだしぶっちゃけフロントは暇だろうけど、一時職場を離れるには相応の理由が必要だ。


 そしてもう一つは、チンピラがこの宿に逃げ込んできた件を連想させない為。あくまで俺個人とメオンさんの問題だと認識させないと、仮に短髪の方のフロントがグルだった場合、簡単に聞き取り調査を許可してはくれないだろう。


 あくまで別件の調査。そう思わせるには、メオンさんに心当たりがあるようなリアクションをして貰う必要がある。問題が深刻なほどそれが期待できる。


 実際に心当たりがある筈だからな。


「あの件……で御座いましょうか?」


 案の定、一気にメオンさんの顔が青ざめた。


 彼が想起したのは間違いなく――――





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