第208話 エンカウント

「。。。この城の周囲に発生してたパーチは。。。完全に消えてる。。。」


 お、どうやらフラガラッハがしっかり約束を果たしてくれたらしい。そして始祖、回復魔法の生みの親だけあって、回復魔法に対する感覚は相当鋭敏なんだな。


 よーし。これで準備は整った。


「後はコソコソと脱出するだけだ!」


「力説して言う事か……これだから逃げの素人は」


 いや逃げに素人も玄人もないだろ。逃げの達人って何だよ。サイレンススズカかお前は。


「いいか? ヒーラーって連中は、回復魔法のエサになりそうな存在を嗅ぎ分けるスペシャリストなんだ。チンタラ逃げてたら絶対見つかるぞ。別に貴様がヒーラーに捕まって惨殺と蘇生のループにハマろうが知ったこっちゃねーけど、我ヒーラー嫌いだから、なるべくオモチャは与えたくないんだよね。あいつら、この街の景観汚すじゃん?」


 オモチャ扱いはともかく、確かにヒーラーってハイエナみたいなトコあるからな。普通の脱出方法じゃマズいかもしれない。


「よく聞け。今は夜間だから、逆に城内の見張りどもは集中してる筈だ。潜入なら夜が基本だからな」


 怪盗がそう言うんだから間違いはないだろう。実際、元いた世界とは違って照明設備が充実していないこの世界だと、夜間に出歩く市民はほぼ皆無。忍込みには断然この時間帯が有利だ。


「当然、一階は見張りが目を光らせている。我なら視界の外に幾らでも逃れられるが、貴様ではそうもいくまい」


「確かに……」


 この身体、レベル18だけあって身体能力は大した事ないからな……追いかけっこになったら負けるかもしれない。


 精霊の力を借りようにも、ポイポイを帰還させる事でルウェリアさんとシキさんが負傷するリスクがある。出来ればそれは回避したい。


 武器になりそうな物も、残念ながら何もない。前にカーバンクルに作って貰った宝石の残りも、とっくに消えてしまっている。


 と、なると……


「陽動しかないか。囮を頼めるか?」


「ククク、賢明な選択だ。しかし大きな貸しになるぞ?」


「……背に腹は代えられん」


 フラガラッハの譲渡とは別件で、怪盗メアロに一つ借りが出来てしまった。後々面倒な事になりそうだな……鬱だ死のう。死なんけど。


「始祖ミロ、また随分と世話になったな。ありがとう」


「。。。それな」


 どれなのかはわからんけど、始祖は見返り一つ求めず送り出してくれるらしい。最初はよくわからん存在だと思っていたけど、今となっては第二の人生でトップクラスの恩を受けた相手になったな。今度パンの詰め合わせでも持参しよう。幽霊みたいな存在だから食べられるかどうかは知らんが、仮に無理ならお供えすればいい。パンならどの宗派にも対応可能。パン万能説を唱えたい。


「まず我が出て行く。一階をダーッと走って見張り全部引きつけておくから、さっさと外に逃げろ。くれぐれも寄り道すんなよ?」


「わかった」


 出来れば、この機会に地下牢に行ってコレットがいないか確認したかったんだけど……


 待てよ? だったら――――


「その前に始祖。俺のマギを地下牢に飛ばせない?」


 もしそれが可能なら、誰がいるかだけでも確認できるんだが……


「。。。無理。。。お前ちゃんのマギと波長合う奴がそこにはいない」


 そう都合良くは行かないか。しゃーない、今回は諦めよう。


「了解。全部片付いたら改めてお礼しに来るから。またな」


「。。。誠意は言葉より現金」


 ……現ナマ要求する始祖とかいるのかよ。最後の最後で俺の始祖感ぶっ壊してきたな……


「そんじゃ、一暴れしてくっか」


「。。。じゃーね」


「うーい」


 軽ーい挨拶を始祖と交わし、怪盗メアロは風になって視界から消えた。武器屋の中ではあの機動力があまり発揮できていなかったけど、あらためて目の当たりにすると……やっぱエグいな。


 あの速さなら、2~3分もあれば一階のヒーラーを発見できそうだな。それくらい経ってから俺も行くか。


 確か城の出入り口は……


「。。。一応言っておくけど。。。正面の門は開いてないからな」


 ま、そりゃそうだ。夜だしな。


 でもこういう城には必ず非常口がある。例えば厨房。水や食料を効率良く運ぶ為に必ず必要だ。若しくは裏口。前に城に来た時に一通り確認してあるから、大体の位置は把握している。


「じゃ、そろそろ俺も行くよ」


「。。。おう。。。達者でな」


「始祖も元気で」


 すっかり拠点じみてきた感のある安置所に背を向け、階段を上りながら深呼吸。多分、始祖に向けた俺の顔は、引きつった笑みだったんだろう。


 正直、かなり緊張している。一階には一度出て行ったけど、あの時とは違って今回は精霊を喚び出せない。怪盗メアロが囮になってくれているとはいえ、相手はあのヒーラー共だ。一筋縄でいくとは思っていない。


 もうすぐ一階に出る。ヒーラーの気配は――――ない。


 よーし、全く姿形も見当たらない。一応天井までチェックしておかないと……うん、大丈夫だな。怪盗メアロもこの辺りにはいないみたいだし、うまくおびき寄せてくれているんだろう。

 

 ここからだと、裏口よりは厨房の方が近い。それでも、角を一回曲がる必要がある。もしそこでヒーラーと鉢合わせたら最後。待っているのはデッド&リバイヴの拷問だ。


 角が近付くにつれて恐怖感が増してくる。怖ぇー……今まで何度もヒーラーとは対峙してきたけど、今回が一番緊張してるかもしれない。夜の王城って妙にホラー感あるんだよな。お化け屋敷的な。


 幸い、不気味な肖像画や彫刻はないから、それらが動き出す心配はしなくて良い。ケアすべきは突然のヒーラーエンカウントだけだ。


 自分の息、足音、心臓の鼓動が逐一聞こえてくる。それくらい、周囲が静かって事だろう。


 ……妙だな。


 怪盗メアロがヒーラーに見つかっているのなら、もう少し騒いでいても良いだろうに。まさか、実はまだ見つかっていないのか? もしそうなら、ここに見張りのヒーラーがいないのは偶々で、すぐ近くにいる可能性もある。


 それだけじゃない。もし厨房に見張りをサボっているヒーラーがいたら、回避は不可能。問答無用でバトル開始だ。


 でも、それならまだ対処できるかもしれない。出会い頭、触れた瞬間に調整スキルを使えば無力化が出来る。案外その方が安全かもしれないな。


 何が起こるかわからない。常に様々な状況を想定して、パニックにならないようにしておかないと。こんな所で力尽きる訳にはいかない。戻るんだ。俺のギルドに。みんなが待ってくれているあの場所に。


 あと10歩ほど進んだ先に角がある。曲がった先にヒーラーがいるか否か。そこが勝負の分かれ目だ。


 どうか居てくれるな。もし居るってんなら、運命の出会いであるかのように角でぶつかるのを所望する。その瞬間にスキル発動だ。大丈夫、心の準備は出来ている。


 あと5歩。4歩。3歩。


 2歩……


 1歩――――


 

「……っ」



 いない。


 敵の姿も、怪盗メアロも、人影は全くない。


 この通路を奧に向かって直進すれば、左側に厨房が見えてくる筈。


 これなら――――





「やっぱりいた」





 ……!!



 今の声は……上か!?


「みーんなチビ助を追って行ったけどさ、なんか囮臭い動きしてたんだよ。だから他に誰かいると思ったんだ。そうしたら、まさかの大当たり。オマエがここに侵入して来るなんてね」


【スティックタッチ】で天井に張り付いている。こんな芸当が出来る奴は二人しか知らない。そして、その内の一人は奴が『チビ助』と表現した人物。つまりそいつ――――怪盗メアロじゃない。


 残るは一人。声も、そして姿も既に一致している。



 シャルフ……!



 ラヴィヴィオ四天王のヒーラー、に化けたモンスター。

 そして俺を何故か目の仇にしている――――最大の難敵。


 なんてこった。まさか一番出会いたくない奴にここで遭遇するなんて……



「相変わらず、興味をそそるマギだね。たまらないよ。味わいたい……骨の髄まで」


「……お前、そんな性格だったか?」


「さあな。誰だって好物が目の前にあったら昂揚するんじゃないか?」


 いや違うな。食欲は確かに三大欲求の中でも最大だろうけど、それはあくまで飢餓状態限定。軽い空腹程度なら、幾ら好物や高級食材を前にしてもキャラ崩壊するほどの歓喜はない。性欲の方がまだ狂いやすいだろう。


 やっぱこいつ、モンスターなんだな。そう実感した。


「オレが欲しいのはマギだけだ。身体は拉げようがバラバラに千切れようがどうでも良い。マギを寄越せ。早く。早く寄越せよ」


 天井に張り付いていたシャルフが壁伝いに下りてくる。しかもカサカサカサカサって動きで……! やめろそれ! 背筋がゾワッてなるわ!


 どうする? まともに戦ったら勝ち目なんてない。どうにか触れて調整スキルを使うしかないけど、奴の攻撃は確か――――


「壊せば溢れてくるかな?」


 足だけ壁にくっつけて、両手は暗黒の光を纏っている。間違いない。闇弾……と勝手に命名したけど、アレを撃ってくる気だ!


「オマエには死霊魔法が無効だったよな。でも、これで十分。ここから撃ち続けてもいいけど……」


 ……撃たない?


 それどころか、足を壁から離して――――こっちに向かって落下してきた!


「直接叩き込んでやるよ」


 マズい! 回避を……いや、もし奴があの高さを物ともせず華麗に着地をキメて来たら、無防備なところを追撃でやられてしまう。



 ここはイチかバチか――――



「!」


 俺の咄嗟の行動に対し、落下中のシャルフは即座に反応を示す。傍の壁を足で蹴り、落下地点を強引に変更。俺への攻撃をキャンセルし、離れた位置へと着地した。


「ふぅ……」


 思わず息が漏れる。どうにか最初の危機は回避できたか。


 俺はただ、落下してくるシャルフに向かって手を伸ばしただけ。もちろん魔法なんて使えないし武器も持っていないから、迎撃態勢でも何でもない。単純なハッタリに見事引っかかってくれた……というより、警戒してくれた。


 もし、ガイツハルスを調整スキルで無力化していなかったら、こんな手が上手くいく筈はない。でもガイツハルスの状況がシャルフに伝わっているのなら、絶対に過剰反応してくれると思ったよ。


 いや、というよりも寧ろ……


「ガイツの言っていた事は本当だったんだね。他人のステータスの操作……そんな真似を、触れただけで出来るなんて」


 やっぱり、敢えて接近しようとして俺の反応を窺ったのか。じゃなきゃ、わざわざ飛び降りて来ないわな。


「オレの予感は正しかった。オマエはこの街でも指折りの危険人物だ」


 あ、今の『一度は言われてみたいセリフTOP30』の12位のやつだ。まさかモンスターに言われるとは……一日で冒険者辞めた身としては複雑だ。


「だが同時に、俺達にとっての切り札にもなるって訳だ」


「……俺達?」


「ハッ。『切り札』じゃなくてそっちに引っかかるあたり、抜け目ねぇヤローだよオマエ」


 こいつはモンスターであって人間じゃない。だから、こいつの言う『俺達』はヒーラーの事を指してはいない。恐らく本当の仲間は、人間に化けて街の中に潜入している他のモンスター達だ。


 俺のこのスキルは、そいつらの目的の切り札になり得るって事か……


「事情を知りたいなら、オレ達の仲間にでもなるかい? 協力するってんなら話してやっても良いけど?」


「冗談キツいな。そんな条件呑んでたまるか」


「悪くない取引だと思うけどな。わかってると思うけど、もうオマエ、詰んでるんだよ? 前みたく退けられるなんて思わない事だね」


 確かに、以前は仲間が大勢いた上、ティシエラの介入もあった。でも今回はそう都合良くはいかないだろう。


 対抗手段は……精霊を喚び出すくらいしかない。でもルウェリアさん達を落下の危険に晒す訳には――――


「あれ? トモっちってば何してんのー? ケンカ?」


「いや、ケンカっつーか一方的に絡まれてるっつーか……」



 ……。



「え!? モーショボー!? 何でここにいんの!?」


「用事終わったのに全然帰らせてくれないのはそっちじゃん! だから催促しに来たのぷっぷー!」


 いや、お前はともかくポイポイはまだ必要だったから残って貰ってたんだよ……とは言わないでおこう。それより、これは千載一遇のチャンスだ!


「まーた助っ人登場か。こうも子守が多いとオマエ、一生独り立ち出来ないよ?」


「独り立ちの結果がぼっちのヒーラーなら、過保護にされる方がまだマシだ」


「……口だけは達者だね」


 孤独だと、それすら宝の持ち腐れ。良く知ってるよ。14年のキャリアがあるからな。


「つーか、また殺気ギラギラ系? トモっちって、ウチの苦手な知り合い多くない?」


「ンなこたどーでも良いんだよ! 契約者がピンチなんだから協力しろ!」


「え、ちょっと待ってちょっと待って。ウチもしかして巻き込まれた?」


「安心しろ。隙を突いて殴る蹴るの暴行を加えるだけの簡単なお仕事だ」


「うっわブラックだあ……」


 パタパタ空中を舞いながら、モーショボーは露骨に嫌がっている。でもここは頑張って貰うしかない。


 選択肢はもう一つあった。今からモーショボーに全速力でポイポイの所へ飛んで貰って、ルウェリアさん達を下ろす。そうすればモーショボー&ポイポイが消えても怪我の心配はなくなるから、晴れて別の精霊を召喚できるようになる。武闘派のペトロ先輩が味方に付けば、戦局を大きく変えられるだろう。


 でもモーショボーがポイポイと合流する前に俺が殺されかねない。そのハイリスクに目を瞑るのは流石にね……


「話し合いは終わった? わざわざ待ってやったんだから、ありがたく思いなよ」


 その宣告と同時に、シャルフの右手に暗黒の光が再度宿った――――



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